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仮面のルイズ-45 - (2009/12/08 (火) 05:16:27) の1つ前との変更点

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トリステインの王宮で、アンリエッタはため息をついた。 女王に即位したはよいものの、その激務に疲れ切っていたのだ。 父王、祖父王の姿を思い浮かべれば、確かに玉座に座っている姿はあまり覚えていない。 バルコニーで手を振る姿よりも、執務だと言って誰かと会って話をしている姿ばかりが目に浮かんできた。 戴冠式を終えて女王となったアンリエッタは国内外の客と会うことが格段に多くなった、内政と外交の重荷がどれほどのものだったのか、それを実感した。 今までそれを担ってきたマザリーニの苦労は如何ばかりかと、心底マザリーニを尊敬できる気がした。 その上、女王となった事でウェールズ皇太子が王宮に居られなくなってしまった、理由はよく分からないが、政治とはそういうものらしい。 ウェールズの立場は極めて微妙だと、理屈では分かっているが心情ではそれを受け入れられない。 自分を支えてくれた支えていたウェールズとの逢い引きも出来なくなってしまい、アンリエッタは途方にくれていた。 そしてもう一つ、ルイズの行方が知れないのだ、ルイズの存在は誰にも気づかれてはいけない、特にラ・ヴァリエール家に知られることだけは絶対に避けなければならなかった。 隠密での調査は思うようにいかず、遅々として進まなかった。 この後、ウェールズ皇太子の亡命政権について、聴きたくもない政治の腹黒い駆け引きを聴きつつ、会議をしなければならない。 もし、自分にルイズのような力があれば、もし自分とウェールズにルイズのような力があれば、誰にも邪魔されることなく二人で生きていけるのではないか… そこまで考えて、アンリエッタは頭を振った。 『食屍鬼は作らない』そう約束して、吸血鬼の恐怖を世に撒き散らさぬよう務めているルイズに申し訳ないと思ったからだ。 ある意味ではウェールズ以上に身近な存在、ルイズの帰りを、アンリエッタは心底から待ち望んでいた。 一方、アニエスを乗せた馬車が、魔法学院へと砂埃を立てつつ進んでいた。 王宮からの勅使を乗せるきらびやかな馬車ではなく、中流の貴族がプライベートで使うような、必要最低限の装飾が施された黒塗りの馬車だった。 黒は光を反射して紫檀のように紫色に反射している、貴族の間では珍しくもない馬車かもしれないが、平民に威圧感を与えるには十分なものであろう。 馬車の中から外を見つめ続けているのは、先日シュヴァリエの称号を賜ったアニエスだった。 どこか居づらそうにしているのは、貴族用の馬車に乗っているからではなく、別の理由があるようだった。 ちらりと、同乗者を見やる。 魔法衛士隊の服を着た男は、目を閉じて沈黙していたが、その雰囲気はどこか重々しかった。 魔法学院に到着した馬車から、アニエスともう一人の男が降りる。 それを見た魔法学院の衛兵は驚きつつご用の向きを聴いたが、アニエスは「学院長に取り次いでくれ」としか言わなかった。 もう一人の衛兵が慌てて学院長へ知らせようと、本塔に走っていく。 アニエスは残った衛兵に「王宮からの急務だ」と言い放つと、先に走っていった衛兵の後を追うように魔法学院の中へと入り込んでいった。 あらかじめマザリーニが手配した魔法学院の見取り図を頭にたたき込んでいるため、案内が居なくとも場所は分かっている。 魔法学院の学院長はかなりの高齢だと聞いている、昼寝でもしているかも知れない、だがそれならそれで好都合だ。 「王宮より勅使が参りました!アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランと名乗っておりますが…あっ」 オールド・オスマンは廊下から聞こえてきた衛兵の声に顔をしかめた。 アニエスという名は何度か耳にしている。 王宮に入り込んだ卑しい粉ひき娘がいると、旧知の者から聞いていたのだ。 ゲルマニアと違って貴族至上主義のトリステインでは珍しい、と思っていたのだが、その人物がシュヴァリエを名乗り、魔法学院にやって来る理由が想像できなかった。 扉越しに、今度は女性の声が聞こえてきた。 「アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン、女王陛下の勅使として参上致しました」 「お勤め、ご苦労さまなことじゃな」 オールド・オスマンは扉の向こうに聞こえぬ程度の声で呟くと、席を立った。 同時にロングビルが扉を開き、廊下にいるアニエスを迎え入れる。 部屋に入ってきたアニエスと、魔法衛士隊の服を着て帽子を深くかぶった男、なんとも奇妙な組み合わせだった。 どちらかといえば、シュヴァリエとはいえ平民出のアニエスよりは、メイジである魔法衛士の方が勅使として適切ではないだろうか。 疑問に思っているロングビルを横目に、オールド・オスマンとアニエスは話を進めていた。 ロングビルは、気を利かせて退室すべきかと考えたが、それを見かけたアニエスがロングビルを引き留めた。 「ああ、マチルダ…いや、ミス・ロングビルにも関わりのある話なのだが」 ロングビルの瞳が大きく見開かれた。 冷や汗がドッと吹き出る、逃げるべきか、それともしらを切るべきか…と考えたところで、自分の狼狽えぶりに気が付いた。 これでは疑ってくれと言っているようなものだ、ロングビルはドアノブに伸ばした手を引き戻し、アニエスが指さしているソファに座った。 オールド・オスマンとロングビルが並び、アニエスはオールド・オスマンと向かい合わせに座る。 もう一人の魔法衛士はソファに座らず、アニエスの後ろで黙って立っていた。 「それで、ご用の向きとは」 オールド・オスマンが静かに口を開く。 あえて先ほどの『マチルダ・オブ・サウスゴータ』という名には触れないでおいた、オールド・オスマンも、ロングビルという名が偽名であると気づいていたが、本名を探るほど野暮なことをしても意味がないと思っていたのだ。 それに、ロングビルは否定するだろうが、オールド・オスマンにとってロングビルは誰よりも有能な秘書だった。 「昨日、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、並びにシエスタの両名に、シュヴァリエが下賜されることに決定しました」 「ほう、それは実に、いやまったく有り難いですな」 「野戦病院と化したタルブ村で実に340名を治癒し、その功績は多大なり……ということです。 翌々日に王宮から使いが来ますので、オールド・オスマンにも参列して頂きたい」 「それは願ってもないことですな、女王陛下のお姿も一目直に見たいと思っておりました」 どこか、相手を探るような雰囲気を漂わせたアニエスとオールド・オスマンは、お互いの腹を探りつつ話を進めていた。 日程や準備などの打ち合わせが終わるまで、ロングビルはじっと黙っていた。 先ほど呼ばれた本名、捨てたはずの本名、しかしティファニア達の前では名乗っているマチルダという名前。 なぜそれを言ったのか、気になって気になって仕方がなかった。 「ところで、もう一つの用ですが……」 ハッとなって顔を上げる。 アニエスがじっとマチルダの顔を見つめていた、その表情に油断はない。 床に置いた剣をいつでも抜けるのか、腰に下げた銃をいつでも発射できるからであろうか、それとも後ろにいる魔法衛士を信頼しているからであろうか、アニエスはまるで威嚇するかのようにロングビルを見つめていた。 「タルブ草原で王家ゆかりのものを探し、届けてくれた礼にと、ミス・ロングビルにも王宮に来て頂きたいのです。それともマチルダ・オブ・サウスゴータとして来て頂いても構いません」 ロングビルは、アニエスを白々しい奴だ、と思った。 「……私はロングビルです、マチルダなどという者は知りません」 「いや、貴方は確かにマチルダ・オブ・サウスゴータだ。オールド・オスマンはそのことをご存じで?」 「はて、ミス・アニエスが何を言いたいのか、よくわかりませんな。彼女は優秀な秘書、それ以上でもそれ以下でもありませんぞ」 オールド・オスマンの瞳はとても深い気がした、アニエスはその得体の知れない雰囲気に、視線を外しそうになったが、尻と背筋に力を入れて我慢した。 先ほどより少しだけ低い声で、オールド・オスマンが呟く。 「王宮に出頭させる理由は他にあるのでしょう。何をお疑いになっているのか知りませんが、彼女はここにいる限りは優秀な秘書ですな」 飄々としている、スケベで下世話な老人。それがオールド・オスマンを取り巻く噂だった。 アニエスは老メイジとして尊敬されるオールド・オスマンと、スケベ爺として嫌われるオールド・オスマン、そのどちらが本当のオスマンなのか、見極めるつもりでいた。 だが、どちらでもない。 エルフ並みに長く生きていると呼ばれているのは伊達ではないのだろう。 もしかしたら、人間の中では一番『石仮面』に近いのではないかと思わせるほど、オスマンの雰囲気は不気味だった。 「……アルビオン出身の貴族、それもレコン・キスタ以前のアルビオンから貴族の立場を逐われた者です。疑うなと言うのは無理があります」 少し間を置いてから、絞り出すようにアニエスが言葉を放つ。 オールド・オスマンはソファに背を預け、口ひげを撫でつつつ、ふむ、と呟いた。 隣に座るロングビルの表情はあくまでも硬い。 ロングビルは、デルフリンガーが何か喋ったのではないかと不安になっていた、少なくともタルブ草原でアニエスに出くわした時は、デルフリンガーはロングビルを『偶然拾った人』と位置づけていた。 『いやー、悪かったな姉ちゃん!俺はそこの騎士さんに用があったんだ、王宮に届けるまでもなかったなあ』 大げさに喋るデルフリンガーを思いだし、少しだけ気が紛れた。 沈黙が重い。 ロングビルは、なぜ自分はこんなにも困惑しているのか、ふと気づいた。 今の立場が、存外に楽しかったのだ、それなりの給料、気だてのいいシエスタ、美味い料理を作るマルトー、情報収集、裏でのルイズとの繋がり。 なんだかんだと、自分はこの環境に慣れてしまっていたのだ、むしろ気に入っていると言えるほどこの環境に落ち着いている。 オールド・オスマンが自分をかばってくれるのは有り難いが、王宮に睨まれては、ここには居られない。 また盗賊生活に戻ろうか……そこまで考えたところで、アニエスが意外なことを言井、ロングビルを驚かせた。 「しかし、オールド・オスマンが信頼されているのでしたら、こちらも目を瞑りましょう。その代わり一つ条件があります」 「条件とは?」 オスマンが呟くと、アニエスが間髪入れず答える。 「ミス・マチルダへの質問。およびその内容の秘匿」 「どうやら、その質問とやらが本題みたいじゃの。別室を用意させた方が良いかのう?」 「ここで結構です、むしろ、オールド・オスマンにも知って頂かねばならぬ事だと認識しておりますから」 オールド・オスマンは手を髭から離し、臍の上で両手を重ねた。隣に座るロングビルを見て、同意を取る。 「ミス・ロングビル。かまわんかね?」 「はい。どうせ拒否権なんて与えないつもりでしょうから」 ロングビルの言葉にアニエスが苦笑しつつ、アニエスは席を立った。 アニエスは剣を腰に下げ直しつつ、いつでも剣を抜けるような気構えでロングビルの脇に立った。 そして、魔法衛士がアニエスの代わりにロングビルと向かい合う席に座り、ゆっくりと帽子を取った。 「久しぶりだね、マチルダ」 帽子の下から現れた顔を見て、ロングビルは…いや、マチルダは息をのんだ。 そこにいるのは魔法衛士などではない、旧アルビオン王国皇太子、ウェールズだった。 「……!!」 袖の中に隠した杖を手にしようとして、マチルダは思いとどまる。 隣に立つアニエスはマチルダがルーンを詠唱する前に剣を振り下ろすだろう。 既に自分は動きを封じられているのだと悟り、深く呼吸をして、こわばった体をほぐした。 隣に座るオールド・オスマンは知らんぷりをしているが、目の前にいる人物が何者であるか知らぬはずがない。 皇太子を前にして、顔色一つ替えないあたり、オールド・オスマンはだてに長生きしていないらしい。 「家名を失った私に何のご用ですか」 震えそうになる声を必死に押さえつつ、マチルダは呟いた。 「……本当のことを教えて欲しいんだ。僕は、大公が反逆を企てていたとしか聞いていない。だが僕にはどうしてもそれが信じられないんだ」 「今更、今更そんな話を!」 立ち上がろうとしたマチルダを見て、アニエスは剣の柄に手をかけたが、その刃を見せることはなかった。 オールド・オスマンがマチルダの腕を掴み、波紋で静止していたのだ。 「落ち着きなさい」 低くて柔らかい声で、オールド・オスマンが呟く。 息を荒げて、怒りに身を任せようとしていたロングビルも、自分の体が動かないことを悟り、無理に動こうとせず呼吸を整えることにした。 「ミス・ロングビルには辛いことかもしれんが、いまいち話が飲み込めん。そこでじゃ、まずはそちらから事の経緯を説明してくれんかな」 オールド・オスマンの言葉を聞いて、ウェールズは静かに頷き、静かに語り出した。 ウェールズの話は、アルビオン王家で起こったお家騒動の話だった。 王弟である時の大公が国家への重大な反逆を企てていたので、時の王ジェームズ一世が大公を出頭させようとした。 ところが、大公は別荘地に私兵を集め、徹底抗戦の構えを見せたため、やむなく討伐したという話だった。 ウェールズが世話になった乳母や、子供の頃に遊び相手として遊んだ者達も、皆反逆の片棒を担いだという理由で、殺されたのだ。 ウェールズはそれがどうしても納得いかず、独自に調査をしていたが、それに関係する資料は極めて乏しかった。 大公の邸宅から没収されたとされる王家の宝物目録にも、手を加えられた跡があったが、それが何を意味するのかよく理解できなかった。 ある日ウェールズは、父親であり、王であるジェームズ一世に直接質問をした。 大公は本当に反逆を企てていたのか、反逆だとしても、どんな理由があって処刑などしたのか、と。 ジェームズ一世はただ一言、『始祖ブリミルに対する重大な反逆である』としか語らなかった。 それから幾年月が過ぎ、アルビオン王家はレコン・キスタによって、まるでその時の報いを受けるかのように、滅ぼされてしまった。 今では王家の血を引く者は自分一人だと、ウェールズは寂しそうに言った。 「それで、あたしにそんな話を聞かせてどうしようって言うのさ」 マチルダの口調が秘書としてのものから、盗賊『土くれのフーケ』に変わっていく。 オールド・オスマンに聞かれてしまうにも関わらず、口調は荒くなっていった。 「君が今までどんな目にあったのか、僕には分からない。力を貸してくれとも言えない。だが、せめて君の立場から、サウスゴータ太守の視点からあの事件を説明して欲しい」 「今更そんな話をしてどうしろって言うんだい!みんな殺されちまったんだ、あんた達に!何もかも遅すぎるんだよ!!」 オールド・オスマンの波紋による制止を振り切って、マチルダが立ち上がり、袖に隠し持った杖を向けた。 すかさず隣に立つアニエスが剣を抜き、ロングビルの喉元に突きつけようとする。 「アニエス、やめたまえ」 ウェールズがそれを咎めた。 「…しかし」 「いい。当然の事だ」 「はっ」 マチルダの怒りは膨れあがり、何らかの魔法でウェールズを殺す一歩手前だった。 アニエスに喉を切り裂かれようが、一呼吸あればウェールズを殺せるはず。 服であろうが装飾品であろうが、あるいはこのテーブルであろうが、何もかも金属の槍に練金して、ウェールズを刺し貫くことができるはずなのだ。 だが、あと一歩、あと一歩のところで踏みとどまってしまう。 ウェールズは杖にも手をかけず、アニエスを下がらせている、これではまるで殺してくれと言っているようなものだ。 にもかかわらず、ウェールズはなんの恐れも無く、堂々としてマチルダの殺意に満ちた視線を受け止めている。 「……ッ! 何か言いなさいよ!」 どう見ても優位にあるのはマチルダだったが、その手は震えていた。 対してウェールズは静かに一言、答えた。 「やりたまえ、君にはその権利がある」 今ウェールズを殺せば、復讐が果たせる。 両親を殺され、貴族の立場を奪われた自分が、今まで土くれのフーケとして貴族達から財産を奪い続けてきたのは何のためだったか。 すべては復讐のためだった、アルビオン王家に復讐するために、盗賊として生きることを決心したのだ。 本当にそうだろうか。 自分は、復讐しようにもアルビオンには手が届かなかったから、トリステインにやってきたのではないか。 いや、復讐を果たすことよりも、ティファニアを守るために盗賊になったのではないか。 ティファニアのために盗賊になったのか、復讐のために盗賊になったのか、そして今自分がロングビルと名乗り魔法学院にいるのは何のためか。 何年か前、マチルダは、アルビオン王家を打倒しようと目論む貴族派の存在を知り、ティファニアにその話をした。 別に、貴族派に協力したいわけではない、ただ、貴族派が王党派を困らせてやればいいのに、という軽い気持ちで話しただけだ。 しかしティファニアは違った、軽い気持ちで言ったとか、そんなことは関係なく、マチルダに『復讐なんて危ないことはやめて』と言ってきたのだ。 王家の人を恨んではいない、財産も何もいらない、ただマチルダ姉さんと子供達と一緒に暮らしていければそれでいいのだからと、何度も何度も言っていた。 復讐が復讐を生み、恨みは恨みを生む、だから自分でその恨みを終わらせればいいと言っていた。 マチルダはそんなティファニアを、心底から愛おしく、そして不憫に思った。 今、ウェールズを殺せば、敵を討ったことにはなるかもしれない。 たとえウェールズが何も知らなくても、旧アルビオン王家の生き残りである彼を殺せば、敵は討ったことになるはずだ。 殺してやりたい、殺してやりたい殺してやりたい…… ……けど、本当にそうだろうか? 不意に、ルイズの言葉が脳裏に浮かぶ、ルイズと戦ったあの時の映像と共に、鮮明な映像がフラッシュバックした。 『…ねえ、あなた、欲しいものは何? 貴方は何が欲しかったの?』 『貴方はきっとお友達を作るわ、だって、貴方が言った『平穏』は『家族と過ごす平穏』でしょう? 貴方は寂しがりや…私と同じ…』 カラン、と音を立てて、マチルダの手から杖が落ちた。 足から力が抜けてしまい、どすんと音を立ててソファに腰を下ろしてしまう。 「うっ…ううう……何で、何で今更……何で……」 両手で顔を覆い、マチルダは泣いた。 「あたしに、あたしにどうしろって言うのさあっ……!」 本当は復讐など何にもならないと解っていた、人を何人殺しても、この世の帝王になったとしても、家族は二度と帰ってこないのだ。 それを知っていたはずなのに、なぜ自分は『復讐』にこだわって、土くれのフーケとして貴族相手に盗みをはたらいていたのだろうか。 何の意味もないことだと解っていたが、意味がないと気づいてしまうと、それこそ自分の生きる目的が無くなってしまう気がしていたのだ。 マチルダのつけていた仮面、『土くれのフーケ』の仮面、『復讐者』の仮面が、今この瞬間に崩れて消えた。 To Be Continued→ ----
トリステインの王宮で、アンリエッタはため息をついた。 女王に即位したはよいものの、その激務に疲れ切っていたのだ。 父王、祖父王の姿を思い浮かべれば、確かに玉座に座っている姿はあまり覚えていない。 バルコニーで手を振る姿よりも、執務だと言って誰かと会って話をしている姿ばかりが目に浮かんできた。 戴冠式を終えて女王となったアンリエッタは国内外の客と会うことが格段に多くなった、内政と外交の重荷がどれほどのものだったのか、それを実感した。 今までそれを担ってきたマザリーニの苦労は如何ばかりかと、心底マザリーニを尊敬できる気がした。 その上、女王となった事でウェールズ皇太子が王宮に居られなくなってしまった、理由はよく分からないが、政治とはそういうものらしい。 ウェールズの立場は極めて微妙だと、理屈では分かっているが心情ではそれを受け入れられない。 自分を支えてくれていたウェールズとの逢い引きも出来なくなってしまい、アンリエッタは途方にくれていた。 そしてもう一つ、ルイズの行方が知れないのだ、ルイズの存在は誰にも気づかれてはいけない、特にラ・ヴァリエール家に知られることだけは絶対に避けなければならなかった。 隠密での調査は思うようにいかず、遅々として進まなかった。 この後、ウェールズ皇太子の亡命政権について、聴きたくもない政治の腹黒い駆け引きを聴きつつ、会議をしなければならない。 もし、自分にルイズのような力があれば、もし自分とウェールズにルイズのような力があれば、誰にも邪魔されることなく二人で生きていけるのではないか… そこまで考えて、アンリエッタは頭を振った。 『食屍鬼は作らない』そう約束して、吸血鬼の恐怖を世に撒き散らさぬよう務めているルイズに申し訳ないと思ったからだ。 ある意味ではウェールズ以上に身近な存在、ルイズの帰りを、アンリエッタは心底から待ち望んでいた。 一方、アニエスを乗せた馬車が、魔法学院へと砂埃を立てつつ進んでいた。 王宮からの勅使を乗せるきらびやかな馬車ではなく、中流の貴族がプライベートで使うような、必要最低限の装飾が施された黒塗りの馬車だった。 黒は光を反射して紫檀のように紫色に反射している、貴族の間では珍しくもない馬車かもしれないが、平民に威圧感を与えるには十分なものであろう。 馬車の中から外を見つめ続けているのは、先日シュヴァリエの称号を賜ったアニエスだった。 どこか居づらそうにしているのは、貴族用の馬車に乗っているからではなく、別の理由があるようだった。 ちらりと、同乗者を見やる。 魔法衛士隊の服を着た男は、目を閉じて沈黙していたが、その雰囲気はどこか重々しかった。 魔法学院に到着した馬車から、アニエスともう一人の男が降りる。 それを見た魔法学院の衛兵は驚きつつご用の向きを聴いたが、アニエスは「学院長に取り次いでくれ」としか言わなかった。 もう一人の衛兵が慌てて学院長へ知らせようと、本塔に走っていく。 アニエスは残った衛兵に「王宮からの急務だ」と言い放つと、先に走っていった衛兵の後を追うように魔法学院の中へと入り込んでいった。 あらかじめマザリーニが手配した魔法学院の見取り図を頭にたたき込んでいるため、案内が居なくとも場所は分かっている。 魔法学院の学院長はかなりの高齢だと聞いている、昼寝でもしているかも知れない、だがそれならそれで好都合だ。 「王宮より勅使が参りました!アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランと名乗っておりますが…あっ」 オールド・オスマンは廊下から聞こえてきた衛兵の声に顔をしかめた。 アニエスという名は何度か耳にしている。 王宮に入り込んだ卑しい粉ひき娘がいると、旧知の者から聞いていたのだ。 ゲルマニアと違って貴族至上主義のトリステインでは珍しい、と思っていたのだが、その人物がシュヴァリエを名乗り、魔法学院にやって来る理由が想像できなかった。 扉越しに、今度は女性の声が聞こえてきた。 「アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン、女王陛下の勅使として参上致しました」 「お勤め、ご苦労さまなことじゃな」 オールド・オスマンは扉の向こうに聞こえぬ程度の声で呟くと、席を立った。 同時にロングビルが扉を開き、廊下にいるアニエスを迎え入れる。 部屋に入ってきたアニエスと、魔法衛士隊の服を着て帽子を深くかぶった男、なんとも奇妙な組み合わせだった。 どちらかといえば、シュヴァリエとはいえ平民出のアニエスよりは、メイジである魔法衛士の方が勅使として適切ではないだろうか。 疑問に思っているロングビルを横目に、オールド・オスマンとアニエスは話を進めていた。 ロングビルは、気を利かせて退室すべきかと考えたが、それを見かけたアニエスがロングビルを引き留めた。 「ああ、マチルダ…いや、ミス・ロングビルにも関わりのある話なのだが」 ロングビルの瞳が大きく見開かれた。 冷や汗がドッと吹き出る、逃げるべきか、それともしらを切るべきか…と考えたところで、自分の狼狽えぶりに気が付いた。 これでは疑ってくれと言っているようなものだ、ロングビルはドアノブに伸ばした手を引き戻し、アニエスが指さしているソファに座った。 オールド・オスマンとロングビルが並び、アニエスはオールド・オスマンと向かい合わせに座る。 もう一人の魔法衛士はソファに座らず、アニエスの後ろで黙って立っていた。 「それで、ご用の向きとは」 オールド・オスマンが静かに口を開く。 あえて先ほどの『マチルダ・オブ・サウスゴータ』という名には触れないでおいた、オールド・オスマンも、ロングビルという名が偽名であると気づいていたが、本名を探るほど野暮なことをしても意味がないと思っていたのだ。 それに、ロングビルは否定するだろうが、オールド・オスマンにとってロングビルは誰よりも有能な秘書だった。 「昨日、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、並びにシエスタの両名に、シュヴァリエが下賜されることに決定しました」 「ほう、それは実に、いやまったく有り難いですな」 「野戦病院と化したタルブ村で実に340名を治癒し、その功績は多大なり……ということです。 翌々日に王宮から使いが来ますので、オールド・オスマンにも参列して頂きたい」 「それは願ってもないことですな、女王陛下のお姿も一目直に見たいと思っておりました」 どこか、相手を探るような雰囲気を漂わせたアニエスとオールド・オスマンは、お互いの腹を探りつつ話を進めていた。 日程や準備などの打ち合わせが終わるまで、ロングビルはじっと黙っていた。 先ほど呼ばれた本名、捨てたはずの本名、しかしティファニア達の前では名乗っているマチルダという名前。 なぜそれを言ったのか、気になって気になって仕方がなかった。 「ところで、もう一つの用ですが……」 ハッとなって顔を上げる。 アニエスがじっとマチルダの顔を見つめていた、その表情に油断はない。 床に置いた剣をいつでも抜けるのか、腰に下げた銃をいつでも発射できるからであろうか、それとも後ろにいる魔法衛士を信頼しているからであろうか、アニエスはまるで威嚇するかのようにロングビルを見つめていた。 「タルブ草原で王家ゆかりのものを探し、届けてくれた礼にと、ミス・ロングビルにも王宮に来て頂きたいのです。それともマチルダ・オブ・サウスゴータとして来て頂いても構いません」 ロングビルは、アニエスを白々しい奴だ、と思った。 「……私はロングビルです、マチルダなどという者は知りません」 「いや、貴方は確かにマチルダ・オブ・サウスゴータだ。オールド・オスマンはそのことをご存じで?」 「はて、ミス・アニエスが何を言いたいのか、よくわかりませんな。彼女は優秀な秘書、それ以上でもそれ以下でもありませんぞ」 オールド・オスマンの瞳はとても深い気がした、アニエスはその得体の知れない雰囲気に、視線を外しそうになったが、尻と背筋に力を入れて我慢した。 先ほどより少しだけ低い声で、オールド・オスマンが呟く。 「王宮に出頭させる理由は他にあるのでしょう。何をお疑いになっているのか知りませんが、彼女はここにいる限りは優秀な秘書ですな」 飄々としている、スケベで下世話な老人。それがオールド・オスマンを取り巻く噂だった。 アニエスは老メイジとして尊敬されるオールド・オスマンと、スケベ爺として嫌われるオールド・オスマン、そのどちらが本当のオスマンなのか、見極めるつもりでいた。 だが、どちらでもない。 エルフ並みに長く生きていると呼ばれているのは伊達ではないのだろう。 もしかしたら、人間の中では一番『石仮面』に近いのではないかと思わせるほど、オスマンの雰囲気は不気味だった。 「……アルビオン出身の貴族、それもレコン・キスタ以前のアルビオンから貴族の立場を逐われた者です。疑うなと言うのは無理があります」 少し間を置いてから、絞り出すようにアニエスが言葉を放つ。 オールド・オスマンはソファに背を預け、口ひげを撫でつつつ、ふむ、と呟いた。 隣に座るロングビルの表情はあくまでも硬い。 ロングビルは、デルフリンガーが何か喋ったのではないかと不安になっていた、少なくともタルブ草原でアニエスに出くわした時は、デルフリンガーはロングビルを『偶然拾った人』と位置づけていた。 『いやー、悪かったな姉ちゃん!俺はそこの騎士さんに用があったんだ、王宮に届けるまでもなかったなあ』 大げさに喋るデルフリンガーを思いだし、少しだけ気が紛れた。 沈黙が重い。 ロングビルは、なぜ自分はこんなにも困惑しているのか、ふと気づいた。 今の立場が、存外に楽しかったのだ、それなりの給料、気だてのいいシエスタ、美味い料理を作るマルトー、情報収集、裏でのルイズとの繋がり。 なんだかんだと、自分はこの環境に慣れてしまっていたのだ、むしろ気に入っていると言えるほどこの環境に落ち着いている。 オールド・オスマンが自分をかばってくれるのは有り難いが、王宮に睨まれては、ここには居られない。 また盗賊生活に戻ろうか……そこまで考えたところで、アニエスが意外なことを言井、ロングビルを驚かせた。 「しかし、オールド・オスマンが信頼されているのでしたら、こちらも目を瞑りましょう。その代わり一つ条件があります」 「条件とは?」 オスマンが呟くと、アニエスが間髪入れず答える。 「ミス・マチルダへの質問。およびその内容の秘匿」 「どうやら、その質問とやらが本題みたいじゃの。別室を用意させた方が良いかのう?」 「ここで結構です、むしろ、オールド・オスマンにも知って頂かねばならぬ事だと認識しておりますから」 オールド・オスマンは手を髭から離し、臍の上で両手を重ねた。隣に座るロングビルを見て、同意を取る。 「ミス・ロングビル。かまわんかね?」 「はい。どうせ拒否権なんて与えないつもりでしょうから」 ロングビルの言葉にアニエスが苦笑しつつ、アニエスは席を立った。 アニエスは剣を腰に下げ直しつつ、いつでも剣を抜けるような気構えでロングビルの脇に立った。 そして、魔法衛士がアニエスの代わりにロングビルと向かい合う席に座り、ゆっくりと帽子を取った。 「久しぶりだね、マチルダ」 帽子の下から現れた顔を見て、ロングビルは…いや、マチルダは息をのんだ。 そこにいるのは魔法衛士などではない、旧アルビオン王国皇太子、ウェールズだった。 「……!!」 袖の中に隠した杖を手にしようとして、マチルダは思いとどまる。 隣に立つアニエスはマチルダがルーンを詠唱する前に剣を振り下ろすだろう。 既に自分は動きを封じられているのだと悟り、深く呼吸をして、こわばった体をほぐした。 隣に座るオールド・オスマンは知らんぷりをしているが、目の前にいる人物が何者であるか知らぬはずがない。 皇太子を前にして、顔色一つ替えないあたり、オールド・オスマンはだてに長生きしていないらしい。 「家名を失った私に何のご用ですか」 震えそうになる声を必死に押さえつつ、マチルダは呟いた。 「……本当のことを教えて欲しいんだ。僕は、大公が反逆を企てていたとしか聞いていない。だが僕にはどうしてもそれが信じられないんだ」 「今更、今更そんな話を!」 立ち上がろうとしたマチルダを見て、アニエスは剣の柄に手をかけたが、その刃を見せることはなかった。 オールド・オスマンがマチルダの腕を掴み、波紋で静止していたのだ。 「落ち着きなさい」 低くて柔らかい声で、オールド・オスマンが呟く。 息を荒げて、怒りに身を任せようとしていたロングビルも、自分の体が動かないことを悟り、無理に動こうとせず呼吸を整えることにした。 「ミス・ロングビルには辛いことかもしれんが、いまいち話が飲み込めん。そこでじゃ、まずはそちらから事の経緯を説明してくれんかな」 オールド・オスマンの言葉を聞いて、ウェールズは静かに頷き、静かに語り出した。 ウェールズの話は、アルビオン王家で起こったお家騒動の話だった。 王弟である時の大公が国家への重大な反逆を企てていたので、時の王ジェームズ一世が大公を出頭させようとした。 ところが、大公は別荘地に私兵を集め、徹底抗戦の構えを見せたため、やむなく討伐したという話だった。 ウェールズが世話になった乳母や、子供の頃に遊び相手として遊んだ者達も、皆反逆の片棒を担いだという理由で、殺されたのだ。 ウェールズはそれがどうしても納得いかず、独自に調査をしていたが、それに関係する資料は極めて乏しかった。 大公の邸宅から没収されたとされる王家の宝物目録にも、手を加えられた跡があったが、それが何を意味するのかよく理解できなかった。 ある日ウェールズは、父親であり、王であるジェームズ一世に直接質問をした。 大公は本当に反逆を企てていたのか、反逆だとしても、どんな理由があって処刑などしたのか、と。 ジェームズ一世はただ一言、『始祖ブリミルに対する重大な反逆である』としか語らなかった。 それから幾年月が過ぎ、アルビオン王家はレコン・キスタによって、まるでその時の報いを受けるかのように、滅ぼされてしまった。 今では王家の血を引く者は自分一人だと、ウェールズは寂しそうに言った。 「それで、あたしにそんな話を聞かせてどうしようって言うのさ」 マチルダの口調が秘書としてのものから、盗賊『土くれのフーケ』に変わっていく。 オールド・オスマンに聞かれてしまうにも関わらず、口調は荒くなっていった。 「君が今までどんな目にあったのか、僕には分からない。力を貸してくれとも言えない。だが、せめて君の立場から、サウスゴータ太守の視点からあの事件を説明して欲しい」 「今更そんな話をしてどうしろって言うんだい!みんな殺されちまったんだ、あんた達に!何もかも遅すぎるんだよ!!」 オールド・オスマンの波紋による制止を振り切って、マチルダが立ち上がり、袖に隠し持った杖を向けた。 すかさず隣に立つアニエスが剣を抜き、ロングビルの喉元に突きつけようとする。 「アニエス、やめたまえ」 ウェールズがそれを咎めた。 「…しかし」 「いい。当然の事だ」 「はっ」 マチルダの怒りは膨れあがり、何らかの魔法でウェールズを殺す一歩手前だった。 アニエスに喉を切り裂かれようが、一呼吸あればウェールズを殺せるはず。 服であろうが装飾品であろうが、あるいはこのテーブルであろうが、何もかも金属の槍に練金して、ウェールズを刺し貫くことができるはずなのだ。 だが、あと一歩、あと一歩のところで踏みとどまってしまう。 ウェールズは杖にも手をかけず、アニエスを下がらせている、これではまるで殺してくれと言っているようなものだ。 にもかかわらず、ウェールズはなんの恐れも無く、堂々としてマチルダの殺意に満ちた視線を受け止めている。 「……ッ! 何か言いなさいよ!」 どう見ても優位にあるのはマチルダだったが、その手は震えていた。 対してウェールズは静かに一言、答えた。 「やりたまえ、君にはその権利がある」 今ウェールズを殺せば、復讐が果たせる。 両親を殺され、貴族の立場を奪われた自分が、今まで土くれのフーケとして貴族達から財産を奪い続けてきたのは何のためだったか。 すべては復讐のためだった、アルビオン王家に復讐するために、盗賊として生きることを決心したのだ。 本当にそうだろうか。 自分は、復讐しようにもアルビオンには手が届かなかったから、トリステインにやってきたのではないか。 いや、復讐を果たすことよりも、ティファニアを守るために盗賊になったのではないか。 ティファニアのために盗賊になったのか、復讐のために盗賊になったのか、そして今自分がロングビルと名乗り魔法学院にいるのは何のためか。 何年か前、マチルダは、アルビオン王家を打倒しようと目論む貴族派の存在を知り、ティファニアにその話をした。 別に、貴族派に協力したいわけではない、ただ、貴族派が王党派を困らせてやればいいのに、という軽い気持ちで話しただけだ。 しかしティファニアは違った、軽い気持ちで言ったとか、そんなことは関係なく、マチルダに『復讐なんて危ないことはやめて』と言ってきたのだ。 王家の人を恨んではいない、財産も何もいらない、ただマチルダ姉さんと子供達と一緒に暮らしていければそれでいいのだからと、何度も何度も言っていた。 復讐が復讐を生み、恨みは恨みを生む、だから自分でその恨みを終わらせればいいと言っていた。 マチルダはそんなティファニアを、心底から愛おしく、そして不憫に思った。 今、ウェールズを殺せば、敵を討ったことにはなるかもしれない。 たとえウェールズが何も知らなくても、旧アルビオン王家の生き残りである彼を殺せば、敵は討ったことになるはずだ。 殺してやりたい、殺してやりたい殺してやりたい…… ……けど、本当にそうだろうか? 不意に、ルイズの言葉が脳裏に浮かぶ、ルイズと戦ったあの時の映像と共に、鮮明な映像がフラッシュバックした。 『…ねえ、あなた、欲しいものは何? 貴方は何が欲しかったの?』 『貴方はきっとお友達を作るわ、だって、貴方が言った『平穏』は『家族と過ごす平穏』でしょう? 貴方は寂しがりや…私と同じ…』 カラン、と音を立てて、マチルダの手から杖が落ちた。 足から力が抜けてしまい、どすんと音を立ててソファに腰を下ろしてしまう。 「うっ…ううう……何で、何で今更……何で……」 両手で顔を覆い、マチルダは泣いた。 「あたしに、あたしにどうしろって言うのさあっ……!」 本当は復讐など何にもならないと解っていた、人を何人殺しても、この世の帝王になったとしても、家族は二度と帰ってこないのだ。 それを知っていたはずなのに、なぜ自分は『復讐』にこだわって、土くれのフーケとして貴族相手に盗みをはたらいていたのだろうか。 何の意味もないことだと解っていたが、意味がないと気づいてしまうと、それこそ自分の生きる目的が無くなってしまう気がしていたのだ。 マチルダのつけていた仮面、『土くれのフーケ』の仮面、『復讐者』の仮面が、今この瞬間に崩れて消えた。 [[To Be Continued→>仮面のルイズ-46]] ---- [[戻る>仮面のルイズ-44]] [[目次へ>仮面のルイズ]]

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