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仮面のルイズ-44 - (2008/01/15 (火) 11:42:33) のソース

トリステインの城下町、ブルドンネ街では、タルブ戦の戦勝記念パレードが行われていた。 
聖獣ユニコーンが先頭をゆく馬車を引いており、その馬車にはアンリエッタが乗っていた。 
王女の馬車に続き、戦争に参加した高名な貴族達の馬車がゆっくりと後を追う、その周囲には魔法衛士隊が警護を務めており、華やかさと凛々しさを備えた見事なパレードとなっていた。 

「アンリエッタ王女万歳!」「トリステイン万歳!」「ウェールズ王子万歳!」 

観衆の熱狂もすさまじく、通りに面した建物の中から外から、パレードに向けて歓声が投げかけられていた。 
この戦いでアルビオンの巨艦『レキシントン』を打ち破ったのが、アンリエッタとウェールズの魔法であることは既に知られている。 
優れたるトリステインのメイジ達は、数で勝るアルビオンの軍を押しのけ、その上戦艦を落とすほどの魔法を放ったと噂が流れていた。 
その噂は半分が正解で、半分が嘘だ。 
だが、圧倒的に不利な戦争を勝利したという事実が、その噂に信憑性を与えていた。 

いつの間にかアンリエッタへの人気は、貴族平民を問わず高まり、聖女とまで呼ばれるようになっていた。 
マザリーニはここぞとばかりに、トリステインに亡命していたウェールズの存在を明らかにした。 
『王家にのみ伝わる始祖ブリミルの大魔法』により、アンリエッタとウェールズがトリステインを勝利に導いた、と。 

神聖アルビオン帝国の卑怯なだまし討ちを流布した上で、一日か二日遅れてウェールズとアンリエッタの噂を流す。 
少々英雄譚じみた噂は予想以上に効果があり、世論はウェールズに同情的、かつアンリエッタとの結婚を望む声が大きくなっていた。 

戦勝記念のパレードが終わり次第、アンリエッタは戴冠式を受けることが決定している。 
アンリエッタの母である太后マリアンヌより王冠を受け渡され、晴れてアンリエッタは王女から女王になるのだ。 
マザリーニ枢機卿を筆頭にして、主立った貴族達は皆これに賛同しており、隣国ゲルマニアへの牽制も兼ねて反対する者は皆無であった。 
ゲルマニアとの軍事同盟を保ちつつ、ゲルマニア皇帝とアンリエッタとの婚約を破棄するために、少しでもアンリエッタの立場を高めておく意図もあった。 
アルビオンの空軍がどれほど強大かはゲルマニアもよく知っているし、その矛先が自分たちにも向けられているのも知っている。 
それをトリステインは一国で退けたのだから、ゲルマニアにとってトリステインとの軍事同盟は無くてはならぬものなのだ。 

馬車の中から手を振るアンリエッタの笑顔は、大きな戦に勝ったというのに、決して浮かれてはいなかった。 
凛々しく、そしてどこか慈しむような眼で、観衆に向かって手を振っていた。 
ゲルマニア皇帝との婚約は解消される予定であり、いずれはウェールズ皇太子と結婚し、二人の恋は結ばれようとしているのに、アンリエッタの笑顔にはほんの少しの陰りがあった。 


ブルドンネ街の中央広場には、何人かの衛士に護衛され、監視されている者達がいた。 
彼らは捕虜となったアルビオンの貴族達だが、貴族である以上はそれなりの待遇がある、彼らは杖を取り上げられ、監視されながら捕虜として過ごしていた。 
だまし討ちという不名誉極まりない戦い方をしたアルビオンの軍人だが、軍人としての職務を全うするために行った戦法であり、彼ら自身には責任はないと判断されている。 
そのため、檻に入れられるわけでもなく、トリステインの城下町であれば監視付きで自由に行動できるのだ。 
もし彼らが逃げ出そうものなら、逃げ出した者達は貴族の名誉も、家名も地に落ちてしまう。 
誇りを重んじる彼らにとって、それが死に等しい行為であると自覚している。 
だからこそ、彼らは決して逃げ出そうともせずパレードを見つめてていた。 
「ああ」 


捕虜の一団の中から、精悍な顔立ちの男が「おお!」と声を上げた。
アンリエッタの乗る馬車の後ろ…ウェールズ皇太子の乗る馬車を見つけたのだ。 
声を上げた男は、アルビオンの戦艦に乗り数々の武勲を立てた男であり、雲の海を戦場としていた男であった。 
名をサー・ヘンリー・ボーウッド。彼は隣にいる一人の貴族を肘で小突きつつ、話しかけた。 
「ホレイショ、ぼくたちを負かした『聖女』と、殿下のお通りだ」 
ホレイショと呼ばれた貴族は、肥えた体を揺らしながら右手を自分のおでこにあて、困ったような仕草をしつつ答えた。 
「いや、まったく見事なものだ、ときにお二人は結婚されるのだろうかね。ボーウッド、君はどう思う?」 
二人は、戦艦の上で軍人として職務に就いている時とは別人に見えるほど、砕けた雰囲気で会話をしていた。 
「皮肉なものだ、王党派に弓を引いた僕が、今はトリステインでウェールズ皇太子が結婚されるのを楽しみにしている、本当に皮肉なものだ」 
「やはり君もお二人の結婚が楽しみなのか」 
「ああ」 

ボーウッドは職務に忠実な軍人であり、心情的には王党派であった。 
軍人である以上、上官が貴族派であっても逆らうことはできない。 
レキシントンの後甲板から指示を下したとき、何の迷いもなくトリステインに砲撃を加えていた。 
だが、それでも心の何処かで、彼自身、王党派としての心情と、貴族派の軍人としての職務の矛盾に苦しんでいたのかもしれない。 

捕虜になった今だからこそ、二人の結婚を祝福できる。 
ホレイショにしても、他の捕虜達にしてもその心情は同じだったようで、アンリエッタとウェールズ皇太子の馬車を見つめては、安堵ため息をついていた。 

「それにしてもだね、少し浮かれすぎではないかとも思うのだよ。いくら我々に勝利したとはいえ戦争が終わったわけではない。それに女王の即位など前例のないことを…」 
ホレイショの言葉を聞いて、ボーウッドは笑みを浮かべた。 
「ホレイショ、きみは歴史を勉強すべきだよ。かつてガリアで一例、トリステインでは二例、女王の即位があったはずだ」 
ボーウッドの言葉を聞いて、ホレイショはオーバーなしぐさで頭をかいた。 
「歴史か、なるほど。だとすれば僕たちは歴史の一ページになれたかね?」 
「数で勝る僕たちに勝利したのだから、歴史に刻まれぬはずはないだろう。それに、王家に伝わる巨大な魔法、あの謎の騎士、すべて驚くべき事づくめだ」 
ホレイショは体の贅肉をゆらしてハハハと笑った後、ボーウッドの肩に手を乗せた。 
「王家の魔法を直々に受けた僕らは、これを名誉なことと誇るべきかね!いや、負け惜しみではなく本当に名誉だと僕は思うのだ。その上、あのいけすかぬクロムウェル!」 
ボーウッドはクロムウェルと聞いて、複雑そうな表情をした。 
「クロムウェルが計画した、船を落として民草ごと焼き尽くす作戦を、あの光が!すべて消し飛ばした!驚いたね!」 
それに気づいたのか気づかないのか、ホレイショは興奮したまましゃべり続けた。 

ボーウッドは頷いた。 
ラ・ロシェール上空に現れた光の玉が、瞬く間に巨大にふくれあがり、ラ・ロシェールに向けて落ちようとしていた輸送船を跡形もなく消滅させてしまったのだ。 
驚くべきことに、その光は誰一人として殺さなかった、輸送船から脱出挺で避難した者達も、空を飛ぶ兵士達も、地上に落ちた我々も、誰一人として殺さなかった。 
未だ健在だった戦艦に対しても、風石を焼き尽くしただけで、人間への直接的な影響はなかった。 
光の津波はクロムウェルの発案した『悪あがき』のみを消滅させたのだ。 

既に高度を下げていた艦隊は、巨大な竜巻と巨大な光の本流を受けて、戦意を失った…いや、正確には、見とれてしまっていたのかもしれない。 
地上部隊もそれに見とれて戦意を喪失してしまったのか、戦いは止んでしまっていた。 
ボーウッドは知らぬことだが、あの光の本流は地上部隊の指揮官クラスに埋め込まれた『ルイズの肉片』を焼き尽くし、戦意を喪失させていたのだ。  

それは本当の意味で奇跡だったのかもしれない、なぜなら、本体を失った肉片がその後どうなるか……まだ、ルイズにすらはっきりとは分かっていないのだから。 


ボーウッドは軍人としての自分を思い出した。 
忠実に、確実にアルビオンが勝利できる戦法を考えたはずだ、いわば全力を出し切って、そして負けた。 
クロムウェルに荷担したとして斬首されてもおかしくはない、それでも、トリステインの奇跡に賞賛を送らずには居られなかった。 
「奇跡の光だね。まったく、あんな魔法は見たこともきいたこともない。いやはや、我が『祖国』は恐ろしい敵を相手にしたものだ!」 
ボーウッドは自分の声が少し大きすぎるかと思ったが、周りはパレードでもっとやかましい。 
こんな時でも声の大きさを気にしている自分が逆に恥ずかしくて、隣に立つホレイショに気づかれぬよう、顔を少し伏せて笑った。 


ふと、顔を上げると、ハルバードを持ったトリステインの兵士が目に入った、捕虜の一団を監視し、警護する役目を負った者だ。 
「きみ。そうだ、きみ」 
兵士は怪訝な顔をしたが、すぐにボーウッドに近寄る。 
「お呼びでしょうか? 閣下」 
兵士は丁寧な物腰でボーウッドの言葉を待った、捕虜であっても貴族には相応の礼儀を尽くすべく教育されているのだ。 
「ぼくの部下たちは不自由していないかね。食わせるものは食わせてくれているかね?」 
ボーウッドの質問に、兵士は直立不動のまま答えた。 
兵士の話によると、捕虜となったアルビオンの兵士達は一カ所に集められ、トリステイン軍への志願者を募っているらしい。 
そうでない者は強制労働が課されるが、戦勝の勢いとウェールズ皇太子の存在に押され、ほとんどの者達が志願する予定だそうだ。 
捕虜にも、強制労働を受ける者にも、決して餓えさせることはありませんと力強く答える兵士に、ボーウッドは苦笑を浮かべた。 
ボーウッドはおもむろにポケットから金貨を取り出すと、兵士にそれを渡した。 
「これで勝利を祝して、一杯やりたまえ」 
兵士は姿勢を正してから、にやっと笑って言った。 
「おそれながら、閣下のご健康のために、一杯いただくことにいたしましょう」 
立ち去っていく兵士を見つめながら、ボーウッドはどこか晴れ晴れとした気持ちで呟いた。 
「ホレイショ、もし、この忌々しい戦が終わって、国に帰れたらどうする?」 
「もう軍人は廃業するよ。なんなら杖を捨てたってかまわない。あんな魔法を体験してしまった後ではね」 
ボーウッドは大声で笑い出した。 
「気が合うな! ぼくも同じ気持ちだよ!」 

ボーウッドとホレイショが笑いあっている影で、一人の捕虜がつぶやいた。 
「あの『騎士』は、いったい何なのだ?」 
その呟きは、パレードにかき消されるように消えていった。 




時間は移り、夜、トリステインの王宮。 
久しぶりに屈託のない笑みを見せ、パレードに参加していたマザリーニも、執務室ではいつもの厳しい表情に戻る。 
幾人かの従者に指示を飛ばしつつ、先ほど急使によって届いた書状を確認する。 
ゲルマニアから届けられた書状には、アンリエッタとゲルマニア皇帝との婚約を解消する旨が書かれていた。 
軍事同盟は維持することになったが、以前とは違い、ゲルマニア側はトリステインを下手に見ることができなくなっていた。 
マザリーニは休憩すると言って従者を下がらせると、大きくため息をついて天井を見上げ、た。 
「石仮面殿は、どこにおられるやら」 

椅子から立ち上がり、窓から外を見ると、警護のマンティコアが月明かりに照らされているのが見えた。 
城下町の方角が、普段よりも明るそうに見えているのは、決して気のせいではないだろう。 
少なくともあと三日はお祭りのような雰囲気が続くと予想できた、その間城下町を警備する衛士が苦労する。 
お祭りの雰囲気に乗じて、間者が城下町に入り込むことも考えられる、マザリーニは情報収集を得意とするアニエスのつてで、城下町を探らせようと考えていた。 


ところでそのアニエスがまだ帰ってこない。 
彼女は、予定の時刻になっても『石仮面』が帰還しないので、タルブ村周辺で痕跡を探している。 
タルブ戦から数日が過ぎようとしていたが、未だになんの手がかりもないというのはおかしい。 
人間を遙かに超える吸血鬼の力、それを持ってしても、アルビオンの軍隊に立ち向かうのは容易なことではない。 
万が一、『石仮面』が…いや、ルイズが死んでしまったら、アンリエッタ姫は一生それを気に病んでしまうだろう。 

アンリエッタが女王となれば、今までマザリーニが担ってきた内政と外交、二つの重石が軽くなると思い喜んでいた。 
その二つをアンリエッタにまかせ、自分は相談役として退き、補佐に努めようと思っていた。 
しかし、このままではアンリエッタ姫が救われない、友達を戦場に行かせて死なせたとして自責の念に囚われてしまうかもしれない。 
もし、ウェールズ皇太子がアルビオン奪還を計画し、戦争を推し進めようとしたら、アンリエッタはルイズの敵を討とうと躍起になるだろう。 

それでは駄目だ。 
マザリーニは、権力と財力を知っている。 
知っているからこそ、権力でも、財力でも思い通りにならない事ばかりが起こるのだと、人生にあきらめを感じている。 
アンリエッタは、ウェールズは、暗君となるのであろうか、それとも『聖女』と称えられる名君になるのであろうか? 

マザリーニは月を見上げ、眼を細めた。 

コンコン、とノックの音が聞こえる。 
「アニエスが帰還しました」 
扉の外で待つ侍従に、マザリーニは間髪入れずに答えた。 
「すぐに、ここへ」 




アンリエッタはウェールズと共に、人気のない会議室へと向かっていた。 
パレードで見せていた笑顔はどこへいってしまったのか、アンリエッタは今にも泣き出しそうな表情をしている。 
ウェールズはアンリエッタを支えるように、その傍らを歩いていた。 
会議室にはすでにマザリーニと、アニエスがいて、二人の到着を待っていた。 
ウェールズとアンリエッタが会議室に入ると、アニエスが鍵を閉め、ウェールズがディティクト・マジックで室内を調査する。 
すると、机の上に置かれたものに、何か妙なものを感じた。 
見てみるとそれはルイズの使っていた大剣に酷似しており、9割ほど鞘に納められていた。 

「…? これは、彼女が使っていた剣か」 
「剣?剣だけですの?アニエス、ルイズは、ルイズはどうしたの!?」 

アンリエッタの辛そうな声に、痛ましさを感じつつ、ウェールズはサイレントの魔法で会議室の中を包み込んだ。 
それを確認してから、下座からアニエスが報告を始める。 
「報告致します、本日正午………」 

アニエスの報告は、ルイズの捜索に関することから始まった。 
タルブ村周辺、ラ・ロシェール周辺、東西南北の森、草原、等の地域ではルイズの痕跡は一つしか見つからなかった。 
唯一の手がかりは、ルイズの使っていた剣であり、アニエスが預かっていた鞘と完全に一致した。 
タルブ村とラ・ロシェールでは臨時の野戦病院が設置されており、魔法学院から派遣された治癒のメイジ二人と、そのお目付役にも話を聞いたが、ルイズの姿を見た者はいなかった。 

「ルイズ…わたし、わたし、ルイズを…死なせて…」 
「よすんだ、アンリエッタ」 
報告を聴いたアンリエッタは、泣き崩れそうになったが、ウェールズが凛とした姿勢でそれを咎めた。 
「でも…」 
「まだ死んだとは決まっていない。それに、君が悲しむのは彼女にとっても不本意のはずだ」 

『かっこいいこと言うねー』 


「「!!?」」 
突如聞こえてきた声に、アンリエッタとウェールズが驚いた。 
マザリーニはアニエスに命じて、デルフリンガーを鞘から抜き出すと机の上に置き、白銀色の刀身を見せた。 
『あー、そっちの王子様にも言ってなかったっけ、俺はデルフリンガー、嬢ちゃんの相棒さ』 
「インテリジェンスソード?」 
アンリエッタが呟く、ウェールズは呆気にとられたのか、眼をぱちくりさせてデルフリンガーを見つめていた。 

頃合いを見計らってアニエスの報告が再開される。 
魔法学院の学院長秘書である『ミス・ロングビル』が、デルフリンガーに偶然呼び止められ、デルフリンガーから王宮に届けるよう頼まれた。 
それを偶然アニエスが発見し、馬を飛ばして王宮へとデルフリンガーを持ち帰って…この場合は連れて帰ってきたのだ。 
インテリジェンスソードには特殊な魔法がかけられているので、最初はデルフを訝しんでいたが、アニエスが預かった鞘にピッタリと収まったので、ルイズの使っていた剣だと証明されたのだ。 

『いやー、あの光を使ったのはいいんだけどさ、嬢ちゃんものすごく慌ててたんだよね。そのせいで自分まで余波を食らっちまったんだ』 
「それで、ルイズは、彼女は無事なのですか?」 
テーブルの上に身を乗り出すようにして、アンリエッタが問いかける。 
『無事だと思うぜ、それに一応、嬢ちゃんは死んだことになってるから、人目を避けて帰ってくるって言ってたしなあ、時間がかかるのは仕方ないんじゃねーか』 
「そうですか…」 
ようやくアンリエッタは安堵したのか、大きくため息をついて、席に座った。 
「デルフリンガー殿でしたな、貴殿は王宮で預かることになりますが」 
マザリーニはちらりとアニエスを見やりながら言った、すると、デルフもそれを察したのか、カチャカチャと鍔をならしつつ答えた。 
『待ってるだけじゃ退屈だな、アニエスの嬢ちゃん、俺を使わねーか?』 
「私が? 武器に使ってくれと言われるのは光栄だが、私には大きすぎる」 
『石仮面の嬢ちゃんが見つかるまでの間さ、それに俺なら系統魔法を吸い込めるし、ちょっと役立てるかもしれね』 
「系統魔法を吸い込むだって?」 
ウェールズが驚いて声を上げる、他の三人も驚きこそしたが、声は出さなかった。 
マザリーニはアニエスから視線をはずし、デルフリンガーを見た。 
「ニューカッスルから脱出した騎士、タルブ戦で活躍した騎士の噂を利用しましょう。デルフリンガー殿と似た大きさの剣を大量に作らせます」 
『なるほど、『騎士』にあこがれる傭兵達にそれを配るって寸法か』 
「確かに、それならアニエスがデルフリンガーを持っていても、その他大勢の一人として片づけられるか」 
マザリーニの発案にウェールズが感心した。 



「では、アニエス、デルフリンガーさんと協力して引き続きルイズを探して頂きますわ。」 
アニエスは杖の代わりに手のひらを掲げて、「御意」とだけ呟いた。 

「それとですな」 
会議が一段落付いたところで、マザリーニが口を開いた。 
「デルフリンガー殿を見つけた、ミス・ロングビルですが……アニエスの報告では、貴族の立場を追われたメイジだとか」 
マザリーニが視線をアニエスに向けると、アニエスは首を軽く縦に振りつつ、まぶたを軽く閉じて目礼した。 
それを見たマザリーニは、上着のポケットから一通の報告書を取り出した。 
「以前オールド・オスマンからシュヴァリエの爵位申請があって、内偵をしました。ロングビルは偽名です。マチルダ・オブ・サウスゴータ。それが彼女の本名のようですが…」 

デルフリンガーは内心でギョッとしたが、彼には顔がない。 
その動揺は悟られることはなかった。 

だが、その代わりに、ウェールズ皇太子の目が驚きに見開かれていた。 


薄暗い空間の中でワルドは目を覚ました。 
自分の置かれている状況が分からず、とにかく起き上がってあたりを見回そうとしたが、体に走る痛みに顔をしかめた。 
ここはいったいどこだろう? 自分は確か……。石仮面と戦って、ルイズが… 

痛みにもかまわずガバッと起きあがり、辺りを見回した。 
隙間のある板張りの壁と、申し訳程度のテーブルが置かれているだけの粗末な小屋。 
机の上には、いつも首から下げていたペンダントが置いてあった、ワルドは痛む足を引きずりつつ立ち上がると、ペンダントを握りしめ、切り株で作られた椅子に座った。 

「目を覚ましたのね」 
「 あ、ああ」 
小屋の入り口から声がした、振り向いてみると、そこには粗末な布で股間と胸を覆ったルイズが立っていた。 
小脇に抱えた薪を、ぶちりぶちりとむしって、壁際に置かれた土製のかまどに投げ入れる。 

すると火はすぐに勢いを増し、ほだ火の臭いが部屋の中に充満していった。 
「何から、話そうかしら」 
「……………」 
ルイズの言葉に、ワルドは何も答えられなかった。 
何を聴けばいいのか、そもそも、目の前にいる少女は本当にルイズなのだろうか。 
胸と股間に粗末な布を巻き付け、髪の毛を蔓草か何かでアップにしたルイズの姿は、とても貴族とは思えない。 
だが、確かに彼女はルイズだと、ワルドの本能が告げているような気がして、目を離すことができなかった。 
それに彼女は自分を今すぐにでも殺せる、昨日、オーク鬼を殺したように… 

「…! うえっ」 
首だけになったルイズを思い出し、ワルドの体が震えた。 
死体など見慣れているはずのワルドだったが、首だけになっても死なぬ化け物を見てしまったからだろうか、激しい嘔吐感に襲われた。 
だが、内臓が痙攣するだけで、胃液の一滴すら出てこなかった。 
「大丈夫?」 
顔を上げると、ルイズが心配そうにワルドの顔を見ていた。 
不思議と、嘔吐感が止まった。 
差しだそうとしたルイズの手が中途半端なところで止まっている、ワルドはルイズの手を取ると、その感触を確かめた。 
「…ルイズ、君は、どうして…いや、まさか、クロムウェルの言っていた『虚無』の力なのか? ルイズ、君は」 
ルイズは、ワルドの言わんとしていることを何となく理解した。 
「クロムウェルの力は虚無じゃないわ、あれは先住魔法の込められたマジックアイテム、『アンドバリの指輪』の力よ」 
「先住魔法…指輪…」 
「心当たり、あるの?」 
ルイズは先ほどまでワルドが寝ていた藁束のベッドの上に座ると、自分の膝に肘をついた。 

「君は、暖かい」 
ワルドはそう言いながら、先ほどルイズの手を握った両手を見つめる。 
「だが、クロムウェルが生き返らせた人間は、皆冷たかった」 
「かりそめの命なのね……」 
「………」 

しばらく、沈黙が流れた。 
小屋の壁は木板で作られており、その隙間から月明かりが見える。 
ぼんやりとそれを見つめながら、ルイズは自分でもよく分からない感情に浸っていた。 
このまま時が止まれば… 

「僕は」 
ワルドの呟きで、意識が現実に引き戻される。 
ルイズは視線を合わせることもなく、じっと黙って、ワルドの言葉を聞いた。 
「母は自殺するような人じゃない。そう思って、母の死が自殺だったのか、あらゆる手を尽くして調べた。でも結果は自殺だった、遺書も残っていたんだ」 


ワルドの母は、ワルドを高等法院で働かせようと思っていたそうだ。 
だが、意外にもワルドは魔法衛士隊として抜擢された。 
ワルドは優秀だったが、それでも百人に一人の逸材扱いだった。 
魔法衛士隊として王族の身辺警護を務めるには、それ以上の逸材でなければならない。 
ワルドの母は、ワルドを高等法院に行かせようとしていたが、ワルドはそれを断り、魔法衛士としての一歩を踏み出した。 
そのとき、ワルドの母は遺書を残して自殺したらしい。 
ワルドの母が埋葬されるときには、高等法院のリッシュモンが参列した。 
「君は高等法院で埋もれるような人材ではない。母の名誉のため頑張りなさい」と言ってくれたリッシュモンに、当時のワルドは感激を覚えた。 

それからというもの、一心不乱に任務に務めたが…政治に近づけば近づくほど、トリステインの腐敗が目に付く。 
母の守ろうとしていた名誉はこんなものではない、そんな思いがワルドの心に生まれていた。 
レコン・キスタの誘いを受けた理由は、クロムウェルが死者を蘇らせると聴いたからだ。 
ワルドは二重スパイのつもりでクロムウェルに接近したが、母を蘇らせるという思いが日に日に強くなり…そして、トリステインからの離反を決意した。 
そのすぐ後に、ルイズが死んだと聞かされたのだ。 

「もう涙など、忘れたと思っていたよ」 
そう言ってワルドははにかんだ。 
心の内をすべて吐露して、安堵したのだろうか。 
つられて、ルイズの表情も少しだけ柔らかくなった。 

「ねえ、ワルド、貴方『なぜ始祖ブリミルは残酷な運命を課したのか』って言ってたわよね。私もそう思うの」 
そうして、ルイズも自らの身に起こった出来事を話し始めた。 
サモン・サーヴァントで現れた石の仮面、吸血鬼化、死の偽装。 
傭兵との出会い、運命に導かれるようにニューカッスルへ。 
ワルドとの再会を経て、貴族派の包囲を脱出し、ウェールズを連れてトリステインへ。 

そこでようやく、ルイズは自分の魔法がどの系統なのかを知った。 

「笑っちゃうわよ、私……ようやく自分の系統がなんなのか知ったのに、もう家族にも、ツェルプストーにも自慢できないのよ」 
「虚無か…」 
「何よ、しんじてくれないの?」 
「信じるよ、あのようなものを見せられてはね」 
ルイズの投げた肩当てが命中し、ワルドは風竜の上から落とされた。 
だが、かろうじて杖を手放さなかったおかげで、ワルドは『レビテーション』を唱えることができた。 
落下の速度は殺しきれなかった上、着地の衝撃で杖が砕けてしまったが、ワルドは何とか意識を保つことが出来たのだ。 
「あの光…君が子供の頃から、ずっと魔法を失敗していたのは、失敗じゃなかったんだ。すべては虚無に引き寄せられていた」 
「虚無なんて皆伝説だと思っているから、失敗するたびに家庭教師が姉と比較して私を責めたわ…ワルド様が私をかばって下さったの、よく覚えているわ」 

ワルドは返事をせずにきょとんとした顔でルイズを見ていた。 
少しの間をおいて、顔を俯かせると、ワルドは小声で呟いた。 
「ワルド様…か、僕はもう、ただの裏切り者だよ」 
握りしめたペンダントの感触を確かめつつ、ワルドは言葉を続けた。 
「ルイズ、僕は君に捕らえられて良かったのかもしれない。君は僕なんかよりもずっと誇り高い。僕はもう貴族には戻れない……僕は、裏切り者としておとなしく処刑されることにしよう」 

「……そう」 


ルイズは、何を言っていいのか分からなかった。 

何年も前に捨てられた村の、壊れかけた小屋の中で、ワルドと二人。 

ニューカッスル城でジェームズ一世をはじめとする王党派を何人も殺し、ウェールズをも殺そうとしたワルド。 

ブルリンを殺そうとしたワルド。 

裏切り者のワルド。 

憎い敵のはずなのに、なぜかワルドを恨みきれない。 

それを考えると、ふと、自分は政治に向いていないなと気づき、自嘲気味になる。 

人を甘やかすことは簡単だ、人を甘やかして、自分を見てもらえる、それだけで自尊心は満たされる。 

だが、罰することは難しい、その肩に掛かる責任の重さから逃げたいと、心底から思った。 


「ねえ、ワルド、あなた望みはある?」 
「望み?」 
「十中八九、あなたは処刑されるわ。その前に一つ、私に出来ることなら」 

ワルドは、ぶるっ、と身震いさせた。 

おそるおそる、手の中に収まっていたペンダントを、ルイズに渡す。 

ペンダントの蓋は開かれ、中には一人の女性の絵が描かれていた、ルイズはその人がワルドの母であるとすぐに気づき、ペンダントを返した。 


「もう一度、母に会いたいんだ」 
「……いいわよ」 



食屍鬼は作らない。 

その約束を驚くほど簡単に破る自分に、ルイズは不思議な満足感を感じた。 

身も心も吸血鬼になってしまったのだと、今更になって再確認した。 

そして二人は、翌日の夕方になるまで、藁束のベッドで抱き合って眠た。 

甘えたくても甘えられないルイズの心情を察したのか、ワルドは服を着たままルイズを抱きしめ、時々、頭を撫でた。 

それでもルイズの心は満たされない。 

『神の左手 ガンダールヴ』 

オルゴールから聞こえてきた一節が、ルイズの頭の中でいつまでも響いていた。 






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