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夜、ヴェストリ広場の片隅に、リゾットは座っていた。じっと眼を閉じ、考える。自分に一方的に責任があるわけではないが、恩人へ恩を返すどころか傷つけたという事実は、やはり気がとがめた。「相棒、落ち込むのは分かるが、元気出せよ。いつかわかってくれらぁな。それより明日から、どうするつもりだい?」リゾットの傍らの剣が元気付けるためか、努めて明るく問いかけた。「さあな……。とりあえず明日、ルイズにもう一度謝罪しにいくつもりだが……」「あの様子だとどうかな……。許されなかったら、どうするね?」「……そのときは仕方ない。少し時間を置くしかないだろう。そうだな……。この情報の真偽を確かめにいくか」リゾットは紐で束ねた資料の山に視線を落とした。「行こうぜ、相棒。何、俺はいつだって相棒の味方さね。相棒が行くというなら火の中水の中ってなもんさ」デルフリンガーの言葉に励まされ、リゾットは思考を切り替える。(俺には果たすべき目的がある。地球に戻り、復讐を果たすという目的が。そのためにも、ここで立ち止まっているわけにはいかない……)
第十六章 過去を映す館
その日の夕方、自らの使い魔を探していたギーシュは、様々な動物の鳴き声を聞きつけ、ヴェストリ広場に足を運んだ。何故かいい匂いもする。果たして、そこにはジャイアントモールのヴェルダンデがいた。ヴェルダンデだけではなく、タバサのシルフィード、キュルケのフレイム、マリコルヌのクヴァーシル、他様々な使い魔が一堂に会している。 「ヴェルダンデ、ここにいたのか!」ギーシュは膝を突くと、巨大モグラに頬擦りした。モグラも嬉しそうに鼻を引くつかせる。「よしよし……。こんなところで何をしているんだね?」巨大モグラに尋ねると、ヴェルダンデは鼻をひくひくさせて、奥を指し示す。ギーシュはその示す先に煙が立ち昇っているのに気付いた。
使い魔を掻き分けて火元に近づくと、簡素なテントとその前の焚き火、それに壁に向かって伸びたロープにつるされた肉が視界に入った。干し肉を作っているらしい。火の回りには革を剥いだ兎や鹿が炙られており、先ほどからのいい臭いの元はこれだと気付いた。「何をしているんだね、君は?」ギーシュに背を向け、薪を火にくべていたリゾットが振り返らずに返事をする。「見ての通り、夕食の準備だ」「おぅ、貴族の坊主。久しぶりだな! 元気でやってるか?」「ああ、まあ、何とかね。……この使い魔たちはどうしたのだね?」「肉を焼いてたら、寄って来た。余った分を食べたそうだったからな」「そ、そうか…。ヴェルダンデ、ダメだよ。勝手につまみ食いなどしては」巨大モグラは悲しそうな顔をする。肉が美味かったらしい。確かに旨そうな肉だが、と考えて、ギーシュはふと疑問に思い至った。「というか、だね。君はどこからこの肉を持ってきたんだい?」「学院の外の森で罠を仕掛けて獲ってきた。この辺りは獲物が豊富だな」「? ご主人様から食事を抜かれたのかい?」「いや……部屋から追い出された」ルイズが主人ではそういうこともあるだろうな、とギーシュは納得した。「最近、彼女を授業で見ないのはその辺が関係してるのかな?」「多分、な…」リゾットは薪を火にくべる。あれからもう一度、ルイズに謝罪に行ったが、部屋から顔を出すどころか返事もされなかった。「……君もなかなか大変なようだね」
ギーシュがしみじみと呟く。そんな二人の所へシルフィードがやってきて、リゾットの前の肉をじっと見つめ、鳴いた。「きゅい! きゅい!」「……まだ待て。もう少し火を通したほうが美味い」「きゅい…」言葉が通じているはずはないから適当に返事をしたのだろうが、シルフィードはそれを聞いて待ち遠しいように火を眺める。「う~む……、使い魔同士、交流を深めてるのは悪くないが、学院の美観を著しく損ねているような……」「それはすまないな…。明日か明後日には出て行くから我慢してくれ」「何、君は出て行くのか? 何をしに?」「まあ、野暮用だ……。いずれ戻ってくるつもりだが、ルイズの機嫌が戻らないことには何ともならないからな……。ん、そろそろいいな」リゾットが鹿の肉をいくつか火から外すと、後ろで待ち焦がれている使い魔たちに声を掛けた。「食っていいぞ」「きゅいきゅい!」「きゅるきゅる」「もがー!」リゾットの許可と同時に、使い魔たちが争いながら肉に貪りつく。「こ、こら、ヴェルダンデ、やめたまえ!」ヴェルダンデを引きとめようとするが、小熊ほどもあるモグラの突進を止められるわけもなく、ギーシュは20サントほど引きずられて手を離してしまった。「相棒もそろそろ時間だな」デルフリンガーが呟いたちょうどその時、厨房からシエスタが小走りでやってきた。
「リゾットさん、遅くなってすいません。お夕飯の分です!」パンとワインの瓶が入った籠をテントの前に置く。「忙しいところ、悪いな……」「いえ、昼間、色々手伝ってもらっている御礼ですから」「いやー、平民の娘っ子は気立てがいいねえ! いい嫁さんになるよ!」「も、もう、デルフさん、からかわないでください!」照れたシエスタがデルフリンガーを突き飛ばし、剣は地面に転がった。「またかい! なんか最近、俺が地面に転がること、多くない?」「からかうからだろう。……悪気はないんだ、許してやってくれ」リゾットがデルフリンガーを拾い上げながら、シエスタに謝罪する。「い、いえ! 私は別に……。あ、でもリゾットさんのお嫁さんならいいかなあ、なんて……。あ、あはは……。あ! もう行かなきゃ、じゃ、また来ますから!」一人で言って顔を赤くすると、来たときと同じように小走りでシエスタは去っていった。ギーシュはそんな様子を見ていたが、造花の薔薇を加えて悩ましげに言った。「ルイズに追い出された理由は二股かい?」「いや、シエスタやルイズとはそんな関係じゃない……。お前も知っているだろう」「うむ、しかしアルビオン以来、君とルイズは仲が良かったようだからね」「そうか? まあ、それはいいさ…」リゾットは籠からワイン瓶とパンを取り出す。これに自分で採った兎の肉が付く。まさにささやかな糧といった感じだが、自分で用意したものなので不満はなかった。「これから俺は夕飯だが、良かったら飲んでいくか? 朝から厨房を手伝った代わりにパンとワインを譲ってもらっているからな」
リゾットとギーシュと使い魔たちが酒盛りに入る一方、ルイズの部屋。リゾットを追い出してから三日が過ぎている。その間、ルイズは授業を休み、ベッドに潜り込んで悶々としていた。食欲もあまり湧かず、ろくに食べていない。考えるのは追い出した使い魔のこと。キュルケが抱きついているのを見た瞬間、全ての理屈を飛び越えて『許せない』と思った。今まで忠実だった使い魔に、信頼を裏切られたと思ったのかもしれない。自分のものだと思っていた使い魔に他人が触れるのが嫌だったのかもしれない。だが、一方で自分を理解してくれた使い魔に見捨てられたくないという不安もあるのだ。それらの気持ちがぐるぐると胸の中を回って、ルイズはベッドから出ることができなかった。そんな風にしていると、ドアがノックされた。リゾットかと思うと、今すぐ開けたい気持ちと無視したい気持ちが葛藤する。締め出した翌日、リゾットが来たときもそうだった。 (今更戻ってきたって入れてあげない…)結局、無視したい気持ちにプライドが後押しし、ルイズはベッドの中で丸まっていた。だが、決定に反してドアが開く。ルイズは跳ね起きて、怒鳴った。「馬鹿! 今更何を……、え?」入ってきたのはキュルケだった。手にはお盆を持っている。赤毛を揺らし、にやりと笑う。「あたしでごめんなさいね」「な、何しに来たのよ!」ルイズは再び布団を被るが、キュルケはそれを剥ぎ取った。ルイズはネグリジェ姿のまま、すねたように丸まっている。「貴方が三日も休んでいるから、見に来てあげたんじゃないの。ほら、ご飯、持ってきてあげたんだから、食べなさい」そういってお盆を差し出す。「いらない……。あんたの顔も見たくないの。出てって……。元はといえばあんたのせいじゃない……」また涙がこみ上げてきたのか、ルイズはぐしぐしと涙をぬぐった。
「あのことなら、謝らないわよ。本気でやったことを謝るほど、あたしは卑屈じゃないわ」「何が本気よ。いつも男をとっかえひっかえしてるくせに…」「そうね。過去についてはあたしも反省する所があるわ。でも、彼に関しては本気。燃え上がるような感情じゃなくて、胸の中が暖かくなるような感じだけど、案外、これが恋なのかもね」 キュルケが胸に手を置いて、うっとりと呟く。ルイズは面白くない。「そ、そんなに好きなら勝手にすれば? もう私は関係ないもん」ルイズは下から伺うような眼でキュルケを見た。キュルケはため息をついた。冷たい眼でルイズを見据える。「あなたって、馬鹿で嫉妬深くて、高慢ちきなのは知ってたけど、そこまで冷たいとは思わなかったわ。 いい? ダーリンがあの時、あたしの部屋にいたのは、あたしの家が異世界から召喚されたっていう本を持ってたからよ。 残念だけど、あんたが勘繰っているようなことは何もないの。どう? 満足した?」「何をしたかなんて関係ないもん。ただ、自分の使い魔がツェルプストーの女に近づくのが許せないだけだもん」駄々っ子のように言うルイズに、呆れたようにキュルケが訊く。「貴方、ダーリンとキスでもしたの? でなくても忠誠を誓われたとか、最低でも好きと伝えたとか伝えられたとか?」ルイズは黙ったまま枕を抱き寄せた。「何にもないの? 呆れた。じゃあ、前みたいに注意するだけでいいじゃない。いい? 前にも言ったけど、ダーリンは貴方の使い魔だけど、人間なのよ。貴方の奴隷でも玩具でもないの。そこまで束縛する権利はなくってよ?」ルイズは言い返せず、俯いてうーうー唸っている。「まあ、いいわ。ダーリンはあたしが連れて行くから。貴方はそこで枕を恋人に抱き合ってなさい」キュルケは部屋から出た。ルイズは悔しくて、切なくて、ベッドに潜り込んだ。そして、幼い頃のように、うずくまって泣いた。一方、廊下を歩きながら、キュルケも思わず呟いた。「ああ、もう! あそこまで言われてどうして黙ってるのよ、ヴァリエール! ……張り合いがないじゃない」
フレイムの目を通してリゾットの居場所は把握していた。ヴェストリ広場に訪れる。たくさんの使い魔とリゾット、それに何故かギーシュとタバサが焚き火を囲んでいた。リゾットとギーシュはグラスを片手にワインを飲んでいる。ギーシュの方はかなりへべれけになっているようで、何かの愚痴をリゾットに零し、リゾットはそれを相槌を打ちながら静かに聞いていた。 タバサはいつものように本を読んでいる。近くに皿が置いてあり、その上に骨がおいてあるところを見ると、シルフィードを連れ戻しにきて食欲に負けたのだろう。シルフィードは主にかまってほしいようで、しきりにきゅいきゅい鳴いているが、タバサは本から目を離さない。「ダーリン、こんばんは」「キュルケか。こんばんは」いつものように挨拶代わりに抱きつきたくなったが、リゾットから「安売りするな」といわれたことを思い出した。見ているだけでも胸が高鳴って心地よいので我慢する。 (相手のことを考えるのも、なかなか大変よね……)はぁ、とため息をついていると、ギーシュがキュルケに気がついた。「キュルケ? 何のようら!」呂律の回っていない上に、目も据わっている。完全にただの酔っ払いだ。「ダーリンとお話したいのだけど、今、いいかしら?」「かへりたまえ! 今は男だけの話し合い中なのだ!」「タバサがいるじゃない」「いいんら。彼女はころもだから。胸もないし」ギーシュがわめいた途端、突風が吹いてギーシュが空中に舞い上がる。「パス」タバサの言葉に、にっこり笑って応えると、キュルケは杖を取り出して振る。ヴェストリ広場の上空にギーシュの花火が咲いた。
「まったく……飲むのはいいけど、酔うのはほどほどにしなさいよ?」「はい。申し訳ありません……」黒焦げになって落ちてきたギーシュはすっかり素面に戻っていた。ヴェルダンデが慰めるつもりなのか、近くによって鼻面をこすりつける。「ああ、ヴェルダンデ。君とリゾットだけが僕の話をきいてくれるよ」がしぃ! とヴェルダンデを抱きしめて涙をするギーシュ。ちょっと異様な光景である。苦笑しながらそれを見ていたキュルケは、リゾットの脇にある地図に気がついた。「あら、ダーリン。どこか行くの?」「ルイズがあの調子だからな…。明日から、しばらく帰るための手がかり探しに出ようと思う」何枚か手にとってめくってみた。復活したギーシュも横合いから覗き込んでくる。「随分、胡散臭い宝の地図だけど……どこから持ってきたんだい?」「オールド・オスマンからもらった報酬で、人を使って集めてもらった」それを聞いてギーシュが顔をしかめた。「どうせまがい物に決まってるよ。こうやって『宝の地図』と称して、適当な地図を売りつける商人を何人も知ってるぜ? 騙されて破産した貴族だっているんだ」「一応、調べる価値がありそうなものを、タバサに選んでもらった」「タバサに?」ギーシュがちらりと眼をやると、本から眼を離さないで、タバサが頷いた。「そもそも召喚されたところへ戻る方法を探す、というのが胡散臭い話なんだ。一つくらいは本物があるかもしれないだろう?」「むむ……確かに」ギーシュは顎に手をやって、唸った。タバサが一枚かんでいるとなると、なんとなく真実味がある。そこにデルフリンガーが茶々を入れる。「それに、帰る手がかりでなくても、何か金目のものがあれば、相棒は一躍大金持ちだな」「大金持ちか………」
ギーシュが地図を何枚もめくっては唸る。「いや、そんなまさか…でも…」とか呟いている辺り、かなり心が揺らいでいるようだ。実はこのギーシュの実家、グラモン家は元帥職を務める家柄でありながら、あまり裕福な貴族ではない。名誉を何より尊ぶグラモン家は、戦があると見栄を張って金をかけるため、一向に金がたまらないのだ。「……まあ、金があればそれを元にさらに手がかりの情報を集められる。期待はできないが、宝探しくらいしかできることがない」キュルケは内心ほっとして微笑んだ。リゾットがこのまま野外生活でくすぶるつもりではないと分かったからだ。だが、聞き逃せないところもある。帰る手がかりを見つけに行く、ということは、下手するとそのまま帰ってしまうかもしれないということだ。「夢があっていいわね。ねえ、ダーリン、あたしも宝探しについていっていい?」「お前が…? 授業はどうする?」「ダーリンが帰っちゃうかもしれないのに、授業なんて出ていられないわ。ね、いいでしょう?」リゾットの手を取って頼み込む。口調は茶化しているが、表情に、不安の影が見て取れた。「…分かった。おまえ自身がその責任を果たす覚悟をするなら、俺は止めない」「ありがとう!」途端、キュルケに抱きつかれた。「暑苦しいから、離れろ……」いつも通り引き剥がすが、何故かキュルケは満面の笑みだった。純粋で無防備なその笑顔に、リゾットは対処に困った。タバサは本を読むのをやめて、そんな二人を見ていた。その視線に気付いて、キュルケが声をかける。「タバサ、貴方も来なさいよ」「分かった」一方、ギーシュは先ほどから何かぶつぶつ呟いている。「お宝…大金持ち…」デルフリンガーは心配になった。一応、別方面の可能性も提示してみる。
「あんまいい方にばかりに考えるなよ。宝も手がかりも見つからない可能性だってあるんだから。そしたら、相棒なんぞ、また文無しだぜ?」「う~ん、それもそうだね…」ギーシュはそれでも名残惜しそうに地図を見ている。リゾットもそれについては考えないでもなかった。「確かにな……。仮に今回、何か見つかったとしても、不定期収入ではいずれは破綻する。増やす方法を考えたほうがいいかもしれない……」事実、オスマンから報酬として得た金貨の殆どは、調査費用および報酬として、フーケに払ってしまっていた。リゾットがルイズに恩を返すために使い魔を続ける意思がある以上、代わりに情報を集めてくれる人間を雇い入れる活動資金は必須である。考え込むリゾットに、キュルケが身を乗り出した。「あら? ダーリン、お金が必要ならあたしに言ってくれれば多少は出すわよ?」「いや、遠慮しておく…。金銭の貸し借りは人間関係のトラブルの元だ」「真面目なのね、ダーリン」「そういうわけじゃない……」利権絡みの他組織との抗争や、組織の金に手を出した構成員の粛清、遺産を巡っての殺し合い。リゾットは金が原因で血が流れる所をうんざりするほど見て、気軽に他人から金を借りるべきではないと考えていた。「それじゃ、貴族になるのはどうかしら? 領地を経営すれば、定期収入が入るわよ?」それを聞くなり、ギーシュが眼を吊り上げた。「キュルケ、彼は平民だぞ? 法律できっちり平民の『領地の購入』と『公職に就くこと』の禁止がうたわれているじゃないか」「トリステインではそうだけど、ゲルマニアだったら話は別よ? お金さえあれば、平民だろうがなんだろうが土地を買って貴族の姓を名乗れるし、公職の権利を買って、中隊長や徴税官になることだってできるのよ」「だからゲルマニアは野蛮だって言うんだ」ギーシュが吐き捨てるように言った。
「あら、『メイジでなければ貴族にあらず』なんつって、伝統やしきたりにこだわって、どんどん国力を弱めているお国の人に言われたくない台詞だわ。 おかげでトリステインは、一国じゃまるっきしアルビオンに対抗できなくて、ゲルマニアに同盟を持ちかけたって話じゃないの」「まあ、確かに。実力があればのし上がれるっていうのはいいことだな。金だって集めるには色々と才覚が必要だ」「そうよね、ダーリンは流石、分かってるわ」リゾットの所属した組織、パッショーネでも幹部になるために必要なのは上納金だった。パッショーネでは上納金とは才覚とそれを得るための信頼の証だったのだ。反逆した組織ではあるが、そういった年齢や性別を考慮しない実利主義な評価を下すところは、リゾットは悪くないと思っていた。最も、暗殺チームは大金を稼ぐチャンスすら与えられなかったのだが。 「ねえ、もしも宝が手に入ったら、それを売ったお金で、貴族になりましょうよ」キュルケは熱っぽい口調で話しかけてくる。だが、リゾットは首を振った。「……今はダメだ」「あら? どうして?」「俺はまだルイズに恩を返しきっていないからな……。それに、俺はいつか帰らなきゃならない」「そう……。ダーリンって、相変わらず義理堅いのね。でも、いいわ。ルイズに恩を返して、それでもまだ帰る方法が見つからないなら、考えてみて」キュルケも流石にリゾットの生き方は絶対に変えられないと分かってきているので、一旦は諦める。「ああ……。まあ、宝が見つかるとは限らないがな」「ダーリンなら大丈夫よ。宝が見つからなくなっていずれは『栄光』を掴み取るわ。ダーリンにはどんな困難も弾き返す『誇り』と『覚悟』があるもの」きゅっとリゾットの手を握り、瞳を輝かせていうキュルケに、リゾットは頷いた。「まあ、評価は貰っておく。………何にせよ、まずは手がかり探しだな」「ええ。明日、早速出発しましょう」
ギーシュは未だ地図を抱えてぶつぶつ言っている。「う~ん……僕は…どうしようかなあ?」「あら、ギーシュ。素敵なお宝を見つけてプレゼントしたら、姫様も見直すかもよ? もちろん、モンモランシーも」「そ、そうかい?」「当然よ。自分のために困難を越えて見つけてきたプレゼントを喜ばない女の子なんていないわ」ギーシュは颯爽と立ち上がった。いまだに黒焦げだったが、精一杯凛々しく決める。「よし、僕も行くぞ!」その時、その場に誰かが飛び出してきた。シエスタだった。「わ、私も連れて行ってください!」「シエスタ…どこにいたんだ?」「え? ええと……偶然、そこを通りかかったらお話が聞こえてきたんです」こほん、と咳払いするシエスタに、キュルケがじと眼で言う。「ダメよ。平民なんか連れて行ったら、足手まといじゃない」「ば、馬鹿にしないでください! わ、私、こうみえても……」シエスタは、拳を握り締め、わなわなと震えた。どんな驚きの技能が飛び出すか、全員の目がシエスタに集中する。「料理ができるんです!」「「「「知ってる」」よ!」」思わず全員、突っ込んだ。
「でも! でもでも、お食事は大事ですよ? 宝探しって、野宿したりするんでしょう? 保存食料だけじゃ、物足りないに決まってます! 私がいれば、どこでもいつでもおいしいお料理を提供できますわ」「確かに、一理あるな」リゾットやタバサはともかく、ギーシュやキュルケはまず拙い食事に耐えられない。士気の低下は集団行動で大きな問題だった。「それに、タルブ村にも行くんでしょう? 私の故郷だから、案内できます!」「だが、シエスタ、お前の仕事はどうするんだ?」「マルトーさんに『リゾットさんのお手伝いをする』って言えば、いつでもお暇は頂けますわ」マルトーはリゾットを買っている。多分、そうなるのだろう。キュルケは肩をすくめた。「分かったわ。勝手にしなさい。でも、言っておくけど、危険よ? 廃墟は遺跡や森、洞窟には何がいるかわからないんだから」「へ、平気です! リゾットさんが守ってくれるもの!」そういって、シエスタがリゾットの腕を掴んだ。「食事の代わりか…。まあ、いいだろう」キュルケは僅かにむっとした顔でシエスタとリゾットを見たが、やがて頷くと、一同を見回した。「じゃあ、今日はもう遅いし、明日朝一番で出発よ!」キュルケが宣言したその時、闇夜の向こうから羽音が響き、一羽の梟がやってきた。梟はタバサの頭の上に留まる。
怪訝な顔をする一同をよそに、タバサは梟の足に結び付けられていた筒から一枚の紙を取り出し、その文を見つめた。その顔から一切の感情が消えていくのを、リゾットは見てとった。「どうした?」「行けなくなった」「え、何で?」キュルケの質問にも答えず、タバサはさっさとシルフィードに跨る。「きゅい、きゅい!」「飛んで」シルフィードは抗議の声を上げていたが、タバサの言に従い、飛び去る。後に残された四人と無数の使い魔は、ある者は呆気にとられ、ある者はなんとなく察して無言でタバサを見送った。
「ふーん、なんだ。大所帯で行くんじゃないか。一人で行くんじゃないかと心配して損したよ」その晩、ヴェストリ広場に現れたフーケは井戸の淵に座って素足をぶらぶらさせながら呟いた。「何でぇ、盗賊の娘っ子。相棒についてきたかったのか?」フーケはぎろりとデルフリンガーをにらむ。「盗賊呼ばわりはやめな。もう廃業したし、私にはフーケって名前があるんだ。 ……別にリゾットがどこへ行こうと知ったことじゃない。けど、金づるだからね。いなくなったら困ると思って多少は心配しただけさ」「心配する必要はない。もうすぐ雇用契約も終わる」リゾットのその言葉に、フーケは呆気を取られてリゾットを見た。心当たりを探るが、何もない。「何で終わるんだい? な、何か私がミスをしたっけ?」慌てて尋ねるフーケに、リゾットは首を振って否定する。「いや、単純に金がなくなった……」淡々と告げるリゾットに、フーケは顔をしかめた。「ああ……、金欠かい。そりゃ、仕方ないね…」「今まで、よく働いてくれた」「仕事だからね。金が入ったらまた雇われてやってもいいよ。モット伯の件とかで結構、甘い汁も吸えたし、あんたは組んでて不快な奴じゃない。欲を言えばもうちょっと感情を表現してくれれば言うことないんだけどね」 「……感情を悟られるのは不利だからな」わざと唇の端を持ち上げて笑うが、フーケはそれを見て不機嫌そうに息をついた。「ふん、作り笑いして欲しい、なんて頼んじゃいないよ」「……悪かった」
「ま、気を使ってくれるのはありがたいけどね」フーケは肩をすくめ、しばらく考えるような顔をした。そして指を一本立てて、リゾットに突き出す。「サービス」「? 何がだ?」「今まで雇ってくれた礼と、また次もよろしくって意味を込めて、一つだけサービスで仕事をしてあげる。何か、調べて欲しいことはあるかい?」「いいのか?」リゾットの呟きに、フーケがニヤッと笑う。「おや、遠慮かい? ま、あんた風に言えば、助けてもらった恩もあるしね」今度はリゾットが考える番だった。今の状況をよく整理し、必要な情報を探る。「……アルビオンのレコン・キスタの動向が知りたい」「レコン・キスタの? なんでまた?」「奴らの目的は知っている。今はトリステインとゲルマニアの同盟に大人しくしたようだが、必ず仕掛けてくる、と俺は踏んでいる。 主人のルイズが貴族である以上、戦争があれば俺も無関係ではいられないからな……。調べられるか?」「なるほどね……。分かった。どこまでやれるかは分からないけど、情勢くらいは探ってみるよ」「頼んだ」「頼まれたよ」フーケは夜の闇に姿を消した。
翌日、リゾット、キュルケ、ギーシュ、シエスタの四人とその使い魔、フレイムとヴェルダンデは、朝一で学院をエスケープし、地図に記された館へと向かった。ちなみに馬に乗れないシエスタが馬に乗るかで多少もめたが、結局、シエスタが押し切り、リゾットの馬に乗っている。「リゾット、これから向かう場所は一体どんな場所なんだね?」隣を行くギーシュに、リゾットは説明し始めた。「これから行く館は数年前の嵐の夜に突然、その場所に現れたらしい。その中には多数の財宝が眠っている、という噂だ」「でも、本当にあるなら、もう誰か調べてるんじゃあ…」シエスタの当然の発言に、リゾットも頷く。「その館には当初、何人も調査しに立ち入ったらしいが……、誰も帰ってこなかったらしい。ただ一人を除いて、な」「まあ、じゃあ、帰ってきたその人が中を?」「ああ。正気を失っていたらしいが、その手には黄金と、誰にも読めない言葉で書かれた本を持っていたそうだ」ギーシュが唾を飲む。「そ、それって危ないんじゃないか?」「いや、……黄金の噂が広まって以来、その噂を頼りにたくさんの人間がその館を訪れたが、帰還した一人を最後に、普通に戻ってこれるようになったらしい。 もちろん、中で黄金や書物を見つけることはできなかったらしいが」「誰かが持ち出したか、隠されてるのかしら」キュルケが呟いた。「そういう噂は根強いな。それに建物自体も変わっているらしい。それでタバサも調べる価値があると判断したんだろう」
やがて、館に到着した。塀に囲まれたその館は石造りで、長い間風雨にさらされてきたせいか所々、建材の表面に皹が入っていた。窓は少なく、どれも小さい。また、どうして出来たのかわからないが、二階の外壁の一部が破壊されていた。 「まるで日の光を避けているみたいね。吸血鬼が自分だけのために館をデザインしたらこうなるんじゃないかしら」「ハルケギニアの吸血鬼も太陽の光を避けるのか?」「ええ。ダーリンのいたところにも吸血鬼っているの?」「伝説上の存在だがな…」実は伝説ではないのだが、リゾットはその存在に出会ったことがないので、そう答えた。「相棒のいたところはあんまり人間以外の知性のある生き物がいない、寂しい世界みたいだね」「東方って言うのは変わっているんだな。だからいろんな技術が発達するんだろうか?」一人、事情を知らないギーシュはちょっと的の外れた感想を漏らした。リゾットは建物を見上げる。窓の小ささだけではなく、この建物は全体的な雰囲気がハルケギニアの建物とは一線を画していた。(まるでもっと暑い地方で過ごすための作りのような……)そんなことを考えていると、敷地内を一周して門の所へ戻ってきた。リゾットは警戒していたが、感覚に引っかかってくるものは特になかった。「どうやらこの敷地内には危険はないようだな……。シエスタは、ここで待っていた方がいいだろう」「ギーシュ、ヴェルダンデを残していきなさいよ。建物の中じゃ役に立たないし、感覚をつないでおけば、何かあってもすぐ駆けつけられるでしょ?」「うむ、女性を危険な目にあわせるわけには行かないからね。任せたよ、ヴェルダンデ」ヴェルダンデはもぐもぐと鼻をひくつかせ、シエスタの横に着いた。そんな姿に思わずシエスタが笑う。「ありがとうございます。じゃあ、お夕飯の準備をして待ってますね」「火は俺たちが戻ってくるまで使うなよ?」「大丈夫です、火を使わないでもやれることはありますから! 無事に戻ってきてくださいね」シエスタの声援を背に、三人と一人振りと一匹は館の扉を開き、中へと足を踏み入れた。
『七号』。それがタバサの北花壇騎士団もおける呼び名である。王族に生まれながら、現王ジョゼフによって父親を殺され、エルフの毒によって母親をも狂わされた彼女は、母親を守るため、そして復讐のため、命がけの指令を無感情にこなしていく。 今回も宝探しの出発直前に呼び出され、彼女は指令を受けた。受けた指令は以下のようなものだった。「北花壇騎士団五号、本名ケニー・Gが脱走した。潜伏場所に急行し、連行せよ。抵抗する場合は殺害も許可する」つまり、離反した同僚の始末である。もっとも、同僚といってもタバサのいる北花壇騎士団は公的組織ではなく、横のつながりもないので、お互いの顔も知らない。だが、タバサは五号の潜伏先を知って驚いた。リゾットに渡された資料の一つにあった館だったからだ。「竜使いが荒い」と嘆くシルフィードを急がせ、ガリアからこの館へ飛ぶ。リゾットたちが来る前に、任務を片付けてしまうつもりだった。二階から中へ入ると同時に、思考を任務のものに切り替える。一瞬にして『雪風』の名にふさわしい精神状態へと自分自身を切り替えた。
静まり返った館を油断なく進んでいくと、通路の奥から全身に銀色の甲冑を着込んだ男が出てきた。手には鎧の物々しさとは対照的なレイピアをもっている。タバサが誰何するより早く、男は滑るような速さで突撃してくる。タバサが杖を振る。『エア・ハンマー』。空気が弾け、銀色の剣士を弾き飛ばした。直後、真後ろに気配を感じ、タバサは前方へ飛んだ。自分が今までいた場所に斧が振り下ろされる。髪を頭の両脇へ盛り上げ、そこからいくつも鈴を垂らした男がいた。 「ふ~ん、避けたんだ。偉いねぇ~」場違いな程のんきな口調の男は、次の瞬間、血を吹いて倒れた。回避と同時にタバサが放った風の刃に切り裂かれたのだ。それにかまうことなく、タバサは背後に視線を向ける。銀色の甲冑の剣士は逃げたのか、いなかった。 「………」タバサは剣士の倒れた場所に屈み込み、確かめる。「!」その首が背後から伸びてきた手に締められる。同時に背中が熱を持ち、次に激痛が襲った。背中から肺を刺されたらしく、どんどん息が苦しくなっていく。(私はまだ……死ぬ、わけには…)タバサは燃えるような痛みに耐え、杖だけは離すまいと力を込めながら、もがき続けた。
動かなくなったタバサに、男が近寄る。異様に背の低い中年の男だった。プロテクターのようなものがついた服を着ている。その手にはナイフが光っていた。男は無言のまま、倒れた青い髪の少女に向かってナイフを振り上げる。その瞬間、少女の体が回転し、男の顔を杖が強打した。「うげぇ!?」うめき声をもらして男は後退した。その隙に少女が跳ね起きる。確かに目の前の少女は背中を刺され、痛みと窒息のショックで意識を失ったと思っていた男は息を呑んだ。 「貴方が五号?」青い髪の少女、タバサは何事もなかったように目の前の小男に尋ねた。しばらく無言を通していたが、ついに『五号』ケニー・Gが口を開いた。「ガリアからの追手か……。俺はこの館から離れるわけには行かない」タバサは首を振った。「貴方を連れて行く」「無理だ…。なぜなら…」タバサの宣言を聞くと、ケニー・Gは薄く笑って額を突き出した。そこにあるものを見て、タバサは僅かに目を見開く。髪の間に見たこともない腫瘍のようなものが蠢いていたからだ。 「こいつが……囁くんだよ。『DIOを守れ、DIOを守れ』ってな……。DIO様はもういないのに……。この世界に来た当時はどうってことなかったけど、もうだめだ。 『肉の芽』はどんどん大きくなって、俺の脳を殆ど支配してる。もう命令に逆らうことはできない。この館で、館とDIO様の財宝を守り続けるしかない……。これ以上俺に関わるなら…」 タバサにはまったく理解できないことをつぶやきながら、ケニー・Gの瞳が徐々に狂気に染まっていく。「殺す」ケニー・Gの狂気の熱を帯びた恫喝にも、タバサの心は動かない。どんな熱も溶かせないような凍りついた心のまま、もう一度繰り返した。「貴方を連れて行く。その幻覚はもう見切った」タバサは銀色の剣士を倒したときにはもう、不自然さに気付いていた。いくら達人とはいえ、あんな鎧を着込んだ男が音を立てずに移動することはできない。
『サイレント』の存在も疑ったが、他の音は変わらず聞こえていたし、何より奇襲するのでもないのにサイレントを使う意味はない。(もっとも、これはタバサの思い違いで、ケニー・Gが知る『本物の』銀の騎士は音を立てずに動くことができた)そして先ほどの一撃。激痛が走り、ショック死しそうになったが、タバサは最後まで意識を失わなかった。こんなところで死ぬわけには行かない。その想いが痛みに打ち勝ったのだが、背後からつかんでいた男に放されると同時に痛みが消滅したところで、相手の能力が幻覚だと理解した。 ケニー・Gは自分の能力をこんな短期間で言い当てられたことに驚いた様子だったが、不敵に笑う。そしてケニー・Gはタバサの髪を指差した。「その髪の毛……お前、シャルロット・エレーヌ・オルレアンだな?」突然、本名を言い当てられた。だからといってタバサの心が乱れることはないが。「俺のスタンド、『ティナー・サックス』を見切っただと? 大口は俺を捕まえてから言え。断言する。お前は決して俺には勝てない」その言葉と共に、ケニー・Gの姿が消えた。どういう仕組みか分からないが、存在しないはずの物を存在するように見せることができるのだ。逆だってできるのだろう。 そう納得したタバサは、感覚を研ぎ澄まして周囲を伺い、同時に氷の冷静さで状況を分析する。
まず相手の正体。相手はこちらが理解できないと思って呟いたのだろうが、ケニー・Gは「スタンド」と言った。それはリゾットが使うという能力の総称だと、タバサは覚えていた。(リゾット個人の能力は『メタリカ』というらしい。ケニー・Gは『ティナー・サックス』だろう)先ほど呟いていた『この世界』という言い方から推測するに、ケニー・Gはリゾットと同じような異世界人だ。リゾットの話ではリゾットたちの世界にメイジはいない。つまり、今対峙している男も魔法を使うことが出来る確率は低い。魔法は血統だからだ。また、『肉の芽』の詳細は不明だが、目的はこの館を守ることだと考えられる。『この世界に来た当事は』という台詞から、この館が姿を現した当時はここにいたのだろう。
次に、相手の能力『ティナー・サックス』。幻覚を操り、あるものをないように、ないものをあるように見せかけることができる。具体的には不明だが、視覚だけでなく、聴覚、触覚(痛覚)にもその効果が及ぶ。 姿を隠した財宝や書物も幻覚で消えたように見せかけたと推測できる。静止したものはいくらでも作り出せるようだが、動かせる『敵』はそんなに多く作れないようだった。 そうでなければ最初からもっと沢山敵を配置し、タバサを始末していただろう。また、タバサは館に入ったときから、僅かに空気や音に違和感を感じていた。おそらく、この幻覚能力は、使い手であるケニー・Gが感じたり、イメージすることができるものしか再現できないのだ。だからこそ、『風』のトライアングルクラスのメイジのタバサの感覚とはズレが生じている。その違和感を手繰れば、見えない敵だろうと勝機がある。
警戒しながら考察を続けるタバサの耳が、聞きなれた親友の声を捉えた。罠の可能性を考える。だが、時間的に不自然はないし、横の繋がりがない北花壇騎士の五号がタバサの交友関係を知っているとは思えない。自分の行動の遅さに内心で舌打ちしつつ、確認のためにタバサは油断なく入り口へと移動し始めた。
建物の中に進入したリゾットたち三人は一階を探索していた。「ふむ、結構いい屋敷じゃないか。少し飾り気が足りないと思うが」「いや、足りないというより、取り払われた感じだな……。絵がかかっていた形跡はある」リゾットは壁の微妙な色合いの違いからそう判断した。近くにあった扉を一つ開いてみる。(………どうやら、この建物は俺の故郷から来たことは間違いないな……)そこにあったトイレを見て考える。トイレの洗面台に蛇口がついている。ハルケギニアはこれらのものはない。何に使う物なのかもわからないだろう。
「ダーリン、ギーシュ、ちょっと来てくれない!? これ、何だと思う?」キュルケが天井を指差す。その先にはまるでコルク栓を抜いたような綺麗な円の穴が開いていた。穴は貫通しており、二階まで続いている。「後から開けた穴のようだな……」「開けるって…どうやったらこんな穴が出来るんだね?」その時、リゾットは物音を聞いて部屋の奥を見た。鳥の頭部を持つ2メイル程の大男がそこに立っていた。ギーシュとキュルケも気付き、杖を抜く。「何だい、ありゃあ?」デルフリンガーが呟くと同時に、鳥頭はリゾットに向けて炎を吐いた。デルフリンガーを抜きざま、間一髪で避けるが、熱気が皮膚を炙った。炎はそのまま、後ろにいたギーシュのワルキューレの一体に命中し、ワルキューレは燃え上がり、どろどろと溶けていく。 「ぼ、僕のワルキューレが…」「この……ッ! フレイム!」「きゅるきゅる!」キュルケとフレイムが同時に炎を放つ。鳥頭に命中し、炎上する。だが、鳥頭は平然としたまま炎を撒き散らした。「火はダメだ!」炎を回避しつつ、リゾットが接近し、斬りかかる。素手でデルフリンガーをいなすと、鳥頭は口を開いた。だが、その口に氷柱が突き立ち、頭を吹っ飛ばす。「タバサ!」二階へと貫通した穴の淵に、杖を構えたタバサが立っていた。
タバサはキュルケの呼びかけにも反応を見せず、尋ねる。「……リゾット、貴方のスタンド能力の名前は?」「いきなりなんだ?」「答えて」有無を言わせぬ、冷たい口調だった。リゾットは意図を考えかけたが、無駄だと思い直し、答える。「メタリカ……だ」その返事を聞くと、安心したように息をつき、二階から飛び降りる。「追いかけてきてくれたの?」キュルケの問いに、降りてきたタバサは首を振った。「この館には敵がいる。名前はケニー・G。スタンド使いで、能力は幻覚」「え?」「スタンド?」キュルケとギーシュは突然の言葉に困惑した。「幻覚のスタンド使いか……。どうして分かる?」リゾットの言葉に、タバサは溶けたワルキューレを指差す。「動かして」「あんな風になっちゃもう動かせないよ」「動かして」繰り返すタバサに根負けし、ギーシュは溶けたワルキューレにこちらへ歩いてくるように命令を送った。金属音がして、ワルキューレが動き出す。その姿が元の姿に戻った。
「攻撃されれば痛みも感じるけど、ゴーレムには通じない。多分、精神とか感覚がないから」タバサは淡々と説明を続ける。リゾットは自分の腕を見た。わずかに火傷による火ぶくれができている。おそらくはこれも炎によるダメージを受け取った体がそれにふさわしい防御反応を起こした結果なのだろう。 「自分の姿を消すことも出来る。相手の感覚を騙すことができるけど、ケニー・Gがイメージできないことは多分、再現できない」それを聞いて、デルフリンガーが震えた。「おでれーた! 相棒の世界のスタンドってのは幻覚までつくれる奴がいるのか。そんなことが出来るのはハルケギニアじゃ伝説の虚無くらいだぜ?」「そうなのか?」「ああ。話を聞いてるうちに思い出した」「確かに、普通の系統魔法じゃ、こんなことできないわね。遠見の鏡とかは今どこかで起こっていることを映し出すだけだし」キュルケが同意した。そんな周囲との温度差に、ギーシュはたまらず声を上げた。「ちょ、ちょっと待ってくれ! さっきからスタンドとか、リゾットの世界とか、何のことだ?」全員の視線がギーシュに集中する。リゾットはギーシュには話していなかった事を思い出し、しばらく考える。話しても問題はないと判断した。「俺はハルケギニアとは別の世界からルイズに召喚された。スタンドって言うのは俺の世界の人間が使う能力のことだ。魔法みたいに器用じゃないが、その分、強力な様だな」 「別の世界って…」「ギーシュ、今はそれを問い詰めてる場合じゃないわ。とにかく幻覚を作り出せる敵が潜んでいて、姿を消して潜んでいる。そうよね、タバサ?」タバサは頷いたが、ギーシュはまだ戸惑っていた。「そ、そんな事いっても……」「信じなくても構わない。後できちんと説明する。納得できないなら、外に出てもいっても構わない……。だが、出来れば協力してくれ。幻覚が通じない以上、お前のゴーレムは切り札になるかもしれないんだ」 リゾットが珍しく感情を込めて、ギーシュに頼んだ。実際、ゴーレムがなければ次々と幻覚の敵を繰り出されて追い詰められる可能性が濃厚だった。ギーシュはリゾットの真剣さに思わず頷く。 「わ、分かった。やってみるよ。『危機の時ほど、冷静に』、だったね」「そうだ……。それでいい…」
ギーシュが納得したところに、タバサが口を挟んだ。「出来れば、貴方たちには外で待っていて欲しい。これは私がやるべきことだから」「そういうわけにはいかない……。敵がスタンド使いなら、元の世界に戻る手がかりを持っているかもしれない。それに……、お前にも色々助けてもらっているからな」 「ダーリンもこう言ってるし、逃げるなら一緒に、よ。あたしが貴方を危険な場所に置き去りにするわけないじゃないの」「グラモン家の男が女性を置き去りにして逃げたとあっては恥だよ。大丈夫、頼りない僕だけど、役に立って見せるさ」三者三様の言葉で、タバサの提案を却下する。タバサの凍りついた心に、嬉しいような悲しいような複雑な感情が走った。「…………」何か言おうと思ったが、結局、タバサは何もいえず、俯いた。「俺はお前を信頼してる。お前も俺を信頼しろ。俺はお前の足を引っ張るようなことはしない」リゾットの言葉に、タバサは頷いた。キュルケは笑ってタバサを抱き寄せる。「いつも貴方は頼られてるんだから、たまには素直に頼っていいのよ」「………」二人の言葉にまた心の中に複雑な感情が走るのを感じながら、タバサはもう一度頷いた。
その時、奥、玄関方面、近くの階段、隣の部屋、トイレから、頭に無数の触手を生やした人間型の生物が一人ずつ現れた。ゾンビのようだな、とリゾットは昔見た映画に照らして思う。 「おぞましい幻覚め…。僕のワルキューレの拳に砕かれるがいいさ!」ギーシュは5体のワルキューレを展開し、それぞれに襲い掛からせる。ゾンビたちはワルキューレを怪力で畳んで行くが、それが幻覚だと知っているギーシュは命令を続けるため、ゴーレムは一瞬で元に戻る。 さらにワルキューレの拳がゾンビに命中すると、幻覚を見ているリゾットたちがそうなるだろうな、と思っているせいか、ダメージがある。やがてゾンビたちは消えた。
「いいぞ、ギーシュ。……その調子だ」「凄いじゃない、ギーシュ」「意外な活躍」「おでれーた!」「きゅるきゅる!」三人と一振りと一匹にほめられ、ギーシュは舞い上がる。「ふふふ、任せてくれたまえ! さあ、この不埒な幻覚使いを見つけ出そうじゃないか!」高らかに言うと、胸を張って奥へと歩き出す。その襟首に、タバサは杖を引っ掛けた。ギーシュがのけぞる。「な、何をするんだね、タバサ!」タバサに文句を言うギーシュに、リゾットはため息をついた。「姿を消した敵に襲われたらどうする。ピンチと同じくらい、チャンスでも冷静になれ、といったはずだが……?」「せっかく見直したのに……。やっぱりギーシュね…」「調子に乗りすぎ」「……まあ、らしいっつーか」「きゅるきゅる……」今度は三人と一振りと一匹に呆れられ、ギーシュは激しく落ち込んだ。「どこに潜んでいるか分からない。警戒を怠るな。何もない場所に少しでも違和感を感じたら攻撃しろ」(プロシュートやペッシがいれば攻撃できるんだが……)場所が分からなくてもメタリカならば半径10mに無差別に磁力を発生させるという手段で攻撃できるのだが、仲間がいる以上、それはできない。仲間から離れて使えばそちらを突かれる可能性もある。メタリカの防御不能の攻撃力がこの場面では逆に枷になっていた。
結局、四人はそれぞれの感覚を研ぎながら固まって移動する。奥の部屋を抜け、『図書室』と英語で書かれた扉を開けた。中にあったのは、幾重にも連なる本棚でも、幻覚によって作られた敵でもなかった。どこか王宮のような荘厳な空間がそこにはあった。たくさんの兵士がいる中で、この空間の主らしき王冠を戴いた青い髪の男に、一人の女性が何事か訴えかけている。女性の側には王と同じく青い髪をした小さな女の子が居た。二人は親子なのだろう。口元がよく似ていた。三人の前には食事が用意されている。晩餐会のようだ。何もかも現実としか思えないリアルな世界で、唯一つ音だけは遮断されているかのように聞こえなかった。「何だね、これは?」「……あの子、タバサ?」なるほど、あの女の子が大きくなれば、タバサになるかもしれない。キュルケの指摘に、リゾットは隣のタバサを見た。タバサはその白い顔をますます蒼白にして、ぶるぶると震えていた。 「おい…?」リゾットが声をかけるが、タバサは答えない。無音で展開される抗議に対し、王が何事か答える。そのうち、女性は女の子の席にあった食べ物を取り、口に運んだ。その途端、タバサが弾けるように叫んだ。「母様! それを食べちゃダメ!」魂が切り裂かれるような、悲鳴じみた叫びだった。そして杖を投げ出して走り出す。その剣幕に、他の三人は反応すら出来なかった。タバサは今しも食べたものを飲み込もうとする女性に飛び掛る。しかしその身体はタバサをすり抜けた。幻影だったのだ。「かかったな……」ぼそり、とタバサの耳元で誰かが呟き、その直後、タバサの意識は暗転した。
女性の幻影に駆け寄ったタバサは、突如として空中から現れた小男によって当身を入れられ、気絶した。「タバサ!」キュルケが叫ぶと同時にリゾットは走り出す。「メタリカ!」ケニー・Gはタバサにトドメを刺そうとナイフを振り上げるが、その腕にメスが突き立った。メタリカによって空中からメスを作り、磁力の反発によって弾くことでメスを射ち出したのだ。 「うっぎゃあーーッ!?」悲鳴を上げて後退し、ケニー・Gは再び消えた。射程距離外に逃げたらしく。それ以上の追撃は出来なかった。キュルケとギーシュが駆け寄ってくる。リゾットはタバサに傷がないことを確認した。「ダーリン、タバサは?」「肉体のほうは問題ない。死にはしないだろう…」「そう…」安心したようにキュルケが息をつく。ギーシュはいつの間にか幻影が消え、暗い部屋に戻った辺りを見回して呟いた。「しかし、今のは一体なんだろう…?」「分からないわ…。普段、静かなこの子があんな声を出すなんて……」「……タバサの傷に触れるものだったんだろう……」「許さない……」キュルケは怒気を込めて呟いた。その表情もどこか飄々としたものではなく、燃え盛る火のような怒りが浮かんでいる。
「相棒、ちょっと待った! 落ち着けって!」「! ……すまない」デルフリンガーの柄を握りつぶさんばかりの勢いで握り締めていたことに気付き、リゾットは力を緩めた。「相棒も、そっちの貴族の娘っ子も、落ち着けよ。ワルドと違ってこの手の敵は力押しじゃ倒せねーぜ」「分かってるわ…」「そうだな……」リゾットは暗殺の時のように気持ちを切り替えた。怒りが心の中へ沈み、冷静さが残る。冷静さを取り戻すと、リゾットはタバサを背負った。「ギーシュ、キュルケ……、一旦退却するぞ」「何ですって?」「本気かい、リゾット?」「ああ……」キュルケは反対しかけたが、リゾットの目を見て口を噤む。リゾットが逃げる者の目ではなく、戦う者の目をしていたからだ。如何なる困難にも怯む事のない目だった。 「移動を始めたら一気に館の外を目指す。ギーシュ、あの扉を土に錬金してくれ」「何で土なんだい?」「使いやすいからな」「? まあ、君の指示には従うよ」ギーシュが杖を振ると、扉が土に変わって崩れる。「よし、行くぞ!」いって、三人と一匹は走り始めた。ワルキューレが左右と後方を固め、リゾットが前方にメタリカの磁力を放ちながら進む。
『DIO様の館を汚すお前たちを逃がしはしない……』後ろからケニー・Gらしき男の声が聞こえてくる。その言葉の意味はすぐに分かった。入り口まで走った三人だが、そこで足が止まる。「い、入り口が…ない!?」ギーシュが叫んだ。入り口があったはずの場所は壁になっていた。急いで隣の部屋を調べるが、窓があるはずの場所も同様になっていた。「ワルキューレ!」ワルキューレが入り口のあった場所に移動すると、壁をすり抜けて通過する。だが、ギーシュ自身は幻覚が邪魔して通ることができない。「ど、どうするんだ、リゾット!?」「ワルキューレを展開してまずは自分の身を守れ」リゾットは指示を出すと、タバサを自分の背後に横たえ、じっと館の奥に目を凝らしている。突然、リゾットの体から血が吹きでた。次の瞬間、幻覚で透明にされていた投げナイフが姿を現す。「ダーリン!」支えようとするキュルケを、リゾットは手で制した。ナイフを抜き、メタリカで傷口を止血する。「違うぞ、キュルケ。見るのは俺じゃない……。ナイフが飛んで来た方向を見るんだ…ッ!」「飛んで来た…方向?」キュルケが目を凝らす。その目が何かに気付いた。「やれ…。お前が……奴を倒すんだ…」「分かったわ。見ていて、ダーリン」艶然と微笑むとキュルケは杖を構えた。堂々と宣言する。「ケニー・G、貴方にどんな理由があって、貴方が何故あたしたちを襲うのか。DIOとやらが何者なのか、あたしは全く知らないわ。だけど……」「貴方はあたしの大切な人たちを傷つけた。その罪、償ってもらうわ」
杖を振り、呪文を唱える。『火』の二乗。『フレイム・ボール』が完成し、炎の塊が飛び出す。ケニー・Gは自分の方へ向かってくる炎を見て、横にとんだ。『フレイム・ボール』は対象を追跡する炎の魔法だが、居場所が分かっていない限り、当たらないはずだった。 だが、その時、リゾットの冷たい瞳と眼が合った。自分の位置が見つかったのかと慌てたが、そんなはずはないと考え直す。そう思ったのも束の間、リゾットがぼそぼそと呟いた。「無駄だ…。既に…お前は『出来上がっている』のだからな……」キュルケの『フレイム・ボール』が空中で軌道を変える。まるでケニー・Gに糸がつけられているようにその動きを正確に追尾した。「タバサの心と、ダーリンの身体を傷つけた報い、その身に刻み込みなさい……」「な、何ィ……っ!? うっぎゃあーーッ!?」ケニー・Gは火球に直撃し、悲鳴を上げながら転げまわった。同時にスタンドが解除され、幻覚が消える。
全ての幻覚が解除された玄関に、黒焦げになったケニー・Gが転がっている。「な、何故……俺の場所が分かった?」ケニー・Gの質問に、リゾットは答えない。「何故だ…。教えてくれ…。もうすぐ俺は肉の芽で死ぬ。その前に負けた理由が知りたい。前は臭いで負けた。今回は何だ?」「……『磁化』という現象を……知っているか? 元々磁力を持たない金属に強力な磁力をかけると、一時的に磁力を持つようになるという現象だ」リゾットは淡々と語る。「俺はギーシュの土から鉄の粒をつくり、その鉄を磁化させた。その砂の上をお前が移動する。すると、どうなるか?」ケニー・Gの手からナイフを奪い取った。その表面は黒く、塗りつぶされている。さらに、ネックレス状のプロテクター部分にも砂鉄は付着していた。「お前の能力はお前が認識していないものには及ばない……。だから、想定外のものが気付かずに付着すれば、その位置を特定できる」「あとはあたしの『フレイム・ボール』を撃てば、貴方に向かって飛んでいく、というわけよ」「………」納得したように頷くと、ケニー・Gは息絶えた。
「……死んだか……」異世界から召喚され、孤独に死んでいく。リゾットもまた、いつそうなるか分からない。そう考えると、敵のはずのケニー・Gにも僅かに憐憫が湧いた。「一度、外に出て、タバサとリゾットの手当てをしないかね? この館の中の調査は後にしようじゃないか」ギーシュの提案に、リゾットとキュルケは頷き、外へと歩き出す。キュルケは心配そうにリゾットの背中のタバサを覗き込んだ。タバサは未だ、苦しそうな顔で眠っている。そして時折呟いた。「食べちゃ……だめ。母様……」
タバサは夢を見ていた。母親が自分を庇い、心を狂わす毒を飲んだ日の夢だ。目の前では母が毒の入った食事を口にしようとしている。それをやめさせようと思っても、夢の中の自分は決して触れることができない。思えば、母親はこの日からタバサを娘だとわからなくなった。かつて娘の持ち物だった人形を抱きかかえ、それを娘だと思う毎日をすごしている。思えば、タバサはこの日から技を磨き、任務をこなし、ただ一人生きてきた。母を守り、いつか叔父王に復讐するために。ずっと一人、戦ってきた。その日々がこれからも続くのだと、奇妙な確信すらしていた。まるで悪い夢のような現実を、ずっと一人で過ごしてきたのだ。
そこで、タバサは夢から覚めた。誰かに背負われている。リゾットだった。ぼんやりとした頭で辺りを見渡すと、キュルケとギーシュも居た。リゾットは自分がそうするように、タバサにもリゾットを信頼するように言ってくれた。キュルケは頼ってもいいと許してくれた。一人だった自分に出来た仲間たち。ガリア王の命を狙い、逆に命を狙われてもいる自分は、いつか彼らと別れなければならないだろう。だけど、それまでの間は、助け合える人たちがいる。その安心感が、タバサを再び眠りに就かせた。今度はもう夢を見ない。それは一時的とはいえ、彼女が感じる、久々の安心だった。
リゾット、キュルケ、ギーシュ……この後、DIOの館を探索。財宝と美術品を発見する
タバサ……目を覚ました後、一旦、任務報告に戻り、リゾットたちに合流
シエスタ……夕飯を作った
ケニー・G/スタンド『ティナー・サックス』……死亡
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