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石清水のスルガさんへの訓練

■石清水のスルガさんへの訓練

石清水のツッコミの訓練により、スルガさんは夜にぐっすり眠れるようになり
ベッドで泣くことがなくなった。絶技だけに頼ることはなくなり
結局手足を使ったほうが速いと言う事になった。 自分の身体なのに
自在に操れないことに気付いたという。 

▲石清水の訓練についての真意

立派で綺麗なトイレに行き、缶コーヒーを買って作業を遠目で見ながら飲む。
スルガさんはこの一週間で随分と成長した。身体が動くようになった。
自分も成長しないといけない。

それに意味があるかどうかは分からないが、そんな考え自体が甘えだろう。
一つの山に登頂したら、別の山の頂も見えるようになる。
お笑いもまた、一つの山だ。その頂からなら政治という別の山を見ることもできる。
やさしさという別の山の頂も分かるようになるかもしれない。

大切なのは山に登ったという自信、そして山に登った経験で得た自分なりの物差しを持つことだ。
物差しがあれば別の山を登る時も、ペースがつかめる。
他の山の頂が見えれば迷うことなく登ることもできるだろう。
自信があれば、くじけずもう一歩進むことだってできるだろう。

問題は教える自分の方だ。お笑いの山は高い。頂なんて比喩表現で、おそらく誰も到着はしてないだろう。
とはいえ、だがしかし。小さい子に物を教えるくらいは出来る程度になりたい。

石清水はコーヒーを片手に思った。

意地ってやつは自分にもある。
そのためなら努力するとも。
もっと前、大学生くらいの時にこのやる気が欲しかったが。
(スルガ編 第二十五話)

 


■根拠ログ
イワシミズは意味のない訓練というが、少しは意味があると、スルガさんは思った。
まずもって、夜にぐっすり眠れるようになった。あと、ベッドで泣くことがなくなった。
だいたいベッドの中で、どうやってあの小憎たらしい小鳥を焼き鳥にするかを考えている。
大妖精として、領主として、あんなのに負けられない。足を踏み鳴らしながら思う。
今日も今日とて足を踏み鳴らして小鳥を追いかける。絶技だけに頼っては駄目だと、スルガさんは思う。
速度についていけない。短い歌の絶技、それでも足りない。結局手足を使った方が速い。
自分の身体なのに自在に操れないことに気付いたのが、スルガさんの面白くない発見だった。
そんなこと知りたくもなかった。
まあでも、知った以上は訓練せねば、何もかも思い通りに動かない中で、自分の手足くらいは
思い通りに動かしたい。
(スルガ編 第二十四話)

最終更新:2017年01月31日 23:20