2008.07.15 18:07
野良(--)
家の離れにぽつんと佇む、廃屋と見紛う小屋の前。切り株の一つに座りこみ、月明かりの下で剣を見る。
かつて『銀嶺の華』と称えられた、誉れ高き聖戦士の剣を。
脚ほどの長さの細身な刀身に柄の細工は猛る竜。装飾は精緻で美しくも、剣の造りは戦場の強さを備え、月の光を鮮やかに返している。妖精の鍛えた銀の刃は経てきた年月を思わせない、在りし日の鋭さを湛えていた。
もっとも、時おり私がこうやって手入れを行っているためでもあるのだが。
「あなた。またここにいたの」
「ん? ああ、つい、ね」
呼びかけに応えて振り返れば、妻のネロイが苦笑を浮かべて立っていた。眼差しが「またやってるの」と呆れている。
物置を改造した所蔵庫を前に集めてきた名品を愛でるこの瞬間が、私にとって最も心安らぐ時なのだが、他の者達にはどうしても理解してもらえない。失礼な近所の子供達はガラクタ置き場などと呼ぶ始末だ。親の顔を見てみたいが、どれもこれもよく知っているものであり、率先して言っているのが我が子達では不満のぶつけどころがない。
その母親も半ば諦めの息を吐いていた。
「ごはんできたわよ。今日はお母さんのキノコ汁なんだから。お父さんもお待ちかねよ。ニコラなんてもう食べ始めてるかも……?」
少し疲れたその声が、不意に小さな驚きに変わる。
私の手にした銀の剣に同じ思いを見出したのだろう。
「その剣は……」
「ああ、君の剣だ。小屋の整理をしていたら思わず、ね」
「まぁ……」
日常に追われる主婦の目が、途端に輝きを取り戻していた。
若かりし日々、『銀嶺の華』と呼ばれていたころの輝きを。
冒険を、悲哀を、そして歓喜を思いだした表情に、過去を偲ぶ笑みが浮かぶ。
「懐かしいわ。あれからどれぐらい経つのかしら」
「イコラが今年で十三だから、もう十六年か。早いものだ」
「そんなに。わたしも歳をとるわけね」
「いや、君は変わらないよ。初めて出会ったあの時となにも変わっていない」
空を見上げて思いだす。あの夜も美しい三日月が輝いていた。
知らず口の端が上がる。
「まったく、あの日の恐怖と感動は一生忘れられないだろうな。ようやく街に辿りついたその日に、いきなり騎士様に斬られそうになるとは思わなかった」
「あれは、ケンカしていたあなたが悪かったんじゃない。羽目を外してお酒を飲みすぎたから、なんていう言い訳は通用しません」
「だからといって一般人相手にいきなり剣を突きつけるやり方はどうかと思うのだが」
拗ねたような言い草に淡々とした言葉を返す。走馬灯は何度か見てきたが、最初の衝撃は特別なものだった。街の怖ろしさをつくづく思い知らされた出来事であり、彼女の非常識を刻みこまれた事件でもある。
「あの後上官さんにこっぴどく怒られたんだろう?」
「う……はいはい、そうです。どうせわたしはおっちょこちょいです。今も昔も変わりませんよ」
そして、無邪気な性格も。
切欠は成り行きと勘違いからではあったが、それも今ではよい思い出だ。
ネロイと出会い、幾つの死地を潜り抜けただろう。数えきれぬほど直面してきた生命の危機と、それを上回る感動と喜びが心の奥には残っている。
宝石のような無数の記憶は、集めてきた数々の奇品より美しく、
街を去り、村に住み、子らを生み育んでいる今も、彼女は輝き続けている。
私の、最高の宝物だ。
「いいじゃないか。変わる必要もないさ。君のそんなところに私は惹かれたんだから」
「え?」
「あ……」
思い出に浸りすぎていたせいか、つい口が滑っていた。
我ながら素直な言葉に年甲斐もなく頬に血がのぼる。変わっていないのは私も同じらしい。いや、変わらないというよりは、成長していないというべきか。
そしてネロイも相変わらず、流して欲しい言葉ほど聞きただしてくる。
「なに、なに? よく聞こえなかったな」
「いや、その、別に、大したことでは……」
「ほら、もう一度はっきりと、心をこめて言ってみよう」
楽しげに囃してくる声も調子も、笑みの様も変わらない。
ならば、私も昔と同じように対応してもよいだろう。
「さ、さあ。夕飯ができたんだろう? はやいとこ戻るとしよう」
「あ、こら、ちょっとっ」
「そろそろ小屋も改修しないといけないな。イコラたちがすぐに穴を開けるから。まったく、あのお転婆は誰に似たのだか……」
「ごーまーかーすーなー!」
磨いていた剣を手早くしまい、小屋に置いて帰路に着く。
文句の声から逃げる様も昔と同じで、互いに悪い気はしない。
急げばすぐに着く道を少しだけゆっくりと戻っていく。
三日月はあの日と変わらぬまま、静かな光を落とし続けていた。
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文章の練習がてら、なかなか珍しいシチュエーションなのではないかと思われる村の光景を描いてみた。一人称の方が書きやすいな、やっぱり。
水上 える
ネロイさん強いんだったっけ。いいキャラになってますね。07/16 02:20
野良(--)
萌えるお母さんを目指して書いてみた。
無理か。内面よりは見た目だろうな。07/16 18:47
最終更新:2009年10月03日 00:48