2008.06.17 20:23
野良(--)
地下一階の静寂を、降りてくる足音が小さく乱す。
狭い入口に眼を向けた時、その主はけたたましさと共に現れていた。
「なぁなぁ、お茶会やろうぜ!」
「は?」
唐突過ぎる言葉に思わず作業の手が止まる。汚れた軍手の油の匂いが、耳にした単語の違和感を否応もなく思い知らせてきた。元は駐車場として機能していた広い間に、弾んだ声は返ることなく吸いこまれていく。
もっとも、それを気にする繊細さなど沢登忍は備えていない。飛びこんできた笑みのまま、大きなスポーツバッグを作業机の上に投げ置き、自身は綿のはみでたソファに倒れこんでいた。
靴と靴下を足元に脱ぎ捨てると、短いスカートを気にもせず、いつものように胡坐をかく。下にスパッツを穿いているとはいえ、今どきの女子高生にしても活動的すぎだろう。鈴がいればまた一騒ぎ繰り広げられていたところだ。
手に入れるときにはあれほど大騒ぎしたエアフォースとかいう大層なシューズも、今では油で汚れた床の上に転がされている。巻きこまれたこちらとしては自然と疲れを覚える光景だ。
止めていた手を再び動かし、チェーンを複層のギアにかませていった。
「お茶会っていうと、あれか。昼下がりの木陰で紅茶啜りながらアンニュイな気分を満喫する、有閑マダムご推薦の暇つぶし」
「そうそう、それそれ」
思いつくままに並べたてた我ながら適当な言葉に対し、忍は全力の笑みを上下に振りたくっていた。自分の描いたイメージがこの能天気と同じだったのかと思うと、ますます疲労が強くなる。一瞬だが美姫の落ちこみが理解できてしまった。
「なんだよいきなり。聞きなれない単語もちだしてきやがって」
「いやー、今日英語の授業で古い映画見せられてさ。知ってる? 『不思議の国のアリス』」
知らない奴の方が少ないだろう。ルイス・キャロルの有名な作品だ。ユーモアに溢れた言葉遊びと、童話らしからぬ含蓄深さがあるという。もっとも、内容をきちんと説明できるかと問われたら答えにつまってしまうが。文献調査の範囲をヨーロッパにまで広げたときには基礎知識として読み直さなければなるまい。
「まぁ、名前ぐらいは」
「その中でお茶会のシーンがあって、出てきたケーキやらクッキーやらが美味そうでさ。こりゃいっぺん食ってみなきゃと」
多少の反省をこめたつもりの言葉だったが、忍に返された答えはそんな機微などまるで必要としないものだった。相変わらず本能で生きている奴だ。
「菓子が食いたいならそれだけ買ってくりゃいいだろ」
「わかってないなぁ。こういうのは雰囲気を楽しむものなんだよ。焼肉だって弁当で食うより網で焼いた方が全然美味いじゃん」
「雰囲気、ねぇ。お前が言うか、そういうことを」
胸を張り人さし指を左右に振る。そんな忍の得意げな様に、思わず眼を平めていた。日頃はケーキだろうがたこ焼きだろうが両手で掴んで頬張っている奴に言われても、説得力がまるでない。
そんな無節操とも思える奔放さが、境界の存在を受け入れさせているのだろうか。少しだけ考えようとしたが、本人を前にしていると考えるのも馬鹿馬鹿しくなって止めていた。
沢登忍は自分と同じ、人ならざるモノが視える類の人間だ。以前手がけた仕事の都合で知り合って以来、事の有無に関わらず事務所に出入りするようになっている。
職業は女子高生。近隣ではかなり上等な進学校なのだが、日頃の忍を見ていると裏口か床下あたりから侵入したのではなかろうかという疑念を抱かずにはいられない。もっとも、表の法に明文化されていないモノを相手にしている自分達が、その辺りに関して口出しのできる立場ではないが。
存在としても、女子高生、なのだろう、一応。流行りモノにも飛びつくが、自分の興味が向かなければその限りでもないらしい。手入れのおろそかな短い髪に日焼けも気にしていなさそうな健康的な肌は、夏休みに遊び回っている活発な少年のようで、嗜好は洒落っ気よりも運動的なことの方に傾きやすい。今は話題になっている魔法の水着が欲しいのだとかで、玲二に仕事の斡旋を迫っている。
俺としてはありがたいことだ。ブルース・リーに嵌まったときは、なんちゃってジークンドーに三日に渡って付きあわされた。ただの道楽ならいいのだが、下手に才能があるだけに相手をするのがしんどいのだ。
この年頃にしては高めの長身に鋭さを感じさせる面立ちは、磨けば光るのではないかと思わせるのだが、周りも本人もその気はないのが現状だ。
俺もまた比較的どうでもよかった。こちらに被害が及びさえしなければ、事務所に入り浸るのも本人の自由である。
あくまで、被害が及ばなければ、だが。
こちらの思いなど知ろうとする気配もなく、忍は楽しげに話を続けていた。
「ただ食うだけならサルでもできる。やっぱオトメとしてはムードってものを大事にしないとねぃ」
「ムードったってな。白い円卓に椅子でも並べてテーブルクロスでも敷けってのか? ここで?」
「む……?」
周囲を見回すこちらの視線で少しは現実が見えたのだろう。陽気を振りまいていた忍の表情に、場に相応しい静けさが宿る。
視線の先には鼠色の壁と、冷たい闇が広がっていた。
事務所の地下であるこの場所は、元々は駐車場として使われていた。そこを現在のオーナーが作業場と訓練場に改修し、今では俺が棲みつくに至っている。調理器具を拾い集めている間に、どういうわけだか食堂にまでなりつつある場所ではあるが、とてもお茶会などという洒落た雰囲気には届くまい。
忍も同じ結論に達したようで、珍しく眉根を寄せて考えこんでいた。本能と直感で生きている少女が新たな答えを用意するのに、さほどの時間はかからなかったが。
「そうだ、鈴とこは? 空気もいいし明るいし」
「神社でお茶会か? いつもやってるだろ。土産にドラ焼きでも持っていけ。出がらしの緑茶で歓迎してくれるぞ」
同級生でもある巫女の名から連想したのであろう提案に、少しばかりの皮肉を返してやった。甘いものなら文句は言わないだろうが、お茶会というよりは日向ぼっこが関の山だ。昼寝の会になら参加してやるのに異議はない。
「じゃあ美姫んチならどうだ。あそこなら洋館だし雰囲気はバッチリだ」
「バッチリ、ねぇ……」
指を突きつけられながら、言われた洋館を思い浮かべる。レンガの壁に囲まれた、半ばを蔦に覆われた黒い館を。背後に森を備えた敷地は季節を問わず日が射さず、なにか正体の知れぬモノが潜んでいたとしても不思議はない。あの地域で行方の知れなくなった人物でもいたのなら、まず真っ先に調べなければならないだろう。
表向きはアンティーク・ショップとしてやっているらしいが、客が訪れたという話はついぞ聞いたことがない。横手には確かに中庭があったと記憶しているが、手入れの報告も要請も受けてはいないから、未だ蠢く植物に覆われたままなのだろう。
自分ならばとても住む気になどならないが、美姫は随分とお気に召していた。魔女の感性は常人とは大きく異なるようだ。
そこでお茶会を行うという女子高生の思考も、また。
「まぁ幹事がやるってんなら止めないけどな。中庭の掃除は自分でやれよ」
「うきー! だったら、えーっと……」
諦めの悪い悩みの声を聞きながら、ペダルを回し油をさす。実に平和な一日だ。このまま無事に終わればよいなと儚い願いを思いながら、サドルの位置を整えていった。
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退魔モノの登場人物の性格固めの一環として練習してみた。内容的に重いシリアスって方向性はどっかにいってしまったが。
書いてるウチに忍のイメージがFateの蒔寺だとはっと気づいたね。まぁいいか。アレほど馬鹿じゃないし、アレほど細かくもないんだよな、まだ。
奈須は上手いわぁ。とても届かんのぅ。
水上 える
いきなり境界って言われてもわかんないんですが( ̄∀ ̄
なんとなく文章が重たい感じがしたんですけど、背景がシリアスの余波なんでしょーか、忍の明るさになんだか違和感が。。。06/27 02:16
野良(--)
前のテーマからの続きだからなぁ、一応。
そっちからの流れならわからなくもないと思うのだが。
地の文の語り手が低いテンションだから重い雰囲気はいいんだが、
軽いテンションとの絡みではやっぱり違和感もあるかな。
日常はもう少し明るくいった方がいいか。06/27 20:07
最終更新:2009年10月03日 01:26