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える『左手』

2008.06.29 02:43

水上 える

椅子に座らされても、少女はうつろな目をしていた。
「大丈夫?あかりちゃん。おかあさんがわかる?ねえ大丈夫?」
母親らしき女性がしきりに肩に触れて揺らしても、反応らしきものはない。
小さな体と細い手足から見て、少女はまだ小学生だろう。
しくじった。まさかこんなことになるとは。


夜明けごろ僕はそいつを見つけた。
傷だらけで路上に座り込んでいた、中学生くらいの少年。
リンチを受けたのだろう、まだ息はあるが、口から魂が少しはみ出ていた。
それを刈り取って持ち帰るのが僕の今回の仕事だった。
どうせ放っておけばこの魂は勝手に抜け出てどこかへ飛んでいってしまうだろう。
もちろん少年は死亡する。
罪悪感がないではなかったが、しかたがなかった。
その魂は、人間として生まれてきてはいけない種類の魂だったから。

人目につかないよう、路地裏に場所を移そうとして、少年の体を持ち上げたとき、
突然少女の姿が視界に入った。
「おにいちゃん!」
なぜ気がつかなかったのだろう?
顔は家族構成を知らされたときに写真で見て知っていた。少年の妹だった。
どうやら一晩中兄を探し続けていたのだろう、汗だくで息を荒げていた。
「お、おにいちゃんを、どこにつれていくの。返して」
知らない年上の人間に少しおびえながらも、少女は言った。
仕事が増えた。僕を見た記憶を消去しなければならない。
とりあえず眠らせておこうと懐からスプレーを取り出そうとしたとき、
少年の意識が戻ってしまったようだった。
「あ…」
反射的に逃げようとしたのだろう、少年は僕の肩から地面に落ちた。
「おにいちゃん!」
少女が駆け寄る。
二人まとめて、と思ったとき、不思議な現象が起きた。
少女の左腕が、まるで別の生き物のように空を切った。
次の瞬間、僕は少女の手が少年の魂を掴んでいるのを見た。
きょとんとした顔の少女を置き去りにして、左手は全力でそれを握りつぶした。

少年の魂が霧散した。

少し痙攣した後、少年は完全に動かなくなった。
死んだ、と理解した。僕も、そしてきっとその少女も。
「え?私…私?」
少女は兄の傍らにへたりこんだ。

「あかりー、健介ー、どこだー?」
遠くから複数の大人の声が聞こえてきた。
これ以上たくさんの人間に見られるのはまずい。
僕はとりあえず二人をその場に残したまま、路地裏へと逃げ込んだ。
対象者の魂の紛失、これは始末書ものだ。僕は首を振った。
もうひとつ、報告書を書かねばならない。
能力者――≪使徒のお茶会≫に出席する権利を持つ者の発見について。
そしてその者が心神喪失状態にあることは、始末書と報告書、どちらに記載すればいいことか。


その後二人は大人たちに発見され、救急車で搬送されていった。
病院で少年の死が知らされ、そして少女はうつろな目のまま動かない。
母親が少女を揺らす。
少女は一言だけ呟いた。

「私、おにいちゃんを殺したの」


野良(--)
お、なんかちょっと近しい流れを感じる。
魂を狩るってのはけっこう惹かれるネタだな。06/29 23:15

水上 える
ちょっと寄ってみました( ̄∀ ̄06/30 02:20
最終更新:2009年10月04日 23:12
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