2008.06.04 03:29
水上 える
ある日、妹が僕の部屋に来た。
「おにいちゃん、美香、お話書いたの、聞いて」
「ああ、うん」
「ある日パンダが卵を産みました」
「パンダが?」
「だめ?」
「ああ、いいよ、うん」
「卵はたくさんあって、みんな生まれました。ちっちゃいパンダがもじゃもじゃしました」
「もじゃもじゃ?」
「だめ?」
「いや、いいよ」
「ちっちゃいパンダは笹の葉をもりもり食べて、順調に大きくなりました」
「うん」
「春の日はひなたぼっこをして、夏の日は水浴びをしてからごろごろーんとして、
秋の日は切ないポエムを詠んで、冬の日は冷たい風に負けないようにみんなで丸くなりました」
「……うん」
「とてもかわいかったです」
「うん」
「パンダはやがてみんなでさなぎになりました」
「…………ああ、うん」
「それからさなぎの背中が割れて、パンダが出てきました!」
「うん?」
「パンダは白と黒の羽をいっぱいいっぱい羽ばたかせて、お空をたくさん飛びました」
「うん」
「おしまい」
「おしまい?」
「あとは、これから」
「これから書くの?」
「これからちゃんと観察して、書くの」
「……うん?」
「じゃあおにいちゃん、美香の部屋に来てみる?」
「……うん」
「誰にも内緒だからね」
パタン。僕は妹の部屋の扉を開けた。
「……」
パタン。僕は妹の部屋の扉を高速で閉じた。
「美香、お話……つくったって言ってなかった?」
「お話書いたって言ったよ」
妹の部屋には本当にパンダがたくさん飛んでいた。
お話の続きが僕の頭の中を駆け抜けた。
パンダ交尾する。
パンダ卵を産む。
パンダ死ぬ。
妹の部屋がパンダの死体でいっぱいになる。
「パンダ、逃がしてあげた方がよくない?」
「大丈夫!パンダが卵を産んだら、パンダ売りのおじさんが来て、引き取ってくれるって言ってた」
「だ、誰が?」
「パンダ売りのおじさんが」
「どこで会ったの?」
「公園で」
僕は家の前にある児童公園に向かった。足を踏み入れるのもいつ以来だろう。
そして、入り口で凍りついた。
公園の中には、パンダの死体が散乱していた。
羽のちぎられたパンダ。首と胴体の離れたパンダ。踏みつけられたパンダ。
そして、作業服を着た男が一人、そのパンダをトングで挟んで袋に詰めていた。
「パンダ売りのおじさんというのは……?」
「はい。私です。でもあなたでは買えませんよ」
「いや、買わないけど」
「内緒だって言ってるのに、子供はやはりしゃべるものですね。まあ大人も同じですが」
「なんなんですか、これは?」
「まあ、私もただの雇われの身なのでしゃべります。
これは、とある調査機関のおこなっている、子供の残虐さを調べるテストです。
こんなかわいらしいパンダなのに、虫だと思うとどういう行動を起こすか、を調べています。
結果はいまのところ、虫と同じ扱い、ということになりそうですね」
「こんな……」
「道徳的に問題があると思いますか?
しかし、あなただって虫の一匹も殺したことがないなんて言わせませんよ。
ま、念のためですが、口外はしないでくださいね」
僕は何も言い返せないまま公園を去るしかなかった。
命が平等だなんていったやつは誰だ。
そんなやつがいるから世の中が混乱するんだ。
はっきりと不平等だと言ってやった方が親切だ。
それでも僕はその夜、パンダの死体たちを思い出して少しだけ泣いた。
ミカヅキX
珍しく、といったら失礼ですが、変にリアルなオチですね。
じゃあ、でっかい芋虫だったら、1億円でレンタルするんでしょうかね。06/04 23:42
モモと
子どもにどうやってパンダを虫と思わせたのでしょうか?
ちょっと気になってしまう06/05 00:13
野良(--)
人間の残虐さって、気持ち悪いか否かって問題なんだと思うよ。06/05 22:15
最終更新:2009年10月05日 00:27