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ミカヅキ『衝動』

2008.06.10 00:29

ミカヅキX

衝動


 「もう。ベッドでタバコ吸わないでって」
 台詞とは裏腹に、ミキの声は甘えた口調だった。
 「自分の部屋でぐらい、自由にさせろよ」
 俺はそう言って、セブンスターに火をつけた。
 「ねぇ、ヒロト」
 「ん?」
 「まだ、アケミさんのこと・・・」
 振り返ると、俺の吐いた紫煙越し、ベッドサイドの写真立てに伸びる白くてふっくらした腕が見えた。
 「ああ」
 俺は短く答える。
 「あたしもアケミさんみたいになりたいな」
 「いいけど、俺、アケミ姉にゃ、勃たないぜ」
 「それも困るな~」
 ミキは、猫のように笑うと、モノクロームの写真立てを元の位置に戻した。
 「あーお腹減った。なんか作ろっか?」
 「さっき食ったばっかだろ?」
 イタリアンレストランでの彼女の健啖家ぶりを思い出して、俺は呆れ気味に言った。
 「もう消化しちゃったよ~」
 ミキは薄手の布団を跳ね除けて、素っ裸でベッドから飛び降りた。
 「何かあったけ?」
 「んー。林檎とヨーグルトぐらいしかねぇ」
 「上等上等」
 そう言いながらキッチンに向かうミキの、闇に白く揺れる尻を見ながら、俺はタバコを灰皿に押し付ける。
 毎度の事ながら、後悔にも似た冷たい風が、俺の胸の中を吹き抜ける。
 ミキとの愛の無い行為が原因ではない。
 単純に、アケミ姉の事を思い出したからだ。
 アケミ姉が俺の世界から消えて以来、俺の心の中には、さなぎのようなわけの分からないものが育ち始めた。
 それは、外からだと何も分からない、黒く硬い塊だった。
 その中に何が入っているのか、俺自身言葉には出来なかった。
 ただ、悲しみと喜びとも付かない、どろどろした不可分の得体の知れないものが詰まってるという事だけは分かる。
 ぐるぐると、殻の中で、その何かは蠢き、殻を突き破ろうともがいている。
 「じゃじゃーん」
 俺の暗い思いを、ミキの明るい声が切り裂いた。
 一瞬送れて、部屋の照明が付く。
 暗めに設定してあるその光量は、しかし闇に慣れた目には十二分に明るかった。
 「なんだよ」
 自分の世界を無理矢理侵されたようで、俺は少し不機嫌に言った。
 「どう?」
 ミキはエプロン一枚の姿で、右手に林檎を乗せた白い皿を持ちながら、くるっと回って見せた。
 「あまーい林檎に、裸エプロンのオマケ付でーす」
 少しぽっちゃりした男好きのスタイルのわりに、どうにも色っぽさが感じられないのは、ミキの明るい性格のせいだ。
 「何とか言ってよネ。嬉しいとか、綺麗だねーとか、セクシーだねっとか」
 「あ、ああ。セクシーだね」
 「ほんっとにヒロトって、嘘が下手ね。ま、いいか」
 軽く怒った振りをした後、ミキは綺麗に剥かれた林檎を一切れ、俺の口に運んでくれた。
 「甘い・・・」
 「うふふ」
 ミキは俺の女ではない。
 俺の女は、アケミ姉一人だ。
 それは、俺の中で動かしがたい事実だった。
 「俺の女」という言葉の意味が世間からずれている、今まで何人もの女にそう言われた。
 世間がどうだろうが、俺には関係ない。
 ミキも、口では何も言わないが、心の中までは分からない。
 その分からないままの状態で、やってゆけるならば、それでいい。
 駄目になれば、それまでのことだ。
 どちらにしても、俺はいつか、この愛らしいミキを置き去りにするだろう。
 アケミ姉が唯一人の女であるという事実と同じぐらい、それは確かなことだ。
 その日は近い。
 最近、黒いさなぎに、変化が現れ始めている。
 中の何かが、高速で回転しているのだ。
 それは粒子加速機にも似た無音の細かい振動を発しながら、どんどん回転のスピードをあげている。
 あのバターになったトラのように、もうすぐ、さなぎの中身は何か別のものになるのだ。
 そして、殻を突き破り、その新しい姿を世界に見せ付けるはずだ。
 その時は近い。
 そして俺は、ミキを置き捨てて、どこかに行ってしまうのだ。
 その時、ミキの横に立つのは、俺であって俺でない、俺の抜け殻にすぎないものだ。
 俺は、行くのだ。 
 それは、アケミ姉もミキもいない世界なのかもしれない。
 アケミ姉の待っている世界かもしれない。
 分からない。
 分からないが、行くことだけは、確信している。
 眼をつむれば、はっきりと想像できる。
 闇の中に一人で立つおれ自身の姿が。 
この林檎の甘酸っぱい香りを、記憶の片隅に止めながら、俺は行くのだ。



野良(--)
青春路線からいきなりアダルティになったな06/11 21:08

水上 える
うわっ私のいない間にこんなえろいものが( ̄∀ ̄06/29 02:53
最終更新:2009年10月07日 20:04
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