2008.06.11 01:57
ミカヅキX
『トーマ物語~さなぎの夢~』
「お砂糖はいくつ?」
制服姿とは違い、ゆったりとした白いブラウスに薄手の淡いピンクのスカートを着たウレイ・マクザムの姿は、アルオン・ワルタスの言うとおり「姫」そのもであった。
「ブラックでお願いします」
きっちりと制服のボタンをしめ、教授に呼び出される時よりも硬くなっているアルオンが、すかさず答える。
同じく制服姿のトーマは目を大きく開けて、しなやかな動きで紅茶をティーカップに注ぐウレイの姿を見つめている。
「トーマもストレートでいいの?」
薔薇色の頬で微かに微笑みながら、ウレイはトーマに問いかける。
「おい、トーマ」
顔を真っ赤にして、アルが隣のトーマを肘で突く。
「あ、え?何?」
「砂糖だよ、砂糖。紅茶に入れる砂糖」
部屋中に聞こえる囁き声で、アルが言う。
「えーっと、み、三つ」
いつも以上に口を開けて、ウレイに見とれていたトーマは、慌てて答えた。
その二人の姿に、ウレイが思わず笑い声を上げる。
ウレイの私室で催された、昼下がりのお茶会であった。
とはいえ、出席者は、この三人に、もう一人、アルよりも遥かに制服をきっちりと着こなしている黒髪で浅黒い、どこか異国風の少年であった。
「トアルド・ネーバだ」
少年は、そう自己紹介した後、三人の輪とは少し後ろに下げた椅子に座って一言も喋らない。
まるで、ウレイの影のような少年であった。
「カンジュラス先生らしいわね」
トーマの担任教授の話を聞いて、ウレイが楽しそうに言う。
「私も入学初年度に先生に教えていただいたのよ」
どこか懐かしむような、ウレイの口調であった。
「あの方は、幻連式想起法の大家でいらっしゃるのよ。今は意味が分からなくても、先生の授業はそのうちきっと役に立つわ」
「ほぇー」
空気が抜けたのか、感心しているのかよくわからないトーマの相槌であった。
「そういえば、私の時には、さなぎの夢の話をされたわ」
ウレイがそう言った時、微動だにしなかったトアルドの体がわずかに揺らいだ。
「さなぎの夢?」
何も気付かずに、トーマが問いかける。
「ええ。さなぎはどんな夢を見ているか、みんなで想像するの」
「あは、面白そうだね、アル!」
「え、ええ。まったくそう思われます」
先ほどから緊張のあまり何も喋れないアルを、トーマは横目でチラッと見る。
「なんか、今日のアル、変だ」
「な、何をおっしゃるか、僕はいつもこうじゃないですか」
「げー。僕だって」
トーマは顔をアルに顔をしかめてみせる。
「ねぇねぇ、ウレイ。ホントはアル、こんなんじゃないんだよ。いつもはもっと面白いんだよ」
「ば、馬鹿、姫に変な事言うなよ」
「姫?」
そう言ったウレイの目が、軽く細められる。
「あ・・・」
アルの顔が真っ赤になる。
「私のこと?」
「す、すいません。俺、いや僕、ウレイさんのことを勝手に姫って呼んでて・・・ごめんなさい」
アルは立ち上がって、膝にくっつくほど頭を下げた。
「なんであやまってるの?ウレイは姫って呼ばれるの嫌なの?」
「そうね、トーマ。あまり嬉しくはないわね」
その言葉に、アルの体がびくっと震える。
「だって、私達もう友達でしょ。アルオン君にも、トーマのようにウレイって呼んで欲しいわ」
明るい口調に、アルオンはゆっくりと顔を上げる。
ほころびかけた蕾のような、控え目ながらもその美しさを十二分に感じさせる、ウレイ独特の美しい笑みが、そこにはあった。
「だってさ、アル。アルもウレイって呼ばないといけないんだよ」
「う、うるさい」
アルは、慌てて制服の袖で自分の顔をぬぐった。
「さ、アルオン君座って」
「は、はい」
アルが座りなおすのを見て、トーマは笑顔でウレイに向き直った。
「ねえ、ウレイ、さなぎの夢ってなに?」
「そうね。その話だったわね。二人とも想像してみて、さなぎがどんな夢を見るのか」
「んー」
「さなぎ・・・」
ウレイの言葉に、二人は難しい顔で考え込んだ。
もちろん、トーマの口は軽く開いている。
少し後ろから、鋭いまなざしを送るトアルドを無視して、ウレイは考え込む二人を優しく見つめる。
「想像できたかしら?」
「うん」
「何となくなら・・・」
「最初に種明かしをするとね、さなぎは、私達、つまりこの学院の生徒を意味しているの」
「ほぇー」
「さなぎになる前の幼虫は、神術を使えない時の私達。そして孵化した蝶は、神術を身に着けた私達」
「なるほどな」
「さあ、あなた達はどんな夢を見たのかしら?」
ウレイの問いかけに、トーマとアルは互いに顔を見合わせる。
「じゃあ、最初はアルオン君」
「え?お・・・僕からですか?」
「お願いするわ」
「えー。なんか、上手く想像出来なかったんだけど、さなぎは、もう芋虫でもなくて、でもまだ蝶でもなくて、身動きがとれなくて、なんかいろいろ大変なんだけど、夢の中では、さなぎのままどんどん歩いていって、海でも山でも越えて、世界のその果てに行っちゃうっていう、なんかそんな感じです。
アルは一気にそういうと、大きく息を吸い込んだ。
「アル・・・」
トーマが声をひそめてアルに囁く。
「さなぎは動けないんだよ」
「知ってるよ!」
的外れな忠告に、アルは思わず叫んだ。
「ふふふ。なかなか面白いわね。あなたはもう、あなたの道を見つけているのかも知れないわね」
ウレイは、その目に不思議な輝きを浮かべてそう言った。
「さ、次はトーマよ」
「ねぇねぇ、ウレイはどんなの想像したの?」
無邪気にトーマが言う。
一瞬、ウレイの顔に、悲しみとも寂しさとも付かない影がよぎる。
影が消え去った、次の瞬間、彼女の瞳は、強い意思が宿っていた。
「・・・もう、随分と前のことだから、ほとんど忘れてしまったわ。それでも聞きたい?」
「うんうん」
目を輝かせるトーマに、ウレイは軽くうなづき、口を開いた。
「さなぎの夢の中で、私は殻を抜け出て空に舞い上がったわ。周りには同じよう孵化した蝶達が飛び交っている。私は彼らを置き去りにして、どんどん空高く舞い上がったわ。そして、ふと気付くの。私は蝶なんかではないと。その時の私は、一羽の鳥だったの。鳥になった私は、冷たい風を切り裂いて飛び回わり、遥か雲の上を目指して上昇して行ったわ。そして、ふと下を見るの。そこには何匹もの色とりどりの蝶が飛び交っているわ。私は、彼ら目掛けて一気に高速で舞い降りて・・・彼らを食べ始めた。蝶達は、慌てふためいて逃げ回るけれど、鳥の私からは、一匹も逃げられなかった。気が付くと私はたった一羽になっていたわ。そして再び、雲の上を目指して飛び立つの」
語り終えたウレイは、静かにティーカップを口に運んだ。
トーマは、目を大きく見開き、アルは少し怯えたような表情をしていた。
「な、なんか姫、いやウレイさんらしくないって言うか・・・」
「すごい!」
アルの言葉を遮って、突然、トーマが叫んだ。
ウレイが問いかける視線を、トーマに向ける。
「私のと、似てる!」
ウレイと、その影のようなトアルドの表情に、緊張が走る。
気付かずトーマは嬉しそうに話を続ける。
「私の夢にも、鳥が出てきたわ!」
ウレイは、わずかに震えながら、ティーカップを戻す。
ティーカップとティーソーサーが触れ合って微かな音を立てる。
「聞かせて、ちょうだいな。トーマの夢を」
「うん!私は、さなぎから孵ったら、やっぱり蝶だったの」
上級生二人の緊張がわずかに溶ける。
「でも、すっごくきれいな虹みたいに光った薄くって大きな羽根で、ひらひら飛ぶのよ。そしたら急に黒い大きな鳥が飛んできて、食べられちゃったの」
「なんだよ。ぜんぜん違うじゃないかよ」
アルが茶々を入れる。
「まだ続きがあるの!で、最初は鳥のお腹の中で、真っ暗なんだけど、私の羽から虹の光が飛び出して、あたりを照らしていくのよ。だんだん光が増えていって、影が無くなっていって、気が付くとそこは虹でいっぱいになっちゃうの」
「おもしろい二人だな」
夕焼けに赤く染め上げられたウレイの部屋で、トアルドが窓から帰り行くトーマとアルを見下ろしながら言った。
「ええ」
満足げな表情でウレイが答える。
「ところでルディ、あなた、この私の滴てたお茶に、一口も口を付けてないんじゃなくて?」
「え?あ、いや、いただくよ」
少し慌てて、精悍な少年はティーカップに手を伸ばした。
その手をウレイの白い手がぴしゃりと叩く。
「冷めたお茶なんか飲んで欲しくないわ」
「あ、すまない」
「すぐに入れなおすから、そこに座ってらして」
「・・・」
トアルドは、肩をすくめて大人しく座った。
「で、お嬢が本当に想像した夢って、どんなのなんだい?」
テーブルの上を片付けていたウレイの手が止まった。
「・・・私は・・・」
ウレイの形のよい唇が、何かを言おうとして、閉じられた。
「忘れたわ」
軽くそう言うと、食器をのせたトレイを持って部屋を出た。
トアルドの悲しげなため息は、ウレイの背中には届かなかった。
野良(--)
おー、トーマの話が続いてるなぁ。
このまま続いていくか?06/11 21:13
水上 える
おお。トーマの才能の片鱗が。いい感じです。06/29 02:54
最終更新:2009年10月07日 20:11