2008.06.13 01:15
ミカヅキX
ミカヅキ『眠れる水晶の美女』
古代より鬱蒼と生い茂る森の奥に、100年の眠りを経た石造りの宮殿があった。
そこかしこが崩壊し、中には微かに焼け焦げたような跡の付いた巨石もあった。
そのほとんどを、蔦状の植物が覆い尽くしている。
その巨石と緑に護られたその奥には、瓜実型の巨大なクリスタルがあった。
天井のひび割れから注ぎ込むわずかな陽光が、まるで大きなさなぎのようなそのクリスタルに輝きを与えていた。
半透明のその結晶の中には、よく見ると青い人影が見えた。
それは、高名な彫刻家の腕でも及ばぬほどに、美しく端正な顔と肉体を持つ女性であった。
両腕を後ろにそらせ、長い銀髪は背後に広がり、形の良い胸を突き出したその姿は、まるで天から飛び降りようとしている天使のようであった。
訪れる人も無く、永きに渡って護られてきた静寂が、終に無粋な剣戟の響きで打ち破られた。
「観念しろ!魔王の使徒共よ!」
「我らの青き閃光で、今こそ闇を打ち破らん!」
口々に叫びながら半獣の怪物達をその手にした剣で切り伏せる蒼い鎧の一団は、名高きシュナイデルの騎士達であった。
騎士の国として知られるシュナイデルには、いくつかの騎士団があるが、いま雄雄しく剣を振るっているのは蒼の騎士団、アズールナイツ、機動力を誇る精鋭ぞろいの騎士団であった。
アズール・ナイツが追うのは、半獣を従えた黒衣の魔道士風の人物であった。
複数の半獣を操る手腕は並みのものではないが、今は騎士達の圧倒的な戦力の前に、衣は裂け髪は乱れ、死に物狂いで逃げる犯罪者でしかなかった。
男は、半獣を盾にし、ほうほうの態で神殿へとよじ登る。
骨と筋だらけの手で、密生した蔦を引き抜くと、現れた間隙に身を躍らせる。
「奴が逃げたぞ!小僧!跡を追え!」
豪奢な彫刻の施された鎧を着込んだ騎士団の団長らしき壮年の男が叫ぶ。
「おっしゃ!」
答えたのは、歳若き少年と言ってもよい騎士であった。
アズール・ナイツの象徴である蒼い鎧を着こんではいるが、その鎧の象嵌は少なく傷や汚れも目立たないことから、新人騎士であることが伺える。
しかし、この少年が両手に持つのは、自信の背丈はありそうな長さとそれに見合った分厚さを持つ大剣と言うには大きすぎる代物であった。
「無理すんなよ!」
「跡を追うだけでいいんだぞ、
ウレティス!!」
神殿に向かって駆け出した少年に、周りの騎士から様々な声が掛けられる。
「いーや。俺がきっちり片を付けてくるぜ!」
少年騎士ウレティスは、仲間達の好意的な声に一々生意気な口を利きながら、巨剣を背中に背負い込んで風のように走る。
神殿に辿り着いたかと思うと、猿のように身軽に駆け上る。
背中の剣の重さを感じさせない動きで、一瞬で黒衣の男が消えたあたりに立つ。
みなの見守る中、ウレティスは振り返りもせずに、間隙を満たす闇に身を躍らせた。
ためらわずに闇に飛び込んだウレティスを待っていたのは、横殴りの強烈な一撃であった。
枯葉のように吹き飛ばされたウレティスの体が、高速で古い石畳の上を転がる。
奇跡のように受身をとった少年騎士は、ややよろめきながらも素早く立ち上がり、背の巨剣を両手で構える。
「なんだこりゃ・・・」
ウレティスが、闇の中に見たものは、うねうねと蠢く巨大な黒い塊であった。
天井から漏れる明かりでわずかに見えるその輪郭は、黒い巨大な蛸と言った風情であった。
ゆっくりと深呼吸をしながら、ウレティスは闇に慣れてきた周囲の状況を確かめる。
化け物はすぐには襲ってきそうな気配は無い。
あたりは崩れ落ちた岩や、折れた石柱が転がっている。
右の辺り、神殿の奥の方角に、ぼんやりとした明かりが見えている。
そして、ウレティスの目の動きがとまった。
化け物の後ろに、黒衣の男の姿覗いたのだ。
その首のあたりは、不思議な形に折れ曲がっていた。
体の下には、あたりを覆う闇よりも黒くぬめりを帯びた輝きを帯びたものが広がっている。
血だ。
恐らく、魔道士は闇の中でこの化け物を呼び出したのだろう。
アズール・ナイツを殲滅するためには、それ相応の魔物が欲しかっただろう。
それだけの魔者を呼び出すには、相当の技術と代償が必要だったのだ。
黒衣の男は、そのつもりがあったにせよなかったにせよ、自らの命を代償に、この魔物を呼び出したのだ。
「くそ」
ウレティスは小さく毒づいた。
魔道士が死んだのならば、この化け物を相手にするのは無駄な戦いだ。
無駄な戦いどころか、無駄死にする可能性の方が高いかもしれない。
ゆらゆらと太く長い触手を揺らめかせる魔物を、ウレティスはじっとにらみつけた。
しかし、魔物はまったくウレティスに興味が無いようである。
もしかすると、魔道士は召還にしくじったのかもしれない。
たしかに先ほどの一撃は強烈であったが、それだけだ。
こいつは馬鹿力だけののろまな魔物かもしれない。
ウレティスはそう考えると、意を決し、一気に襲い掛かった。
しかし、巨剣が化け物に届くよりも早く、太い触手がウレティスに襲い掛かった。
どうやら、化け物は動く者に反応して攻撃するようであった。
単純な攻撃だが、触手の一薙ぎは重く、見かけ以上に早かった。
「ぐあ」
またも吹き飛ばされたウレティスを、激痛が襲う。
鎧の無い脇腹を直撃されたようだ。
ウレティスの体が、神殿の奥の方角に転がる。
あの白い輝きがあったところだ。
「くっ」
吹き飛ばされながらも手離さなかった巨剣を杖代わりに、ウレティスはよろめきながら立ち上がった。
その背後には、ぼんやりと発行する巨大なクリスタルがあったが、今のウレティスの目には入らない。
しかし、この部屋の玄妙な雰囲気が、ウレティスに何がしかの影響を与えたようであった。
冷たい風が緩やかにウレティスにまとわり付く。
それは、密やかな麻痺を伴い、心なしか激痛をやわらげてく行く。
ある種の魔法的な磁場が、この空間には満ちているようであった。
「ノロマ野郎かと思ったが、すっかり騙されたぜ」
ウレティス自身は、まだこの空間の空気には気付いていない。
その目は、若き怒りに燃えていた。
「きっちりお返ししてやるぜ」
ウレティスが呟いたその時、見つめる先の闇が蠢いた。
化け物が、ウレティスを追ってきたのだ。
その黒い触手は、水晶の間に入り込んだ瞬間、わずかに震えもだえた。
無言の歓喜の声を上げながら。
どうやら魔力を帯びた空気は、この怪物にとって好物だったようだ。
「気持ち悪ぃ動きしやがって」
もちろんウレティスには、怪物の嗜好には興味がない。
今の彼には、目の前の化け物を倒す事だけしか考えていない。
触手が、一本、また一本と、わななきながらこの部屋に入りこんでくる。
そのわななきは、次第に細かくなり、触手全体は大きくうねっていく。
室内の空気の流れが速くなる。
まるで、化け物が大きく息を吸い込んでいるかのように、黒い巨体に向けて風が流れていく。
「なんだか知らねぇが、もうちょっとこっちに来やがれ」
どうやら、ウレティスは、化け物との距離を測っているようであった。
いかな算段があるのか。
ぞろり、と壁の裂け目から、蛸に似た化け物の本体と思しき部分が覗き込む。
そのまま、粘液がどろりと零れ落ちるように、黒く丸いそれは室内に入り込む。
ゆっくりと動きながら、空間を侵食するように、巨体がウレティスに近づいていく。
その瞬間、ウレティスは動いた。
反射的に、化け物の触手が、ウレティス目掛けて襲い掛かる。
しかもその数は5本。
水の詰まった袋を叩きつけた様な音が、空間に響く。
五本の触手が打ちつけたもの、それは、ウレティスの巨剣であった。
正確に言うならば、巨剣の刃の部分だけであった。
ウレティスは、敢えて触手の攻撃を誘い、その打撃を巨剣の腹の部分で受けながら、宙に踊りあがったのだ。
そして、分厚い巨剣の刃が触手に挟まれた瞬間、巨剣の柄を引き抜く。
その手に握られているのは、細身の美しい刀であった。
巨剣の中には、あたかも鞘の中に納まるように、もう一本の剣が隠されていたのだ。
闇の中で、その刃が放つ濡れたような光がきらめく。
宙を舞ウレティスを、追撃の触手が襲う。
が、しかし、それらは空を打つに過ぎなかった。
巨剣の重量から開放されたウレティスは、数倍の早さを持って魔物に襲い掛かった。
襲い掛かる触手を、鮮やかに切り裂きながら、時には踏み台にしながら、ウレティスはついに魔物の本体に辿り着く。
「倍返しだぜ!」
闇をも切り裂く一閃。
魔物の丸い体は、大きく切り裂かれた。
声にならない悲鳴のような波動が、その傷口から漏れる。
「もう一丁!」
ウレティスの返す刀が、魔物に引導を渡す。
その瞬間、魔物は金属を擦り合わせるような耳障りな断末魔の悲鳴を上げたかと思うと、一気に爆発した。
三度、ウレティスは吹き飛ばされる。
転がり落ちたのは、クリスタルの付け根であった。
そのクリスタルに、強く頭を打ち付けたウレティスは、意識を失う瞬間始めてクリスタルを視野に入れた。
それは、崩れ落ちる天井の下、まるで氷が溶ける様にキラキラと気化していくクリスタルの姿であった。
そのきらめきの中から現れた美女を、ウレティスは驚きと感動の表情で見上げる。
美女は、虚ろな瞳でウレティスを見た。
視線が絡んだその瞬間、ウレティスの意識は闇に落ちた。
気が付つくと、ウレティスは見慣れたアズール・ナイツの面々に囲まれていた。
一瞬にして、あの魔物との戦いと崩れ落ちる神殿の様子が思い出される。
「・・・こっち、見んな」
心配そうな視線に、ウレティスが憎まれ口を叩くと、みなは一気に歓声をあげた。
手放しの喜びように、ウレティスは面映くなって、再び目を閉じる。
後から聞いた話によると、いきなり神殿が崩れ落ち、崩落が収まるのを待ってから駆けつけた騎士団が見つけたのは、瓦礫の上に横たえられたウレティスの姿だったという。
その横には、ご丁寧に彼の巨剣も並べられていたらしい。
どうやってあの崩壊を逃げ延びたのか。
仲間は口々にウレティスに尋ねたが、ウレティスは答えを濁し続けた。
彼自身はっきりと覚えていなかったので答えようがなかったのだ。
その後、ウレティスは何度もこの命の恩人に再会し、最後には彼女自身からこの日のことを聞くことになるが、それはまた別の話である。
野良(--)
だんだん膨らんでいくな。断片ならいいが一応でも終点まで描くのが難しいんだよな。06/13 22:14
最終更新:2009年10月07日 20:21