空は暗雲に覆われ、遠くで春雷が鳴り響いていた。
森の中、木々がまばらな小さな空き地に三人の男がいた。
革鎧を着込んだ戦士風の若者は、大木に背を預け目を閉じている。
リラックスした姿勢で片膝を立て左足を地面に投げ出しているが、どこか瞑想しているようにも見える。
屈強な肉体の横には、若者の背丈ほどありそうな巨剣が立てかけられている。
節くれだった無骨な手は腹の上に置かれ、重ねて上を向いている掌の中に、卵のような形をした銀色のオガメットが乗せられている。
空き地の真ん中の岩の上に座り、のんびりした表情で空を見上げているのは、薄黄色の色褪せた前合わせの僧衣のようなものを着た巨漢であった。
腕も肩も足も太く、しかし筋肉と同量かそれ以上の脂肪が身に付いているらしく、全体的なシルエットは丸い。
太く丸い指で、巨漢は無精ひげの生えた頬を掻きながら、ただ曇り空を見上げている。
三人目の男は、黒い魔道士風のマントに身を包み、空き地の端の方で木の枝を見ている。
三人の中で一番若く、丹精と言ってもいい顔立ちをした少年が見つめているのは、綺麗な緑色をした
さなぎであった。
少年は、首を微かに左に傾けながら、物言わぬその生き物をじっと見つめている。
「お。帰ってきたで」
巨漢の言葉に、二人も空を見上げる。
三人の視線の先に、先ほどまで少年が見ていたさなぎよりも、遥かに鮮やかな緑色の光が輝いている。
光は煌いたかと思うと、三人の頭上で丸い光の軌跡を描き、
高速で降下を始めた。
雨雲に覆われ始めた天空から、鮮やかなエメラルド色の光が、三人の前に降り立った。
幻獣麒麟にまたがったアイヒが、上空よりの物見から戻ったのだ。
「どうだ?」
簡素で傷だらけの皮鎧を身に纏った
ウレティスが、それとは対称的に神秘的な輝きを放つ銀の胸当てを付けたアイヒに問いかける。
ウレティスは、年のころなら25か6ぐらいの、鍛え抜かれた精悍な風貌を持つ青年であった。
対するアイヒは、黒髪の美しい、ほっそりとした少女である。美少女と美女、ちょうどその間の年頃に見える。
アイヒの大きな藍色の瞳が、ウレティスに向けられる。
その眼に宿る濡れた光は、一心同体である麒麟のユーファライズに跨ったからか、あるいは来るべき戦いに戦士の血が抑えきれないのか。
「敵は三方から、この泉に向かっている」
アイヒは、落ち着いた声で状況を話し始めた。
北からはスライムマイマイの大群。西からは、十数体の魔獣の群れ。南からは、鬼人達の小隊。
「北の奴は、自然現象かもしれないね。この時期のスライムマイマイは、大量発生することがあるから」
そう言ったのは、黒髪に大きな黒目を持つ少年、自称魔鏡使いのネイドであった。
「スライムマイマイってどんなんやねん?」
きつい訛りで尋ねるのは、タイウ。大きくて丸い、元僧兵である。
「スライムの一種なんだけど、背中に大きな殻を背負っていて、危なくなったらすぐそこに篭っちゃうんだ」
「なんや、かたつむりのでっかいやつか」
タイウは、無精ひげのはえた二重顎を、もみながら言う。
「そうだね。スライムと違うのは、生命核が殻の中にあるから、殻さえ割っちゃえばどうってことないんだけどね。ただ、大量発生してるんだったら、手間といえば手間かな。火で燃しちゃえば簡単なんだけどね」
聞いていると、この痩せた少年が自分で退治でもするような物言いだが、誰も彼を戦力として考えてはいない。
「で、残りはどういう感じなんだ?」
「魔獣の群れは大したことはなさそうだけど、死霊っぽいのもいたから、剣だけじゃ心もとないかも」
ウレティスに促され、アイヒが報告を続ける。
「鬼のほうは、多分5、6体、多くても10体はいないはず。でも、巨人級のやつが一匹いたわ」
「うーん」
ウレティスは眉間に軽く皺をよせて唸った。
彼らは、それぞれ経緯はあるが、境界主義者に雇われた傭兵戦団であった。
今回の任務は、とある泉を魔の者たちから護る事であった。
何の変哲も無い泉ではあるが、その泉は、境界主義者達が信ずる聖典に記された、人の世界と魔の世界を分かつ境界の一つなのである。
「魔獣はアイヒに、スライムはタイウに、消去法で鬼人が俺ってことになるか」
ウレティスの言葉に、誰も異論は無いようだ。
「あなたは足止めに徹してくれたらいいわ。魔獣の群れを処分したら、すぐに助けに行くから」
「頼むぜ」
「なんやったら、わしが鬼人退治してもええで。魔獣は無理でも人型やったら、なんとかなると思うし」
「いや、悪いが奴らには俺の方が適任だ。筋肉の固まりに見えて、やつら意外と悪賢いからな」
「そうなんか?」
「ああ、それにタイウには、ネイドを頼もうと思っている。その方が鬼人よりやっかいだぜ」
ウレティスは、軽口を叩きながら、タイウの肩に手を置いた。
「えー。なんだよ、それ。僕がお荷物みたいじゃないか。いいよ、僕のこと気にしてくれなくても。樹の上にでも隠れてるから」
「まあ、まあ。ウレティスもお前のこと心配して言うてんねんから、そうふくれんでもええやないか。それに、わしは自慢や無いけど周りが見えんタイプやからな、わしの代わりに目になって欲しいんや」
「そう?それならいいけど」
いいながらも、ネイドの口調は、まだ納得していないようであった。
「よし。じゃあ、それで行こう」
ウレティスが、一つ手を叩いて、仲間の顔を見回した。
「一応、このパーティーのリーダーとして言っておくが、俺達は雇われ家業の傭兵だ。境界主義者じゃない」
「いわずもがな、やな」
「俺の命令は一つだ。死ぬなよ。あんな泉の一つや二つ、魔王にくれてやったってかまわない。とにかく、死なないでくれ」
「相変わらず変な事言うね、ウレティスは。一番死にそうなのは、自分だってのに。それとも自分が逃げ出す時のために、先に言い訳してるってこと?」
いつもなら腹が立つネイドの余計な一言も、今のウレティスには何の痛痒も与えられないようだ。
「まあな。そんなところだ」
そう言って、ウレティスはにやりとふてぶてしい笑みを浮かべ、ネイドの頭に手を伸ばし、少年の髪をぐしゃぐしゃにした。
「ちょ、やめてよ」
ネイドは心底嫌そうな顔で、戦士の手を振り払った。
「よし。行くか」
ウレティスが、三人の顔を見、笑みを浮かべながら言った。