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ミカヅキ『アイヒの受難』

2008.06.15 23:45

ミカヅキX

アイヒの受難』 

 ネイドとタイウが死に直面する少し前、二人が逃げ込もうとした森の奥で、今回の作戦に関する会話が交わされていた。


 空は暗雲に覆われ、遠くで春雷が鳴り響いていた。
 森の中、木々がまばらな小さな空き地に三人の男がいた。
 革鎧を着込んだ戦士風の若者は、大木に背を預け目を閉じている。
 リラックスした姿勢で片膝を立て左足を地面に投げ出しているが、どこか瞑想しているようにも見える。
 屈強な肉体の横には、若者の背丈ほどありそうな巨剣が立てかけられている。
 節くれだった無骨な手は腹の上に置かれ、重ねて上を向いている掌の中に、卵のような形をした銀色のオガメットが乗せられている。
 空き地の真ん中の岩の上に座り、のんびりした表情で空を見上げているのは、薄黄色の色褪せた前合わせの僧衣のようなものを着た巨漢であった。
 腕も肩も足も太く、しかし筋肉と同量かそれ以上の脂肪が身に付いているらしく、全体的なシルエットは丸い。
 太く丸い指で、巨漢は無精ひげの生えた頬を掻きながら、ただ曇り空を見上げている。
 三人目の男は、黒い魔道士風のマントに身を包み、空き地の端の方で木の枝を見ている。
 三人の中で一番若く、丹精と言ってもいい顔立ちをした少年が見つめているのは、綺麗な緑色をしたさなぎであった。
 少年は、首を微かに左に傾けながら、物言わぬその生き物をじっと見つめている。
 「お。帰ってきたで」
 巨漢の言葉に、二人も空を見上げる。
 三人の視線の先に、先ほどまで少年が見ていたさなぎよりも、遥かに鮮やかな緑色の光が輝いている。
 光は煌いたかと思うと、三人の頭上で丸い光の軌跡を描き、高速で降下を始めた。
 雨雲に覆われ始めた天空から、鮮やかなエメラルド色の光が、三人の前に降り立った。
 幻獣麒麟にまたがったアイヒが、上空よりの物見から戻ったのだ。
 「どうだ?」
 簡素で傷だらけの皮鎧を身に纏ったウレティスが、それとは対称的に神秘的な輝きを放つ銀の胸当てを付けたアイヒに問いかける。
 ウレティスは、年のころなら25か6ぐらいの、鍛え抜かれた精悍な風貌を持つ青年であった。
 対するアイヒは、黒髪の美しい、ほっそりとした少女である。美少女と美女、ちょうどその間の年頃に見える。
 アイヒの大きな藍色の瞳が、ウレティスに向けられる。
 その眼に宿る濡れた光は、一心同体である麒麟のユーファライズに跨ったからか、あるいは来るべき戦いに戦士の血が抑えきれないのか。
 「敵は三方から、この泉に向かっている」
 アイヒは、落ち着いた声で状況を話し始めた。
 北からはスライムマイマイの大群。西からは、十数体の魔獣の群れ。南からは、鬼人達の小隊。
 「北の奴は、自然現象かもしれないね。この時期のスライムマイマイは、大量発生することがあるから」
 そう言ったのは、黒髪に大きな黒目を持つ少年、自称魔鏡使いのネイドであった。
 「スライムマイマイってどんなんやねん?」
 きつい訛りで尋ねるのは、タイウ。大きくて丸い、元僧兵である。
 「スライムの一種なんだけど、背中に大きな殻を背負っていて、危なくなったらすぐそこに篭っちゃうんだ」
 「なんや、かたつむりのでっかいやつか」
 タイウは、無精ひげのはえた二重顎を、もみながら言う。
 「そうだね。スライムと違うのは、生命核が殻の中にあるから、殻さえ割っちゃえばどうってことないんだけどね。ただ、大量発生してるんだったら、手間といえば手間かな。火で燃しちゃえば簡単なんだけどね」
 聞いていると、この痩せた少年が自分で退治でもするような物言いだが、誰も彼を戦力として考えてはいない。
 「で、残りはどういう感じなんだ?」
 「魔獣の群れは大したことはなさそうだけど、死霊っぽいのもいたから、剣だけじゃ心もとないかも」
 ウレティスに促され、アイヒが報告を続ける。
 「鬼のほうは、多分5、6体、多くても10体はいないはず。でも、巨人級のやつが一匹いたわ」
 「うーん」
 ウレティスは眉間に軽く皺をよせて唸った。
 彼らは、それぞれ経緯はあるが、境界主義者に雇われた傭兵戦団であった。
 今回の任務は、とある泉を魔の者たちから護る事であった。
 何の変哲も無い泉ではあるが、その泉は、境界主義者達が信ずる聖典に記された、人の世界と魔の世界を分かつ境界の一つなのである。
 「魔獣はアイヒに、スライムはタイウに、消去法で鬼人が俺ってことになるか」
 ウレティスの言葉に、誰も異論は無いようだ。
 「あなたは足止めに徹してくれたらいいわ。魔獣の群れを処分したら、すぐに助けに行くから」
 「頼むぜ」
 「なんやったら、わしが鬼人退治してもええで。魔獣は無理でも人型やったら、なんとかなると思うし」
 「いや、悪いが奴らには俺の方が適任だ。筋肉の固まりに見えて、やつら意外と悪賢いからな」
 「そうなんか?」
 「ああ、それにタイウには、ネイドを頼もうと思っている。その方が鬼人よりやっかいだぜ」
 ウレティスは、軽口を叩きながら、タイウの肩に手を置いた。
 「えー。なんだよ、それ。僕がお荷物みたいじゃないか。いいよ、僕のこと気にしてくれなくても。樹の上にでも隠れてるから」
 「まあ、まあ。ウレティスもお前のこと心配して言うてんねんから、そうふくれんでもええやないか。それに、わしは自慢や無いけど周りが見えんタイプやからな、わしの代わりに目になって欲しいんや」
 「そう?それならいいけど」
 いいながらも、ネイドの口調は、まだ納得していないようであった。
 「よし。じゃあ、それで行こう」
 ウレティスが、一つ手を叩いて、仲間の顔を見回した。
 「一応、このパーティーのリーダーとして言っておくが、俺達は雇われ家業の傭兵だ。境界主義者じゃない」
 「いわずもがな、やな」
 「俺の命令は一つだ。死ぬなよ。あんな泉の一つや二つ、魔王にくれてやったってかまわない。とにかく、死なないでくれ」
 「相変わらず変な事言うね、ウレティスは。一番死にそうなのは、自分だってのに。それとも自分が逃げ出す時のために、先に言い訳してるってこと?」
 いつもなら腹が立つネイドの余計な一言も、今のウレティスには何の痛痒も与えられないようだ。
 「まあな。そんなところだ」
 そう言って、ウレティスはにやりとふてぶてしい笑みを浮かべ、ネイドの頭に手を伸ばし、少年の髪をぐしゃぐしゃにした。
「ちょ、やめてよ」
 ネイドは心底嫌そうな顔で、戦士の手を振り払った。
「よし。行くか」
 ウレティスが、三人の顔を見、笑みを浮かべながら言った。

 幻獣とは、魔獣でも妖獣でもない。
 どちらかといえば妖獣に近いかもしれないが、それよりも神獣に近いかもしれない。
 その能力は、生物の個体としての能力を遥かに超えており、この世の法則以外の摂理で持って存在しているように も思える。
 地を駆け抜ければ一瞬して千里を行き、天に舞えば雲を切り裂き星にまで至る。
 その眼光は魔を滅し、生血は死者をも蘇生するとも言われている。
 アイヒの愛する麒麟ユーファライズは、そんな幻獣に属している。
 噂や伝説の数々は誇張でもなんでもなく、今もアイヒをその背に乗せ、驚くべき速さで天を駆け抜けている。
 天空の冷たい風は、ユーファライズの一本角から発せられる目に見えぬ波動によって切り裂かれ、背中のアイヒにまで届く事はない。
 先刻確認した、三方の敵のうち、一番泉から遠い位置にいるのが、アイヒが受け持った魔獣の群れであった。
 逆に、泉に最も肉薄しているのが鬼達であった。
 ウレティスの短い時間での決断を、アイヒは理解していた。
 というよりも、そう決断するように仕向けたのだ。
 ウレティスの考え方を、アイヒはよく理解していた。
 一番脅威の少ないマイマイスライムには、対魔王軍との戦闘経験が少ないタイウを宛て経験値を稼がせ、ついでにネイドの身を護ってもらう。
 鬼達をアイヒとウレティスで殲滅し、その後二人で魔獣に向かうのが常道のようだが、魔獣の恐ろしさを良く知っているウレティスは一刻も早くその対処をアイヒに求めたのだ。
 鬼達は、所詮獣に毛が生えた程度の脅威で、命を奪う事は出来ても魂を汚す事はできない。
 しかし、魔獣の中には、死よりも恐ろしい運命を携えている可能性がある。
 その可能性を、ウレティスは看過できなかったのであろう。
 だから、アイヒは嘘の報告をしたのだ。
 魔獣の群れの規模を、アイヒとユーファライズがいれば余裕で対処できるであろうと、ウレティスが判断するであろう程度に。
 決して、泉の守りを捨て、ウレティス自身も魔獣に向かうという決断をしないように。
 ならば、とアイヒは思う。
 ウレティスの期待に応え、早急に魔獣を一掃し、ウレティスの元に戻るのみだと。
 「私とユーファが戻るまで、無茶しないでよね」
 別れ際にかけそびれた言葉を、アイヒは中空で呟いた。
 「私は、あなたをこの手にかけたくない」 

 森の中では、ウレティスが一人、うねる巨木の根の間で仁王立ちをしていた。
 その背には、青黒く光る巨剣を背負い、腰の幅広のベルトには銅色のオガメットがいくつか鈍い光を放っている。
 強い意志を湛えた青い瞳は、緑深き森の闇の奥を見つめている。
 「さて、と。やるだけのことはやった。後は死なない程度に頑張るかな」
 ウレティスの口元が歪んでいた。
 笑みの形に。
 その笑みに答えるかのように、闇の奥から不気味な怒声が響いた。
 地の底から響くような、鬼の雄叫びであった。
 「お早いお着きで」
 ウレティスが呟いた瞬間、頭上の枝が揺れる。
 ウレティス目掛けて飛び降りてきた影を、ウレティスは前に転がって避ける。
 一瞬の差で、危うくウレティスの頭をかすった刃が、太い木の根に深々と突き刺さる。
 素早く立ち上がり振り返ったウレティスの目に映ったのは、小鬼の姿であった。
 人間よりも小柄で、手の長い全身黒い獣毛に覆われたその姿は、猿の一種のように見える。
 しかし、その頭部には瘤が盛り上がったような不恰好な角が二本、天に向かって突き出している。
 何よりも充血したその目に宿る殺戮への飢えは、決して猿では持ち得ない輝きであった。
 小鬼は、甲高い叫び声を上げると、その長い両腕を高々と掲げ、左右の手に握ったハンドアックスをこれ見よがしにぎらつかせる。
 「おーお。一丁前に」
 ウレティスは呟きながら、いつの間にか右手に握ったナイフで、足元をなぎ払った。
 そこに張られていった一本の糸が、微かに音を発して切断される。
 次の瞬間、仕掛け弓から発せられた矢が、一斉に小鬼に襲い掛かる。
 慌てて逃げ出す小鬼であったが、避けきれず、数本の矢が、腹と短い足に突き刺さる。
 ウレティスはナイフを振るった次の瞬間、一気に小鬼との間合いをつめていた。
 矢を受けた小鬼が倒れこむと、その上に飛び掛る。
 そのまま小鬼に何かする間も与えずに、剛毛に覆われた喉を切り裂く。
 吹き上げる赤黒い血を避け、後ろに飛びのいたウレティスは、ナイフを腰の後ろにしまいこむ。
 「安心しな。こいつはお仲間に返しといてやるよ」
 ウレティスは、小鬼の手からハンドアックスを奪いながら、小鬼の死体にそう声を掛けた。

 その頃、アイヒもまた、戦端を開いていた。
 アイヒとユーファライズの前に広がるのは、あたかも空の暗雲が地に満ちたかのような、巨大な瘴気の塊であった。
 十数匹程度の魔獣では、こんな現象は起きない。
 少なくとも、五十の魔獣はいるであろう。
 魔獣の群れを認めたアイヒは、蒼い瞳に決意をみなぎらせ、その姿に似合った非常に細い剣を抜いた。
 その刀身はエメラルドの輝きを持ち、その刃は研ぎ澄まされた青白い光を発している。
 「いくわよ、ユーファ」
 その声を受け、ユーファライズは、まっしぐらに魔獣に向かって急降下を始める。
 ユーファの角から発する波動は強さを増し、周囲の空気を鮮やかな緑に輝かせる。
 麒麟光であった。
 その輝きは、魔獣から発せられる邪悪な気を切り裂き跳ね返し霧散させる。
 生半可な魔獣では、この麒麟一匹にすら敵わないであろう。
 さらにその背にのる乙女は、麒麟との契約を結んだ麒麟騎士である。
 その美しき身には幻獣の気が満ち、その手に掲げる美しき麗刀は、麒麟気が結晶化した幻獣刀、翡翼翠翔である。
 アイヒとユーファライズは、一本の緑に輝く剣と化し、瘴気に満ちた魔獣の群れに切り込んだ。
 麒麟光が穢れた霊魂を切り裂き、翡翼翠翔が一振りで十数体の魔獣を真っ二つにする。
 群れの中を、圧倒的な戦果を上げながら通過した緑に輝く一騎は、中空で翻り再び魔獣に死を与えるために舞い降りる。
 果たして、その時のアイヒに驕りがあったのか。
 一刻も早くウレティスの元に戻ろうという焦りがあったのか。
 巨大な芋虫のような魔獣が、再び群れの半ばまで切り裂いた麒麟騎士の前に立ちふさがる。
 アイヒの一閃が、苦も無くそのぶよぶよとした体を切り裂く。
 そのわずかな隙を狙って、ユーファライズの三倍はあろうかという巨岩が、無防備なアイヒの背中目掛けて投げつけられた。
 それを察知したユーファライズは、首を横に振って左に回避しようとした。
 圧倒的な質量が、麒麟光の障壁を打ち破る。
 ユーファの回避は、わずかに間に合わなかった。
 あまりにも巨大な岩の端が、アイヒの華奢な肩を引っ掛けたのだ。
 アイヒの体が、一瞬空に浮き、そのまま堕ちていく。
 魔獣の群れの真っ只中に。











野良(--)
かけこみでがんばったなぁ。
そのせいかセリフも描写も説明的な気がしなくもないが。
話自体はなかなか広がりとまとまりを見せてきたな。
うーむ、今の俺には三題ネタでこんだけの量を書ける気力が湧かん(--;06/16 00:34

ミカヅキX
んー。今回はどうしても状況説明が多かったからかな~。
さりげなく説明って難しいですよね。06/16 01:11
最終更新:2009年10月07日 20:37
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