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える『盲目と希望と』

2008.05.30 03:15

水上 える

雨上がりの道を、キランとミランが腕を組んで歩いている。
「あ、キラン、大きなかたつむりがいるよ。踏んじゃうから端っこには行っちゃだめよ」
「うん、ミラン」
かたつむりと聞くと、キランはいつも、数年前のアイヨル爺さんとの会話を思い出す。


「さて、キラン。ここに箱が1つある」
「うん、おじいちゃん。さわってもいい?」
「さわるのはだめ」
「じゃあ、何色の箱?」
「茶色だな」
「大きさは?」
「ちょうどお前の手のひらに乗るくらいだよ」
「ふつうの四角い箱?」
「四角いけど、とてもきれいな装飾が施してあるよ」
「へえー」
パンドラの箱って言うんだ」
「え、ほんと?パンドラの箱のお話、聞いたことあるよ?」
「それと同じ箱なんだ」
「すごいすごい。でも、それじゃ開けられないね」
「でも、この箱のおかげで人間には希望があるんだよ」
「そっかあ。やっぱり、さわってもいい?」
「うーん、よし、じゃあ少しだけだぞ」
「うん」
キランは水をすくうときのように、両手を差し出した。
アイヨル爺さんは、その手に、そっとかたつむりを置いた。
明らかに箱ではない、ひたっ、と冷たく軟らかい感触がキランには伝わった。
「ひゃあああ!」
「ひょほほほほほほほ」
アイヨル爺さんはひとしきり孫の驚くさまを楽しんだ後、またかたつむりをそっと持ち上げた。
「キラン、ほんとうはここには箱なんてないよ。でも、希望はあっただろう?」
「お、お、お、おじいちゃんそれはなに?」
「かたつむりっていう、とても素敵な生き物だよ」
「も、も、もういっかいさわってもいい?」
「お前があんまり驚くから、殻の中に引っ込んじまったよ」
「殻があるの?」
アイヨル爺さんはかたつむりの殻をキランの手の上に乗せた。
「殻は、うずまきなんだね」
「かたつむりは快楽主義者だからな」
「さっきの軟らかいところが、殻の中に入ったの?」
「殻の中はとても楽しいんだぞ。おまえもそのうち入ってみるといい」
「入れるの?」
「秘密の呪文があるんだ。でもまだお前には教えてあげられないな」


雨上がりの道を、キランとミランが腕を組んで歩いている。
とてもとても楽しい、かたつむりの殻の中に入る秘密の呪文が、
ほんとうにあるのかどうかはもはやどうでもいいのかもしれない。

この見えない目には、希望と等しいと思える何かが、たしかに見えている。


野良(--)
おや、キランは疑い深い性格に育ったんじゃなかったのか?05/31 21:16

水上 える
疑い深いのはマルコルさんの方ですね。キラン君はもうそれを超えて諦念の境地にいます。06/01 02:30
最終更新:2009年10月16日 02:38
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