2008.06.02 01:26
ミカヅキX
『ネイドとタイウの受難』
「いきまっか」
僧兵をやめ、境界主義者達の共同体での生活を経て、今回初めて妖魔退治に参加したタイウである。
彼は、明らかに筋肉よりも脂肪が多そうな体格をしている。
簡単に言うと、でかくて丸い。
「うん。さっきも言ったけど、殻を壊しちゃえばたいしたこと無いからね」
気楽な感じでそう言うのは、大きなよく動く黒い眼が特徴的なネイドである。
タイウより、頭二つは小さい、まだ青年に達するには何年かかかりそうな少年である。
睫が長い彼の表情は、いつも何か企んでいるような笑みを浮かべた口元とあいまって、小悪魔的に見える。
傍から見ていると、人の良さそうな巨漢のタイウを小さな黒髪の少年が罠に誘っている様であった。
「まあ、妖魔退治というより、単純労働って感じかな、今回は」
ネイドが、目の前の妖魔を見ながら、あっけらかんと言う。
今、二人の目の前にいるのは、マイマイスライム。
かたつむりのような殻を持ったスライムの一種で、大きさは、殻の高さがだいたいネイドぐらいである。
スライムという妖魔は、それほど危険ではないが、その柔らかい体は単純な物理攻撃が効きにくい。
スライムの急所は、細胞核とでも言うべき内臓器官で、そこを破壊すればよいのだが、粘度の高い体組織が剣などの攻撃を受け付けないのだ。
このマイマイスライムは、その急所を背中の渦巻状の殻の中に隠しており、この硬い殻を破壊しない限り倒すのは難しい。
但し、殻さえ壊してしまえば、外気にさらされた内臓器官はすぐに壊死してしまうのだ。
「単純はええけど、えらい重労働やで、こりゃ」
タイウが、半ば呆れた口調で応える。
タイウが呆れるのは無理も無く、目の前の大地を埋め尽くしているマイマイスライムの数は、50は下らないだろう。
「うふふ。僕にもタイウみたいな力あれば、いくらでも手伝うんだけど。まあ、がんばってよ」
ネイドは、手助けする気は全く無いようである。
「ええ、ええ。まあ、なんとかなるやろ。ネイドは周りに注意しとってくれたらええねん」
タイウは、大物然とした笑いを浮かべる。
「ほな、さっさと始めて、とっとと終わって、隊長さんを助けに行くとしますか」
「だね。ほんとに世話の焼けるリーダーだね、
ウレティスって」
ネイドの笑顔を背に、タイウは、自信満々の表情で一歩前に進んだ。
十字弓ですら損害を与えるのが難しいとされる外殻を持つマイマイスライムを前にして、余裕の表情なのは、自身の故か無知の成せる技か。
重い殻を背負っているせいか、動きの遅いスライムよりもさらにのろのろとした速度で、マイマイスライムの集団はゆっくりと動いている。
滑らかな輝きを帯びた、薄茶色の巨大な円盤状の殻がいくつも揺れ動いている様は、理解不能な悪夢の情景のようでもあった。
その悪夢の前に立ちふさがるのは、タイウ唯一人。
いつもどおりの緊張感の無い呑気な表情のタイウは、懐から卵形の境界主義者のお守り、オガメットを取り出した。
唯のオガメットではない。
鶏卵よりも少し大きめのそれは、オリエルオンの特徴である虹色の輝きを放っている。
これこそが境界主義者達が誇る、心霊武装レムライエルであった。
複雑で精緻な彫刻を施されたそれを、タイウは右手で握り締めた。
「むぅ…」
彼は小さく唸りながら、全身に力を込める。
タイウの霊力が、彼の体内の気脈によって練成され、背骨に沿って螺旋状に上昇しながらその右手に集中していく。
肉眼でも、右掌が霞がかったような光を発しだしたのが見える。
「は!」
気合と共に、オガメットは形を変え、心霊武装としての姿をとり始める。
卵形の表面が複雑に隆起分割し、その中央から一本の棒が延び始める。
タイウは、それを手の上で軽く浮かせると、延びた棒を掴んだ。
小槌のようになったレムライエルを、軽く振る。
「震撃や!地龍尖角鎚(ジルコーニス)!!」
タイウの号令とともに、心霊武装ジルコーニスは巨大化し、それに伴い取っ手部分も長く太くなっていく。
タイウは、伸びだした柄を両手で握り、器用にジルコーニスを回転させる。
回転するたびに、その先端部は巨大化し、魁偉な形状に変形していく。
卵形のシルエットはそのままに、先端部分は表面が結晶岩のようにでこぼことした半透明材質でできた尖った形状に、本体部分には巨大な鱗状の外装が数枚付いている。
先端部分は、良く見ると六本ぐらいの角状のものが寄り集まって、一つの円錐状になっている。
本体上部を覆っている、一番大きな外装には拳大の宝玉が付いており、それ自体ぼんやりと発光していた。
「いくで~!」
巨大なハンマーと化したジルコーニスを構え、タイウが叫ぶ。
見た目にはかなり重そうなそれを、軽々と振り回しながら、タイウはマイマイスライムの群れに踊りこんでいった。
「はい!ひとーつ!!」
唸りを上げて、ジルコーニスの尖端がスライムマイマイの外殻に襲い掛かる。
「ふん!」
タイウが念を込めた瞬間、ジルコーニスの先端部と宝玉が黄色がかった光を放つ。
スライムマイマイの外殻は、岩石同士をぶつけたような重い音を立てながら、ガラス細工のように砕け散った。
心霊武装は、心力と霊力をエネルギー源として動く、一種の装置である。
その動力源の方式によって、大きく三種類に分けられる。
一つは製造時に心霊力を封じ込めた種類。
これは大量生産される簡易爆裂弾や、一品物の永久駆動型などが多い。
二つ目は、平時に心霊力を込めておき、必要時に能力を発動する種類。
これは、心霊力が枯渇した時の緊急装置や、発動に尋常以上の心霊力を消費する物が多い。
三つ目は、タイウの地龍尖角鎚のように、必要に応じて心霊力を注ぎ込む種類である。
多くの心霊武装はこの種類に属し、扱いやすさでは一番であった。
「はい、つぎ~!」
振り切った慣性力を回転運動に変えながら、タイウは二匹目の外殻にジルコーニスを振り下ろした。
砕け散った外殻から、透明度の高い粘液が飛び散り、その中から赤黒い内臓のようなどろどろしたものが零れ落ちる。
外殻を割られたマイマイスライムは、一瞬震えたかと思うと、そのまま動き大地に倒れ伏していく。
「三匹目!あらよっと!」
掛け声も軽快に、タイウは次々に愚鈍な妖魔を倒してゆく。
いかな愚鈍とはいえ、マイマイスライムも遅まきながら反撃にでる。
何匹かが、体組織の一部を鞭状に伸ばして、タイウの体に巻きつけ始めたのだ。
「あ、タイウ!その触手には弱いけど毒があるから気をつけてね!」
後方からネイドが声をかける。
とはいえ、四方から飛び交う触手を避けるのは容易な事ではない。
しかし、タイウに慌てた様子は無い。
「しょうもない毒やったら、わしにはあんまり効かんで~」
言いながら、タイウはジルコーニスを頭上に差し上げた。
「たのむで~!動螺流変動!」
叫びと共に宝玉が一層輝きを増す。
先端部も光を淡い光を発し、蕾がほころぶように、五本に分かれたかと思うと、ゆっくりと、そして唸りをあげて高速の回転を始めた。
「はい~!」
タイウがジルコーニスを振り回す。
回転する尖端に触れたマイマイスライムの触手は、一瞬にして引き千切られていく。
彼らの反撃は、タイウには何の効果もないようであった。
タイウは、マイマイスライムの粘液を飛び散らせながら、一匹また一匹と敵を倒していく。
「はい、次!」
タイウの周囲には、破壊され息絶えたマイマイスライムが幾重にも折り重なっていた。
数十匹を倒して尚、その鎚裁きににぶりはみえず、一匹目を倒したときと同じ余裕の表情を浮かべたまま、タイウは敵を薙ぎ倒していく。
その破壊神のような働きを見ながら、しゃがみこんで欠伸をかみ殺していたネイドの眼が細められた。
「ん?」
ネイドは、涙の浮かんだ眼をこすり、タイウの周囲を凝視した。
「なんか、あれ・・・」
ネイドの視線の先には、一匹のマイマイスライムがいた。
一見すると、他の個体と大差無いように見える。
さらに良く見ようと立ち上がったネイドの眼に、黒い陰りが映った。
「タイウ!やめて!」
「へ?」
遅かった。
ネイドの制止は間に合わず、ジルコーニスは陽炎のような黒い影を浮かべたそのマイマイスライムを叩き潰してしまった。
「あ!」
「なんや!」
二人の口が叫びを発すると同時に、伏したマイマイスライムの殻から灰色の煙のようなものが噴出した。
「ど、どないなってんねん!」
「タイウ!逃げて!早く!」
ネイドに言われるまでも無く、タイウはジルコーニスを肩に掲げ、ネイドに向かって走り出した。
噴出す灰煙は、重たげに地表近くを這うように広がっていく。
ゆっくりと地表を覆っていくその様は、煙というよりスライムそのもののようにも見える。
「はあ、はあ、なんやねんあれ?」
息を切らせたタイウが、ネイドのもとに辿り着く。
「わ、わかんないけど、やばそうだよ」
ネイドは、煙の動きから眼を離さず、小さな声で呟くように言った。
二人の目の前で、煙はその陣地を広げ、やがてタイウが倒しに倒したマイマイスライムの屍たちを覆い尽くしてしまった。
「どうしよう」
「どうしようって言うても、ほっとくわけにはいかへんしなぁ。どないする?」
「あ!」
「なんやなんや、急に、びっくりするやろ」
「ほら、あそこ」
「どこや?」
ネイドが指差す先に、異変が現れていた。
「なんや、黒なってないか?」
タイウの言うとおり、灰色だった煙が染み出るように黒く変色している。
「あっちもだよ」
「お。あそこもや」
あちらこちらで煙の変色がはじまっている。
そして、その黒いしみは広がり、繋がり、闇夜のように黒一色に変化していった。
「ねえねえタイウ」
眼前の光景を見ながら、ネイドが口を開く。
「なんや?」
タイウも黒い煙から眼を外せない。
「ウレティスがさ、やばくなったらいつでも逃げろっていってたよね」
「ああ、言うとった」
「今、やばくない?」
「そうやな。やばいんちゃうかな」
「逃げよっか?」
「逃げるか」
二人は眼をあわせ、うなずくと、ゆっくっりと後ろを振り返った。
「だめよ」
「うわ!」
「だ、だれや!」
振り向いた二人の前には、いつのまにそこに出現したのか、白いドレスをきた女性が立っていた。
その衣装よりも白い肌は、陶器のような無機質さを持っており、黒く長い髪は深海のさらに深い暗黒を思わせるように濡れた輝きをはなっている。
そして血の様に赤い唇が、その部分だけ別の生き物であるかのようにぬめりと動いて、笑みを形作った。
「だめよ、せっかく私の赤ちゃんが産まれようとしているのに」
「な、なんやねん。ネイド、ここはお前の出番ちゃうか?」
「えー。僕、熟女は守備範囲外なんだけどなぁ」
突如として出現した女性の外見は、ネイドが言うような熟女ではない。
ただし、年齢不詳としか言いようがなかった。
「タイウのほうが、お似合いだと思うけどなぁ」
「いや、わしはもうちょっと胸も尻もでかいほうがええねん。まあ、分かりやすい色気が理想やねん」
二人の軽口は、背後の不可解な怪異よりも、眼前の女性の方が組し易しと判断したからだろう。
「お姉さんごめんね、二人とも趣味じゃないみたい」
「いや、決してあんたが不細工ちゅーてる訳やないねんで」
「じゃ、お姉さん、悪いけどそういうことで!」
ネイドの言葉を合図に、二人は走り出した。
指一つ動かさない女の両脇を、二人は一気に駆け抜ける。
女はゆっくりと振り返り、遠ざかる二人の背中を見やる。
「もう、遅いわ」
そう呟いた口元には、まだ笑みが浮かんだままであった。
「はぁ、はぁ、なんなのあれ?気持ち悪い~」
「あれが、マイマイスライムの親玉か?」
「はぁはぁ、マイマイ、はぁ、スライムは、はぁ、自然発生だと、はぁ、もうだめ」
いきなりネイドがしゃがみこんだ。
「うう、おなか痛いよ~」
「あかんって、ネイド。こんなとこで止まったら!」
「もう無理だよ~」
「ほら、もうちょっと頑張れや、さあ」
言いながら、タイウはネイドを抱え起こした。
「横っぱらが痛いぐらいで死なへんって。ほら行くで!」
「引っ張ったら痛いよ、タイウ」
そんな二人を薄暗いながらも今まで照らしていた日の光が、突然に消えた。
不自然な影の出現に、二人はごくりと唾を飲んでから、ゆっくりと後ろを振り返った。
黒い、巨大な何かがいた。
その大木の様な黒いものは、なめらかな弧を描きながら上へ伸びていた。
二人の頭上まで。
「な、なんや!」
あまりの巨大さに、その影が二人を覆いつくしている。
良く見ると、巨大な蛇のようなそいつは、マイマイスライムがいた辺りから伸びている。
「あの黒煙から産まれたんだ・・・」
ネイドが絶望的な声でに呟く。
「その通りよ、坊や」
その声の主は、あの白いドレスの女であった。
女は、黒い化け物から生えた太い触手の上に立っている。
触手は恐ろしいスピードで伸び、女の体がドレスを風になびかせながら二人の前に迫る。
「あなたたちにはお礼を言わなくちゃね」
女は触手の上から、ふわりと大地に降り立った。
「私の魔王祈法を手伝ってくれたんだからね」
「ま、魔王祈法って・・・マイマイスライムをやっつけることやったんか?」
タイウの質問に、女は軽くうなづいた。
「そうよ。死の苦しみを糧に、可愛い魔物を産み出す。堕星式黒魔召還冥還の法。あなたの獅子奮迅のお陰で成功したわ」
「な、なんやて・・・。わしが、あれを・・・」
「だめだよタイウ!しっかりして!悪いのはタイウじゃない、この女なんだよ!」
「せ、せやかて」
「そうやって、僕達の心を苦しめるのが、こいつらの最大の目的なんだ」
ネイドは、大きなめで、女を睨みつけた。
「そうだろ、邪の魔王、ケイオス・サタナス・ザイダンデルの奴隷め!」
「うふふ。また正解ね、坊や。でも魔王の名前をみだりに口に出したりしちゃダメだって言われなかった?」
女の赤い唇の形作る笑みが大きくなる。
「うるさい。僕は魔王なんて怖くない!必要だったら何度でも口にしてやるさ!」
ネイドはそう叫ぶと、タイウの袖を思いっきり引っ張った。
「タイウ、気をつけて。こいつらは、弱った心につけこんでくるんだ。下手したら、僕ら自身が魔物にされちゃうんだよ」
「な、なんやて!こりゃ、えらいこっちゃ。よし。平常心平常心」
ネイドの威勢のよさに我を取り戻したのか、タイウも表情を引き締めた。
「たしかに、あなた達を魔物にするのも悪くないわね。最近は人に祈法を使ってないし・・・」
女の浮かべた笑顔はに、ネイドは口元を歪ませた。
「うふふ。でも。言ったでしょ。あなたたちには感謝してるって。だって、あんな屑魔物から、これだけ立派な子を生み出してくれたんだもの」
女は、黒い魔物の触手を、骨のように白い手でゆっくりと愛撫した。
「今日から冥還の法は、私の名をとって、パンドラの罠、とでも名付けようかしら」
「パンドラ・・・それがあんたの名前か?」
問いかけたタイウに、女、パンドラは流し目を送る。
「あなたは確か・・・、タイウとか言ってたわね。この子の名はあなたからとってタイドラとでも名付けようかしら」
「ネイドのアホ!お前のせいで、わしの名前が、こんな化け物に!」
「黒くででかいなんて、男の憧れでしょ。喜ぶべきじゃない?」
言いながらも、二人の目は緊張感に溢れている。
「あら、そんなに睨まなくてもいいじゃない。感謝している印に、二人とも見逃してあげようと思っているのに」
パンドラの目が、獲物を狙う猫のように細められた。
「それとも、無駄に死ぬの?」
断定的な口調で、パンドラは二人の死を予告した。
二人は横目で、互いに顔を見やる。
「それじゃせっかくなんで」
「逃げさしてもらいますわ」
言うが速く、二人は再び踵を返して走り出した。
「とにかく森の中に!」
「了解やで!」
逃げ出す二人を見るパンドラの眼は、愉悦に潤んでいた。
しばらく必死に走る二人の姿を楽しんでから、彼女は軽く顎を動かした。
途端に、黒い魔物、タイドラが動き出した。
パンドラを乗せていた触手とはべつに、もう一本の触手が生えた。
二本の触手が爆発的な速さで伸び、逃げる二人の背を蛇のように追いかける。
人間一人をやすやすと乗せられる、二抱え以上もある太さの触手は、瞬く間に二人の背後に迫る。
そして、その尖端から、赤黒い爪が何本も飛び出す。
触手はあわや二人に襲い掛かると見るや、あっさり二人を追い越して、地面に突き刺さった。
「うわ!」
二人は慌てて止まった。
目指した森までは、あと一息というところであった。
タイドラの伸びた触手は、一瞬強張ったかと思うと、ゴムのように縮む。
それに合わせて、タイドラの本体が宙に浮き、二本の触手に導かれるままに、二人の目の前に地響きを立てて、降り立った。
タイドラは、蛇のように鎌首をもたげると、その全身から赤黒いとげが飛び出した。
「ネイド・・・」
「な、何?」
「辞世の句、用意しときや」
「何言ってんだよ。僕は快楽主義者として、こんなとこで死ぬ気はさらさらないよ」
「快楽主義っちゅーのも、やっかいなもんやな。ほな、頑張るしかないか」
「頑張ってよね。骨はちゃんと拾うからさ」
「なんで、自分だけ生き残るつもりやねん!」
言いながら、タイウはジルコーニスを構えなおした。
野良(--)
おお、重ねてきたなぁ。次回に続くか?06/02 19:24
最終更新:2009年10月16日 03:01