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ミカヅキ『かたつむりに白い花を』

2008.05.28 22:53

ミカヅキX

かたつむりに白い花を

 マイマイカブリという、黒い細長い瓢箪型の虫は、その名のとおりかたつむりの天敵である。
 この日本にしかいない虫に狙われたかたつむりは、いくら殻の中に篭ろうとしても無駄であった。
 こいつは、殻に逃げ込んだかたつむりの肉に齧り付き、消化液を吐き出して溶かしてしまうのだ。
 マイマイカブリにとって、かたつむりは、誰にも邪魔されない食堂付のご馳走のようなもであった。

 僕が部屋に篭ってから、どれぐらいの時が流れただろうか。
 一日中部屋を閉め切った僕の部屋ほど、日にちを数える事に向いていない場所はないだろう。
 付けっぱなしのPCのモニターが、暗い空間で輝いている。
 大げさに言えば、その四角い光が、僕の世界の全てだった。

おまえまじでおかしいんじゃない?そんなにかまってもらいたいわけ?

 また、奴の書き込みだ。
 僕が、PC内のコミュニティにコメントを打ち込むと、かなりの確立で僕にちょっかいをかけてくる。

しねとはいわないよ、つかまっちゃうから。でも、いきてるいみはないよね。

 奴は、どこにでも現れる。
 僕が常駐するサイトを変えてもすぐに現れて、誹謗中傷のかぎりをつくす。
 気にしなければいい。
 そう思えた時間は短かった。
 最初のうちは気のせいかと思っていた。
 どこにでも、こういう輩はいるものだと。
 しかし奴は、僕の行く先々に現れて、ぼくに絡んでくるのだ。
 そんなことはありえないと、誰でも言うだろう。
 奴には、雰囲気というか、はっきりとした個性があった。
 今では、一目で奴の書き込みだと見分けられる。
 その言葉は、僕の魂を抉り、僕の心を壊していく。
 その効力は、僕にだけしか現れないらしい。
 僕が何人かに相談したところ、僕の過剰反応だと一笑に付す。
 もし実際に会って話していたなら、僕がどれだけ奴に苦しめられているか分かってもらえたかもしれない。
 などと、ありえない夢想をしてみた事もあった。
 僕は、なんども名前を変え、サイトを変え、書き込み方を変えたりしてみた。
 どれも、なんの効果もなかった。
 ネット自体を止めようと思ったことも、一度や二度ではない。
 そんなことは不可能だったけど。
 僕が自分の巣の中で外の世界を切り捨てていられるのは、ネットがあるからだ。
 ぼくは奴を呪い、ネットを呪い、理解してくれないHNだけの友人を呪った。
 それでも、僕はPCの電源を切ることができなかった。
 奴の正体はなんなのだろう。
 唯の快楽主義者なのか。
 あるいは僕に恨みを持つ誰かなのか。
 僕のような引き篭もりなのだろうか。
 奴の存在自体に慣れすぎて、いくばくかの興味を抱いたこともある。
 しかし、奴の書き込みを見た瞬簡に、そのわずかなシンパシーも霧散してしまう。
 そのため、奴の正体というパンドラの箱を開けることは不可能であった。
 奴が僕をあざ笑うたびに、僕は奴を拒絶し否定してしまう。
 見えそうになった奴の正体は、一瞬で黒い悪魔じみた影に成り代わる。

なにまっかになってかきこんでるの?はずかしいなぁ、まったく

 ある日、僕の堪忍袋の緒が切れた。
 目の前が、真っ赤に、いや、真っ暗になった。
 僕は徹底的に奴に論戦を挑んだ。
 完敗だった。
 次の日も。
 そして次の日も。
 ネットでの戦いは、ロジックの戦いだと理解し、僕はあらゆる論理のテキストを漁った。
 あらゆる情報にアンテナを張った。
 ナショナリズムもマイノリティー論も、物理学も映画論も。
 それでも、僕が奴に勝つことは無かった。
 永遠に。
 ある日、パタリと奴は姿を見せなくなったのだ。
 僕は、安堵するよりも早く不安になった。
 まるで取り残された幼児のように。
 半狂乱になって、奴を追い求めたが、奴の新しい書き込みは途絶えたままであった。
 僕にできたのは、奴のログを漁るだけであった。
 僕は、彼の残したログを、三回読んだ。
 三回読んで、涙を流した。
 そして、不意に、空が見たくなった。

 風が、驚きだった。
 こんなにも激しかったのか。
 陽が、おどろきであった。
 こんなにも眩しかったのか。
 僕は、だれもいない家の階段を静かに降り、脱衣場に向かった。
 そこにある姿見で、自分の顔を見る。
 垢で薄汚れた、とても10代の少女とは思えない、汚らしい顔を。
 僕は、鏡に向かって、にっと笑ってみた。
 「馬鹿・・・みたい」

 私が兄の死を知ったのは、部屋を出た次の日であった。
 それ以来、私は、自分の事を僕と呼ばなくなった。
 馬鹿らしいことで心を傷つけた私に、ネットという世界を与えてくれた、優しかった兄。
 昔から、私のことだけを考えてくれていた、兄は、もういない。

 ある日、マイマイカブリに中身を食べつくされた、かたつむりの殻を、庭で見つけた。
 マイマイカブリの姿は、もうどこにもない。
 私はその殻に、小さな白い花をそっと挿した。






野良(--)
おお、これはたいしたものだ。一つの話として完結してるじゃないか。
ブームの兄妹モノだし(笑
ただ、マイマイカブリのくだりはイマイチ反映されていない気がするな。05/28 23:04

モモと
最初、本気で「僕」が男の子だと思いました。伏線に見事に引っかかった(笑)
この場合、マイマイカブリとかたつむりを兄妹に映しているのでしょうか?05/29 00:18

水上 える
うわあWikiでマイマイカブリみたらこえーーーー
兄妹愛に思えなくなってきたこえーーーーー05/29 00:28
最終更新:2009年10月16日 03:09
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