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ミカヅキ『ヨーランクの一夜』

2008.05.19 00:29

ミカヅキX

『ヨーランクの一夜』

彼女は後悔しないし、絶望もしない。
ただ、自分で確かめた事実だけを信じるからだ。

Ж

 騎士の国、シュナイデルの一都市、ヨーランクは石塔の街である。
 町中に大きな石造りの建物が立ち並び、その多くが高い尖塔を有している。
 この街は商業が発展しており、尖塔はその店の広告塔であり、その高さは持ち主の裕福度を表していた。
 また街自体が国土の中心付近にあり、非常に治安のいい街としても有名なため、ここでは騎士達がその戦闘能力を発揮する機会は少ない。
 この街では、金が、身分や剣よりも物を言うのであった。
 七星騎士団の一人、ハーフ・エルフのフー・リーンは、星空の下、とある屋敷のきれいに白土を塗り重ねられた尖塔の上の櫓から、眼下の建物を注視していた。
 騎士団の協力者からの情報で、このシュナイデルにて「邪の魔王」の配下の者が暗躍しているという情報を得たのは、数ヶ月前であった。快楽主義者の多いこの街には、以前から「魔王」の魔の手が伸びていたのは分かっていたが、さすがにシュナイデルの護りは堅く、邪悪なる物の企みが成功した事はなかった。これまでは。
 情報の確認のため、フーは銀髪を黒く染めこの街を訪れた。果たして、「邪の魔王」の手の者は確かにこの街に潜伏していた。エルフの技、風の精霊の力を借りた遠話法、「風話(ウィンド・トーク)」で七星騎士団のリーダーである、セイル=リーデッドに報告したところ、当然のように情勢の推移を見届けろとの命を下された。
 以来、フーはこの街に溶け込み、情報収集に励んでいた。
 フーの視線の先では、数名の男達が怪しい建物に押し入ろうとしていた。
 「あんな軽装で・・・」
 フーが不安げに呟く。
 平服に剣を携えただけの彼らは、シュナイデルの騎士であった。
 長期の休暇を利用して、ヨーランクに羽根を広げに来ていた彼らは、騎士になったばかりの経験も技量もない若輩者達であった。情報収集の過程で彼らに出会ったフーは、若者達のまっすぐな心根と、純粋に正義を信じて行動する彼らの浅はかさを、無知なる児戯と思いながらも、どこか眩しく思っていた。人間の醜い裏側を見続けてきたため、シニカルでどこか虚無的なフー・リーンが、若い騎士達に好ましい感情を持った理由の大半は、彼らの中の一人の青年にあった。
 彼の真心と情熱が、エルフ譲りの長寿の壁に隠された、フーの魂に優しく触れたのだ。
 若者達が、建物に足を踏み入れる。
 フーは、精霊に念じて、若者達の声を運んでもらう。
 エルフらしさの感じられない形のいい耳元で、遥か眼下で交わされる若者達の声が聞こえる。
 囁き声の程度の大きさでしかないが、フーには何の問題もない。

Ж

 「誰もいないなぁ・・・」
 「ガセネタだったんじゃないか?」
 「そりゃないぜ。せっかく俺の腕を見せてやろうと思ったのによ」
 「まあ、なんにも無いのが、一番だ」
 フーの心に安堵が広がる。
 「おい。地下室があるぜ」
 あの若者の声だ。
 自然と、フーの鼓動が乱れる。
 「ちょっと見てくる」
 「俺も行こうか?」
 「大丈夫だって、何かあったら呼ぶから」
 「気をつけろよ」
 フーは微かに首を振った。
 「なんと無防備な。愚か過ぎる」
 呟きながら、フーはセイルに声を届けるために精霊に意識を集中した。

Ж

 「駄目ね」
 セイルの返答は素早く、そして断定的であった。
 フー自信、ある程度予測していた回答であったため、失望はしなかった。
 この段階で七星騎士団が動くのは、理由が無いし必要もない。
 それは分かってはいたが、フーは用心深さから、第一段階の制限解除でもいいから、神霊武装の使用許可を取り付けたかったのだ。
 「理解はしているが、万が一ということもある。再考してもらえないか?」
 「いい、フー。神霊武装はパンドラの箱よ。そう簡単に使用許可はえできないわ」
 「セイル。シュナイデルに対して、特別な感情でも?」
 フーは、セイルに揺さぶりを掛けてみた。
 「ないわ」
 セイルの返答は、やはり断定的であった。
 「過去は過去でしかないわ。それ以上でも、それ以下でもないわよ」
 ウィンドトークでは、細やかな感情の機微までは伝わらない。セイル=リーデッドが故国に対し、本当はどのような気持ちを持っているのか、フーは読み取れなかった。
 「とにかく、現状では神霊武装の使用許可は与えられないわ。わかってちょうだい」
 それが、セイルの最後の言葉だった。
 「うわー!」
 風話を使うまでも無く聞こえた悲鳴に、フーは顔色を変えた。
 やはり、情報は正しかったのだ。
 「邪の魔王」の手下が、若騎士達を待ち受けていたのだ。
 フーは、ほっそりとした肢体を、宙に躍らせた。
 風の精霊が、彼女の願いを聞き入れ、落下速度を軽減する。
 フーは、地上で一回転し、その勢いのまま立ち上がると、すぐさま風話を使う。
 聞こえてくる混乱した戦闘音に、胸が騒ぐ。
 フーの想い人の声は聞こえない。
 地下室のような、風の精霊の少ない場所では、風話も使えない。
 フーは全速力で走ったが、嫌な予感が重圧を増して、彼女の心を押さえつける。
 一刻も早く彼の安否を確かめたいフーにとって、風のように走る彼女のスピードはカタツムリが這うようにのろかった。
 彼女が建物の入り口に辿り着いた瞬間、質量があるように濃厚で邪悪な気が、爆発的に噴出した。
 フーは、一瞬押し戻されながらも、躊躇せず扉を潜り抜けた。
 「風の精霊達よ、あなたの娘を邪悪なる物どもから護りたまえ!」
 フーの言葉に応じて、突風が建物に吹き込み、淀んだ空気を吹き飛ばした。

Ж

 フーが飛び込んだ時点で、戦いは決していた。
 魔王の信者達は、戦力としてはものの数に入らないチンピラ同然の者達であったらしく、若い騎士達には敵ではなかったようだ。
 騎士達は、あの突発的な邪気の噴出に当てられただけで、戦闘自体では無傷だったようだ。
 一見大きな怪我をしているものはいない。
 「あ、ウインディ、なんでここに?」
 騎士の一人が、フーを認めて声をかけてきた。
 ウインディとは、フーがこの街で使っていた偽名である。
 フーは、その騎士の疑問には答えずに、逆に詰め寄った。
 「彼は?」
 「あ、ああ。あいつ、地下室に下りていったままだ」
 フーの不安は、もう少しで絶望に変わろうとしていた。

Ж

 「そう。やっぱり小競り合い程度で治まったのね」
 もはや興味を失った口調で、セイルは答えた。
 「それだけ?」
 「いや。一つ報告しておく事がある」
 「何?」
 「魔王祈法が行われた可能性が、ある」
 「なんですって?」
 セイルが色めき立つ。
 「あんな街中で?」
 「但し、術式自体は失敗したようだ。術者、及び犠牲になったと考えられる騎士が行方不明になっている」
 フーは、淡々と告げる。
 「行方・・・不明・・・」
 「私はこれから、術者と消えた騎士を追う」
 「わかったわ。随時報告をお願いね」
 「ああ。では」
 フーが、風話を終えようとした時、セイルが言葉を続けた。
 「あ、フー」
 「なんだ?」
 「消えた騎士の名前は?」
 「ウレティス。ウレティス=ユーボーン=エガイス。蒼穹の剣(アズール・ソード)の騎士だ」
 「アズールの・・・」
 「何か?」
 「いえ、なんでもないわ。ねぇ、フー」
 「ん?」
 「怒ってるの?」
 「・・・いや」
 「そう。なら、いいんだけど。あなたなら、私の考えを理解していると思っているのよ」
 「ああ、分かっているとも。分かっている」
 「フー、私は・・・」
 フーは、最後の言葉を聴かずに、風話を打ち切った。
 フー・リーン。
 彼女は後悔はしないし、絶望もしない。
 徒に甘い希望を持たないからだ。
 彼女の長い半生を通じて見つめ続けてきた、人間の醜さや運命の裏切りがそれをさせない。
 それでも、彼女は、前に進む。
 ただ、事実だけを確かめるために。
 昇り始めた朝日に向かって、フーは歩き出した。


ミカヅキX
剣の国の騎士団と七星騎士団の違いが分かりにくいですね。
トウィンクルで統一した方が良かったかな。
あるいは、七星騎士団の概要を、きちんと説明しておくべきか。05/19 01:10

野良(--)
誤字みっけ。「「邪の魔王」のは以下の者」は「「邪の魔王」の配下の者」だろう。

懐かしいのがでてきたなぁ。トゥインクルとか練りあげれば面白そうだ。
勝手に練りあげてくれてもよいぞ。05/19 19:39

ミカヅキX
掘り下げる気持ちは、ホリ・ススムにも負けないんですが、正直なところ「七星騎士団」の設定がよく理解できていないんですよね。個人的には、呪いに近い何者かの意思を感じるんですが。05/19 22:45
最終更新:2009年10月17日 23:45
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