2008.05.23 22:57
野良(--)
六角柱の墓石が整然と並ぶ静かな墓地を、月と星が照らしている。
風はなく、音もない。あるのは天から降る冷たい光と、地に満ちた深い闇。
そして、二つの命だけ。
柱から柱へと逃れる人影を、銀の騎士が追いつめていた。
「フっ」
横薙ぎの刃が閃きを残し、柱の一本を通り抜ける。
それは一瞬の間をおいて、大木ほどの太さを落としていた。
斬られた墓石の砕ける音に、静寂の夜が乱される。
だが、まだ終わらない。
一刀を伏せて躱(かわ)した黒衣の男へと、騎士は追撃の刃を落とす。
「ハっ!」
「……っ」
闇を裂き、地を砕いた一撃を、男は後ろに跳び退き避けていた。
蝶を思わせる軽やかな動きだったが、それもここまでだろう。
柱の墓に背を預けることで辛うじて立っている男の息は、小刻みに荒くなっていた。
騎士は剣を目線の位置に上げ、伸ばした左手と水平に備えた。
この構えより放たれる刺突の一撃は必中必殺。上下左右、例え柱を抜けて引いたとしても、その石ごと貫きとおす。
抱いた勝利の確信に、しかし油断を生むことなく、騎士は男へと言葉を向けた。
「ここまでだ。騎士団を欺いた手腕は見事であったが、実力は伴わなかったようだな。その程度の腕で我が剣から逃れることはできん。大人しく縛につけ。素直に口を割れば命は保証しよう」
降伏の勧告を述べながら、手にした剣に気を満たす。説得力に欠ける態度だとわかってはいたが、暗殺者にそれ以上の手心を加えるつもりなど騎士にはない。一歩でも動けば即座に心臓を貫く意思を、あからさまに見せつける。
「……は」
だが、それを察しているだろうに、男は冷笑を浮かべていた。
細い目に冷たい光を宿したまま、嘲りを含んだ言葉を返す。
「そう言って素直に話した奴が今までにいるのか?」
「む……」
「騎士って連中はどこの国でもおめでたい奴ばかりだな。無駄な口上をダラダラと。命惜しさに口を割る暗殺者がいるわけないだろう」
微動だにできぬ状況で、男の口からは流れるような雑言が吐きだされていた。
動けるのであれば身振りも交え、役者のように立ち回りるのではないかと思わせる。
騎士の苛立ちを煽るには十分な演技だった。
「……貴様こそ、暗殺者という割には口が回るようだな。しかし、覚悟はできているというわけか」
「なんの覚悟だかは知らんが、いい加減疲れたのは確かだ。終わりにしよう」
「そうだな……」
最後の言葉にだけ同意を示し、静かに腕に力をこめる。
鎧の鳴らす響きは一瞬。心臓めがけて放つ剣先は、音よりも速く定めた位置へと至る。
「さらばだ、名もなき暗殺者っ……?」
せめてもと掛けた別れの言葉は、しかし途中で止まっていた。
男の心臓に突き刺さるはずの、銀の剣の動きと共に。
胸を突いた手ごたえはある。だが、それ以上に刺さらない。
いや、刺し貫くべき動き自体、己の身こそが止まっていた。
「なんだ、これはっ。体が、動か……」
気がつけばそれは剣を握った手だけでなく、腕、肩、胸、から足腰に至るまで。
驚きに頭を引くことすらできなくなっていた。
「なんだ、これはっ。き、貴様っ、なにをした!」
「なにを? あぁ、大したことじゃない。縛りつけただけだ」
「縛り……?」
調子を変えぬ男の言葉に、はっと伸ばした剣を見る。
闇を裂いた銀の剣。月の光に輝くそれに、血走る眼を凝らして見れば、刃と異なる色が巻きついていた。
月光を斬る無数の線は、細い細い無数の影。
「これは、鋼の、糸?」
そうと気づいて腕を見れば、同じものが鎧の端々に絡みついていた。
全身に及んだその技に、先の戦いの意味に気づく。
「柱に沿い、地を這い逃れていたのは、このためか……!」
「今さらなにを」
突きつけられた切先をまるで気にする素振りもなく、男は悠然と騎士の前へと立ち直していた。
鋼の糸を引き伸ばす動きを前に、騎士には抗う術がない。
互いの立場は、今や完全に逆転していた。
「く……殺せ」
「は、冗談じゃない。なんのためにわざわざ動きを封じたと思っている。殺すだけなら七度は殺れた」
「な、に?」
思いもよらなかった言葉を聞き、騎士の思考が一瞬止まる。
「ならば、なぜ……」
「ダニエル、終わった?」
「マグリットぉぉ♪」
横から聞こえてきた少女の声と、途端に甘えた声を張り上げた男の様に、混乱はますます深まるばかり。
「疲れたよぉぉ。ひざまくらぁ!?」
少女に飛びついていった男の頭は、その小さな拳を上から落とされ、墓地の土に沈んでいた。
思わず唖然と眺めていた騎士の眼に、少女が視線を向けてくる。
それは、硝子のように美しい瞳だった。
息を飲む騎士に対し、返されたのは冷たい吐息。
漆黒の瞳は感慨もなく、向けられた思いを斬り捨てていた。
「なに、まだ動いてるじゃない。早く終わらせなさい。膝枕はその後よ」
「了解っ」
少女の短い呼びかけに、黒衣の男が立ち上がる。
喜色を浮かべた男の手には、細い針が握られていた。
悪寒を感じる暇もなく、その先端が騎士の眼前に向けられる。
「そういうわけだ。大人しくしてな。といっても動けやしないだろうがな」
「な、なにをするつもりだ。貴様ら……」
突きつけられた死を前に、解けぬ疑問が口から漏れる。
返ってきたのは幼い少女の、夜よりも冷たい声だった。
「怨むならあなたの王様を怨みなさい。パンドラの誘惑に負けた快楽主義者をね」
「貴様ら、なにを企んで……」
「王を殺す。そのために、あなたの体を使わせてもらうわ。騎士団総長のあなたなら疑われることなく王の近くにまで行けるでしょう」
「王を? 体を、使う? なにを言っている、いったい……」
「ダニエル」
「ああ」
それも、全てには答えない。
一方的に切られた会話の後、待っていたのは逃れえぬ運命。
唯一動く眼球に、ゆっくりと針が迫ってきた。
かたつむりが這うような速度とは逆に、恐怖は爆発的に増していく。
「や、やめろ……」
「安心しろ。立派な人形に造り直してやるぜ。マグリットが入るに相応しい、当世最高の肉人形に、な」
「ヒっ……?」
月と星が見守る墓地に、一つ高い悲鳴が響く。
その夜、一つの命が終わり、新たな人形が造(う)み堕とされた。
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ミカヅキX
ええ!暗殺者さんなのですか。
驚きの展開。05/23 23:46
モモと
肉の塊ってことは、人間の姿をしたままなのか、それともぐちゃぐちゃ?
ぐちゃぐちゃだったらフランケンシュタイン女性バージョンですね・・・05/23 23:47
abendrot
ぐちゃってたら、わざわざ騎士団長さんである必要もなくなるのでは・・・(笑
ただ、肉人形って言われて、なんとなく想像するのがドザエモンなのは、なんででしょ?05/24 00:51
水上 える
墓場の決闘って雰囲気あるけど、墓石壊された遺族の方にしてみりゃたまったもんじゃないよね( ̄∀ ̄05/24 02:01
野良(--)
能力を考えるとまっとうな戦士という感じにはならないからなぁ。
暗殺者あたりは適役だろう。
肉人形ってのは単純に死体のことです。まぁ生きているように見えるために独特の技術が使われると考えてもらえれば。
後のことを考え出すとそれはまた別の話ができあがるからな。騒ぎのたびに壊される宿とか酒場とかは大変だぞ。05/24 20:19
最終更新:2009年10月19日 01:32