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ミカヅキ『天空の蝸牛』

2008.05.27 00:39

ミカヅキX

天空の蝸牛

 ドレイク・キム博士は、語の本来の意味での快楽主義者であった。
 即ち、自らの知的探究の為には、他の一切を顧みない半生を送ってきたのである。
 物心ついてからはクラス一のナードとして立派に引き篭もり生活を送り、ハイスクールでは好きな分野で頭角をあらわし、一足飛びにユニバーシティへと進学した。
 さらに三つの大学で学位を取得し、教授職では飽き足らず、U.S.エアフォース、NASAへと自分の知的好奇心が求めるままに突き進んだ。
 そして、今現在、インドの有人宇宙ステーション、チャンドラグプタ2で、大宇宙の虚無に向かい鼻歌を歌っている。
 今や齢56を数えるドレイクの肉体は、同年代の男性と比べると平均以上の身体能力を保持している。ドレイクが節制しているのではなく、唯単に「無重力化での動物の筋肉の発達」という命題に、彼の飽くなき好奇心が向けられたからに過ぎない。

 「防人に 行くは誰が背と 問ふ人を 見るがともしさ 物思ひもせず」

 彼が鼻歌交じりに歌っていたのは、日本の古い歌であった。
 遠い異郷に、国を守るために旅立った人々の想いを、彼がどのように解釈しているのかは定かではない。
 もしかすると人並みに、郷愁の想いはあるのかもしれない。
 しかし、常人に彼の心のうちを推し量る事は不可能であり、彼はこの閉鎖された空間で、いや、生れ落ちたときからその生涯において、他人からは「知的巨人」「天才」「21世紀最初の偉人」などの仰々しい名称で隔離され続けてきたのだ。
 妻も無く、もちろん子も無く、親類縁者には金銭絡みの脅迫めいた要求を押し付けられ、同業の科学者の中にも彼の思考の飛躍に着いて行けるものはおらず、もしかしたら芸術家と呼ばれる人種の中には彼と同じ魂を共有できうるものがいたかもしれないが、彼自身の意識が向かうにはあまりにも遠い世界であった。
 彼の知能と精神は、人類という種にとって、パンドラの箱だったのかもしれない。
 鋭敏な知性と深すぎる知識欲は、非情かつ非人間的にならざるを得なかったのだ。
 もし、己の知識欲を満たすために、背徳の罪を犯すことが必要であるならば、彼はためらうことなく整然とその禁忌を破ったであろう。
 たまたま、そういう機会がなかっただけで、彼が本格的に生物学に興味を抱かなかったのは、我々にとって幸いだったであろう。

 彼は、孤独に、ただ自分だけの夢を見続けるだけであった。

 ドレイク博士が、自分専用の展望台にこもってから、すでに128時間が過ぎていた。
 誰も彼の不在を気にするものはいなかった。
 人々が彼に求めたものは、彼の存在ではなく、その知性のおこぼれだけであった。
 彼の口から、たまに零れ落ちる蜜を掬い取る以外に、彼に興味を抱く者はいなかったのだ。
 ただ一人を除いて。

 その少女は、ドレイクにとってはあまりにもちっぽけな存在であった。
 彼は、少女の名前すら知らなかった。
 彼女が何を求めて、ドレイクの傍に居たがるのか、気にもならなかった。
 ただ、彼女がドレイクの精神の知的旅行を妨げるような行為をしなかったため、排除する必要を感じなかっただけであった。

 少女が、そっとドレイクのいるはずの密室に入り込んだ。
 その部屋の球形の天蓋は、高画質のモニターであり、あたかも肉眼で宇宙を見ているかのようであった。
 そこでドレイクが何を考えていたのか。
 どのような思索の迷路を辿っていたのか。
 それは、誰にも分からない、永遠の謎であった。
 博士のお気に入りの椅子の上には、かたつむりが一匹。
 まるで宇宙のその先に視線を定めたかのように、二本の眼を高く掲げているだけであった。
 少女は、その椅子の傍らにしゃがみこみ、天を見上げるかたつむりを、いつまでもいつまでも見続けていた。





水上 える
かたつむりが宇宙人のような気がしてきました。
少女もかたつむりの眷属のような気がしてきました。05/27 01:53

野良(--)
途中の人生の経過の書き方が上手いな。
三人称としての評価は難しいが、内容はわかりやすい。
全体の状況はよくわからなかったけど。
かたつむりがドレイクとイコール?
という風にもとれないんだよな。05/27 22:06

ミカヅキX
ぜひ、じっくり考えてください。

なにも考えていませんが。05/27 23:49
最終更新:2009年10月19日 02:39
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