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夕・『Arise』

2008.03.01 23:09

abendrot

 ひまわりが咲き乱れる庭園の中で、この黒い箱が待っていた。とうとう辿り着いたのだ。
 私は、ここにこそ、歴史の真実があるのだと信じている。
 勇者と呼ばれた私の父の、真実が。

 *****
 俺の庭に咲くのは、眩しいばかりの黄金の花。その大輪が、大地を覆っている。
「お父様ぁ」
 どこまでも続く金色の絨毯の下から、花にも負けない明るい声が響いた。
 俺は、屋敷から金の庭へと続く階段を降り、声のした方へと視線を向ける。ひまわりの一角が、大きく揺れた。
「お父様ぁ。こっちこっちぃ」
 背の高い花の下にいる少女は、おそらくまたあの箱を持ったままこの広い庭を駆け回っていたのだろう。毎日毎日、彼女はあきもせずに俺を困らせる。
 揺れるひまわりが俺の方へとやって来、庭は一人の少女を吐き出した。
 飛び出してきた少女は、やはり、自分の頭ほどの大きさの箱を両手で抱えている。
 少女が抱えるにはあまりにも不釣合いなその箱には、鍵穴どころか、蓋すらもない。あける術がない四角のソレを箱と呼ぶのもおかしな話だ。
「はい、お父様」
 満面の笑みで箱を渡す少女。俺は、少しだけ躊躇ってから、真っ黒なソレを受け取った。

 昔は、俺にも「正義」があった。命を捨てても惜しくない、そう思える強い心。あの頃、俺は「勇者」と呼ばれていた。
 俺の住む世界を破壊しに来た、異界の魔物と戦った日々。仲間もいた。愛する人もいた。俺を信じてくれる沢山の人間が、俺の後ろにいた。俺は、彼らの為なら命など惜しくなかった。俺が守れるなら、そうしたい。全てをかけて、守りたい。そう思える素晴らしい世界がそこにあった。
 だが、俺は、最後の最後になって、全てを裏切った。
 裏切って、今、この平穏な庭園に住んでいる。
 見渡す限りのひまわりと、俺のことを「お父様」と呼ぶ少女と、そして、あの黒い箱。それだけしかないセカイが、今俺の手の中にあるものだった。

「アリス様、箱を持ち出しても構いませんが、必ず、私に返してください。汚しても構いませんが、なくしてはいけない大切なものなのですからね」
 黒い箱を受け取り、少女の悪戯を咎める。いつものことだ。俺も、そしておそらく少女も、そのことを深く受け止めない。そんな咎め方。
「それより、お父様。またお父様の世界のお話を聞かせて。お父様の冒険のお話」
「アリス様、その前に、お召し物を……」
 泥だらけになった少女が、頬を膨らませる。俺は、そっと彼女の真っ白な髪に手をのせた。
「着替えている間に、お茶とお菓子を用意してきます。話は、それを食べながらにしましょう」

 アイツを滅ぼせる最後の一撃を繰り出す。仲間達は傷つき、倒れ、今を逃せばもう二度と来ないであろう最後のチャンス。俺たちの世界を守る為、俺たちの未来を守る為。俺は、振りかぶった剣に全ての力を込め、アイツの心臓を串刺しに――
 おそらくは、あの時、あの場にいた誰もがその「次」の光景を思い描いたはずだ。世界に再び平穏が訪れる、その光景を。
 だが、俺の剣が切ったのは、俺と、俺が愛した世界の絆だった。
 俺が滅ぼしたのはアイツではなく、俺を勇者と讃えてくれた世界だった。

 誰もいないこの屋敷は、俺と彼女の二人には広すぎた。だが、ここは同時にあまりにも狭いセカイだ。異界とは、もっともっと広いどこかだと思っていたが、このセカイにあるのは、この庭園だけ。
 一人廊下を歩いていると、何もかもが夢なのではないかと感じる瞬間がある。このセカイが夢で、実際には俺はまだ勇者で、アイツとの壮絶な戦いの中にいるのではないか、と。
 だが、何度朝を迎えようとも、俺はこのセカイにいる。少女と俺だけの世界に。
 アリス様は、このセカイで笑っていた。はじめて彼女に会ったときから、彼女は幸福な笑みを俺に向けてくれている。勿論、ふくれっ面をすることもあるが。
 俺は、両手で抱えた大きな黒い箱を見つめ、ため息をついた。
 彼女と、この黒い箱。
 俺が命をかけて守ろうとした世界。
 両者を天秤にかけて、結局こっちに傾いた。このセカイに、傾いた。ここに、守るべきものがあるか? ここに、守らなくてはならないものがあるか?
 ここにあるのは、ひまわりと、少女と、箱だけだ。中に入ったものを二度と出せない、闇のような箱だけだ。

 アリス様、何故。
 何故、貴女は俺の世界に「アイツ」を送られたのです?
 何故、貴女は「次」の「アイツ」に俺を選ばれたのです?
 俺は貴女の父ではない。

 俺ハ魔王ニナドナリタクハナイ。

 後に魔王と呼ばれるであろうあの男は、異界の果てへと消えていった。
 金色の庭園と、遺された箱。
 私は、また、勇者を失った。

 お父様。
 アリスは、今も貴方を探しています。
 歴史の中に消えてしまった貴方を。
 魔王に打ち勝つ力を持っていた、貴方を。




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小説にしてみました。
なにやら謎が謎を呼んで謎なまま終わっています--;

勢いに任せて書いていますが、一応ネタは昔長編用に考えたものだったり。(以前、勇者が没落していく話を書くのにはまった時期があって、そのとき思いついたものの一つだったはずです。多分←ネタ帳から)
ひまわりと箱と歴史、というよりも、ひまわりと箱と「少女」になってしまったかなぁ。歴史という題は、難しいですね^^;


水上 える
おおー一本仕上げてくる人いた(@_@
アリスの存在が謎過ぎる…
冒頭の人と最後の人は同一人物???03/03 00:26

野良(--)
魔王と勇者が繋がって、延々と世界を巡っている感じなのかな?
確かに謎のままで終わっているが、書き方次第ではそのへんはもう少しまとめられそうだ。
勇者の末路ってのは俺もネタとして一つか二つは抱えてる。なかなか深みのあるテーマだよな。
短編一本、おつかれさまでした。03/03 06:47

幽水晶
アリスさんが怖いですよ……((ガクガク
sound horizonの「Elysion」のエリスに通じるところがある気がします。
長編だとどんな話になりそうか、つい妄想が……03/03 18:54

abendrot
さあ、皆さんも次のお題で一本の話を(笑
でも、一本と言うよりも、長編の出だしでこれからいろいろと膨らんでいく、といった感じになってしまってます。やっぱり、続きを誰かに書いてもらうしかないですよね(丸投げ03/05 20:36
最終更新:2009年10月29日 01:56
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