2006.02.22 18:30
幽水晶
―0―
――西暦を数えなくなって百年くらい経ったころ。人々は荒れ果てた地上を捨て、地下で暮らすようになっていた。しかし、地下で食料がつくれるはずもなく、人は毎日食料を探して地上をさまよい歩いた。“彼ら”に怯えながら……。
どんよりと曇った空の下、人々は毎日のように食料探しに精を出していた。そろそろ辺りが暗くなるという頃、一人の少女がその人の群れから離れようとしていた。
「アスカー!もうすぐフィルター閉まっちゃうってー!」
「分かったー!もうちょっと行ってみるー!すぐ戻るからー!」
少女は少し離れたところで息を切らせて立ち止まった。辺りを見回して何かめぼしいものがないか探す。
「あ!収納庫発見!えーと、ここはD―27地区の……」
「あら、あなた、一人?」
「きゃっ。……なんだぁ。びっくりしたぁ」
いつの間にか、少女の後ろには一人の少女と二人の少年が立っていた。薄暗くなった今では顔はもう見えないものの、少女が笑っていることから彼女は安心して口を開いた。
「お姉さんたちも食料探し?もうすぐフィルター閉まっちゃうよ?」
「大丈夫。私たちのところにはまだ余裕があるから。少し待ってもらっているの」
「ふうん」とあいづちをうちながら少女は彼らを眺めた。……フィルターって頼んだら開けてもらえるっけ。それにしても、この人たち黒っぽい髪してるなあ。まさか、噂の“あの人たち”じゃないよね?
そう思ったが、口に出すのも失礼だと思ったので少女はそれほど気にせず喋りかけた。
「今、シェルター見つけたから、お姉さんたちにも分けたげる。結構入ってるんじゃないかな」
「……ありがとう。でも、もう食べ物、見つけたから」
「え?」
少女はびっくりして彼らを見つめた。……何も持っていない。ならば、どこに食料があると言うのだろう。彼らは笑みを深くして少女をじっと見つめている。目をそらさない。そらしてくれない。足が冷えて固まってしまったように動かなかった。少女は震えそうになる声で、やっと一言絞り出した。
「お姉さんたち……」
風がザアッと吹いて、辺りの枯葉を巻き上げ、合図でもしたように稲妻が走った。そのとき少女が見たものは。
黒い髪、紅い瞳、そして……牙。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――!」
恐怖に怯えた甲高い悲鳴が少女の口からほとばしった。……悲鳴が消えた時、少女は既にこの世の者ではなくなっていた。
―1―
果てしないと思えるくらい長い荒野の隅に、その廃墟はあった。そこが“彼ら”の住処であることを知っている人間はどこにもいない。
「ただいまー。……って言っても迎えてくれるのは誰もいないのね」
一人の少女と二人の少年がそこへと戻ってきた。彼らの瞳はみな一様に紅く、そろいも揃って黒い髪である。そのうえ、服も黒いものだから普通の人が見れば、怪しい黒ずくめの集団にしか見えない。それでも彼ら個人個人には特徴があった。少年の片方は怒ったような険しい顔をしており、もう一人の少年もある人が見れば、人を小バカにしているようにしか見えない薄笑いを見せている。リーダー格に見える少女も気の強そうな眼差しをしていた。
「聖……あんた起きてるなら返事くらいしなさいよ」
「ん…ああ……お帰り……茅、竜、慎」
気の弱そうな優しげな顔をし、聖と呼ばれた少年はさらに弱々しく微笑んだ。そして、また膝を抱えて座り込む。どこか遠くを見つめるように。気の強そうな眼差しをした茅の瞳が哀しげに歪む。
「おい、聖!これ、食えよ」
険しい顔をした少年、竜が投げたものを反射的に受け取った聖は、それを見ようともせす投げ返した。
「いらない。ほしくない」
それは竜に受け取られることなく床に落ちた。……人の腕である。
「お前なあ!いい加減にしろよ!俺たちは食わなきゃいられないだろ!お前がそうしていて、一ヶ月も経ってるんだぞ!」
竜は聖の胸倉を掴んで揺さぶった。怒りで顔が歪んでいた。
「い、いらないよ!そんなもの!ひ、人の……人の肉なんて!」
「お前、いつまでもそうしていられるとでも思ってんのか!?」
「思わないよ。思ってなんかない!……死んだって、かまわない」
聖は顔を背けて言い放った。辛そうに歪んだその顔を竜はこぶしで殴った。
「……そうか、そうかよ!お前は死にそうになっても、それ以上に酷いことになっても、そのままでいるんだな!?……勝手にしろ」
竜は落ちた腕を拾って黙々とそれを喰い始めた。半分ほど食べたところでポツリとつぶやく。
「確かに……好きになれるようなもんじゃねぇけど、な」
―2―
竜は廃墟に座っていた。薄暗くなったそこは、蝋燭の明かりでもほとんど何も見えない。
「竜」
「……茅か。何だよ。聖に用か?あいつならいつものところに行ったぜ」
茅は静かに俯いた。蝋燭の光がちらちらと揺れたが、茅の顔を詳しく見ることはできなかった。
「そう。……慎、竜の傍についていて」
「茅がそう言うなら」
いつものように笑いながら慎は言葉を返す。
「あたしは聖のところに行ってくる。あの子ももうそろそろ限界が近づいてきているから。……後悔しないうちに決めさせないと」
「……そうか」
茅は外に出た。外は暗くなっていて、どことなくよそよそしかった。哀しいくらい聖のココロを映している、と彼女は思った。
焦げ茶色の大地に聖は座り、無心に穴を掘っていた。彼の頬は赤く腫れていたが、そんなことはどうでもいいように見えた。
彼の隣には骨の欠片と髪が一房置いてあり、穴を掘り終わった彼はそれを丁寧に中に入れ、今度は埋め始めた。
「ごめんね……。食べちゃって……」
どうやらそこは食べた人間の墓のようだ。
そこら一帯を見回すと、聖は悲しそうな目でそれを見つめ、ため息をついた。
いつからそこにいたのだろうか、黒いマントを纏った少女が聖の後ろに立っていた。いつものきつい眼の光は、ほの暗い蝋燭のせいか、和らいでいるようにも見える。
「……茅。竜は?」
「あそこで待ってる。聖、帰ろう」
茅は蝋燭をかざして聖の顔を見つめた。黒く長い髪がほんの少し顔にかかった彼女は、淋しそうに、そして少し哀しそうに見えた。それでも、聖はその瞳が獲物を狩るとき、紅く残忍に光ることを知っていた。それを知りすぎていたから、彼はどうしてもその一歩を踏み出せなかったのだった。
「……いやだよ。人の肉なんて。そりゃ、竜の言ってることが正しいなんてくらい、僕にだって分かってる。……でも、でも……人の肉を食べたら……後戻りできない……」
「化け物って言われるのがいや?」
「……うん」
「そっか。聖は幸せだったんだね」
「……うん」
「……聖、少し、昔話をしようか。一番最初のあたしたちみたいな変異が起こった子の話」
「……」
聖は無言で立ちあがり、茅の隣で歩き始めた。それを無言の承諾と認めた茅は、静かな、淡々とした調子で語り始めた。
「今から百年くらい前こと。……その時はまだ西暦は数えられていたし、まだ人間もフィルターの中には入っていなかった。開発はされていたけど、まだ実用化できるものじゃなかったから。何とか実験用の設備が出来上がってきたってところ。もちろん、あたしたちのような種族もいなかったわ。……瞳が赤く、髪は黒く、人を食べるような種族は。それが覆されるような出来事が起こったのは西暦が終わるほんの十年前。第四次……第五次だったかな、世界大戦が起こったのよ。対立したのは……全世界と日本だったかしら。最初は互角と言われたんだけど、でもやっぱり世界のほうが強かったわ。日本も空襲とか、したりはしたんだけどね。でも、彼らは罠を仕掛けていた。……ウイルスを、ね。彼らは昔の病気のウイルスと今でも直すのが難しいと言われるウイルスを組み合わせて、冷凍保存をして細胞を変質させて、自分たちにもワクチンがつくれないような病気をつくった。そしてそれを、それを……落としたの。空襲の時に」
「それは……」
聖は足を止めた。茅の顔は仄暗いろうそくの光では見えるようなものではなかった。だが、彼の発達した瞳には、悲しそうに歪んだ茅の顔が、瞳が、はっきりと鮮明に見えた。そして、茅は重い口をゆっくりと開いた。
* *
ある日、施設で目覚めると頭が重かった。体の節々が動くたびに鋭く痛む。親友が部屋に入ってこようとしたのに、自分たちがいつも「先生」と呼んでいる大人がそれを阻止した。親友の名前を呼ぼうとしたけれども、舌が回らず話すことすらもままならない。高い熱が出て体を動かすことができなくなり、自分の部屋は面会謝絶にされた。白衣の大人ばかりが出入りし、目に入るものと言えば白・白・白ばかり。よく働かないどこかぼんやりとした頭で、外の景色が見たいと思った。頭が重く、高い熱が出ているのはいつになっても変わらず、体を動かすことすらできない日々が続いた。このままこの病気が治らないのではないか、といういやな思考が時々頭をかすめた。それをすぐ打ち消すのだが、そんな不安が消えることはなかった。そして、静かに静かに夏は過ぎていった。
ある日、不意に体が動いた。ゆっくりと体を起こすと、あれほど重苦しかった頭の痛みも高熱も、すっかり消え去っていて、白くかすんだ病室がぼうっと浮き上がって見えた。人を呼ぼうか呼ぶまいか考えていたら、看護婦らしい女性が入ってきたので、表情に乏しい顔でぼんやりと見つめた。だが、彼女は「きゃっ!」と悲鳴を上げて外へ行ってしまい、また静寂と混乱が続いた。しばらくすると、白衣の大人たちが入ってきて、やはり自分をびっくりとしたように見つめた。話しかけられたり、頭の髪を採取されたり、瞳を観察されたので、不思議に思って声を上げた。すると、何故か鏡を渡され、自分の顔をよく見るように、と奇妙なことを言う。何の気はなしに鏡をのぞいて愕然とした。
自分ではない少女が鏡をのぞいていた。黒い髪、紅い瞳。……そして、口には牙のようにとがった犬歯。口を開ければ鏡の中少女も口を開け、顔に触れると少女も手を顔に当てる。眼を片方だけ閉じたり、思いきり自分の顔をつねってみたりとしたが、少女は真似をやめない。……自分の顔なのだ。そう思い当たったとき、絶望が生まれた。元の金髪碧眼には戻れないのだ。これから一生、紅い瞳と黒い髪で生きていかなければならないのだ。誰も自分のことを見てはくれないのだろう。きっと、一生という長い時間、この病室で生きていかなければならないのだ。実験材料として。……悲哀に満ちた悲鳴が白い病室に響き渡った。
抜け殻のように過ごす日々は、見たかった外の景色や白い病室、過ぎ行く日々さえもぼやけさせた。ボンヤリと外を見る瞳は、暗く濁って何も映りはしない。ただただ過ぎていく日々。そのうち自分が何者であるかも、何故ここにいるのかも忘れさせ――。
時々、意識がふっとよみがえることがある。そのときは必ずといっていいほど、人が傍にいた。大体は若い看護士がいるときであり、血色の悪い医者や心理学者が来ても、何の反応もなかった。ただ、彼女や彼らが現れたとき、猛烈な飢えと渇きを感じた。それは何を食べても何を飲んでも治まるということを知らない。何が自分をそうさせるのか、何故そうなってしまったのか、自分にはよく分からなかった。今は、ただ、親友に会いたかった――。
蝉が鳴き始めた。めまぐるしく人が病院に出入りしていたが、戦争はもう終わっていた。日本人は、この世から一人もいなくなっていて、黒い髪はほとんど禁忌とされていた。中国人や、韓国人でさえも髪を染め、混血児を作って、黒髪を消そうとしていた。黒い髪は自分だけだった――。
体がだるくなってきた。“彼ら”を見るとわきあがるあの食欲は、日に日にひどくなっていく。体が重くなり、病気の時と同じような気分になる。時には自分がそこにいるのかも分からなくなるような……。そんなある日、一人の招かれざる訪問者がやってきた。
「ツェラ!ツェラ!あなた、ツェラよね!?」
「……チエ……リ」
どこか霞がかった頭に思考が流れ込んだ。彼女は……そう、彼女は……会いたかった親友だ。二人で一緒に生きよう、と約束したあの。
「チエリ?……どうしてここに……」
チエリはいたずらっぽく笑った。
「えへへ。施設、逃げてきちゃった」
「……そんな……」
「ツェラに会わせてくれない大人なんて嫌いよ。あたしにはツェラがどんな姿になったって分かるんだから。ツェラにだって、分かるでしょ?」
「……私は……私は化け物よ?こんな髪になって、こんな眼で、犬歯だってとがっちゃったし……」
「いいじゃない」
チエリはあっさりとツェラの言葉を肯定した。
「どんなに変わったって、ツェラはツェラよ。姿が変わっただけでしょ?あたしはツェラが大好きだから、見間違えることなんてあり得ないし、今もそうだったじゃない」
「でも……」
「ツェラを否定する人がいたら、逃げちゃえばいいのよ。ツェラは悪くないんだから、胸を張っていればいい。それに、髪だって染めれば分からないし、眼だってコンタクトをつければ分からないじゃない」
「チエリ……」
やっと微笑んだツェラに、チエリは真剣な顔になって言った。
「ツェラ、ここから逃げよう。あたしがここに簡単に入れたんなら、二人でも大丈夫よ。逃げて、幸せになろう。約束したでしょ?」
「チエリ、まさかあなたそのために……」
「施設に帰ったってツェラはここに連れ戻されて、あたしは罰を受けるだけ。それなら、いっそ、逃げちゃおう?死ぬほどつらい別れより、新しい門出の方がツェラも嬉しいでしょ?」
「……チエリ……でも、私は……」
「言ったでしょ。ツェラがどんな姿になっても、ツェラはツェラ。あたしにはツェラにしか見えない。それに、施設にいた頃のツェラでもそんな顔はしてなかった。どんなときでも輝いているように見えるのがツェラだった。そんな魂の抜けたような顔、もしあたしが施設に連れ戻されたとしても、思い出したくない。元の、本当の笑顔に戻ってほしいの!あたしは!」
「……私、私……」
「今、決めて。ツェラがどうするのか、どうしたいのか、今、決めて。行かないなら、あたしは施設に戻る。ツェラが行かないならあたしも行かない。行くなら、行くなら、一緒に逃げよう?逃げて、二人で新しい、幸せな生活を作ろう?」
ツェラは涙でぬれた顔をチエリに向けた。答えはもう、決まっていた。行かないと答えるなんて、ありえなかった。
「一緒に……行く」
二人はすぐさま抜け出した。扉からこっそり出て行くという方法しかなかったが。窓から逃げようにも、そこは三階(チエリはそこから入ってきたが)であり、衰弱しきっていたツェラにはまず無理だったのだ。扉にはどんなトラップがはってあるかすら分からなかったが、とりあえずチエリが出てみることにした。
「……あれ?ここ、トラップはってない。しかも、警戒装置もついてないや」
警戒装置というのは、現在の防犯装置なようなもので、シンボルをつけていない人が入ったり出たりすると、建物中に音が響きわたるのだ。特に、チエリは窓から入ってきたのだから特別に怪しい人間だ。それなのに、トラップはおろか警戒装置すらつけていないとはどういうことなのだろう。
「……もしかして、私が暴れることも食べることもしなかったから?」
「……ツェラ、それでも警戒装置くらいつけておくのが常識だよ。もしかして、よっぽど逃げられない自信があるのかな?」
……自信があったわけではない。ただ、戦争の終わった直後だったので装置が足りなかったのだ。重症の患者やよほどの精神障害者でもなければ装置をつけることが出来ず、暴れもしないツェラに装置をつける余裕はなかった。だが、二人は警戒にそれほど自信があるのだろうと勘違いし、ますます用心して進むことにした。幸い、誰とも出会うことなくそこを抜け出したチエリとツェラだったが、二人の胸には不審が残った。
「……ツェラ。あたしたちの努力って、何だったのかな?」
「ま、まぁ、とりあえず逃げ出せたんだからいいんじゃない?」
「はぁ、ここまでの努力が無駄になるって、このことよね……」
「チエリ、落胆しないの。こんなに警戒したから簡単に抜け出せたって思った方がいいわよ」
「……うう。こんな努力したのにぃ」
「まあまあ」
今頃、病院は大騒ぎになっているかもしれない。けれど。けれど、やっぱりどんなところにいてもチエリと一緒にいられるなら何だって出来る気がした。
それから三日が過ぎた。ツェラにも、そしてチエリにもいろいろな事情が分かりはじめていた。施設や病院など、無事だった機関はともかく、街らしきものを離れると建物の残骸が広がっていた。そもそも街ですら、元の機能を完全に取り戻したわけではないのだ。高層ビルや高性能の機械でもこんなに簡単に崩れ去ってしまう。
「あたしたちは……こんなに脆い街に住んでいたんだね」
チエリは最初にそれを見たとき、ポツリとつぶやいた。それほどショックだった。自分たちが立っている場所が今にも崩れ去ってしまうようで。自分たちがいたところ、自分たちがいたという証は、こんなにも簡単に消えてしまうようで。
そして今、ツェラは頭痛と微熱で朦朧(もうろう)としていた。チエリと再会したことで治ったかと思われた猛烈な食欲がよみがえり、何を食べてもそれはおさまらなかった。チエリは心配して休もうか、と心配して声をかけてくれたが、それを断った。一日でも、一秒でも早く、街を、病院を離れたかった。それが悪夢を呼ぶことになり、その原因が自分であることには思いもよらなかった。
ジリジリと照りつける太陽が、意識をさらに水の中に沈める。自分が今、どこを歩いているのか、それとも休んでいるのか、分からなくなるほどうつろな音が響いた。
「ツェラ、水、飲む?」
「……ううん。いいよ。チエリが飲んだ方がいい」
「本当に大丈夫?やっぱり今日は休んだ方が……」
「いいの!……あの街から、少しでも離れたいの……」
「……ツェラの気持ちは分かるけど、無理はよくないよ。ちょっとここで休もう?」
返事のないツェラを抱きかかえるようにし、チエリは木陰へと進んだ。何度もツェラに話しかけるのだが、彼女は何も言わない。
苦しい。暑い。お腹が空いた。喉が渇く。人間の三大欲のひとつとも言われる食欲に苦しめられ、ツェラは弱っていた。何を食べようが、何を飲もうが、この飢えと渇きを癒すことは出来ないのが何故かわかっていた。チエリが側にいるのが危険なことも。
「ツェラ、大丈夫?街から離れることは気にしないでいいから。休んで?」
チエリが心配そうに顔をのぞきこんだ、そのとき。
ドックン。
「ゲホッ!ガホッ!ケホ、ケホ。……カハッ」
「ツェラッ!息をゆっくりして」
「……だ……め……」
自分の中にもう一人の自分がいる。自分を押しのけて、何かをしようとしている。チエリが側にいると危険だ。そんなことが頭の中を駆けめぐった。
「チ……エリ……」
逃げて、と言うつもりだった。それなのに、それなのに。口が、声が、出せなかった。代わりに自分じゃないモノが言葉を発しようとした。
……ダ……メ……!
「チエリ……」
「何?ツェラ」
「……食べさせて」
「え?」
チエリがそう返事をしたときには、ツェラは彼女の首筋に噛みついていた。悲鳴をあげもせずにチエリは倒れた。恐怖と驚きで見開かれた眼がそこにあった。ツェラは楽しそうに顔を歪め、血に染まった真っ赤な口をカッと開いた。鼻歌を歌うように倒れた少女を見下ろし、首筋の血をすすった。彼女は今、ツェラの姿をした化物だった。
眼が覚めた。さっきまでの空腹が嘘のように満たされていた。そのかわり、いやな夢を見ていたような気がした。何かを、いや、誰かを貪り喰らっていたような……。
「チエリ?」
チエリの姿が見えない。焦って探し回ったが動きにくくてたまらない。何故か体がベタベタしている。見下ろしてギョッとした。体がほとんど真っ赤に染まっている。よく見回すとそこら一帯に血が散乱していた。誰かが桶いっぱいのそれを撒き散らしたかのように。
「……まさか、チエリの!?」
彼女が猛獣に喰われたのだろうか、いや、そんなはずは……。
ガッ。
何かが足にあたった。それを見ようと下を向いて、息を呑んだ。
それは、チエリの首だった。
彼女は、いや、もうそれとしか言いようのないものは、自分によって蹴られ、ゴロン、と横倒しになっていた。顔の半分は骨と化しており、それもやっぱり血に染まっていた。首から下など見当たるはずもなく、それは骨までしゃぶられてしまったかのように空ろなものだった。
「チエリ……どうしてこんなことに……一体、誰が……?」
違う。誰かが、何かがやったのではない。自分だ。このどうしようもない事態を引き起こしたのは……。
「……知ってる。私、チエリがこんなことになったの、どうしてか知ってる……」
こんな事態を引き起こしたのは自分だ。チエリについていくと決めたから、チエリと一緒にいたから。自分が、自分が……。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
荒れ果てた野の空に悲痛に満ちた叫び声が響き渡った。
* *
暗くなった廃墟に聖と茅は座っていた。
「彼女はそれで……今も、今も生きてるわ」
「つらく……なかったのかな。彼女。親友を殺したのに、ずっと、自分一人だけ生きて」
茅は微笑んだ。その微笑みにはもう、哀しげなところは消え去っていた。
「つらくなかったはず、ないわよ。でも、生きていた。死ねなかったから。……聖も彼女みたいに後悔しないようにしなさいよ」
「どういう……意味?」
「大切な人を殺して、食べてしまった彼女の苦しみ。家族のいた聖ならわかるでしょ?だから、大切な人だけは……人だけは……」
「……茅」
茅は肩を震わせて泣いていた。その嗚咽がどこに向かっているかを聖には知る由がなかった。
* *
「……茅!」
竜は茅の背中を追った。聖と二人で帰ってきたと思ったら、またすぐここを出ようとしている。どうせまた、あの場所に行くつもりなのだろう。
「……何。竜。……ついてこないで」
「ったくよぉ!」
聖といい、茅といい、何故こんなにひねくれものが多いのだろう。
「茅。あの話、聖にしたんだろ?」
「だから、何。関係ないでしょ。ついてこないで」
「返事をしろよ。……ツェラ」
「その名前で呼ばないで!……あたしは……私は……今は茅よ」
竜のつらそうな眼と茅の真っ赤に染まった眼があった。……泣きすぎだ。
「茅がこの名前で呼ばれるのがいやな理由も、俺にはわかってる。でも、逃げるなよ。どんなにつらくても逃げるなよ。俺にそう言ったのは茅だろ?」
「……わかってる、わかってるわよ!でも、でも……今はだめ、今はだめなのっ!」
子供が泣くときの理由を叫ぶように茅は言葉を絞り出した。竜がどんなに言おうと、チエリが、彼女がどれくらい許してくれようと、許せないのは自分なのだ。こんなにも汚い自分なのだ。
「俺にだってわかってる。茅が逃げるのは、自分を許せないからだって。でも、もうそろそろ許してもいいんじゃないか?」
うつむいた茅へと、竜は必死で言葉を紡いだ。自分の元につなぎとめたい、ただそれだけなのだ。自分だって。一番汚いのは、茅でもチエリでも聖でもない、自分自身だった。だが、そんな茅への言葉も彼女の心の奥深くにはまだ響かないようだった。茅が顔を上げたとき、竜はそれを悟った。
「……ごめん。やっぱり、まだ無理みたい。やっぱり、私はまだ自分を許せない。チエリが、あの子が許してくれても、私自身が自分を許せない」
「……そうか」
茅の決意を鈍らせることができるのは、チエリだけだった。竜ではまだまだ力不足だったのだ。
「……茅、あそこに行くんだろ。俺も一緒に行くよ」
「そう……」
二人は廃墟に背を向けて歩き出した。嘘を覆い隠すように笑いあいながら。暗い夜空には星が瞬いていた。
―3―
「聖!どこ行った!?」
聖は今、廃墟の中でかくれんぼまがいのことをしていた。あの日、茅の話を聞いてもやっぱり人を食べることはできず、ますますひどくなっていく竜の追跡から逃げ回ってばかりいた。
「ごめんなさい、慎。わざわざ隠させてもらっちゃって」
聖は慎に謝りながら地下室から出た。慎の座っていた下には地下室への扉があり、そこに聖は隠れていたのだ。
「いいよ、別に。君はまだ食べたくないんだろう?それなら逃げ回ってもいいと思うよ。まだ、ね」
「……ありがとう、あっ!僕、行かなきゃ!じゃあ、また後で!」
聖が廃墟を抜け出し、外へと走っていくのを慎はじっと見つめていた。
「……そう、まだ今は、ね」
「おい茅!聖、抜け出しちまった。どうすんだよ?」
竜はすでに聖がここを出たことを知っていた。彼らの耳や鼻はそれほど鋭いのだ。
「……そう、慎が……。聖、毎日抜け出しているけど、一体どこに行っているのかしら……?」
聖は足を速めた。竜や茅にはもう知られてしまっているだろう。自分が初めて経験したあの感覚は、ヒトを食べている彼らには有り余るほどあるに違いない。現に、食べていない自分の体がこんなにも重いのも、その仕業なのだろう。だからといって、彼は食べる気はなかった。自分まで化け物になってしまう。そんな奇妙なことがあるはずないのだが、つい最近まで人間として生きていた聖には彼らのヒトへの脅威がいやと言うほどわかっていた。だからこそ、聖はヒトを食べることが出来ないでいたのだ。
「……いやなんだ。失うのは……あの子は……家族なんだ……」
独り言でもつぶやかなければ今にも口を開いてしまう気がする。それが怖いから、聖はあそこにいられないのだ。ただ、たった一つの物を守るために。聖は足を速める。
「あ、お兄ちゃん!こんにちは!」
うれしそうな笑顔で少女は聖を迎えた。まだ年端のいかない子供だが、かわいらしい笑顔には人を癒す力があった。
「こんにちは、ミィちゃん。今日は何して遊ぶ?」
「ミィ、お兄ちゃんのお話が聞きたいなぁ。お兄ちゃんね、ママよりお話上手なんだもん。大きくなったら、ミィもお兄ちゃんみたいにお話の上手な人になるんだ!」
「……そっか。じゃあ、何のお話がいいかな?」
「お姫さまの話!……あ、でも、やっぱり……」
「どうしたの?ミィちゃん、お姫さまのお話が大好きじゃないか。何か、あったの?」
少女はきゅっと悲しそうな顔になり、うつむいてポソポソ話し始めた。
「あのね、ママにね、お姫さまのお話ししてあげたの。そしたら、そんな話、どこで知ったの、って、怒ったの。お兄ちゃんにお話ししてもらった、って言ったら、どこのお兄ちゃん、って。わかんない、って言ったの。それで、それで……」
「……もう、僕に会っちゃだめって?」
少女は無言でコクリと頷いた。少女が泣いていることが聖にもわかり、彼は優しく笑って少女の頭をなでた。
「お母さんの言いつけ、守らなかったんだね」
「……うん」
「今度から、そんなことしちゃだめだよ」
「……うん」
「……ミィちゃんがお母さんの言いつけを守るって約束するなら、今日は新しいお話ししてあげるよ」
「……え。ほんと!?……あ、でも……」
「その代わり、僕とも約束。僕と会っていることは内緒にすること。それから、お母さんにもう二度とお話ししないこと。本当はいけないことだけど、二人の秘密だよ?」
「うん!」
少女の顔が明るく輝いた。うれしそうに笑い、また話し始める。
「あのね、お兄ちゃんみたいなスガタの人、みんなから嫌われてるんだって。人を食べちゃうからって。でも、お兄ちゃんは違うよね?だって、こんなに優しいんだもん」
少女と同じ目線で話していた聖の目つきが変わった。寂しそうな、哀しそうなもので、彼は思わず少女に抱きついていた。眼から熱いものが流れ、少女の肩を濡らした。
「……ごめん、ごめん、ね」
「……お兄ちゃん?」
少女の肩はあくまでも優しかった。しかし、聖は彼を見つめる複数の不審な視線に気づかなかった。
「……ただいま」
廃墟へと戻ってきた聖は、突然竜の仏頂面につきあうこととなった。
「あ、あの、竜?どうした……」
聖の声をかき消すように竜が声を発した。
「おまえ、あんな子供のところに行って、何をしてるんだ?」
「……どうして、それを……」
「おまえ、もう行くのやめろ」
「い、いきなりなんなんだよ!?理由を説明してくれなきゃ、僕だって……」
「黙って出かけるようなやつに俺が理由を説明すると思うか?」
「う……」
「この際だから言っとくけどな。おまえは今、俺たちにとっても危険な存在なんだ。ましてや人間の子供に近づくなんて、おまえのいやがってる行為を増長するに他ならない。早めに食って、危険を回避しとけ。そうでもしないと、茅の言ってた話みたいになるぞ!」
「……そんな……。で、でも、僕には出来ない。そんなこと、出来ないよ!」
「じゃあ、あの子供を食うのか?」
「そ、そんな……」
「聖、いつまでも逃げ回っていないで決断しろ。どちらにしろ、死ねないんだから、食べるしかねぇけどな。あの子供を食べるか、それとも別の人間を食べるか!すぐ選べ!」
「……で、出来ないっ!どっちも選べないよっ!」
「おまえは選べないんじゃない。選びたくないだけだ。自分から逃げるな、聖!」
「い、いやだ!いやだああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
聖は叫んで廃墟を飛び出した。深い深い夜の帳が降りはじめた空は、聖の心の混乱など気にもとめていなかった。
「竜。聖は?」
茅はマントを羽織っており、すでに出かける準備をしていた。聖が逃げ出すことは既に予想の範疇にあったのだ。
「飛び出していった。あいつが行くところは一つだ。身をもってあれを知ることになる。いくぞ!慎」
「逃れられない性ね。……聖はどんな答えを見いだすのかしら」
聖は夜の闇の中を走っていた。あの子に、妹に会うために。自分が狂ってはいないと証明するために。
「はあ、はあ。……ミィちゃん!」
決められた合図をすると、少女が不思議そうな顔で出てきた。
「あれ?お兄ちゃん、どうしたの?あ、もしかして、ミィのこと恋しくなっちゃった?」
何を言われようとかまわない。自分は人間であることを証明したい。聖の思考はただそれだけだった。その思考はどこかおかしくて、どこか狂っていた。しかし、その時。
ドックン。
「……う……カホッケホッガホッ!」
「お、お兄ちゃん!?どうしたの?苦しいの?」
危ない。聖の体が唐突にそれを告げた。自分より、少女のほうが。しかし、それを言おうとしても体が、口が、動かなかった。
少女の首筋を見つめて聖は唇の端をつりあげて笑った。柔らかく、血色のある頬。これを食べれば――。
……だめだ。食べてはいけない。そんな思考が不意に頭にもぐりこんだ。食べたい。食べてはいけない。食べたい。食べさせろ。食べてはいけない。タべたイ。たベタい。タベたイタべタいたべタイタべたイたベタベタいタベたい食べたいっ!
「ミィちゃん……」
聖の声を使って、聖ではない誰かがかすれた声を発した。
「お兄ちゃん?」
聖は少女の首筋に顔を寄せ、大きく口を開ける……!
一発の銃声が夜空に響いた。
―4―
「ちくしょう!聖のやつ!弱ってるくせに足が速すぎるんだよ!」
竜、茅、慎は暗闇の中を走り続けた。驚くほど強い嗅覚が、聖のかすかなにおいをかぎつけ、彼の場所を教えていた。
「限界が近づいているから。多分、今頃は……」
「竜の言ってた子供に噛みついてるかもよ?」
「お前、わざと聖を止めなかっただろ!これを予想していたのか!?」
「……彼の性格を考えてみれば分かるじゃないか。僕はそれに協力してあげただけさ。それを望んだのは彼だからね」
「そして今、聖はどちらかを選ばなければならなくなった、か。竜、あなただったらどっちを選ぶ?」
「……しらねえよ。考えたくもねえ」
彼らは走り続けた。
「あたしの子供に何をしようとしてるのっ!?この化け物っ!」
「……あ……」
聖は銃をぶっ放した女性を虚ろな瞳で見つめた。しわが目立ち始め、それでも若さを残している女性の顔は聖にとって、どことなく見知っていた顔に近かった。
「ママ……!」
「ミィ!早くこっちに来なさい!そこの善良そうな顔をしたやつはね、あたしたちを食べる化け物なのよっ!食べられないうちに早く来なさいっ!」
少女はヒステリックに叫ぶ女性は確かに聖の知っている顔だった。驚きとともに口から出た言葉はただ一つだった。
「……母さん……」
「あたしはあんたみたいな化け物に母と呼ばれる覚えはないわよっ!この子の兄だって、あんたたちの仲間に連れていかれたのよっ!どうせあんたたちが食べたんでしょっ!人殺し!」
「僕は……僕は……!」
「さっさといなくなってよ!そして、あんたたちの仲間に伝えなさい!この子は、ミィだけは誰にも食べさせてやらないって!」
「違う!僕はそんなことしようとしたんじゃ……」
「あんたは確かにミィの首めがけて口を開けていたわよっ!……早く行かないと、これをあんたの心臓に当てるわよっ!」
「……!」
それでもよかった。死ぬことが出来るのなら、誰に殺されてもよかった。ましてや自分に妹に牙を向けようとした後は。
「……撃って、いいよ」
「な、何よ。いきなりそんなこと言っても……」
あたしは騙されないんだからね、と続けたそうな女性を見つめ、聖は微笑んだ。
「もう、いいんだ」
「だめぇっ!」
少女が突然叫んだ。聖は、女性は、幼い少女を見つめた。
「お兄ちゃんを撃っちゃだめ!お兄ちゃんは悪い人じゃないもん!今までミィと遊んでくれたもん!」
「ミィ!あんたは黙ってなさい!言いつけを守らなかったのはあんたもでしょ!あんたのお兄ちゃんもこういうやつに殺されたのよ!同じことをされたいの!」
「でも、でもぉ!」
「うるさい!」
パァン
銃声がまた高く響いた。聖は覚悟を決め、眼をつぶっていたのだが、いつまで経っても衝撃がくることはなかった。不審に思い、眼を開けてみて驚いた。
聖の前には人影があった。その人物が代わりに銃弾を受けたのだ。
「ったく、世話かけさせんなよ!」
「……竜!どうして、僕の前に……」
「お前が死にたがってるのはわかってた。でもなあ!茅とかを心配させんなってつってんだよ!」
「でも、僕は……」
「子供を食いそうになったからか?」
「……!」
「そんなこと、俺たちなら誰でもやりかねない。たとえ仲間でもな」
「……そんなこと、そんなことない!」
「ちがわねぇ。俺たちは結局そういうやつなんだよ。さて、そろそろ帰らせてもらうぜ」
そう言うと、竜は聖を抱え上げ、女性に向かってニヤリと笑った。
「な、何を……逃がすもんですか!」
ひるんだ女性を振り返りもせず、竜は走り出した。もう一度発砲しようとした女性だが、どこからか飛び降りてきた慎と茅によってはばまれる。
「慎と茅が囮になってるうちに俺たちは逃げるぞ」
小声でそう言われ、聖は仕方なく頷いた。竜は聖をおろそうともせず、怪我をした腕を気にも留めず走り続けた。
「竜、腕は……」
小高い丘におろされた途端、聖は声を発した。そんな聖を竜は片手で制した。
「よく見てろ。これが俺たちの正体だ」
「そ、そんな……傷が……治ってく……」
竜の腕には最新型の銃で撃たれた跡があるはずだった。なければおかしかった。しかし、今、聖の目の前で起こっているのは、とうてい信じられないような出来事だった。
竜の腕の傷が治っていく。穴が開き、血がにじみ出ていた傷から蛆のようなものが這いだし、端からゆっくりと皮膚を再生させていった。五分もしないうちに皮膚はふさがり、竜の腕にあるのは血のあとのみとなった。
「聖、今見ただろ。これが俺たちの体に巣喰うもの、ウイルスだ。これは戦争の時に放たれた。感染した俺たちはウイルスを殺したわけじゃない。俺たちがウイルスに順応していったんだ。それには細胞が変わらなければだめだった。わかるか?俺たちの細胞はウイルスを封じ込めておくための入れ物なんだよ」
「それってどういう……」
「俺たちはこれに感染し、順応して細胞を変質させた。つまり、この体が不死身のように強いわけはウイルスが細胞を助けてるからなんだよ。要は、細胞はウイルスの力を借りて生き続け、ウイルスは細胞にくっついて、再生させる。これをしてるとウイルスは俺たちの体から離れなくてもいいわけだ。食い荒らす必要もない、離れることもできない。だから俺たちの細胞、この体全体はウイルスの宝庫なんだよ」
「じゃ、じゃあ、ウイルスが離れたら……」
聖の問いに竜はうなずいた。
「ああ、ウイルスの力を借りてしか生きられなくなった俺たちは死ぬ」
「そ、そんな……。じゃあ、僕はもう人間には戻れないんだ……」
「……そうだな。俺も、茅も慎も、だ」
「……細胞が変質した……。だから、僕たちの髪と眼は黒と紅なのか……。……竜、じゃあどうして僕たちは人を食べなければいけない?食べる必要、ないはずなのに……」
「……そこは俺にもわからない。ただ、言えることが一つだけある。俺たちは、俺たちのような奴らは、大事な人や仲間を食べないために人間を食べている。後悔をしないために、な」
「……そっか。僕、茅とかが何のために人を食べるのかがよくわからなかった……。でも、何だかわかった気がするよ。僕、みんなが好きだよ。家族も、まだ……。だから、忘れられないんだ。好きだから、家族だから……」
「人間でいたかったか?」
「うん。人を食べたいなんて一度も思ったことがなかった。君たちのことを大人から聞いて、すごく怖かった。何故そんなことするんだろうって思った。後悔、僕もしたくない。だからって人を食べていいわけじゃないけど……でも、僕、後悔をしないためだったら食べられるかもしれない。自分のためだけに……」
「それでいいんだ。……俺たちは、自分のために人を食べているといって、いいんだ」
聖には言わなかったが、自分たちがふえていくわけがあるのだ。人は自分たちをおそれ、火を放つこともある。いくら無敵の再生能力を持っていたとしても、火にあぶられ続ければ死ぬだろう。だが、細胞という名の封印器を失ったウイルスはまた暴走し、もっと多くの人間にとりついて病気をひろめていくだろう。それを防いでいる自分たちが人間を殺しているとは皮肉なものだ、そう竜は思っている。
「さ、帰るぞ」
「茅と慎は?先に行っていいのかな?」
「バーカ。とっくに戻ってるよ!」
「ええ!?どうやって?まさか、殺してないよね?」
「囮っつったろ!すぐまいたに決まってんじゃねーか」
「あー。驚いて損した」
「さっさと帰るぞ!お前のせいで朝になっちまったじゃねーか!今度そんなことしたら蹴っ飛ばすからな!」
「あ、ま、待ってよ!」
二人は廃墟に向かって歩き出した。たった一夜で、聖の心がほんの少しだけ明るくなったのは間違いなかった。
朝日が荒野の空を真っ赤に染めていた。
END
感想用フォーマット
1.ストーリーは分かりましたか。
2.キャラクターについて、どう思いましたか。好きなキャラクター、嫌いなキャラクター、人物構成、性格など、何でもどうぞ。
3.文章的に不自然なところ、読みにくかったところはありましたか。
4.未来の世界の設定についてどう思いましたか。
5.その他、どこかおかしいところがありましたらご指摘ください。
幽水晶
他の方々と比べると、ものすごく拙い作品です・・・・・・。
どうぞビシバシ言ってやってください。02/22 18:31
最終更新:2009年11月14日 00:05