~~~第五章~~~
数日の時が流れ、『国誕祭(デュクロス)』がやってきた。
ポン、ポン
今は二日目の正午過ぎ。常なら無色無音で打ち上げられている煙蓋弾も、今日は花火の代わりに空を彩っている。音は一際テンポを速め、赤青黄の薄い煙が風に流れて広がっていった。
修練場を囲むように。いつもは味気ない訓練の場が、今日ばかりは街中の注目を集めている。『国誕祭(デュクロス)』最大の催事(イベント)が始まる音に伴い、観客達の声が一際高く聞こえてきた。ここ、都市を囲む二重街壁の、南側内壁の上にまで。
風に乗って届く喧騒と、臨む陽気な雰囲気の街並みを、マニスは小塔の上から眺めていたが、やがて忍耐が切れたのだろう、小柄な見た目通りの騒がしさで、身の丈程もある釣鐘(つりがね)の周囲を回りはじめた。
「うわーんっ。なんでぼくらが今日の街衛(がいえい)なんだよー。『勇猛祭』みたいよー」
その声を背で聞きながら、社交場にそのまま出られそうな服装の青年は砂色の長い前髪を掻きあげた。整った顔立ちの寂しげな眼を、彼方の修練場に向けて。
「ああ、まだ見ぬ令嬢にご婦人方……今日という日に馳せ参じれぬ私をお許しください」
「昨日も色々あって、ぼくは飛行船ってのもまだ見てないんだぞー」
「なんだマニス、見てないのか。いやあ、プラズマルドのお姫様は噂に違わぬ美しさだったなあ」
「ずりーなー。あれ? ラディス、昨日は剥製神輿(シュラフ)組じゃなかったっけ?」
「あんなもの、一人ぐらいいなくなってもわかりゃしないのさ」
「お前らが普段からそんな調子だから、今日こんなことやらされてんだっ。愚痴ってないで真面目にやれっ」
そんな二人を、振り向きざまに一喝したのは、少年っぽさを残した顔に不似合いな苦労の色を滲ませている、彼らのリーダー格であるクランだ。面倒ごとを押し付けられるという意味で。
彼は太くも下がり気味の眉を寄せながら、一人だけ真面目に視線を街の外へと向けていた。見えるのは外側の街壁ぐらいなものなのだが。
彼の心労がいかほどのものか、気遣うつもりの欠片も見せず、ラディスは嘆(なげ)くように頭(かぶり)を振った。
「異国異郷の美女達がこんなところにお見えになる機会なんて、この祭の最中ぐらいなんだぞ。声をかけないでどうする」
「お前は年中女の子にちょっかい出してるじゃないか」
「ふ。それはそれ、これはこれ」
「なんだそりゃ……」
指で頭を支えるようなポーズを作るラディスを前に、クランは脱力の息を吐く。馬鹿な意見に賛同するような、掻き鳴らされる多弦の音を聞きながら。
「だって、せっかくのお祭なんだぞ。楽しみたいじゃないか。クランだって『勇猛祭』で一枚描きたいって言ってただろー」
「そ、そりゃ、そうだけど……」
背にしていたリュートを抱え、子供さながらに膨れたマニスの見上げる眼差しに、クランは声を詰まらせた。今でこそ成り行きで巡行士(ラウンド)などやってはいるが、彼の本当の夢は画家になることなのだ。『国誕祭(デュクロス)』ともなれば、『勇猛祭』でなくとも街の至るところにその題材は転がっているのだが、仕事のために余裕がない。本末転倒な現実を、真面目な彼は文句の一つも言わずに受け入れていた。
少なくとも、理性の上では。
「……俺たちがしっかりやらないと、街全体が危険に陥るんだ。そうなったら祭どころじゃなくなるんだぞ。個人的な欲求よりも大事なことなんだっ」
「そんなこと言ってもさ。見ろよ」
熱弁を振るうクランに対し、ラディスは親指を外に向ける。先に見える外壁と、だだっ広く静かな平地の緩衝域に。
「平和なもんだ。今日は鐘を鳴らす必要もないって。だからさ、ここは他の奴らに任せて、ちょこっとだけでも……」
ラディスの不謹慎極まる言葉は、最後まで続かなかった。遠くから聞こえた鐘の音に一つ遅れ、クランの腕輪が微(かす)かに輝き、
カンカンカンカンカンカンカンカン!
小塔に吊るされた警鐘が、彼らの真横で勢いよく鳴り出した。共鳴の作用を魔導の力で増幅された鐘の音は、緊急事態の連絡手段だ。
途端に、壁の左右と下方が騒がしくなった。ぱらぱらと人が行き交い、呼び合う声も聞こえてくる。
さすがに三人も慌てだした。
「なっ、ど、どこだ!?」
「狼煙(のろし)は、上がってないぞ……」
「外じゃないよ、街の方からだ!」
マニスが耳聡く指差した方向、件(くだん)の修練場の内部から、砂色の煙があがっていた。明らかに煙蓋によるものではない。
「おいおい、向こうかよ。封印の扱いにでも失敗したか?」
「なんでもいいじゃんっ。早くいこうよ!」
「馬鹿っ、なに言ってんだっ。俺たちの仕事は外からの街衛(がいえい)だぞ。持ち場離れてどうするっ」
「えー、いいじゃないか。バタバタしてるからバレないって」
「そういう問題じゃないっ」
「まったく、クランは頭固えなあ。そんなんで芸術家(アート)になんかなれるのかよ」
「じょ、常識の問題だ……」
クラン達が無益な言い争いをしている間にも、修練場に昇る砂煙は、さらに勢いを増していた。
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~~~第六章~~~
時は少し遡(さかのぼ)る。
ディスクロードに生きる、戦う者たちの修練場は、久しぶりにその本来の姿を取り戻していた。
流血劇を売る闘技場の姿を。
土の地面に砂が撒かれた闘場で、重なりかけては離れる二つの影。身の丈程もある超剣(スペリオル・ソード)を繰(あやつ)る人間(ユージス)の闘士は、我が身の倍程もある牛頭の鬼人、ミノタウロスの猛攻を、避け、躱(かわ)し、受け流していた。時に地に伏し撥ね飛ばされ、満身創痍(まんしんそうい)になりながらも、男の闘志に変わりはない。猛攻に身を曝(さら)しながら、必殺の一撃を叩きこむ瞬間だけを耽々(たんたん)と狙っている。
一方的ながらも緊張感の伝わってくる戦いに、場内は興奮の坩堝(るつぼ)と化していた。天頂には硝子(ガラス)の張られた貴賓席。その下に広がる擂鉢(すりばち)状の観客席は人に満ち、歓声と狂乱から僅(わず)かに、しかし確かに震えていた。だが、気にしている者は誰もいない。今まさに最高潮の瞬間を迎えようとしている、闘場中央の動向に心奪われているために。
場内が一際沸いた次の瞬間、片膝をついた闘士の上に、牛頭鬼人(ミノタウロス)の拳が振り下ろされた。岩のような一撃を、寝かせた超剣(スペリオル・ソード)の腹が受け止める。
ガィン!
剣と拳の交差点から、鋼の悲鳴と衝撃が生み出された。闘士の姿はそのままに、牛頭鬼人(ミノタウロス)だけが腕ごと後ろに仰け反らされる。力の余波は交差した周囲の空間を歪曲させ、波紋のような跡を残していた。
だがそれも束の間の事。牛頭鬼人(ミノタウロス)が気を取り直したときには消え去っていた。
獲物である闘士の姿とともに。
牛頭鬼人(ミノタウロス)が頭を巡らせるより先に、その口から叫ぶような悲鳴が吐き出されていた。
後ろから膝に叩きつけられた一撃の痛みにより。
崩れながら振り返った牛頭鬼人(ミノタウロス)に、先とは逆の光景が襲い掛かる。
闘士が全身の力を駆使して振り下ろした超剣(スペリオル・ソード)の刃は、まっすぐに頭蓋(ずがい)へと落とされた。不快な骨肉の音が響くとともに、牛の頭は半分ほどの大きさに潰され。
そのまま永久に動かなくなった。
爆発的な大歓声が、勝者の上に降り注ぐ。惜しみない拍手を送りながら、ターニャも周りの観客達同様、思わず立ち上がっていた。短く大雑把に揃えた赤毛を、興奮で揺らしながら。
「すごい、すごいっ、すごいっスねー! あの巨体を瞬殺っスよ!」
「ま、超剣(スペリオル・ソード)の使い方は流石(さすが)ね。ちょっと時間かけすぎだけど、演出を考えての事なら合格点でしょ」
その隣には紫色の髪を肩口まで伸ばした少女。着ているものは庶民の服ながら、どこか気品を感じさせる佇(たたず)まいのルイーダは、冷静な評価を下そうとしながらも得意げになるのを抑えきれないようだ。『国誕祭(デュクロス)』を初めて目にする友人の様子が嬉しいのだろう。はしゃぐ大柄なターニャとの対比が微笑ましい。
後ろでは整えられていない黒髪に神経質そうな細面の青年が、控えめな拍手をしながら戦いの解説を行っていた。
「態勢を崩したのは誘いですね。振り下ろされた拳を受け止め撥ね返し、直後股下を抜けて背後に廻り、その勢いで半回転して脚を打つ。巨体相手の常套手段です。そうして相手の動きを封じ、間髪居れずトドメの一撃。見事ですね。超重武器の典型的な戦い方と言えるでしょう。私としては演出はして欲しくありませんでしたね。実戦では一対一という状況はあまり考えられませんし……」
家庭教師役のエドガーの言葉を、しかしルイーダはまるで聞いていない。ターニャとの会話の内容は、早くも次の対戦へと移っていた。
「次は他対他の集団戦よ。あなたぐらいの使い手にとっては学ぶことが多いはずだわ。特に乱戦での動き方なんかね」
「なるほどなるほど。勉強っス」
彼女達もディスクロードの斡旋所(ポート)に所属する巡行士(ラウンド)だ。祭の最中、しかも『勇猛祭』の間に仕事が割り当てられていないという幸運を、十二分に堪能しているところである。ルイーダの語った通り、『勇猛祭』の戦いは観客を楽しませるだけのものではない。実戦に身を置く者にとっても、学ぶべき事の多い教材(テキスト)なのだ。街に来てからまだ日の浅いターニャにとっては、まさに格好の催(もよお)しといえる。垢抜けない笑顔の彼女は、傍目(はため)には楽しんでいるだけにしか見えなかったが。
「おお、次の人たちが来たっスよ!」
闘場の両脇に開けられたそれぞれの扉から、趣(おもむき)の異なる数人の集団が現れた。一方は短い剣を掲げた漆黒の魔導衣で、もう一方は中央南部域によく見られる皮製の部品鎧(パーツ・アーマー)で統一されている。これまでとよく似た光景だったが、統率の取れた鎧姿の一団を見たルイーダは、僅(わず)かに眉を顰(ひそ)めていた。
「見かけない連中ね。エドガー、あなた知ってる?」
珍しく意見を求められても、その家庭教師も同様に、前面をぴったりと合わせた外套(マント)から、それだけ出した手を顎にかけ、首を捻(ひね)っているばかり。
「ふむ……いえ、私の知る範囲では面識がありませんね。祭に応じて招来された方々ではないでしょうか」
「ふぅん。大丈夫かしら。ディスクロードの名を落とすような戦い方だけはして欲しくないわね」
「あ、はじまるっスよ」
辛辣(しんらつ)なルイーダに比べ、ターニャは純粋に楽しそうだ。
眼下の闘場中央に両団の衆が並び、双方の代表が口上を述べる。黒衣の言葉が魔導の拡声により場内に響き渡ったその時、事は起きた。
「勇気ある者たちよ。諸君に試練を与えよう。巨悪を退ける力を世に示し、富と栄光をその手にっ!? な、貴様、なにごっ!?」
流れるようなその声を、前にした男が遮ったのだ。抜き放った刃によって。退いた黒衣を更に追い、数合の下に斬り伏せる。
彼の手に握られた、短い剣を奪い取り。
血線はそこだけに留まらない。動揺する他の黒衣達に、戦士の一団は襲い掛かっていた。
突然始まった殺戮(さつりく)の光景に、場内からは困惑と歓声があがっていた。客席の間から、一部が俄(にわ)かに動きだす。武器を構えた者たちが、闘場へと飛び降りていった。
「え、えっ、ええ? な、なんスか? これも演出っスか?」
「あんな意味のない殺戮(さつりく)を、勇猛祭で見せるわけがないわ。敵よ! わたし達も行くわ……?」
動き出そうとしたルイーダの足が、見やる先の動きで止まった。血に塗(まみ)れた闘場の中、凶行に及んだ戦士達が、囲み迫ってくる脅威を気にもせずに、奪った剣を振りかぶっている。
それは僅(わず)かな輝きを放った後、斜め上方に投げ放たれた。
魔獣を封じた小剣が。
煌(きらめ)く魔力の尾を引いて、まっすぐに突き刺さる。
貴賓の集う天頂席へと。
割れる硝子(ガラス)の音を中心に、悲鳴と混乱が広がっていく。鳴りだした鐘の音が、ますますその勢いを助長していた。
「しまっ、はじめから上を狙って!」
「えええ? なにが、どうなってるんスかっ!?」
「次の対戦相手の魔獣が貴賓席に投げこまれたんですよっ。まずいですね、名だたる名士が揃っていますよ、今回は。どなたかに怪我でも負わされたら……」
「くっ……」
ルイーダは舌打ち混じりに闘場に目を向ける。反抗する戦士団は、早々に駆けつけた守備隊と巡行士(ラウンド)たちを相手に立ち回りを演じていた。中央で円陣を組まれると、全てを押さえるのは用意ではない。ただでさえ、闘場からでは天頂席に行き着くまでに時間がかかるというのに。
上げた視線のその先では、草茶色の固まりが天頂席に取りついていた。次々と押し入るその様を見れば、決断するのは一瞬だった。
「ど、どうするっスか~」
「上に行くわよ。まだ役に立つわ」
問いに答えたルイーダの声に迷いはない。なにか言いかけるエドガーを置き去りにし、ターニャの手を引き走りだした。
「勇猛祭の番外編ね」
真剣な面持ちに、少しだけ不敵な笑みを滲(にじ)ませて。
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~~~第七章~~~
ガッシャーン!
魔力を宿した硝子(ガラス)の壁を、いとも容易(たやす)く突き破り、封印の小剣は天頂室の天井に突き刺さった。驚き騒然(そうぜん)とする諸侯達を、それぞれの護衛が引き下げる間にも、輝く尾を引く刃達は立て続けに天井を埋めていく。
束の間の沈黙の後、それは空間に歪みを生み出した。濁った波が球状に広がり、内に枯葉色の塊を孕む。熟した果実が落ちるように、それは姿を現した。形状はそのままに、大きさだけが人の身を超える程の蟷螂(かまきり)が。孵化(ふか)を思わせる勢いで、その群れは硝子(ガラス)のあった一面を埋めた。
「い、いったいなんっ!?」
最前で構えていた護衛の一人が、呟(つぶや)きを残してその場から消えた。
繰り出された、魔獣の鎌に引き込まれて。
喰われ上げさせられた悲鳴により、その場の全員がようやく理解したようだ。
悪夢じみたこの光景が、現実のものであることを。
気勢を上げ、腰の剣を抜き放つ護衛達に、迫る蟷螂(かまきり)が腕を振るう。足並みの揃わぬ防衛線は、半ば肉の壁だった。不規則な魔獣の攻撃を捌(さば)くには、剣一本の装備はいかにも頼りなく、護衛達は次々と引き抜かれていく。命を掛けた任務だとて、目の前で喰われていく同じ立場の者を見て恐怖を感じぬ者はいないだろう。徐々に防衛線は押されていく。
自然と、留(とど)まっていた者が突出して立つことになった。青みの強い紫色の長髪に瞳。長身に同色の導衣を纏(まと)い、短い杖を右手に下げた男は、プラズマルド王国が護衛長、シームルグ=フィア=レイゼン。悠然(ゆうぜん)と構える彼は当然、押し寄せる鎌にとっては格好の標的だ。近づいた二匹の両腕が、上下左右から襲い掛かる。
刹那の間に、シーマは手首の回転で杖を回す。
四肢を捉(とら)えるはずだった四本の鎌は、向かってきた勢いのまま彼の横を通り抜けて行った。蟷螂(かまきり)たちが戻した腕には、手元の鎌がすっぱりと斬り落とされている。確かめるようにそれを見る複眼ごと、二匹の頭部は上下に分かたれていた。
シーマが横に一閃させた、杖から伸びる水の鞭によって。
続けて放った水弾で、力をなくした蟲の体を天頂の場から吹き飛ばしながら、彼は周囲に呼びかけた。
「皆落ち着け。冷静に対処すればなんということはない。術士は後方から攻撃。前衛は防御に徹し、敵の前進を阻止するよう対応しろ」
言いながら手本を示すように、近づく一匹の腕を水鞭で斬り落とし、左の水弾で吹き飛ばす。
その行動に士気を鼓舞(こぶ)されたのだろう。引いていた防衛線は勢いを盛り返していく。前衛は一匹に対し二人ずつであたり、ひたすら迫る鎌を防ぎながら、後ろの術者が呪を紡(つむ)ぐまでの時を稼ぐ。
それでも次第に下がりながらも、全体の動きには統一された意思があった。徐々に、部屋から抜ける扉へと向かっていく。
そこから、金物混じりの騒がしい音が駆け込んできた。暗赤の部品鎧(パーツ・アーマー)に槍を構えた衛兵士(ガード)達が。
「皆様、ご無事で……!? こ、これは……」
「驚くのは後にして、そこにいるのを片付けてこちらへの道を拓きなさいっ」
「は、はっ! 前方、槍構えっ、かかれっ!」
甲高い命令の声に従い、動き出した衛兵士(ガード)たちは、多少の時をかけて貴賓達との間を遮っていた大蟷螂(かまきり)を駆逐した。駆けつけた援軍と拓けた道に、全員に微(かす)かな安堵の雰囲気が生まれる。
それを誘導した人物の気配を背に感じたシーマは、今だ迫る蟲(むし)の群れを相手どりながら、振り返りもせず声をかけた。
「姫、問題ありませんので下がっていてください」
「そうみたいね。体を動かせるいい機会だと思ったのに」
応じたのは赤い巻き髪の女性。プラズマルドの第三王女ロゼリア=グラン=バグナードだ。彼女は扇で口元を隠したまま、なぜかつまらなさそうに呟(つぶ)いた。水弾を放ちながら苦笑を浮かべ、シーマは少しだけその様子を窺(うかが)い見る。
横から、彼女に近づくものがあった。両手で槍を身構えた、赤い鎧の衛兵士(ガード)。相当の勢いだ。その意図に、気づいたときにはもう遅い。
「姫! 右……!」
「ん?」
キシィィン!
振り向いたローズの体と、突き伸ばされた槍が交差した。腹部を狙った鋭い穂先は、背の向こうに抜けている。先端に、朱の残滓(ざんし)を絡ませて。
凍りついたような沈黙を、シーマの叫びが即座に破る。
「姫!」
「なぁに?」
応えた声は先と変わらぬ、むしろ僅(わず)かに弾んだものだった。口元を扇で隠したまま、ローズは左手を引き上げる。握った銀のナイフの刃で、逸(そ)らした槍を絡めとって。
近づいた衛兵士(ガード)の顔を覗きこみ、にんまりと不敵な笑みを浮かべ、
「せっかく誂(あつら)えたドレスを傷物にしてくれちゃって。ちゃんと弁償してくださるのかしら?」
驚愕(きょうがく)の表情に、束ねた扇の一撃を叩きこんだ。
奇声を残して崩れ落ちた衛兵士(ガード)の姿を前にして、周囲の一部が動きを止めた。貴賓達に護衛達、そして他の衛兵士(ガード)達も。一幕の意味が理解できなかったためだろう。
誰かが声を発するより前に、衛兵士(ガード)の中からさらに三人が飛び出した。護衛達から距離のある、貴賓の一人へと殺到するように。
ローズの手にしたナイフの刃が、瞬時に小剣並の長さに伸びた。標的の前に立ち塞がろうとするその動きを、逆に察知していたらしい。三人の内、彼女の近くに位置していた一人が、立ち止まり向き直る。構える姿は堂に入ったもので、即座に崩せそうにはない。
「チッ……」
「噂通りのお転婆振りね、プリンセス?」
笑いを含んだその言葉が、どこから聞こえたのかを考える暇もなく。
突如生まれた灼熱の羽ばたきが、駆ける二人の衛兵士(ガード)を包みこんだ。
「くぉ!?」
「ぐあぁ……!」
炎と断末魔の叫びは一瞬。熱球の消えたその後には黒焦げの遺体が二つ、立ったままの姿で現れる。
今度こそ、周囲は沈黙に満たされた。
その中に、歩み出てきたのは一人の女性。赤銅色の長髪を揺らし、整った顔には妖艶な笑みを浮かべ、降りてきた白い鴉(からす)を伸ばした手の上に止めた。
一瞬の出来事に気を取られた眼前の敵を、瞬間で叩き伏せたプリンセスに、不遜(ふそん)ともいえる態度で対しながら。
「ドレスなら私がプレゼントさせて頂くわ。この不祥事の首謀者と一緒に、ね」
ローズもそれを真っ直ぐ受け止めた。口元は笑みの形を作ってはいたが、目の鋭さがそれをぶち壊している。絡む視線が見えない火花を散らしているかのようだ。
「……ご好意はありがたく承(うけたまわ)りますわ。リュミニア様」
「あら、光栄ね。私のことをご存知頂けているなんて」
リュミニア=ハミルトン=ブレイス。それが彼女の名だ。執政官が孫にあたり、彼女個人でも商工軍事の面に於(お)いて、現在都市で多大なる才覚を現している若き才媛。その風評は今や国の外まで知られる、ディスクロードの三大貴女が一人である。
「当然ですわ。お噂は常々お聞き致しておりますもの。『爆炎の淑女(ミス・エクスプロード)』のご活躍は」
にこやかなやりとりの端々(はしばし)に、緊張感が閃光のように走る。見ているだけで胃が痛くなりそうな雰囲気の中、当事者の二人だけが平然と構えていた。
「あまりその二つ名は好きじゃないの。リナと呼んでくださるかしら?」
「ええ……私も、ローズでかまいませんわ」
「ありがとう。それじゃ、お話は後でゆっくりとしましょうか」
「そうですわね。シーマ」
「はっ?」
背後のやりとりに気づかぬ振りをしていたシーマは、突然の呼びかけに間の抜けた返事を返した。気にもせず、ローズはそのまま言葉を続ける。蟷螂(かまきり)の群れを指差しながら、お茶のお代わりを頼むような気楽さで。
「やっちゃって」
「……それほど簡単にはいきませんが」
「やりなさい。私が粉砕してもかまわないのよ?」
睨(にら)みを利かせた眼差しで、ローズは腰の短杖(ワンド)をちらつかせる。
苦笑交じりの溜息を吐きながら一歩引き、シーマは呪を紡(つむ)ぎはじめた。構えた杖の先端が、青紫の光を宿す。
二人のやりとりを見ながらリナは密かに口元を緩め、衛兵士(ガード)達に向き直った。羽飾りをつけた兜の男に。
「さて、それじゃ。隊長さん?」
「は、はいっ。なんでありましょう!」
背筋を伸ばし、固い言葉を返す隊長に、リナの掛ける声はひたすらに柔らかい。
「貴方達の職務を全うする前に、隊員全員の身元と所在の確認をお願いするわ。今すぐね」
「は、いえ、しかし……」
「文句を言う人がいたら報告して。私が直々に容疑を晴らしてあげるから」
その柔らかな口調のまま、前に掲げた掌の上に、ボウ、と炎が立ち昇った。揺らめく朱色が照らしだした表情は、美しくも凄惨(せいさん)な予感を掻き立てる笑み。
隊長は知らぬ間に、伸びきった背筋が切れるかと思うほど姿勢を正していた。
「た、直ちにっ! 副長、隊全員の身柄を確認! 然(しか)る後他隊にも通達せよ! これ以上の失態は生死に関わると思えっ」
「は、はっ!」
迅速的確に下される号令を聞き、リナは満足気に頷(うなず)いた。不意にその表情が真剣みを帯び、巡らせた視線がローズの眼差しとぶつかる。敵愾心(てきがいしん)と尊敬の念を織り交ぜたような難しい眼と。間に見えない小さな火花を散らし、二人は互いに微笑(ほほえ)みあうと、それぞれの方向へと向き直る。
眼前に迫る怪異よりもよほど恐ろしいものを背に感じながら、シーマは完成させた呪を解き放った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~第八章~~~
目が痛くなるほどの青空の下、ディスクロードの街の中を、異形の姿が列を成して進んでいく。
先頭には、竜と見まごう巨大な蜥蜴(とかげ)。間をおき八本足の巨象が、双頭の狼が、吼(ほ)える姿に構えた巨鬼が、その後にも延々と、人外の魔獣たちが順序良く並んでいた。並走する鼓笛(こてき)を従え、物見の人々の注目を集めながら、興奮と歓声の中を悠々と。
どの魔獣もボロボロに傷ついている。蜥蜴(とかげ)の頭は半分潰れ、象の腹には大穴が開き、狼には後ろの体がなく、巨鬼の四肢は左の足しか残されていない。度合いは後ろになるほどひどくなり、最後の方ではばらばらで、原型すら留めていなかった。
だが、それこそが彼らの誉(ほまれ)。『魔討宴』の締め括(くく)りに相応しい勇壮さ。剥製神輿(シュラフ)を担ぎ歩く者たちは、皆一様に誇らしげな表情で観客の声に応えていた。
陽気な音と声を伴い、人々は最後の盛り上がりを演出する。
終わる祭を惜しむように。
『魔討宴』の行列は、『フランドル』の門をくぐり、そのまま校庭を進んでいく。祭の期間に限っては学院も寛容だった。厳格(げんかく)を旨(むね)とする白き衣の修術士(ウェルト)たちも、この時ばかりは興奮した面持ちで周囲から声を送っていた。
今日までこの場に置かれていたプラズマルドの飛行船は、今は遥か空の上。
周回する異形の群れを、ローズは空から見下ろしているのだろう。校庭の中央付近から、青空を背にナッツほどの大きさになった白い船に目を向けたまま、リナはそんな感慨に耽(ふけ)っていた。
「祭もおしまいか……」
「でもでも、まだ『炎の舞』が残ってますよ。わたし、毎年これが一番楽しみなんです」
小さなその呟(つぶや)きに、木材を抱えたトリスが応えた。彼女の後ろからサリネアが、軽い驚きの声をあげる。
「え、トリスってば、いつから色気づいたの?」
「はへ? 火櫓(ひやぐら)で焼いた丸焼きがおいしいんだよ」
「……なんだ、食い気の方ね」
「さ、がんばって組んじゃおう!」
校庭の中央で櫓(やぐら)を燃やし、その火を食らい踊る『炎の舞』。夜祭の準備に意気揚々と、トリスは木材を運んでいく。サリネアも後をついていき、場にはリナとレジーナだけが残された。
魔術師(ウィザード)の先達に抱く、尊敬と畏怖以上の念からか、和やかな雰囲気の中にあっても、レジーナの声はわずかに固かった。
「『勇猛祭』で起きた騒ぎはどうなったのですか? リナさんが初動をとっていたとお聞きしましたけれど」
「大体ケリがついたんじゃないかしら。後始末はトニーに押しつけてきたから、どうなってるか知らないけど」
昨日修練場で起きた事件は、その日のうちに終息を迎えていた。『勇猛祭』の封印魔獣を強奪・開放し、その混乱に乗じての要人殺害する。これが犯人達の計画した大筋であった。あと一歩のところで失敗した原因は、不確定要素が大きすぎたためだろう。巡行士(ラウンド)の力は量りにくい。
ディスクロードの都市内で大規模な犯罪を起こすのは、その準備だけで発覚の危険がある。『勇猛祭』の戦士団に、衛兵士(ガード)内への潜入。そして、事を起こすまでの情報操作と、犯人達の行動は相応の組織力を予感させた。いずれ遠くないうちに調査で大勢(たいせい)が判明するだろう。
それよりも、リナは目前の祭を楽しむことに没頭していた。深めた笑みが実りあるものだったと語っている。
「私にはローズとの約束が先にあったからね」
「プラズマルドのお姫様、ですよね。どんな方でした?」
「いい子だったわよ。勝気で、才覚がある。力の使い方はこれからってとこだけど」
「……あの、お姫様、ですよね?」
遠慮がちな問いかけに答えた楽しげな笑みは、どこか食い違いを思わせるのだが、リナは一向に気にしていない。なにかを懐かしむように言葉を続けていた。
「私の昔に似てたかしら。勇名は聞いていたけど、ああいう場で出会えてよかったわ。楽しみが一つ増えたわね」
「そうですか、それは……大変そうな方ですね」
「なに?」
「い、いえ、別に……」
他意のなさそうな疑問符に、レジーナは僅(わず)かな怯えの言葉を返していた。
緩(ゆる)やかな沈黙、耳に程よい周囲の騒ぎを聞きながら、リナは彼方に目を向けた。白い船はもう見えない。
彼女はそのまましばらく空を見上げ、流れる雲を眺めていた。『魔討宴』の行列が『フランドル』を抜け去っていくまで。
遠ざかる鼓笛の音を聞きながら、リナは両手を上に向け、一つ大きく伸びをした。
「ま、いいか。これでしばらくはのんびり……」
結ぼうとした言葉が途中で切れる。ゆっくりと腕を戻しながら、リナはなにかに精神を集中させていた。その原因を見極めようと、レジーナも動きを止める。
日常の中で、不意に訪れた緊張感。雑音でまみれた聴覚が、ざわめきを促(うなが)す音を拾ってきた。
小さな振動と、鐘の音。
そうと気づき、リナが南の方へと目を向けた瞬間、外壁から煙が立ち昇り、街の中央塔から激しい警鐘の音が響き渡った。
突然の大音量は、周囲のざわめきすら掻き消すほど。慌(あわただ)しい最大級の警戒律動は、年に何度も聞くものではない。音に慣れている都市の住人達ですら、驚きを抑えるのに必死な様子だ。
それでも変わらぬ者もいるが。
「……できそうもないわね」
呆れ、諦めたような呟(つぶや)きの後、浮かべたリナの表情は、挑戦的な鋭い笑み。
一瞬、耳を劈(つんざ)くような鐘の音も忘れ、立ち尽くしていたレジーナの元に、トリスたちが駆け寄ってきた。
「ちょ、すごい音だよ。どうしよう、なにが来たんだろっ」
「わ、わからないけど、いきなり最大級の警鐘ってことは……」
「外壁破壊の恐れがある相手かも……」
「ええー! そんなの困るよっ。『炎の舞』はー」
「あのね、それどころじゃ……」
「もちろん、予定通りにやるわよ」
うろたえる三人の修術士(ウェルト)に向けて、リナは平然と言い放った。態度は常と変わらぬまま、雰囲気が自然と熱を抱く。
「やるって、でも……」
「ディスクロードで生きていて、この程度のことでおたついてどうするの。貴女達も魔術師(ウィザード)を目指すのならあらゆる状況に対して冷静でいなさい」
「は、はい……でも」
「一枚目を破られても内壁に到達させなければ街に被害はでない。緩衝域で止めるわよ。サリネアは外来と住民の避難誘導、レジーナは他の連中かき集めてきなさい」
「は、はい」
「わかりました」
言われ、二人は走りだした。それぞれの目的に向け、途中にいた者達を引き込みながら。
残されたトリスはまっすぐにリナを見つめていた。向けられた尊敬と憧れの眼差しを、しかしリナは意識もせず、彼女への指示を言い渡す。
「トリス、貴女、この辺の裏道には詳しいわね?」
「はいっ」
「大通りは避難路として人が北に流れるわ。南の門まで裏から通れる道を案内して」
「了解ですっ」
答え、駆けだした少女の背を、リナは少しだけ目で追った。途中、組みかけの櫓(やぐら)が映る。祭の熱気を燃やし尽くす最後の舞台は、放り出されどこか寂しげだ。
『爆炎の淑女(ミス・エクスプロード)』は一瞬だけ笑みを向け、
「お祭は、まだまだ終わらないみたいよ?」
燃える鴉(からす)を解き放ち、自らも宴の場へと向かっていった。
It ends for the time being...
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野良用感想フォーマット
1、ディスクロードという街にどのような雰囲気を感じましたか?
2、多数のキャラクターがでてきましたが、気に入った、印象に残っているキャラはいましたか?
3、印象に残っている場面をひとつあげてください。
4、一本の計画だった事件が含まれていますが、流れは理解できましたか? わからなかった場合、どのへんでわからなくなったでしょうか?
5、文章的におかしい点などがありましたらご指摘ください。表現としてよくわからないなどでもかまいません。
6、この都市に参加させてみたいキャラクターなどあれば考えてみてください。
7、第二段の話を続けるならどのような話がよいですか?
8、他、苦情批判罵詈雑言なんでもご進言ください。
野良(--)
すんません、あらためて換算したらページ数大きく逸脱してた(--;我慢して読んでやってください。
02/01 00:16
最終更新:2009年12月13日 03:07