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――8――

2008.05.07 21:12

野良(--)


――8――

                         ふさ
 振り下ろされた巨大な腕、爆ぜた鉄塊を思わせる刃の房が、女騎
            たやす かわ
士へと落とされる。それは容易く躱されていたが、地に連なる石畳

の道を、潰し砕き散らしていた。

「クっ……」

「ウロオオオオオオオ!」

 猛威はそれで終わらない。剣の重なる音を響かせながら、刃の人
                 えぐ
型はさらに腕を振り回す。触れる道を抉りながら、それを気にする
      せきこう  がんか
様子もない。赤光宿した眼窩を晒し、風穴の唸りを上げながら、刃
            すが
の人型はただ敵にへと追い縋る。

「おのれ……?」
    ひ かわ
 それを退き躱していたシェリルが、反撃への姿勢を正したその瞬

間、顔を空へと向けていた。
                  ガード
 それは女騎士のみならず、周囲を囲む衛兵士たちもまた同様に。


              あまた
 彼らの頭上には天から注ぐ、数多の剣が降り落ちていた。



「ぬああっ?」「な、なんだこおお!?」

「ひぎいいいい!」「お、落ち着けっ。冷静にぃ?」
グレート・ソード ショート・ソード ニードル・ソード 
 大 剣 、 小 剣 、 針 剣 、
 ブロード・ソード   ウェーブ・ソード 
 広 刃 剣 に 波 刃 剣。
      スペリオル・ソード
 さらには長大な超剣まで。古今東西のあらゆる剣が包囲の上に降

り注ぎ、悲鳴と混乱を生み出し続ける。
 あびきょうかん
 阿鼻叫喚を聞きながら、ラディはその様を呆然と眺めていた。そ

こは場の中心でありながら、騒ぎはまるで届いてこない。

 自然と上を向いていた。降り注ぐ刃の源と、生まれた混乱の原因

を。

 無言の問いに答えるように、小さな影が落ちてきた。



 銀の少女が、違和感と共に。


      おぞけ
 背を抜けた怖気と悦楽に、ラディは顔を押さえる左手の力を強め

ていた。間違えるはずがない。刃にも似た冷たい気配は、あの日左

眼で感じたものとまったく同じであったから。

「アンタ、は……」

 返事はない。ラディに背を向け降り立った少女は、なんの感情も
          フランベルジュ
見せぬまま、手にした大波刃剣を軽々と振り薙いでいた。
                   はし
 同時に、伴われていた違和感が広がり、疾る。

 周囲に突き立つ剣の群れに、震えと本分を与えるため。

 そう、刃の持つ本来の意味を。

 ラディの抱いた既視感は、直後、現実のものとなる。



 つまり、獣へと変わる刃の咆哮と、それが散らす鮮血の光景にへ

と。



「クオオオオオオ!」

「う、うああああ?」

「な、なんだコイツらぁ!」

「くるな、くるなあぁぁあ!?」

「グブふ!」
 まばた
 瞬き一つの間で生まれた、形状も大小も異なる刃獣の群れは、有
    ガード
無もなく衛兵士たちへと襲いかかっていた。

 脚を、腹を、腕を、首を、
      えぐ      は
 斬り裂き、抉り、千切り、食む。

「これ、は……」

 繰り広げられる光景は、確かに以前に見たことがあるもので、し

かし自分が起こした事ではない。

 はっきりとわかるその軌跡は、確かに前にいる少女から。

 自分と同じ力を持ちながら、その表情はなんの動きもなく。

「行きましょう」

「は、へ?」

 少女はラディの腕をとり、小さな力で引いていた。広がり続ける
                  みじん
混乱の中、街を出る門を目指すように、微塵も動かぬ表情で、ただ

静かに動きを促す。

 ラディの混乱を気にもせずに。

「ちょ、ちょっと待ってよ。一体、なにがどうなってんの? アン

タは……」

「ラディ」
                  ささや さえぎ
 浮かび上がる疑問の数々は、横からの囁きに遮られていた。弱々

しいその声に、全ての状況を一時忘れる。

「ギルっ。大丈夫?」
              せんさく
「あ、ああ。俺のことはいい。詮索も後にしよう。今は、この場を

離れるのが先だ」

「う……」

 苦悶のまま身を起こすギルの動きに、ラディもようやく冷静を取
         とど
り戻した。確かに、止まっていてよいことなど一つもありそうには

ない。

「そ、そうね。とにかくここを……」

「させるかっ!」

 定め立ち上がろうとしたその動きは、しかし、甲高い一喝に止め

られていた。

 炎を宿した一刀で、刃の人型を斬り裂いたシェリルの声に。
     まと
 その身が纏う鬼気の迫力は、示す言葉のみならず、向かってくる
                           ことごと
勢いにも同様に宿っていた。進路を阻む刃の獣、襲い来るその悉く

を、炎の剣で斬り散らしながら迫ってくる。
      せんりつ
 全身を貫く戦慄に、ラディは知らぬ間に動きを止めていた。盾と
    うめ
なろうと呻くギルですら、それ以上は動けずにいる。迫る必殺の意

思はそれほどまでに圧倒的で、防ぐ意思すら抱かせない。
                  わず
 ただ、少女だけが動いていた。表情を僅かにも変えず、平然とそ
     ふさ
の前に立ち塞がる。

「ちょ……」

「邪魔を、するなっ!」
                      フランベルジュ
 交錯の瞬間、振り下ろされた炎の剣を、少女は大波刃剣で受け止

めていた。
  エル・ゼスト
「“刃王閃盾”」
 ささや
 囁くような短い呪と、伴う光の場をもって。
    はじ             や
 交わり弾ける二つの力。炎と刃は大気を灼き、小さな稲妻を走ら

せる。

 だが、拮抗もその一瞬だけ。

 少女の広げた光の場は、次の瞬間には手にした波刃へと収束し、



 周囲の全てを包みこむ、閃光の爆発を生んでいた。



「ヌグっ!」

「おうわ!?」

「な、なん……」

「ちょっとっ、な……」
           や
 広がる更なる混乱と、灼かれた白い視界の中で、ラディは腕を引

かれていた。

 冷たく、硬い、小さな手に。

「アンタ……」

「こちらへ」

 聞こえた短い呼びかけに抑揚はなく、含む感情もまるで知れない。

それはどこか造り物めいた、虚ろを思わせる硬い声。

 それでも、ラディは不思議と確信していた。この手の主が、決し
       モノ
て己を裏切らぬ存在であると。
   や
 白く灼かれた世界の中、辛うじて探り当てたギルの手を握る。前

後の別もわからぬが、腕引く力をただ信じ、震える足を動かして。

「クっ、待て! ラディ……っ」
           いま  さつりく
 離れていく叫び声も、未だ続く殺戮の音も、収まらぬ混乱も全て

を置き。

 ラディはその場を後にした。



最終更新:2010年03月17日 02:50
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