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――10――

2008.05.09 20:12

野良(--)


――10――


 迫る、頭への刃と腹への剣。
 かわ
 躱しえぬ二刃に対し、ギルは剣を振り上げた。

 滑らかに刻んだ円弧の軌跡が、二つの刃を鮮やかに弾く。

「ぬおぁっ」

「こ、のっぉ?」
                  はし
 そして悔恨の暇すら与えず、返す刀を奔らせる。

 斜めに昇る剣閃は二つの胴を順に渡り、鮮やかな朱の華を開かせ

た。

 それが散る様を後におき、ギルは場から跳び離れる。

 返り血を浴びる不手際は見せなかった。





 都市がその地を管理する、人の生んだ森の中。人外異形の脅威が

排されているとはいえ、そこが安全であるというわけではない。
フォレスト 
森林衛士の監視こそあるものの、壁に守られていない領域にあって

は、法から外れた者たちが潜むには最適の場所であるからだ。

 常なら道行く人々を襲う者たちも、森で出会えば互いが獲物。相
             ちゅうちょ えんりょ
手が無法と知れているだけに、躊躇も遠慮もありはしない。不穏な
                    はか
情勢のせいというのもあるのだろう。逃走を図るこの数日の間に、

ギルたちは三度の襲撃を受けていた。

 そして今、四度目を。





「フっ、う……」

 ギルは乱れた息を整えながら、慌てて周囲を確認する。闇深い森

の中、囲む者たちの全ては見えない。だが、まだ相当の数を残して

いるのは間違いなさそうだ。

「……チっ」
                         てだれ
 自然と舌打ちが漏れる。先に刃を交えた二人は相応の手練であっ

た。周囲から感じる気配も同程度の力量を備えているように思える。

戦いが長引くことになれば、無傷で切り抜けるのは難しいだろう。

 いや、それよりもと、ギルはラディの姿を求めていた。自分が手

を焼くほどの相手に対し、今の彼女が向かっては……。

 だが、探す目はラディを見つけるより先に、すぐ隣で展開されて

いる戦いを捉えていた。
           グレート・ソード
 大木をも一撃で折りかねぬ大剣を相手に、刃を合わせているフラ

ンの様に。

 響く轟音、弾ける火花、宙に散る歪みに混ざり、聞こえてくるの
                       どとう
は気合の声。握る剣に相応しい屈強な体躯の男が、怒涛の攻めを繰

り出している。

「フウぅ、らぁ!」

「っ、……」

 フランはその半分ほどしかない身の丈で、大きな剣を細枝のよう
           さば
に振り回し、打撃斬撃を捌いていた。

 ギルにして目を見張るその実力は、しかし、応じる者もまた同じ。

防御の合間に突き出される波の刃を、男は見た目にそぐわぬ繊細な

剣技で返している。
 ごうぜん
 轟然たる戦いは少しずつ場を移していった。攻守の変わらぬ応酬

に、下手な手を出す余地はない。

 緊張途切れぬ戦いは、その数瞬後には決着していた。

「ぬうぅん!」

「っ!」
 れっぱく  グレート・ソード         フランベルジュ
 裂帛の気合と大剣の一撃が、その威力により大波刃剣を叩き折り。



 引き換えに、男の心臓が貫かれたことによって。



「……あ?」

 剣の重みを振り上げたまま後ろに倒れていく男は、最後まで知る

ことはできなかっただろう。

 自身の核を潰したものが、対じた少女の右腕であったと。

 引き抜かれ、鮮血に濡れたその腕は、鋼の色を返していた。

「お前、その、腕……」

「よい使い手だった。王の力を借りなければ危ういほどに」
   しか
 顔を顰めたギルの声に対して、フランは平然としたまま腕の血を
ぬぐ 
拭っていた。

 この数日で刃化の進んだ腕を。
                   たむろ
 人の輪から離れた無法の者たちは、街で屯うゴロツキなどとは比
                            しれつ
べ物にならぬ力によってその在り方を貫いている。襲撃は当然熾烈
         ひへい
を極め、ギルたちは疲弊を余儀なくされていた。
         ふる
 『刃の王』の力を揮うフランもまた同様に。

 自身の命を削っているのも同然であろうその事実にすら、少女は

顔色を変えるてはいなかったが。
                    ロング・ソード
 そして、呆れている暇もない。ギルの握った長剣が激しく震え始

めていたからだ。周囲を見渡すまでもなく、囲む夜盗どもの剣も、

また。

「ぬおわっ?」

「な、なんだこりゃああ!?」

「う、うああ? 剣が、化物に……」

「っ、またかっ。ラディ!」

 自らへの罵倒を後に回し、獣へと変わりゆく刃を敵へと投げ捨て

ながら、ギルは周囲に視線を走らせた。

 刃の獣に押し倒された、二人の男のその間に、求める者の姿を見
       うずくま
る。力なく地に蹲り、左腕を押さえたラディの姿を。

 襲い来る刃獣はフランに任せ、ギルはその下へと駆けつける。

「ラディ!」

「ギ、ル……」

 返される声は苦悶に、表情は苦痛に歪んでいた。この数日で馴染

みとなり、しかしまったく慣れぬ様に、ギルは悔恨をさらに増す。



 ラディの左腕はフランと同じく、鋼の色に変じていた。



「……ギル、アタシ、また、力を……」

「ラディ……」

「腕、腕が、硬く、動かなくなっていく……鉄みたいに……剣みた

いに……アタシ、アタシは……!」

「ラディっ」

 震える身を抱き締める。だが、冷たくなった心と体は、なかなか

熱を取り戻そうとはしなかった。
        きゅうち            ふる
 襲われるたび、窮地に陥るたびに、ラディは力を揮うことを余儀

なくされ、そして、力に侵されていった。始めは指先だけだった鋼

化も、今では肘にまで達している。

 いや、その影響は体にだけでない。目に見えて異質へと変わって

いく自分の姿に、ラディはいつまで耐えられるか。このまま力を使

い続ければ、先に終わるのは体ではなく……。
                       むくろ
 気がつけば、周囲の騒ぎは終わっていた。無数の骸を場に転がし、
あまた 
数多の剣を地に突き立てて。墓標を連想させるその様は、まるで打

ち捨てられた戦場のよう。

 表情もなくうろつく少女は、さながら魂の狩人か。
           グレート・ソード
 フランは打ち倒した男の大剣を杖のように持ちながら、並ぶ剣を
       ためら     は
引き抜いては、躊躇いもせずに食んでいた。見ているだけで喉が痛

む光景にもまた、どうしても慣れることがない。

「……お前、それ、止められないか?」

「私は王と違い刃を生むことはできない。補給は必要」

「王……」

 その呼び方に底知れぬ不快感を感じながらも、ギルはもはや受け

入れぬわけにはいかなかった。

 ラディが、『刃の王』であることを。
           ゾーン
 破壊と憎悪の象徴たる魔王。英雄に討たれるべき悪意の集中。コー

ドネルに生きる者にとって、それは恐怖の代名詞でもある。幼い頃
         おとぎばなし
から聞かされていた御伽噺に、何度泣かされたことだろう。恐れは

ギルの心の内にもまた、否定しようもなく存在している。

 だが、触れる彼女の左腕の、硬く冷たい感触に、それでも想いは

変わらなかった。

 守ると決めた、その想いは。

 今はただ、抱いてやることしかできないが。

「その王様がこんな状態なんだぞ。なんとかしろっ。いや、どうす

ればいい?」

「度重なる緊張で力が不安定になっているだけ。問題はない」

「そんなわけがっ」

「ギル……」

「っ、ラディ」

 向けようとした追求の言葉も、揺れる声に力を失っていた。

 肩を震わせるラディの様に。
                たた
 交わす視線の先にあるのは、涙を湛えた二つの瞳。
                  はくとう
 右の一方は変わらずに、宝石のような薄橙のまま。
                 にじ
 ただ、左の瞳にだけ、鈍い銀の色が滲んでいる。

「ラディ……」

「ギル……アタシ、アタシ……」

「……大丈夫だ。俺が、守ってやる……」

「ギル……」
         せんりつ
 不安が、恐怖が、戦慄が、ラディの目から零れて落ちる。
                     えぐ
 それはどんな刃よりも鋭く、ギルの心を貫き抉っていた。

 不甲斐なさに奥歯を噛み締めるが、それでなにかが変わるわけで

はない。
                      なぐさ
 震え続ける小さな体を、ギルは強く強く抱く。慰めの言葉も見つ

けられない我が身にできる、それが精一杯の行いだったから。

 薄く刺しこむ月光の他、灯りのない森の中。
 は
 食まれる刃の音だけが、ただ静かに響いていた。




最終更新:2010年03月17日 02:53
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