2008.05.11 20:52
野良(--)
――15――
「クルルルルルルルル……っ」
あぎと
刃の牙が覗く顎から、漏れる風洞めいた音。
鋼の肉はしなやかに、剣の四肢を繋いでいる。
唸る姿は野の犬狼を、鈍い銀で覆った怪異。
赤い単眼を無数に燈した、刃獣の群れがそこにいる。
「な、なんだぁ?」
「これが、刃の獣……っ!?」
「「グルオオオオオアアア!!」」
ちゅうちょ
そして、躊躇の欠片もなく、その爪牙を生ある者たちへと向けて
いた。
「こん、のぉぉ!」
メイス
「く、くそ、矢じゃ効果がない。戦棍で打て……!?」
「うあああああっ」
突如として場を埋め尽くし、そして襲いかかってきた刃獣の猛威
ガード クォレル
を前に、衛兵士たちは完全に浮き足立っていた。放つ太矢、投げる
ボウガン メイス ほんろう
石弓、叩きつける戦棍も意味を成さず、ただ翻弄されるばかり。獣
の威力もさることながら、植えつけられた恐怖と恐慌が、彼等に戦
いの術を忘れさせているのだろう。
「っええい!」
前と左右。三方から飛び掛ってきた刃獣に向けて、シェリルは刃
ひらめ
を閃かせる。鋼の音も響かせず、蒼き歪みを宙に残した剣閃は、瞬
時に三つを斬り割いていた。
ひる
「怯むなっ。冷静に対処すれば敵わぬ相手ではっ……!」
そして叱咤を飛ばすのだが、言葉は最後まで繋がらず、交えた刃
の響きに散らされていた。
グレート・ソード
フランの振り落としてきた、大剣の重圧に。
「貴様っ」
「……」
シェリルはそれを力任せに跳ね除けると、間髪入れずに剣を振るっ
まと
ていた。横に一つ、斜めに二つ。刃に炎を纏わせた加減のない神速
の剣は、しかし敵を捉えてはいない。
グレート・ソード
フランは大剣の重さも感じさせない軽やかさで、後ろに飛びの退
き地に下りていた。
「っどけ!」
「行かせない」
絡みあう、炎の熱さと刃の鋭さ。互いの視線は交わったまま、次
の瞬間には距離をなくす。
はし
宙を疾る炎の剣。唸りを返す巨大な刃。
二つは重なり威力を散らし、そして即座に位置を変える。輝きと
歪みを後に残し、止まることなく、果てしなく。
とどろ
打ち合う鋼の轟きは、散り消える力の歪みと共に、場を縦横に駆
け巡っていった。
ラディはただ駆けていた。ギルへと向かってまっすぐに。
「止まれっ」「このアマ!」
「ツっ」
ふさ ガード メイス
途中を塞ぐ衛兵士の戦棍を、鋼化した腕で受け止める。
「邪魔よっ」
「ぬぉっ?」「がっ!」
逆の手を、刃と化して振り抜いて。
たやす
一撃は二人の胸を裂き、容易くその命を奪う。
返り血を派手に浴びながらも、ラディは表情を崩さない。
「こ、のぉ!」
横から迫る新たな一人に、鋼の腕を突き伸ばす。何もなかった掌
ダガー
から、埋めていた短剣を撃ち放つために。
たやす
それは容易く弾かれていたが、ラディの狙いは思いの通り。
「死、ねぇ?」
「グルオオオオッ」
「うぐぉ!?」
ガード ダガー
迫った衛兵士は駆けてくるその勢いのまま、短剣が変じた獣の身
に潰されていた。
ぞうふ むくろ
四肢を貫き、臓腑を砕いた新たな骸が、地にさらなる赤を撒く。
わず
あまりに凄惨なその様に、ラディの顔が僅かに歪んでいた。
「……ふふ、はは」
小さな、笑みの表情に。
「ラ、ディ……?」
「っ、ギルっ?」
そして、聞こえてきた震える呼びかけに振り返る。向けた視線の
先で、殴られボロボロになってはいたが、ギルは確かな意識を取り
戻していた。
少しだけ、青い瞳を揺らしながらも。
「今助けるわ。少し、頭を下げていて」
「あ、あ?」
答えが返ってくるより早く、ラディは右手を振り薙いでいた。置
ためら
かれた鉄の檻に向け、躊躇うことなく、まっすぐに。
音もなく、抵抗もない。
重い鉄の格子はその姿を変えることなく、斜めに断ち斬れていた。
「これ、は……」
「さあ、行きましょ」
「ラディ、おま……」
ギルに手を差し伸べて、向けられた小さな驚きに、それが刃のま
まだと気づく。
だが、大したことではない。
ユージス
ラディが意識を集中させると、瞬きの間も要さずに、それは人の
肌と柔らかさを取り戻していた。
「ラディ。お前……」
「大丈夫よ、ギル。アタシはアタシのままだから。ふふ、ようやく
わかってきたの……」
きょうがく ほほえ
向けられた驚愕に、ラディは微笑みを返していた。なんの迷いも
うれ
憂いもない、心の底からの清々しさを。
うた
両腕で自身を抱きながら、謳うように言葉を紡ぐ。
「この力はアタシの力。アタシ自身であり、他の何者でもない。怖
がる必要なんてなかったんだわ。これは、魚が泳げるのと同じぐら
い当たり前のことなんだから」
「ラディ……」
「これで、アンタを守ってあげられる。もう誰にも、なににも奪わ
せたりしない。どんな強い力であっても、例えそれが神だとしても、
アタシは……」
せんりつ
誇ろうとしたその瞬間、ラディは戦慄に振り返っていた。
一際重く鳴り響いた、鉄塊を砕いたような音に。
自然と、視線がその源を求めて動く。
グレート・ソード
目を向けたその先で、フランが大剣もろとも右腕を斬られ倒れて
いた。
燃え輝く剣を持つ、赤い女騎士の足下で。
「ひっ……」
シェリルが宿したその力に、ラディは恐怖を思いだしていた。尋
ゾーン すく
常ならざるその威力は、魔王の力を備えた身をも竦ませるほどで、
直前までの大言をも忘れさせる。
エクセリオン
それほどの、圧倒的な破壊の力を、『七封剣』は備えていた。
白く焼かれた思考にしかし、回復の間は与えられない。
荒げた息を飲みこんだシェリルはすでに、烈火の勢いでラディに
へと迫っていた。
「ラディールっ、貴様ぁ!」
「クっ、獣よっ!」
だからとむざむざ斬られるわけにはいかない。後ろには、動けぬ
ギルがいるのだから。
王の呼び声と振られた腕に、残っていた刃獣が動いていた。手近
ふさ
なモノから次々と、シェリルの進路を塞いで埋める。
かたまり そび
鋼の群れは塊となって、文字通りの鉄壁をなしていた。一瞬で聳
えて立った堅牢な城砦以上の存在は、竜の威すらも凌ぐ重圧を示し
てみせる。
だが、火閃の進撃は止まらない。
「オオオオオオオオ!!」
獣を思わせる咆哮と共に、シェリルは縦横に刃を振るっていた。
それは闇を散らす光のような鮮やかさで、妨げる刃獣の群れを斬り
裂き砕く。
みじん いやま
駆ける勢いは微塵も減じず、むしろ速さを弥増して、瞬きの間で
ラディの眼前にへと達っしていた。
光の刃を振り上げた姿で。
まと おご
神々しさすら纏ったその姿に、ラディは己の驕りを悟った。
手に入れた力への過信と、広い世の深すぎる不条理を。
迫る圧倒的な破壊の力に、出来るのはせいぜいが、両の腕を重ね
て上げることぐらい。
無情にも振り下ろされる刃を前に、ラディは目を閉ざしていた。
横からの影にも気づかぬままに。
「な……?」
かす わず
微かに聞こえた驚きの声と共に、力が僅かに遠ざかる。
直後に振り下ろされる、そして今通り抜けた力が。
瞬間、ラディの上に熱さが散った。それは目を閉ざしたときに予
感した、炎を思わせる血の熱さ。
だが、覚悟した痛みは訪れなかった。
あまりの威力のため、ではない。
恐る恐る目を開けて、ラディは己の身が傷ついていないことを知っ
た。
確かに身は、体だけは。
「あ、あ……」
ちり
痛みは後から襲ってきた。それは身を断たれる痛みなど、塵とし
か思えぬ心の痛み。
「……なん、で……?」
眼前で鮮血の華を咲かせ、崩れ落ちていく姿がその源。
見ているはずの光景が、歪んだ悪夢にしか思えない。
まぎれもない現実であるはずが、音を立てて崩れていく。
「ギルっ!」
叫んだ自分の声ですら、虚ろにしか聞こえなかった。
最終更新:2010年03月17日 02:58