2008.05.11 21:01
野良(--)
――19――
街道から離れた小さな丘。魔獣の森も程近い、人の寄りつかぬそ
の場に座し、ラディは遠くの風景を眺めていた。
荒野に咲く一輪の大華、朽ちた都市を覆う刃の華を。
えぐ
中心の半ばを抉られながらも、それは元の廃墟を完全に埋めてい
た。鋼の花弁は風に揺れることもなく、照りつける陽光を照らし返
ゆうぜん たたず ユージス
している。悠然たる自然の中に堂々と佇むそれは、人とは決して相
容れぬ異様にして異質であった。シェリルの語った言葉が決して偽
りではないと、見た者全てが納得するだろう。
だが、それすらも今のラディには意味がない。『刃の王』の存在
が生んだ、比類なき力の痕跡を遠くに見ながら、彼女はただ抱いて
いた。
むくろ
ギルだったものを、その骸を。
目から涙は流れていない。瞳はただ虚ろなまま、広がる光景だけ
を見ている。
いや、ラディが見ているのは光景ではなかった。意識はただ内に
のみ、心にだけ向けられている。
今はもう空っぽになったその内の、砕けて落ちた思い出に。
盗みに成功した楽しさも、失敗した情けなさも、道を外れた悔し
さも、友を失った悲しさも、どの記憶にも色がない。匂いも、味も、
重さも、形も、全てが崩れ消えていく。
二人でいた温もりすらも。
「王」
呼びかけに、体が勝手に反応していた。振り向いたその先から、
フランが静かに近づいてくる。右腕こそ欠けてはいたがその動きに
よど グレート・ソード ダガー
澱みはない。大剣を失った左手には、使い古した短剣が握られてい
た。
「……なに?」
「そろそろよろしいでしょう」
その表情は相変わらず感情のない平坦なもので、語る言葉の意味
を悟らせない。
だから、フランがなにをしているのか、ラディにはわからなかっ
た。
「なに、が……!?」
ダガー
逆手に握られた短剣の刃を、ギルの心臓に突きたてられたその時
も。
えぐ
鈍い銀色は溶けるように、抉られた傷へと染みこんでいった。
モノ
自らと同じ存在がギルを侵していく。その様に感じた愉悦を、ラ
ディは最後の理性で振り捨てた。
「なっ、なにしてんのよっ、アンタっ!」
「っ……!」
薙いだ右腕でフランの身を弾き飛ばす。だが、その手から離れて
ダガー
も、古びた短剣から始まった変化は止まらない。
刃から生まれた銀の触手は、そのままギルの全身へと及び、そし
て広がっていった。
「イヤ、なによ、これっ。ギルに、なにを……」
瞬間生まれた狂乱は、しかしすぐに収まっていた。ギルの身を変
えていくものが、自らの力だと悟ったから。
そして、もたらされる結果も、すでに。
鋼の侵蝕が進むのを、ラディはただ黙って見守る。
鈍い銀色はギルの全てを覆い尽くすと、次第に形を変えていった。
皮膚となく、肉となく、千切ったような刻みと化し、それを全て
刀剣に。
うごめ
踊るように蠢きながら、重なり、絡み、また溶ける。
全身に及んだその刃は、刻む音を響かせながら、徐々に収束して
いった。
身丈の長さはそのままに、徐々に形を定めていく。
それは、十の呼吸を継ぐ間の、ほんの短い時の出来事。
ゆっくりと目を閉ざし、またゆっくりと開いたとき、事の全ては
終わっていた。
ラディが支える腕の中に、ヒビ入る一振りの剣を残して。
「……あぁ、ギル……」
いと つぶや
長い剣を抱きながら、ラディは愛おしげに呟いていた。
横に、確かめる言葉を向けながら。
「……アタシは刃を統べる王。アタシに創れぬ剣はなく、アタシに
直せぬ剣もない。そうよね?」
「はい」
与えられた衝撃を歯牙にもかけず、フランはそれに答えていた。
短い返事を聞くことで、ラディはさらに己を知る。壊れた心と引
き換えに得た、虚ろから湧きだす知と力を。
「命を刃に変えることも、そして、その刃を命に戻すことも、アタ
シにはできる……」
「はい」
「アタシは『刃の王』。力を完全に取り戻せば、この剣を、ギルを
蘇らせることも……」
つぶや
己が望みを呟きながら、剣を抱く手に力を込める。
その身に刃を食いこませ、さらに深く埋めるように。
「……ぅ……ン……」
こぼ
薄く開いた口から零れる、苦痛と悦楽の混ざった吐息。ラディは
わず
僅かに表情を歪めながらも、砕けかけた剣を細い体へと沈めていく。
そして、事を終えたとき。
「……はぁ……はぁ……ふぅ」
疲労の息を吐きながらも、顔には笑みが浮かんでいた。
それは以前と変わることのない、自信と野望に満ちた笑み。
「王」
「フラン。アンタにはもうしばらくそのままでいてもらう。アタシ
のために散りなさい」
「はい。王の望みのままに」
言葉も、思考も、行いも、なに一つ変わる変わるところなく。
ただ、左の瞳だけが小さな違い。
「いくわよ。アタシは、アタシの魂を手に入れるわ」
刃の大華を見て下ろす、刃のような鋭い視線は、刃の輝きより放
たれていた。
そして人々は知ることとなる。
サウザンド・エッジ
『刃の王』千刃の復活を。
~了~
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一応完結。感想あればくださいませ。
ミカヅキX
お疲れ様でした。「誕生編」とでも言う感じですね。
このままダーク・ファンタジーの道を突き進むのでしょうか。
ギルの運命に思いを馳せると、同情を禁じ得ません。
できればシェリルには救いの手を、お願いします。
05/11 23:00
野良(--)
感想ありがとうございます。
こっから先はとりあえず考えてないな。
一般から見たらまったく味方のつかない状況であるラディに
さらなる活躍をさせたい気持ちもあるが。
どっちにしろまた推敲し直したいところだな。
少し確認の方向性が見えてきたわ。05/12 18:48
最終更新:2010年03月17日 03:05