2006.01.05 10:09
野良(--)
ラファルが意識を取り戻したのは、周囲を石壁に囲まれた薄暗い場所だった。唯一の灯りは鉄の格子の向こう側、灰色の粗末な帽套衣(ローブ)で顔まで隠した人物の持つ角灯(ランタン)だけ。傍(かたわ)らの木箱の上には彼女達の持ち物が。そこに自分の杖を見て、立ち上がろうとしてつんのめった。見れば、縄で手足が固く縛られている。
「ラフィ、気がついたか」
声はすぐ隣から聞こえてきた。同じように動きを封じられたライの口から。見れば他の三人も、同様の扱いで転がされている。
思わず口を開きかけ、頭を過ぎったラグリーズの教えに落ち着きを取り戻し、ラファルは現状を冷静な目で見つめなおした。格子の向こう側に立つ、灰の帽套衣(ローブ)を睨みつけながら。
「……私たちに向けられたのは<麻痺の網>。神術だった。それに取り囲んでいた気配……。連中が待ち伏せてたのね。おそらく、私の<探査>を逆手にとって……」
「ラグリーズ信者(リーズ)に相応しい洞察力だ。次からは術を使う前にその考えに至るのだな」
扉を開けて入ってきた新たな声に、場の全員が視線を向けた。緑の法衣を着た彼の姿に、ラファルは驚きを顕(あら)わにする。
意識を失う直前の記憶とともに。
「フォルド、様……?」
「やあ、ベゼリゼ君。元気そうでなによりだ」
呟(つぶや)くような問いかけに応えた声は、間違いなくラグリーズ信者(リーズ)の助祭、フォルドであった。鉄格子越しに見下ろす彼は、表情まで変わらぬまま。
「数日前から妙な術波の報告を受けてはいたが、まさか君だったとはな。正規の兵を動かしはしないと思っていたが、学徒を使うとは。神務の連中もなにを考えているのやら」
「フォルド様が、背信者、なのですか……? どうして……」
「一般人のフリして潜りこんでたんだろ。よくある話じゃないか」
当たり前のようにクレアが言う。いわゆる間諜(スパイ)だ。それはいるだろう。しかし、それがフォルドであると言われても、ラファルには受け入れることができなかった。今はラグリーズの言葉よりも、レイファルの囁(ささや)きに傾いてしまう。
「本当に……」
「ラグリーズ信者(リーズ)ともあろう者が、現実から目を背けてはいけないな。事実は事実だ。受け入れなさい」
語る説教の言葉までが、あくまで助祭のそれだった。それが、ことさら神を侮辱しているように聞こえ。
耐えきれず、ラファルは怒りを顕(あら)わにしていた。
「この姑息な背信者っ! 私を騙(だま)し、ラグリーズを貶(おとし)めて……。護神兵に突き出してやるわっ。宝玉を返しなさい!」
「私は君達の不利益になるようなことをしたことはないのだがな。それに……君はこれがなにをするものかわかっているのか?」
受け答えの様子を見ている限り、どちらが本物のラグリーズ信者(リーズ)だかわからない。フォルドは冷静な態度のまま、懐からとりだした鎖を広げて見せた。
その先に輝く、赤い宝玉を。
一瞬、揺れる軌跡に視線を移し、ラファルは小さな声で答える。
「……知らないわよ。盗まれたということに変わりはないわ」
「これは鍵だ。神儀を成就するための」
神儀。それは、儀式を伴う神術の総称だ。多数の信者と長期に渡る祈りにより、神々の力を行使するその業(わざ)は、大いなる奇蹟を顕現させるという。
「そんな力を奪って、なにを企んでいるのっ」
「なにも企んではいない。我々の目的は、この力を使わせないことだ」
語る声は冷静なままだった。
「森を喰らい、森を殺す力をな」
火薬のような内容を告げたときも。
だが、向けられた方は同じ様子ではいられない。動揺が走りぬけ、マッチたちは各々の身を仰け反らせた。
「森を、殺す……?」
「そうだ。この力が及んだ地は死ぬ。草は枯れ、木々は朽ち、そこに生きる者たちの悉(ことごと)くを絶命に至らしめる」
「ちょ、そんなことされたら、あたいたちはどうなるのさっ?」
向けられたクレアの怒りにすら、フォルドは落ち着きを崩さない。
「無論、滅びるだろう。それが目的なのだからな」
自然と、五人の視線がフォルドの手元へと集まった。アクティスが抱く強い思いが、その赤い宝玉に凝縮されているのだ。
砂に水が染みるように、沈黙と悪意が広がった。
しばしの静寂から、理解の意を示す声が生まれる。
「……それが、どうしたのよ。なんの問題もないじゃない」
「なっ、あんた……」
「ちょ、本気なの、あなた?」
吐き出すようなラファルの言葉は、理性と感情、どちらの神が授けたものか、おそらく本人ですらわかっていない。
「本気よっ。獣人たちを滅ぼせるなら、こんなにけっこうな事はないわ。アクティスなら、なにをためらう必要があるっていうのよっ」
「ラフィ……」
彼女の揺れる黒い瞳には、見やる赤の輝きが映っていた。
痛ましげな表情を垣間見せ、それでもフォルドは淡々と語り続ける。
「そう、アクティスに対してなら、これを隠す必要はない。ではなぜ神務の連中は君達にこの宝玉のことを伏していたと思う。いや、なぜ君達に任せたりしたのだろう」
不意に向けられた問いかけは、浸透するのに多少の時間がかかったようだ。しかし、十分な時を与えられたにも関わらず、返ってくる返事はない。
見届け、フォルドの言葉は続く。
「この神儀の力は制することができないのだ。一度顕現(けんげん)したが最後、そこは永遠なる死の大地と化す。領土的野心を抱えているアクティオが使用をためらうのはそのためだ。民の賛同も得られないだろうしな。しかし……」
一同に巡らせていた首を止め、
「中には獣人たちを殲滅できるのならば、と考えている者も少なくない」
悪意を向けてくるアクティスの娘を見やりながら告げる。
「そんな連中に預けておくわけにはいかないのでな。そこの彼女に協力してもらったというわけだ」
締め括りの言葉の後、再び沈黙が満ちる。ラファルが向ける悪意の眼差しは変わらなかったが、そこには確かな揺らぎがあった。言葉に形を与えぬなにかが。
足元の木箱の内から、獣の騒ぐ音がする。フォルドは宝玉を懐に戻し、何気なしにそこへと目を向けた。
「追手がつくとは予想していたが、まさか君達のような……?」
そこではじめて、彼の動きに動揺が生まれた。取り上げた杖の鷹像に、仄(ほの)かな緑の光を灯し、次いで牢内に視線を巡らせる。
壁の先を視(み)るように。
「ちょっと、人の杖になにするのよ」
「……どうやら、君達も利用されていたようだな」
右手の一面で頭の動きを止め、呟(つぶや)いた言葉は独白に近く。
「なにそれ、どういうこ……」
問いかけたラファルの声は、
ゴウン!
砕ける石の悲鳴に掻き消された。
野良(--)
今回説明多いなぁ。
ちゃんとわかってもらえるだろうか。01/05 10:09
凩 時雨
わかりますよー。
司祭が背信者でしたか。続きが気になるところです^^;
01/06 15:35
しぐれもん
あ、助祭かと思ってました。01/07 14:03
野良(--)
よく読んでるなぁ。確かに助祭だ。
この信仰関係の役職名というのも、オリジナル世界ではちょっと面倒なところなんだよな。
軍隊の階級とか、政府の役職とかも。
俺はそれらの名称もオリジナルにしたがるタイプなのだが、
どれぐらい偉いのかとかの説明が難しい。01/07 17:52
凩 時雨
ホントだー…助祭だぁ^^;
すっごいスルーしてた(汗01/08 01:55
しぐれもん
指パッチンで一国が滅ぶとか、極端に権力を持つ役職なら書きやすいでしょうねぇ。01/12 16:40
最終更新:2010年03月17日 03:23