2005.11.30 20:11
野良(--)
「違うんだ、ラフィ、誤解だっでごヴぇ!?」
懸命な言い訳を始めようとしたライの腹に、ラファルの杖頭が叩きこまれた。つんのめり崩れ落ちた少年の身に、さらなる重みが加えられる。
「なにが誤解なのよっ。こんないかがわしい宿で、裸の女連れこんでっ」
「誤解じゃなくて~、二階だよね~」
「どうでもいいけど、床抜かないでよね」
目の前で突如はじまった騒乱にも、灰髪の女は動じずにいた。しきりに首の宝石を弄(もてあそ)ぶばかりで。踏みつけられていたライが動かなくなった時、ぽん、と手を打ちつけた。
「ああ、昨日の<麻痺の網>(パラ・ネット)のお嬢ちゃんだ」
「は?」
ラファルの疑問の息を気にもせず、女は楽しげに話し続ける。
「あれはけっこう効いたよ。最初に追ってた連中よりも優秀だね、あんたは。おかげでその子に追いつかれちゃってさ。まあ、おかげでこうして寝床にありつけたわけだけど」
それがいつの事を語っているのか、ラファルはおぼろげに理解する。信じたくない心とともに。だが、ラグリーズの信徒であるという意識が、現実からの逃避を許さなかった。目の前の女性こそ、昨日対じた獣であり、つまり、
「貴女、半獣なの?」
「そうだよ。なに、知らなかったの?」
歯を見せ浮かべた笑みの表情は、確かにどこか見覚えのあるものだった。
「あたいはクレアだ。よろしくな」
反目するアクティスと獣人の間にも子は生まれる。総じて『半獣』と称される彼らの、外見はアクティスとほとんど変わることはない。肉体的な強靭さも獣人に及ぶ程ではないが、ある特異な能力を有していた。
その身を獣そのものに変じる能力を。
だが、彼らの不運は生まれそのものにある。敵対する両者の間に生まれた子を、そのいずれの種族もが疎(うと)み蔑(さげす)んでいた。
森で、街で、人目を忍(しの)びながら生き、そして死んでいく。孤独の果てに晴らしようの無い恨みを他者にぶつけることもまた多く、それゆえさらに危険視されて。
アクティオにおいて半獣の者は、殺してすら罪にならないのだ。
緊張を隠さないラファルの前で、クレアはその姿を変えた。確かに昨日遭遇した、人の身ほどの大猫に。
声を飲み、ラファルは杖を身構える。
「半獣の輩が、アクティオの街でなにを企んでいるのっ。……ってナツメ、貴女もなにをやってるのよっ」
「肉球~、ぷにぷに~、気持ちいいよ~」
よく見ようと近づいたナツメは、手招きに応じてその肉球の魅力にとりつかれてしまっていた。しきりに前足を弄(もてあそ)ばれるがままの大猫も、彼女の頭上にいる蠍や首の蛇に、物珍しげにちょっかいを出している。
あまりの緊張感のなさに不審の念を抱きながらも、ラファルは事態の張本人を引きづり起こした。
「ライっ、貴方、なに考えてるのよっ。半獣を匿ったりなんかして、犯罪よ、犯罪! こんなことが守護隊に知られたら……!」
「ま~ま~、ラフィ。大丈夫だよ~」
大猫に圧し掛かられて潰されながら、楽しげにナツメが言う。
「大丈夫って、なにがっ」
「黙ってればわかんないよ~」
「そんなわけにはいかないでしょっ。……いいえ、むしろいい機会だわ。この店ごと摘発してもらいましょう。こんな場所が我がアクティオにあるからいけないのよ」
黙って成り行きを見守っていたマッチが、その呟(つぶや)きに反応した。目に変わらぬ嫌悪の色を宿したまま。
「ちょっと、ウチは関係ないじゃない」
「大有りだわ。半獣をそれと知って匿(かくま)っていたんだから、言い逃れはできないわよ」
応じるラファルも、眼差しはあまり変わらない。
再び膨らむ緊張感。睨み合う両者は、互いに自らの武器を手に、ゆっくりと構えをとる。
最初に動いたのは、ようやく開放されたライだった。
「<夢の誘い>(ドリーミア)!」
「!? くっ……」
突如襲いかかった深い眠気に、ラファルは意識を集中して抵抗した。崩れそうになる体を支えながら、術の主に視線を飛ばす。
「ライ……、貴方、なにを……」
「いや、ちょっと冷静になれよ。なあ、ナツメ」
「うい~」
間延びした返事と同時に、
ぷす
ラファルの尻を鋭い痛みが突いて抜けた。
「いたっ! ナ、ツメ、貴女、ま、で……」
思わず払った手にあたり、三尾の蠍が床に落ちる。致死、麻痺、眠りの三毒を使うナツメのペット、三色蠍のマリアンヌだ。
這って戻った愛しいペットを、迎えた主の表情は、困りながらも垂れていた。
「だって~、クレアの肉球ぷにぷにだし~」
――そんな理由があるか――
発しようとした批難の言葉は、もはや音にすらならず。
内外からの夢の重みに、ラファルの意識は闇の底へと落ちていった。
凩 時雨
続きが気になりますよー。12/04 19:26
最終更新:2010年03月17日 03:47