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ラファル=ベゼリゼの受難・1

2005.11.17 09:39

野良(--)

「偉大なる知性の神ラグリーズよ」
 壇上から朗々と、司教の声が響き渡る。
「主の敬虔(けいけん)なる僕(しもべ)たる我ら、リーズが祈りを捧げます」
 薄い緑を基調とした広い広い講堂に。
 乱れぬ列を成し、同色の衣を纏(まと)った人々が、通った言葉を一斉に復唱する。
「「偉大なる知性の神ラグリーズよ。
 主の敬虔(けいけん)なる僕(しもべ)たる我ら、リーズが祈りを捧げます」」
 節に合わせて手にした杖を動かしながら。
 前へ、後ろへ、左へ、右へ。
「「我らに知の導きを、常に静かなる心を与え給わんことを」」
 ステンドグラスから差し込む光に、緑の講堂は森の中のような滑(なめ)らかさに包まれている。
 信者達の握る杖の軌跡は、さながら風に揺れる梢(こずえ)の影。
 その様を、杖を掲げた老人が見下ろしていた。
 鈍色(にびいろ)神像が。
「主の御加護を(ラ・ファード)」
 司教の最後の言葉とともに、円を描いた杖の群れが止まった。
 彼らの主と同じ姿で。

 王と六柱の神が信じ仰(あお)がれる宗教国家アクティオで、七日に一度巡ってくる祈りの日。
 ここ、首都アクティオのラグリーズ神殿でも、粛々と祈りの儀が行われていた。知性の神の信者(リーズ)たちのその様は、規則正しく美しい。
 これが感情の神の信者(ファル)や混沌の神の信者(フリー)だと、まるでお祭のような騒ぎになっているところだ。

「みなさん、目をお開けください」
 壇上からの司教の声に、沈黙の間に思い浮かんだ不謹慎な想像を、ラファルは小さく頭を振って追いやった。長い黒髪を僅(わず)かに揺らし、瞼(まぶた)を上げて杖を下ろす。周囲のラグリーズ信者(リーズ)達も同様に、緊張を解していった。
 送り出す司教の声に導かれ、人の列がゆっくりと外へと進んでいく。心なし足取り軽く。祈りの日は安息日でもあった。皆に思い思いの午後があるのだろう。
 両親も同様であるはずだ。その思いに期待をこめ、ラファルは先を歩く父と母に声を掛けようとした。
「お父様、午後からご一緒に……」
「ラファル、先に帰っていなさい。私達は司教様と少しお話があるのでな」
 振り向いた父親に他意はない。ラグリーズ信者(リーズ)の典型とも言える彼は、ただ事実だけを淡々と娘に告げた。その表情の変化を気にすることもなく背を向けて。
「は、はい……」
「ラファルさん。階位試験がもうすぐね。貴女には期待しているの。努力を怠ってはいけませんよ?」
「ええ、お母様。わかっておりますわ。午後は、修術を行うつもりでしたから……」
 母親との会話の間にも、父の姿は遠ざかっていく。だが、ラファルの形のよい眉が僅(わず)かばかり歪んだのも束の間だった。
「そうね。貴女なら当然だわ。それじゃ、がんばりなさいね」
 いつもと変わらぬにこやかさのまま、母は父の背を追っていく。それを見送るラファルの表情も、常と同じ冷たさを纏(まと)うものとなっていた。小さな溜息だけを違えて。
 人並みが流れている以上、その場に留まり続けてもいられない。押されるようにゆっくりと、ラファルも足を進めていった。規則正しく流れていた人の列も、神殿を出れば緩やかに広がり散っていく。森から抜け出たような錯覚とともに、ラファルは白い日差しに手を翳(かざ)した。
 同時に、その表情にも光が差す。僅(わず)かに目元を緩めながら、ゆっくりと見つけた相手に近づいていった。母によく似た笑みを浮かべて。
「おはようございます、フォルド様」
「む、ああ、ベゼリゼ君か。おはよう」
 声を掛けられた壮年の男は振り返ると、表情も変えずにそう応じた。短く刈り揃えられた銅(あかがね)の髪に切れ長の鳶(とび)色の瞳。ラファル同様の簡素な緑衣に法衣を重ね、荷を負った馬を引いている。ラグリーズの神殿で助祭を務めているフォルドは、相手が誰であれ冷静な態度を崩さない。模範的なラグリーズ信者(リーズ)の態度を貫く彼に、ラファルは尊敬の念を抱いていた。そうでなければ、彼女がこれほど友好的な態度をとることはほとんどない。
「随分たくさんの荷物ですね。お出かけですか?」
「ああ、近隣の街や村に説教巡りだ。視察も兼ねてな」
 手綱を引きながらフォルドは答えた。馬の嘶(いなな)きを聞きながら、ラファルの表情に嫌悪にも似た色が浮かぶ。
「アクティオの外に出られるのですか? 獣の群れの野に」
 アクティオが国家として在する領域には、アクティオの民(アクティス)に敵対する種が存在する。
 獣の力を操る種族、獣人が。
 人と獣を合わせた姿に、それに相応しい力を有する民。獣らしい蛮性と、残虐性を備えた種。アクティスにとって、彼らに害をなす悪意の存在。
 長きに渡り、両者は深い対立の歴史を重ねてきた。互いの憎悪の根は深く、アクティス達は幼き頃から獣人に対する敵愾心(てきがいしん)を育(はぐく)まれてきた。ラファルのそれは並よりも根が深そうだ。
 なにかを感じとったのだろう。フォルドはそんな彼女の意識を散らすように、宥(なだ)めた荷馬の頭を大きく揺らさせた。
「……問題はない。私も心得はあるからな」
「あ、いえ、フォルド様が獣風情に後れを取るとは思いませんが、その……」
 それでラファルは我を取り戻したらしい。
 言いよどむ様子を横目で見ながら、フォルドは手綱を引いて歩き出した。
「それでは。……君にラグリーズの加護があらんことを」
「は、はい。フォルド様も、ご加護を」
 見送る声に振り返りもせず、ラグリースの助祭は旅立っていった。応える言葉はないが、ラファルは特に問題としていないようだ。威風堂々と遠ざかる背中が、消えるまで見送っていた。
「フォルド様……」
「いや~、画になるね~」
「なっ、ナツメ!?」
 横から掛けられた間延びした声に、呆けていたラファルは驚きの表情をそちらに向けた。
 先端を束ねた桃色の長髪。頭上には三尾の蠍(さそり)。丸い顔に丸眼鏡をかけ、首には太い蛇を巻き、足元のもさもさな不思議生物にスティックサラダを与えている。異国のマヨ・ソースをつけて自身もそれを齧(かじ)りながら。
 見間違えようもなく、学友のナツメであった。『一人動物園』と指差される周囲の視線を気にもせず、もさもさとサラダを食べ続けている。
 長く一緒にいるせいで、ラファルもすっかり馴れてしまっていた。習慣とは恐ろしい。それでも、呆れと疲れの息は尽きることはないようだ。
「貴女、レイファル様へのお祈りはどうしたのよ」
「終わったよ~。今はこの子たちと散歩中~。ラフィ、一緒にいこ~」
「……わかったわ。でも、少し離れて歩いてよね」
 なんだかんだと文句はつけるが、ラファルは彼女に弱いのだった。


野良(--)
アクティオ小説の第一節です。
新キャラやら設定やらが増えていきますので、
まぁ出るたびに追加で投稿しておきましょう。
いくつか反応をみてから次いきます。11/17 09:41

abendrot
ナツメ、いい味を(笑
こうして文章にしてくださると、やっぱり世界観が固まる感じがしますね。やっぱり、設定を確定させるには本文が必要なのかも^^;11/20 21:09

野良(--)
書きながらでないと設定できないことってのもあるからな。
設定だけで満足してしまうと、それを具体的な形にしたときにまとまりがなかったりする。
設定と執筆を三回ぐらい繰り返した方がいいんだろうな、完成度をあげるには。
そこまでの根性がなかなかでてこないのだが。11/22 01:19

しぐれもん
おぉ、とうとう解禁。師匠の力、余すことなく発揮して下さい。11/23 03:04

野良(--)
人事のように言っているのではない。
チャットが終わったら書くといっていたものはどうしたぁ。11/24 22:21

しぐれもん
いや②、ちゃんと書いてますよ。
自分の奴用と、ふぁんらぼ用の。
ふぁんらぼ用は、推敲点が多すぎて…。11/26 13:45
最終更新:2010年03月17日 03:53
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