2005.09.07 00:31
野良(--)
ほどなく、ベインは目的としていた場所へと辿りついた。これも、日々変化する『闇市』の情勢になぜか詳しいバドのおかげだ。先に提示した報酬はさらに二つ奢(おご)ることにされたとはいえ。
今はその欲深な案内人もいない。殴り飛ばした一団を引きずり行ってしまった。最後まで付き合ってくれればいいのに、と、今にも崩れ落ちそうな三階建ての廃屋を前に、ベインは心の中でぼやく。
それでもやがては意を決し、扉を落として足を踏み入れた。
薄い光すら届かぬ屋内は当然のように暗い。警備隊の宿舎にも似た部屋の並ぶ廊下は、進むほどに不気味な音を立てる。左右に並ぶ穴だらけの扉や壁からは、時折物音が聞こえてきた。鼠や虫の気配ならまだいいのだが、たまに聞こえてくる唸り声や殴る音はなんなのか。考えたら負けだとでも言うように、ベインはひたすら先へと急いだ。
抜けそうな階段をなんとか上り、辿りついた二階右手の部屋。ここに目指す店はあるという。
叩けば木切れの落ちる扉を一応ノックし、ベインはノブの抜けた取っ手を引いた。
「……おじゃましまーす」
「なんじゃ若造」
「どわあ!」
入っていきなり掛けられた声。驚き横に飛んだ拍子に、開けたばかりのドアが半分に割れて頭に落ちる。それにも気づかずベインはただ、声の主に泳ぐ目を向けていた。
額から登頂の禿げ上がった、ずんぐりむっくりの老人に。どうにも捉えようのない表情のまま、ぷかりとパイプを燻(くゆ)らせている。
「人の住処を変に荒らすでない。明日にはいなくなるとはいえ」
「あ、あなたが、オーボルさん? 呪物商の」
呪物は魔法の補助材料。売買でそれを取り扱うのが呪物商と呼ばれる商人だ。イージャの言を信ずるならば、オーボルはその道で大陸の五指に入る人物であるという。
「うん? なんじゃ小僧、客か」
言葉はめんどくさそうに、しかしどこかいそいそと、老人は背負ったザックを置いて広げた。見えたものといえば枝の伸びた枯れ木、薄汚れた球、半分濡れた瓶に、もぞもぞと動く小さな袋。その他、いかにも怪しげな品の数々。オーボルはそれらを前に、自慢するような誇らしい表情をみせる。廃屋の中で得体の知れないモノを並べる彼の姿は、ベインにはどこか妖魔めいて見えた。
「なにが入り用じゃ。金次第ではなんでも揃えてやるぞ。竜の牙から王の髭まで、な」
「いや、ヒゲはいいです……。俺、イージャさんの使いでして。モノを受け取ってこいって言われてて」
「イージャ……おう、『微笑殺し』の娘か! うむ、取り寄せてあるぞ。さすがにいい買い物をしよる」
一人でなにかに納得しながら、別の荷を探るオーボル。そこから飛び出した箱が転がり、ベインの足元で蛇のような音をたてた。よけるとじゃれるように足元を転がりまわる。なんだと思いながらも踏まぬよう、蹴らぬように足を絡ませていると、オーボルがあっさりとりあげた。
「なかなかいい踊りじゃな。ほれ」
「やりたくてやってたわけじゃ、っと、これが、イージャさんの?」
代わりに伸ばされた手の中に、紐で括(くく)られた二つ折りの獣皮があった。手紙のように見えなくもないが、中はやや膨らんでいる。封じる紐の結びもかなり雑で、とても『闇市』に相応しいものにはみえない。
差し出されるがまま触れてみると、中には硬い感触があった。しかし、
「ずいぶん、みすぼらしいというか、扱いがてきとうというか……」
「取り扱いには注意せいよ。決して水には触れ……む?」
言いかけた言葉を中断し、オーボルは手に触れたものを引き寄せた。獣皮の封を受け取ろうとしたベインの右手を。不意に引かれた力の強さに、小さく前につんのめる。
「な、なんです?」
「黙れ。……ふむ……うむ……なるほど……」
今までにない鋭い口調、真剣な眼差しに両手を使って、オーボルはベインの手を調べ始めた。手のひらからその相、厚み、大きさ、指の長さ。肉を摘(つ)まみ骨を叩き。指の動きから筋肉の張りまでこと細かく。一つ調べるたびにこぼす感嘆(かんたん)と驚愕(きょうがく)の声に、ベインにも妙な期待が高まってきた。
「じいさん、占いかなにかできんの? 俺ってそんなにいい運勢してる? 恋愛運は?」
「む? ワシはただの呪物商よ。人の運命などわからん」
オーボルは答えながら手の持ち主に視線を戻した。傷口のような口をうっすらと開きながら。
「ワシにわかるのは呪物の良し悪しだけじゃ」
それまでのお気楽が一転し、ベインの背筋を悪寒が走りぬけた。老人の口で糸引く唾が、したたる血肉のようだ。いつの間にか、その右手には大振りの鉈(なた)が握られている。
「お前さんの腕、質のいい呪物になるわ。どうじゃ、腕一本五万で譲らん……」
言葉を最後まで聞かず踵(きびす)を返し、ベインはその場から走り出していた。所々床を抜きながら。
取り残されたオーボルは、しかし気分を害しもせず、ただ不気味に佇(たたず)んでいる。
「まあ採取はいつでもできるしのう」
一人悦にはいる老人の足元に、蛇音の箱が飽きることもなくまとわりついていた。
しぐれもん
いやぁ~~~~~!!!!
オーボル、怖っ!
微笑殺しの娘ですね、そういえば。09/07 17:55
野良(--)
闇市に店を構えているような連中は、程度の差こそあれ変人ばかりです(--)
09/07 19:28
しぐれもん
採取とか…恐ろしい…。09/08 07:59
最終更新:2010年03月17日 04:02