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小説「ランドールの日々」―4―

2005.09.05 00:08

野良(--)

 軽やかな音を立て、店の扉がまた開く。レニスは即座に反応し、
「いらっしゃいま、せっ……!?」
「あらー、レニスくん。元気してた?」
 入ってきた黒衣の美女に抱きしめられた。その顔は、施療院のマーシャと瓜二つ。そんな彼女の胸の中で、もがき暴れる弟を、ベインは気にすることもなく食事を続ける。
「イージャさん、は、離しっ! に、兄さん、助けてよっ」
 兄弟の必死の懇願に対する兄の答え。
「……フ」
 そしてますます足掻(あが)く弟。
 そんな少年のいたいけな様を十分に堪能すると、美女は真紅の唇を耳元に寄せ、
「ひひゃっ……」
 息を吹きかけ沈黙させた。力の抜けた体を抱えたまま、手近な椅子に腰を下ろす。
「ふふ、ウブな反応。かわいいわ」
「イージャさん。あまりやりすぎると犯罪になりますからね」
 窘(たしな)めるようなベインの言葉は雑談のような気楽さだ。それは、彼女がマーシャの姉であるから、などという理由からではない。
 多分。
「大丈夫よ。レニスくんにしかしてないから」
「それならいいですけど」
「い、いいことあるかあ……」
 かろうじて戻ってきたレニスの意識は、背後からの抱擁(ほうよう)に再び底へと落ちていった。
 少年の、日向のような柔らかい髪に頬をすりよせていたイージャだったが、
「あ、そうだ」
 不意にベインに言葉を向けてきた。
「ねえ、お使い頼まれてくれない?」
「イヤです」
 返ってくる即答。
 瞬間呆気(あっけ)にとられ、次いで目を吊り上げるイージャの変化に、ベインは慌てて言葉を注ぎ足す。
「だ、だって、こないだもお願いとかいって、雷おとしてくれたじゃないですかっ」
「魔法の実験よっ。脳を活性化させて記憶力を強化できるはずだったのに。意識が飛んだりしたのはあんたの根性が足りなかったからじゃない」
「その前だって、魅力倍増の薬だなんて。あれ飲んだ後、街中の野良猫に襲われたんですよっ」
「街中ってことはないわ。だいたい半分ぐらいのはずよ。なんで雌猫にしか効かなかったのかはわからないけど」
 遡(さかのぼ)っていくかつての悪行に、イージャはことごとく反論するが、その正当性は当人にしか通じまい。過去五つほどの前例が繰り交わされ、ようやく不毛な争いは終わった。話が尽きたためではなく、互いの息が続かなかったために。
「過去は過去でしょ。世界は日々進歩しているのよ」
「被害が進歩しているようにしか思えないんですが」
「ああ、もお! そんな小さなことにこだわってるからモテないのよ、あんたは!」
「ぜ、ぜんぜん小さくないじゃないですか」
 反論しながらも思い当たるフシでもあるのか、ベインの声には力がない。怪しい光を瞳に宿し、イージャは甘えた声で言葉を続ける。
「今日のは本当に簡単なお使いだから。ね、行ってきてよ。もちろんお礼もするからさぁ」
「そんなこと言っても無駄で……」
「どのくらいですか?」
 ベインの言葉を遮って、再度復活したレニスが頭上に問いかけた。イージャは軽い驚きを顕(あら)わにしながら、クスリと笑ってその耳元に口を寄せる。
 震え、顔を赤らめながらも、レニスはその条件に納得したらしい。ふらふらとイージャの腕から逃れると、力なく兄の肩に手を乗せた。
「じゃ、がんばって」
「をい」
 文句を並べようとするベインに先んじ、レニスは更に言葉を次ぐ。
「先月の分の給金、こないだの始末でずいぶん削られたよね」
「う”」
「生活苦しいんだよ、わかってる?」
「……はい」
「やるよね」
「……謹(つつし)んで受けさせて頂きます……」
 立て続けに突きつけられた現実に、すっかり縮んだ兄に一瞥(いちべつ)をくれると、レニスは掃除を再開した。
 すっかり冷めた怪魚の切り身を、ベインは力なく口に運ぶ。ほんのり涙の味がした。
 その様を眺めるイージャは心の底から楽しそうだ。
「失礼ね。あたしのお使いがそんなにイヤなワケ?」
「最初にそう言ったじゃないですか」
 ベインの率直な返答に口の端を引き攣(つ)らせながらも、優雅に髪を掻きあげる。胸元から抜き出した、薄い紙片を見せつけながら。
「あらそう。そんなにイヤならいいわよ、やめても。いいものあげようと思ったのに」
「なんです?」
「人形展の招待券、二枚」
 不審気に見ていたベインの表情が、その言葉で一転した。警備隊のアイドル、白衣の天使マーシャ・リーゼスの、一番の趣味が種を問わぬ人形の収集なのだ。当然その手の展覧に誘うのならば、断られることはまずありえない。
 喉の奥に手が見えそうなベインを見ながら、イージャは口元をその招待券で隠す。
「なんなら、あたしからマーシャに言ってあげてもいいんだけどな。ま、別に他の子に頼んでも……」
「イージャさん!」
 座っていた椅子を後ろに蹴り飛ばし、ベインはその場に立ち上がった。イージャの正面に向き直り、完璧な敬礼を向けて。
「不肖、このベイン・ラクレバーっ、命に代えてもイージャさんのお使い、果たす所存(しょぞん)であります!」
「そ、そう、ありがと。じゃ、おねがいね」
「まかせてくださいっ。俺にかかればもう、お使いのひとつやふたつ楽勝ですよ。はっはっは」
 いきなりな盛り上がりに軽く呆気にとられるイージャの様にも気づかずに、ベインは残っていた食事に齧(かぶ)りついた。瞬く間に、怪魚は骨も残さず消えていく。わかりやすい行動だ。
「単純ねー」
「本当に……」
 背後で交わされている会話も知らず、
「おばちゃーん、おかわりー!」
 単純な男は二匹目を持ってきたバプルとともに、宿が揺れるほどの笑い声をあげていた。


abendrot
この姉妹、全然違うはずなのに、すごくそっくり……何でだろう(笑09/06 10:01

しぐれもん
ベイン君、どうしようもない単純さですね(笑09/06 17:19

野良(--)
いわれてみれば根っこの部分がそっくりだな、この姉妹。
多分母親の血が濃いんだろう(笑)
ベインくんは単純さが売りのキャラクターだな。
なかなかとり回しがしやすい奴だ。
09/06 19:42

しぐれもん
使いやすそうですねー、ベイン君(笑

3人称いいなー…。09/06 21:09
最終更新:2010年03月17日 04:07
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