あえてのプラチナ その1

「私、今度のテストの点数がよかったらポケモン買ってもらえることになったの」
「へえ、よかったじゃん。買ったら僕のセレビィを一匹上げるよ。しずかちゃんなら高得点なんて余裕だよね」
ある晴れた冬の日の午後のことだった。
ここはいつもの空き地。
談笑するしずかとスネオの隣では、ジャイアンと出来杉の白熱したポケモンバトルが繰り広げられていた。

「ハッサムのアイアンヘッドで決めてやるぜ!」
「残念。ネイティオは教え技で熱風を覚えるようになったんだよ」
ネイティオが繰り出す炎技を受け、ハッサムはアイアンヘッドを繰り出す前に倒れてしまった。
今ので手持ちが全て瀕死になり負けたジャイアンは、悔しそうに頭を掻く。
「ああっまた負けた。やっぱり出来杉は強いな」
「いやぁそんなこと無いよ。剛田君だってなかなかやるじゃないか。ほら、僕のビーダルを倒したときのアレはよく考えられていたよ」

一見、全員が楽しんでいるようにみえるこの光景。
しかし、そんななかDSすら持っていないのび太は一人溜息をついた。
「あーあ、みんないいよなぁポケモンを持ってて」
のび太はポケモン未経験なわけではない。とある理由があって、赤版を途中で投げ出してしまったのだ。
しかし、他の人がやってるのをみるとじぶんもやりたくなってくる不思議現象のせいで、のび太は今みんなを羨ましく思っていた。
「ねえドラえもん、ポケモンの世界にいける道具を出して!」
のび太は、隣に座っているドラえもんに抱きつく。
「やめてよね。いくら僕が本気を出しても、そんな道具あるわけないだろ?」
それを見て、ジャイアンはのび太をからかう。
「ハハハ、俺様の銀版を貸してやろうか。今ならおまけでゲームボーイカラーもついてくるぜ」
「いいよ別に。それじゃあ皆と通信できないじゃないか……」
落ち込むのび太。そう、彼は皆が今やっている最新作、『プラチナ』をプレイしたかったのだ。
あのムカデのようなポケモンを使って見たいなあと、ずっとあこがれていたのだ。

「フフフ、ポケモンの世界に行く方法ならありますよ!」

「本当!?」
どこからともなく聞こえてくる、覚えの無い声に飛び上がるのび太。
しかし、あたりを見回しても誰もいない。空耳だったのだろうか。
出来杉が上を指差す。そして、口をあんぐりとあけた。
「ねえみんな、あれ……」
視線がいっせいに上を向く。そして、全員が目の前の光景を疑った。
嘘だッ! とスネオが叫ぶ。
「どうして……どうしてエムリットがここにいるんだよ!」

そう。そこに浮いていたのは、ピンク色のポケモン、エムリットだった。
のび太もスネオとジャイアンが持っているのを見たので、その名前はわかる。
当然、持っていたといっても、それはゲームの中での話だが。
エムリットは不敵な笑みを浮かべると、高らかに宣言した。
「さあ、皆さんをお連れしましょう。夢と冒険の世界へ!」

次の瞬間、のび太たち6人は見知らぬ場所にいた。

「ここはいったい……?」
本当にあっという間だった。
エムリットが指を鳴らした瞬間、空き地ではないところに瞬間移動していたのだ。
辺りを見渡すと、所々に雪がとけ残っている。
「ねえ……みんな。『ここはフタバタウン、若葉が息吹く場所』ってこの看板に書いてあるよ? 雪も降ってるし、プラチナと同じみたいだね」
出来杉がすぐそばの看板を指差して冷静に推理を述べる。どうでもいい、とのび太は憤慨する。
しかも丁度その時、一匹のムックルが元気よく上空を飛んで言った。
のび太は悲鳴を上げる。
「じゃあ本当にポケモンの世界にきちゃったの!?」
「やい、そこのお前! 俺たちをどうするつもりだ!」
ジャイアンの怒りの形相にもエムリットは余裕の笑みを崩さない。
「別にどうもしませんよ。ただし、ここから帰りたければポケモンリーグのチャンピオンに勝ってくださいね。
ここの時間は、向こうの世界と違って遅く流れているので、心配なさらないでくれて結構です。……じゃあ、そういうことで」

そういい残し、捕まえる間もなく飛び去っていくエムリット。
全員が突然の出来事に戸惑い、しだいに絶望に打ちのめされていった。

意味がわからないし笑えない! と、焦りを隠せなくなる一同。
ついにスネオはのび太に掴みかかる。
「やいのび太! お前のせいだぞ! お前がポケモンの世界に行きたいなんて言うから!」
「そ、そんなこと言われたって困るよ……」
「まあまあ、スネオさん落ち着いて。のび太さんに責任はないわよ」
しずかになだめられ、スネオはそっぽを向く。
「そうだ、これドラえもんの道具なんでしょ?僕を満足させてくれようと!」
期待をこめて、ドラえもんにそういうのび太。
しかしドラえもんは首を振った。のび太の脳裏に絶望の二文字がよぎる。
「残念だったけど、違うね。さっきもこんな道具無いって言ったじゃないか。とにかく、これは大変なことになったよ。なんとかしないと!」

重苦しい空気が包み込む。いきなりこんな無理難題をふっかけられては、誰でもこうなるのは当然だろう。
しばらくしてジャイアンが言った。

「でも、別に簡単なことじゃねえか。さっさとチャンピオンを倒して帰ればいいんだろ?」
「どうやって!ゲームみたいに簡単にいくとは限らないじゃないか!」
いいや、と出来杉がくびを振る。
「剛田君の言うとおりだよ、骨川君。今わかる限りでは、これしか残された方法はないんだ」
「じゃあポケモンはどうするのさ!」
悩む一同。出来杉はそんななか、溜息をついていった。
「しょうがない。こうなったら、ゲームどおりであることを信じるしかないね」
出来杉の次の一言がわかり、のび太の心は躍った。
「ナナカマド博士とやらにポケモンを貰いに行くんだね!」

そうかんがえると、あながち辛いだけとはいえないかもしれない。
何せのび太はポケモンの世界にあこがれていたのだ。少々の危険は、いままでにも沢山経験しているので大丈夫だろう。
ジャイアンは言った。
「じゃあそうと決まったら早くいこうぜ!なんだか楽しみになってきたぞ!」
「ほ、本当にいくの……?」
弱音を上げるスネオだが、ジャイアンに睨まれ、沈黙する。
こうして一行は、ナナカマド博士のいるマサゴタウンに向って歩き出した。
なんだか理不尽だが、彼らの長い冒険はこうして始まったのだ。

のび太は一人誓っていた。炎タイプのポケモンだけは選ぶまい……と。

「さて、問題はここをどう通り抜けるかだね。一応説明しておくと、草むらでは野生ポケモンが飛び出して来るから迂闊に歩けないんだ」
彼らはフタバタウンを抜け、博士がいるマサゴタウンに続く201ばんどうろの途中で立ち往生していた。
目の前には草むらが広がっており、そこに一歩足を踏み入れれば野生ポケモンがいつ飛び出してきてもおかしくない。
ポケモンを持たない彼らにとっては、まさに危険な場所だ。

「馬鹿だな、簡単なことだろ? ポケモンが飛び出す隙を与えないよう全速力で走れば平気じゃねえか」
ライバル並の思考に不満を抱くのび太。
自分にそんな速度で走ることは不可能だということはとうの昔に悟っている。
「やめようよジャイアン……」
「私も、危ないならどこか他の道を探したほうがいいと思うわ」
反対する二人だが、ジャイアンは聞く耳を持たなかった。
「どっちの道ここを通り抜けねえと元の世界に帰れないんだ。さ、行こうぜ」
草むらに足を踏み入れようとするジャイアンの元に、鋭い声が飛んでくる。

「待てい!!」

驚き、さっと足を引っ込めるジャイアン。
草むらの向こう側から、白いひげをはやした老人がつかつかと歩いてきた。
「君達、ポケモンを持っておらんようだな? それなのに草むらに入るとは一体どういうことだ!?」
「ご、ごめんなさい!」
その気迫に押されて謝るジャイアン。さすがの彼も、この迫力には勝てなかったようだ。
出木杉はそれをかばうように口を挟む。
「危ないところを引き止めてくださり感謝します。ひょっとして貴方はナナカマド博士ではないですか?」
「おお、私の名を知っているのか」
「はい、なにせ有名ですから。僕たちは、あなたにポケモンをいただけたらなと思いマサゴタウンまで行こうとしたのですが……」
優等生らしく博士に説明をする出木杉。
博士はのび太たちの顔を順番に眺めると、後ろを向いてなにやらぶつぶつと呟き始めた。
そして暫くして、またこちらを向く。
「しかたがない。そういうことなら、私のポケモンをたくしてやってもいい」
「本当ですか!?」
全員の顔がぱっと輝く。博士はやれやれと溜息をついた。
「ただし、もう二度と無茶をするんじゃないぞ! それと、ポケモンを大切に扱わなかったら承知しないからな」
元気よく返事する一同。なんとかポケモンを手に入れられて、安心したのだろう。
「だが、今はポケモンたちの入った鞄を湖においてきてしまって、一匹しか手元にいないのだ。近くのシンジ湖まで一緒に来てくれ」

そして、少し歩いてシンジ湖につく。
「綺麗な湖ね……」
しずかがうっとりしながら呟く。だが、そこには既に先客がいた。
青い髪の男が湖を眺めながら、なにやら独り言をぼやいていたのだ。
「……流れる時間、広がる空間。いずれこのアカギのものにしてやる。
それまでこの湖のそこで眠っているがいい、エムリット」
「おじさん、ひょっとしてエムリットについて何かしってるの!?」
スネオの声に振り向く青髪の男性。愛想の欠片もないような無表情だ。
その何とも言えない迫力に押され、スネオは少し腰を引かせてしまった。
「エムリットは感情の神だ。残念ながら、君のような子供が遊び半分で捕まえられる相手ではないな」
どうやら、エムリットを捕まえようとしていると勘違いされたらしい。
青い髪の男は、そのあとはのび太たちに目もくれずに湖を立ち去った。

「……ああいう人間にはあまりかかわらんほうがいいかもな。ところで君たち、エムリットに興味があるのか?」
全員の視線が博士のほうに向く。
「おっと、期待しないでくれ。私はそこまで詳しくないのだ。このことなら、カンナギタウンの長老に聞くのが一番かもしれんが……」
カンナギタウン。ゲームを経験したジャイアンたちならわかるが、ここからだとかなり遠くの町だ。
博士は話題を変えようと、湖のほうを指差す。
「さ、君たち、あの鞄にポケモンが入っておる。勝手にあけていいから、早く見てくるといい」
そこには、茶色いしっかりした鞄が無造作に置かれていた。

皆はいっせいに鞄の周りにむらがり、ポケモンを選び始めた。
「ちょうど6匹だね……」とのび太は呟く。
「へへっ、じゃあお先に選ばせて貰うけど、俺はコイツにするぜ!」
ジャイアンが取ったのは、オレンジ色のサルのような外見をしたポケモン、ヒコザルだった。
のび太はそれを見て、心のそこでせせら笑った。
馬鹿だなぁ、弱いのに炎タイプなんか選んじゃって。その点、僕はもっといい奴を仲間にしてやる。
のび太は、ふと目が合ったポケモンのモンスターボールを手に取った。
「君にしよう。よろしくね」
ボールの中の青いポケモンは、任せておけ、と頷く。
その様子が頼もしく、かわいらしくて、のび太は自分の選択をとても喜んだ。

最終的に、彼らの手持ちはこうなった。

のび太  ポッチャマ
ドラえもん  ナエトル
ジャイアン  ヒコザル
しずか    トゲピー
スネオ    リオル
出木杉    ポリゴン

残された全員は、今後のことについて話し合うために少し休憩することにした。
「なあ、俺思うんだけどさ。せっかくだからみんなで競争しねえか? 誰が一番最初に全部のバッジを集めてポケモンリーグにたどり着けるか」
「じゃ、ジャイアン……みんなバラバラになるなんてまずいよ。なあ、出木杉?」
「僕も剛田君の意見には賛成だよ」
信じられないといったふうに、スネオは目を丸くした。
「競争相手がいたほうがやる気が出るし、なによりこの僕の可愛いポリゴンが手持ちにいれば負ける気はしないからね」
「面白そうね、私も頑張るわ」
「ぼ、僕だって。せっかくプラチナの世界に来れたんだ、みんなに負けるもんか」
「はっ、あの面倒くさがりののび太君がこんなにやる気に……。この気持ちを大切にしないとね。僕も賛成!」
次々に、ジャイアンの提案に賛成の票が集まる。
となると、みんなの目が向くのは必然的にスネオのほうだった。
「……はいはい、わかったよ。やりゃあいいんでしょ、やれば」
「よく言った、スネオ。それでこそ俺の見込んだ男だ!」
こうして、全員自分のポケモンが入ったモンスターボールを握り締め、ポケモンリーグまでの競争が始まった。
一人だけたどり着けずにこの世界に取り残されたりすることがないように、全員がそろうまでリーグには挑まないでおく、ということに決定した。あくまで建物までの競争だ。

「そうと決まったら、お先に行かせて貰うぜ!」
「ああ、待ってよみんなぁあ」
足の遅く体力も無いのび太は、さきに走っていったみんなに追いつこうと必死だったが、数メートル走った後、地面に倒れる。
そんな様子を見て、ポッチャマはやれやれと肩をすくめた。


「フフフ、皆さん、順調にスタートを切ったみたいですね」
そんなのび太たちの様子を、木陰で伺うエムリット。
こいつの目的は、一体なんなのだろうか……


最終更新:2009年08月30日 19:40
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