700その1

巷で人気のゲーム「ポケットモンスター」の「緑バージョン」を購入したのび太だが、射撃とあやとり以外はとことんダメな彼はその簡単なゲームでさえ序盤で行き詰まってしまった。
ドラえもんはのび太の教育係として、彼に物事をやり遂げる喜びを教えるのにこのゲームを利用することを思いついた。
「ゲームに入り込むマシーン」これは21世紀の科学革命後、世紀を跨ぐ直前に開発され、一世を風靡した機械だ。その機能はまさに名の通り、ゲームの世界に入ることができるのである。
ドラえもんはのび太に、その機械を使って件のゲームに入ってみないかという提案をした。のび太も、せっかく大金をはたいて買ったゲームを持て余すのは嫌だったので、快くその提案に乗った。……というより、喰いついた、といった方がより正確かもしれない。
ともあれ、のび太はポケットモンスターの世界に入ることになった。
そのマシーンではひとつのゲームに最大3人までの人が入ることができる。
だが、のび太とドラえもんが同時に入ってしまったら、何らかの不具合が起きた際に機械の操作を行う人がいなくなってしまうため、とりあえずはのび太だけが入り、あとからジャイアンやスネ夫など他の人も転送していくという次第になった。
「心配しないで。こちら側から君の動向はわかるし、何らかの形でコンタクトをとることはできるはずだから」
「うん。ドラえもんに任せるよ」
カセットを入れ、スイッチを押す。のび太は目の前が真っ白になった。


気づけばそこは花畑。のび太は、自分が無事ゲーム内に入れたことを理解した。
ここに来てからまず何をすればいいのか。また、ドラえもんとコンタクトを取るにはどうすればいいのか。不安が彼の脳内を支配するのにそう多くの時間はかからなかった。
こういう時、とりあえず動いてみるということをしないのがのび太であった。
じっと立ち尽くして、誰かが助けてくれるのを待つ。それが彼だった。

「君、どうかしたの?」
太った青年がのび太に声をかけた。のび太は事情を包み隠さず話した。
しかし、突然異世界からワープしてきたと言われて信じられる人はそうはいない。青年は話しかけたことを後悔した。
「お願いします! 助けてください!」
「いや……助けてくれって言われても」
この少年は本気で言っているのか、それとも俺をからかっているだけなのか、青年はしばらく思案したが、結論はでなかった。
この太った青年はのび太とは逆のタイプで、どうすればいいのかわからなくでもとりあえずなにかやってみる人間だった。
彼は突然自分語りを始めた。
「俺の父親は偉い科学者でな……」
のび太は心を無にした。
一方その頃、ドラえもんはジャイアンとスネ夫の説得に奔走していた。
ドラえもんは彼らが当然自分の提案に乗ってくるものだと思っていた。今までの例から考えると、確かに彼らは面白そうなことにはこちらが望まずとも首をつっこむ性質だった。
彼の唯一の誤算は、のび太のやる「ポケットモンスター・緑」はもはや時代遅れのゲームで、現在巷で人気のゲームはその続編である「ポケットモンスター金・銀」であるということだった。
スネ夫によると、金・銀バージョンと赤・緑・青・ピカチュウバージョンでの通信は可能だそうだが、それでは結局のび太くんは一人で冒険することになるではないか。それではほぼ確実にのび太くんは挫折する。まったく意味がない、とドラえもんは思った。
ドラえもんはその二人の説得を諦め、しずかちゃんや出木杉など、話の通じそうな人たちのもとに行くことにした。

その二人は元来あまりゲームをやらない性格だった。それゆえゲームに対する関心も薄く、説得は先の二人以上に困難を極めるかもしれないとドラえもんは危惧した。
しかし、その想像とは裏腹に、二人はおよそ二つ返事と言ってもいいほど簡単に承諾した。
その背景には、のび太に対する自然な思いやりがあるからかもしれないと、ドラえもんは解釈した。


ちょうどその頃、ゲーム内では――
「……と、いうわけなんだ。科学の力ってすげー」
「そうっすね」
デブの長いひとり語りが終わる頃には、のび太の考えもわずかながら変化を遂げていた。
のび太はいままでの受動的な生き方が――くだらない話を延々と聞かされる――この現状をまねいたのだと悟り、これからは一人で判断して一人で生きていこうと決意した。
「ありがとうございました。自分が何をすべきなのか分かりました」
「ああ。頑張れよ!」
早々に別れを告げ、のび太はポケモンの潜んでいると思われる草むらへと駆け出した。
マサラタウンにショップはないので、素手で自らの道を切り開いてゆくほかない。オーキドの研究所に行くという考えは自活の決意をした彼にはなまぬるすぎた。
幸い、彼の想像よりも潜んでいるポケモンの数は遥かに少ないようで、トキワシティにつくまでに襲われるということはなかった。もし襲われていたら、彼の身体能力ではまず生存していることはなかっただろう。


最終更新:2010年03月04日 21:06
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