大人のび太のポケモンストーリーその3

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絶望の再会


のび太は自分が作ったポケモンの世界の欠陥を思い知らされた。
この世界の支配者は自分じゃない『レッド』なのだと――
降りしきる雨の中、のび太はフラフラとそんなことを考えながら歩いた。
空地を出て、レッドが住んでいる王宮の方角を目指した。
会いたい、会ってレッドの存在を確かめたい。そんな気持ちが募る。
腹立たしい、自分を差し置いて王気どりなのが許せなかった。
(この世界を作ったのはレッドじゃない、この僕だ)
その気持ちだけが心を支配した。
しかし、雨は止むことはなく、のび太に容赦なく降りかかる。
それはのび太がこの世界の支配者じゃないことを暗示しているかのようだった。
寒い、傘もささずに夜道を歩いていれば当然だ。
何か、雨を凌ぐものがあれば……
のび太はどこかにコンビニでもないかと探したが、見つからなかった。
今の世の中、コンビニはどこにでもあるはずだったが、この世界にはコンビニ一つもない。
このままでは風邪を引いてしまう。せめて厚着を着てくれば良かった。
のび太が絶望に浸っていると誰かが傘を自分に差し出してくるではないか。
(ラッキー!)
のび太に傘を差し伸べてくれた人物は、
170センチ前後ののび太と同じくらいの背丈の長身の女性で、のび太は見覚えがあった。
幼き頃からの友人、源静香だ。
「のび太さんね。傘もささないで歩いてびしょぬれじゃないの!」
のび太は開口一番から怒られた。
でも嬉しかった。やっと見知った人と巡り合えたのだ。
「静香ちゃん、久しぶりだね。僕が作ったこの世界はどうだい?」
のび太は調子良く、静香に問いかけた。
「………のび太さん、最低!」
静香は顔を下に向き、一瞬悲しげな仕草をした後、のび太の頬をひっぱたいた。
のび太は不意をつかれてよろめいた。
「のび太さんのせいよ! のび太さんが作った世界はめちゃくちゃよ!
この世界に来て一年経つけど、レッドとかいう独裁者が国民を苦しめているだけじゃない!
罪もない善良な多くの人たちがちょっとでもレッドを批判したりしたら、
捕らえられて王宮の地下深くにあるという牢獄に閉じ込められるのよ!」
静香は泣きながら怒気を含んだ声で言った。
その顔は悲痛で様々な苦しみを経験してこなければ出来ないような顔だった。
「この世界に来て一年だって?
今日作ったばかりの世界だよ。僕は今日この世界を創造してやってきたのさ!」
確かに静香とのび太の言っていることには食い違うことがあった。
のび太は今日この世界にやってきたのだ。また、静香も同様のはず……
(どういうことだ? 何らかの拍子で時間軸がずれたのか?)のび太は疑問に思った。静香は一年前にこの世界に来たと確かに言っているのだ。
「確かに、のび太さんを見かけたのは今日が初めてだわ!
のび太さんだけ、この世界に来たのはおかしいわね。
でも、のび太さんがこの世界を作って皆を苦しめたのは確かなの!
早く元の世界に戻しなさい!」
静香は既に頭に血が上っている様子だ。怒りに我を忘れそうにさえなっている。
そんな静香を見たのは初めてだった。
「うるさいなっ!」
のび太は逆切れして静香を殴り飛ばした。
はっとしたときには静香の体は地面に横たわっていた。
のび太は後悔した。怒ったとはいえ、まさか自分が手を挙げるとは予想出来なかった。
(しまった……僕はなんということを……)
後悔しても遅い。静香は悲しんでのび太を見上げている。
まさか自分の心がこんなにもすさんでいたとは思いもよらなかった。
「昔ののび太さんとは違う。どうしてなの!?
どうして!」
静香は酷く失望した目をしていた。
「ごめんよ……悪気はなかったんだ。ついカッとなって口より手が出てしまった。
今は反省している。けがはしていないかい?」
のび太は反省の色を見せ、静香に近寄ったが、その手を静香が払いのけた。
「近寄らないで! もう知らない!」
そう言って静香は痛みをこらえた様子で立ち上がった。
そして豪雨の中駈け出して行ってしまった。
その瞬間――突然凄まじい落雷が落ちた。静香の方だ。静香の悲鳴が聞こえる。
民家が建ち並ぶ歩道の数軒先からのものだった。
のび太は傘を手に急いで数軒先の民家の近くへと走り出した。
息を切らしながら静香にたどり着くと、
ガクガクと震えている静香を漆黒のジャンパーにフードを被り、
ゴーグルを身につけた男が、静電気を全身にまとったポケモンを従えて見下ろしていた。
「静香ちゃん、この男は?」
問いかけても静香は返事をしてくれなかった。
のび太に対しての嫌悪感とはまた別な理由からのようだ。
それ程この異形の男が恐ろしいらしい。
謎の男が従えているポケモンはトゲが全身を覆っているサンダースだった。
「源静香……トレーナーランキング56位、ゴミめ。
お前のことは知っているぞ王国の反乱分子だ。
レッド様に忠誠を誓わない者は女だろうと容赦はせん」
謎の男はそう言い放つと静香の胸倉を掴んだ。
静香は苦しみもがくが女の力では振りほどくことができない。
「待て! お前は何者だ! どうして静香ちゃんを狙う!」
のび太は鼻息を荒くして謎の男に突っかかった。
「ずいぶん威勢がいいな、だが、調べてみると野比のび太、
トレーナーランキング127位。やはりゴミだな。
俺の相手ではない。俺は王国警備隊員のデンジだ」
「王国警備隊員? 何だそれは」
「王国警備隊とは、王国中のトレーナーの中から選りすぐりのエリート5人で構成された。
王国の秩序を守る部隊だ」
デンジは雨の中、フードと相手の強さが分かるゴーグルを外し、端正な容姿を露わにした。
「丁度いい、この女をかばうのであれば貴様も反乱分子だ。
この俺の電気ポケモンの力を思い知るがいい、いけっ、サンダース!」
「静香ちゃんは僕が助ける! いけっ、キノガッサ!」
二匹のポケモンが睨みを利かせる。互いに主人の命令を今か今かと待っている。
しびれを切らして先に攻撃したのはサンダースだった。
「サンダース、目覚めるパワー氷」
目覚めるパワーとは使うポケモンによって技のタイプが違う特殊な技である。
このサンダースが使う目覚めるパワーは氷。キノガッサの弱点だ。
サンダースの全身から凄まじい冷気が襲いかかる。
あっと言う間にキノガッサはダウンした。
あまりのサンダースの強さにのび太は一瞬何が起きたか分からなかった。
「クソっ、戻れ! キノガッサ!」
のび太は舌打ちをしながらキノガッサをボールに戻して、
まだどんなポケモンが入っているかわからないボールを投げた。
中から出てきたのは期待を裏切る水、飛行タイプのギャラドス――
闘いの最中、降り注いでいた雨はいつのまにかやんでいた。
しかし、電気タイプのポケモン相手にとっては絶望的なギャラドスが出てくると
悲壮感も出てきた。ギャラドスは中国の龍を思い浮かべる姿で見かけは強そうだが、
現に強いのだが、電気タイプ相手には致命的という弱点を持つ。
何しろ弱点が重なっているのだ。
「俺のサンダースの格好の餌食だ。サンダース、10万ボルトを浴びせてやれ」
デンジの声とともに稲光が走り、凄まじい雷撃がギャラドスを無残にも黒こげにした。
これでのび太は瞬く間に二匹のポケモンを失い、デンジのあまりの強さに驚愕せざるを得なかった。
(レベルが違いすぎる。でも、最後まで諦めない)
まだのび太は諦めなかった。諦めやすいのび太でもまだ諦めるのは早い。
のび太には最強のドラゴンポケモン――ガブリアスが残されているのだ。
「いけっ! ガブリアス! もうお前しか残されていないんだ!
絶対勝てよ!」
「いくら強力なポケモンを出してきたところで、
俺のサンダースには勝てない。サンダース、目覚めるパワー氷!」
サンダースは全身を震わせて冷気を放出する。
その威力は極めて高く、ガブリアスを凍りつかせる程だった。
「サンダース、とどめだ。目覚めるパワー氷! 絶望と共に散れ、野比のび太」
デンジは容赦なくサンダースに目覚めるパワーを命じた。
サンダースは凍りついたガブリアスにも容赦せずに冷気を浴びせる。
もはやガブリアスは戦闘不能となっていた。
(この僕がストレートで負けた!?)
気がついたら負けていた。デンジのあまりの強さにのび太は絶望すら覚えた。


「口ほどにもなかったな。さてと……」
デンジはサンダースをボールに戻すと、別のボールを掴み、投げた。
黄色の体色をした鳥が大空を飛翔しながら現れた。
「伝説の鳥ポケモン、サンダーだ。
そして俺の切り札でもあるが、今はこの女をレッド様の元へ送るために使う。
だが、のび太……お前は弱すぎる。虫けらに過ぎないお前は哀れだ。見逃してやる」
そう言うとデンジは横で震えている静香を捕まえると強引にサンダーに乗せて
飛び去ろうとする。静香は必死の抵抗を試みるも屈強なデンジに成すすべもない。
のび太はポケモンを使って何とかしないのかと疑問に思ったが、
静香の腰にはモンスターボールが付いていないのに気付くと
――ああ、ポケモンを持っていないんだなと悟った。
きっと、これまでの戦いで奪われたのかもしれない。
「静香ちゃん!」
のび太は叫んだ。
「のび太さん! 助けて!」
静香は涙ながらに訴える。静香の悲痛な叫びがこだました。
静香の叫びは近所中に届いているはずなのだが、誰も助けようとしない。
辺りを見回してみると不思議なことに、
通行人は誰も気にも留めていない様子なのに気づいた。
路上を歩いている会社帰りのサラリーマン風の男達。
彼等は一人の女性が大男に連れ去られようとしているのに見向きもしない。
のび太は静香を助けようと思案するものの、
デンジと静香を乗せたサンダーははるか上空へと消えていった。




のび太はさっきまで激闘を繰り広げた路上で絶望に打ちひしがれていた。
静香ちゃんを勝手にこの世界に巻き込み、デンジに何も出来ずにあっという間に
静香ちゃんを奪い去られてしまった。静香を助けることができない自分にいら立ちを覚える。
デンジが静香を連れ去るのを阻止できなかった。
阻止するどころか足が震えて何も出来なかった。例えようのない恐怖が支配していた。
(元の世界に戻そう。この世界は何か変だ)
のび太は元の世界に戻す決心をした。意を決して自宅へと駆け出す。
自宅へと走りながらのび太はデンジの言葉を思い出した。
『お前は虫けらに過ぎない』
とても腹立たしかった。でも何も出来ない、どうすることも。
もしもボックスを使ってこの世界の存在そのものを消してしまえば忘れるだろう。
しかしその言葉が頭から離れられない。デンジの嘲笑った表情が脳裏によぎる。
でも、のび太は駆け出すのをやめなかった。自分はとても臆病な人間だと思った。
「ふん、言いたい奴は言えばいい」
のび太はそう吐き捨てた。自宅までもう少しだ。これで何もかも終わる。


そう思った時であった。路地を曲がった直後、とても懐かしい見知った者が姿を現した。
その人物は非常に整った端正な美しい容姿の青年だった。
背がのび太よりはるかに高く、見上げるだけで精一杯だ。
190センチは確実にあるだろう長身を持て余してこちらを見下ろしていた。
その人物こそ出木杉英才――のび太の青年期における最高の親友だ。
出木杉とは少年時代はそれほど親しい間柄でもなかった。
しかし、中学校に上がると周りの環境は変わった。
静香やスネ夫など受験して私立中学に通う者が多くなり、
小学校時代に遊んでいた友達は激減してしまった。
出木杉も当然、私立に通うのだと思っていたが、なんとのび太と同じ公立の中学になった。
しかも、クラスも同じ。これは信じられないことだった。
だが、これが出木杉と親しくなるきっかけとなったことは間違いない。
今、その出木杉が自分の前に立っていると思うと激しい動悸がした。
のび太は嬉しかった。すぐにでも今までの経緯を話して謝りたい気持ちでいっぱいだ。
「出木杉、久し振りだな」
そう言いながら出木杉の肩をポンと叩いた。
「愚かな奴だ……」
出木杉はのび太の手を払いのけながら呟いた。
冷徹な視線がのび太の胸を突く。出木杉の目は驚くほど冷徹だった。
かつての優しい出木杉の面影はない。のび太はショックを受けた。
「出木杉、どうしたんだ?」
「のび太、お前はこの世界を元の世界に戻そうとするが、無駄だ。既に手は打ってある」
出木杉が話し終えると、のび太の家の方角からまたも懐かしい人物
――いや、人ではない猫型ロボットのドラえもんが空を飛ぶ道具『タケコプター』を
頭に装着し、プロペラを回転させながら猛スピードでこちらへと向かってくる。
そして、出木杉の右隣に着地してタケコプターをしまうとのび太へと目を向けた。
「のび太君は相変わらず馬鹿だね。まんまと僕と出木杉君の罠に嵌まるなんて」
ドラえもんが腹を抱えて大笑いしながら言った。
一方、隣の出木杉は眉一つ動かさない。
「どういうことだ、ドラえもん!」
のび太は憤りを隠せなかった。どうして未来へと帰ったはずのドラえもんが
出木杉と一緒にいるのだ? その答えを知りたかった。
「簡単なことだよ。僕は未来へなんか帰っていない。
君と喧嘩したあの日……僕はすぐに出木杉君のロボットになったんだよ」
ドラえもんが高笑いしながら、のび太の問いに答えた。
のび太はその言葉にショックを受けた。
(まさか……そんなことが?)
あまりの衝撃に頭の中が真っ白になりそうだ。ドラえもんが出木杉のロボットに?
「その通りだ。ドラえもんは何年も前から俺のロボット。
せいぜい絶望するがいい……愚かなのび太よ」
さらに追い打ちをかけるような出木杉の冷酷な言葉が胸を刺した。
だが、のび太はまだ言い返すだけの気力は残っていた。まだ奥の手があるのだ。
「ふははははははーーっ! それで僕を罠に嵌めたつもりか!
君達はもしもボックスに細工を施して僕に都合の悪い世界を演出させたつもりだろうが、
勘違いしてるぞ! 今から僕が家に戻って元の世界に戻せばそれで終わりだーっ!」
狂ったような叫び声をあげた。そうだ、家に戻って元の世界に戻せば全て終わるのだ。
「………のび太、やはりお前は愚かだ。
たった今もしもボックスはドラえもんが回収したばかりだ。残念だったな」
出木杉の一言にのび太は発狂して叫んだ。
「うああああああああーーっ!」
のび太の絶望が頂点に達し、どん底に落とされたような悲痛な叫びがこだました。
その場に膝をついて拳で雨で濡れたアスファルトを叩いた。両目から涙が流れ落ちる。
「この世界でお前が生き残る道はただ一つ、国王レッドを倒すことだ。
国王レッドにポケモンバトルに勝てばドラえもんは元の世界に戻してくれる。
デンジとのバトルで己の非力さを思い知っただろう。
這い上がれ……のび太」
出木杉はそう言い残すとドラえもんと共にその場を後にした。




レッドの王宮


平凡な街に似つかわしくない威容を示している宮殿。
それはこの国が民主主義ではなく、専制君主による支配を現していた。
この圧倒的存在感を誇る宮殿に仕えているトレーナーはおよそ三百名。
彼らはエリートであり、一般市民の羨望を集めていた。
唯一無二の絶対君主『レッド』の手足のごとく働き、どんな命令も遂行する。
もはや神にも等しい、その絶対君主レッドは背もたれの高い玉座に座り、
片手にワイングラスを持って口に運びながらモニターに映し出された青年の映像を眺めていた。
煌びやかな王冠を被り、華美なマントをはおっている。
「のび太って言ったっけ? この間抜け面に勝てば永遠にこの世界を支配できるんだな?」
レッドは注がれたワインを飲み干しながら、視線を正面に立っている奇妙なロボットに言った。
「約束は守る。お前がのび太君に勝てば、この世界はお前にやる。
でも、お前が負ければこの世界を元に戻す」
ロボットは淡々とした口調で返した。
「ドラえもん、俺がこんな奴に負けると? 冗談はやめてくれ。
俺は地上最強のトレーナー、レッドだ。俺に敵うトレーナーは存在しない」
レッドは自信たっぷりに言い返した。
それもそのはず、レッドは自分が選ばれた存在だと改めて認識する出来事が
一年前に起こったのだ。それは正に彼の人生を大きく左右することだった。
その出来事をレッドは思い返した。一年前――レッドはシロガネ山に居た。


偶然持ち合わせていたラジオで名のあるトレーナーが謎の失踪をするという事件を耳にした時、
レッドの視界が真っ暗になり、意識を失った。
次に目が覚めたときにはなぜかレッドは玉座に座っていたのだ。
レッドは一時混乱状態に陥ったが、頭のいい彼は自分が別の世界に来たことを察知し、
恐らく名のあるトレーナーが失踪したのと深く関連性があるに違いないと考えた。
レッドはこの国では国王として崇められているのを認識すると失踪したトレーナーの行方を捜させ
王宮に集めさせた。それはとても簡単だった。なにしろ服装がこの国の人間と違うからだ。
なんとか失踪したトレーナー全員を王宮の広間に集めさせるとレッドは演説を行った。

『皆さん、我々は見知らぬ世界に迷い込んでしまいました。
しかし、幸運なことにこの世界は我々が居た世界と同様のポケモンの世界です。
この世界で生活することは容易なはず、なぜなら私はこの世界では国王として崇められているのです。
だから心配せず、私にお任せください。皆さんの生活は保証します』

突然、訳のわからない世界に連れてこられ、
平常心を失っているトレーナーの誰もがレッドの言葉に耳を傾けた。
混乱し、パニックに陥っているものが多かったのも幸いして、
元の世界から来たトレーナー全員をいとも簡単に掌握できた。
それからしばらくしてドラえもんと名乗るロボットが訪ねて来た。
ドラえもんはこの世界に自分達を連れてきたのに関与しているという。

『この世界を永遠に支配したいのならば、一年後にやってくるのび太に勝て』

レッドはドラえもんの言葉に承諾し、のび太が現れるのを待った。
そしてドラえもんの言うとおり、のび太はこの世界にやってきた。
レッドはドラえもんが用意したモニターを使ってのび太をどんな人物か見ていたが、
たかがデンジ如きに無様に負けるところを見て拍子抜けしてしまった。
(……のび太は弱い。俺がのび太に負けることは現時点では百パーセントありえない。
だが、潜在能力はかなりのものだ。頂点を極め、多くのトレーナーを見てきた俺には分かる
成長したら相当強いトレーナーになることは明白だ)
心の内でのび太が後々の脅威になることを予感した。
「ドラえもん、のび太は潜在能力だけは計り知れない。
俺はあえて今勝負せず、のび太が成長した時に相手してやる。
それまでこの玉座でひたすら待つ。RPGのラスボスになったような気分だな」
言ってからレッドは腕組みしながら深く目を閉じた。




「………」
ドラえもんは沈黙しながらレッドの言葉に耳を傾けていたが、やがてレッドがそれ以上話さなくなると
どんなところでも行くことができる秘密道具『どこでもドア』を四次元ポケットから取り出した。


どこでもドアはピンク色で塗られているだけで、
ドアノブの付いたごく平凡なドアにしか見えない。だが、その性能は素晴らしく、
一度行ったことのある場所ならドアをくぐるだけで瞬時に行くことができるのだ。
ドラえもんはどこでもドアのドアノブをゴムまりのような手でくっ付けて押しあけてからくぐった。
出た場所はとても薄暗く、ひんやりとした牢獄だった。
例えれば刑務所のような場所で鉄格子の中、
多くの囚人たちが手錠をかけられ、身動きできずに固いシーツの上で苦しそうに寝そべっている。
ここはレッド王国の地下にある牢獄だ。
国王レッドに反乱分子として見なされた者達は容赦なく牢獄へと放り込まれる。
そして強制的な労働を強いられ、どんな屈強な者でも音をあげるという。
ドラえもんがこの地下牢に来た理由は二つある。
その一つが労働を強いられた者達を密かに秘密道具で治療するためだ。
それはドラえもんの義務でもあった。なぜなら自分とレッドとの賭けにこの世界の住民は関係ない。
例え仮想世界の住民でも巻き込みたくはなかった。
ドラえもんは手際良く未来の最先端の医療道具で囚人たちを一人一人治療していった。
「すまねえ、いつも助かるぜ」
囚人の誰もがドラえもんに感謝の言葉をかけていた。
それともう一つ、ドラえもんがここに来た本当の目的
――それはデンジにここに連れてこられた静香に会うためだった。
静香が閉じ込められている檻はさらに奥深くにあった。
屈強な男たちが閉じ込められている牢獄の最後に地下に降りる螺旋状の階段があり、
そこを降りた先に小さな鉄格子が付いた檻が見えた。
静香はドラえもんに目を向けると明らかに敵意むき出しで
「ドラちゃん! いったいどういうことよ! この世界を元に戻して!」
と喚いた。静香の精神状態は極限にまで達していることが窺えた。
ドラえもんは静香を哀れむような目で見つめる。
静香は涙もとっくに乾き切った様子で、身も心もボロボロだった。
「静香ちゃん、ごめん。のび太がレッドに誰にも頼らず一人で勝つまで元の世界には戻せない。
この計画はずっと前から出木杉君と考えていたんだ。
この方法しか駄目だと分かった時から、僕と出木杉君はのび太君に対して厳しく接すると決めた。
例え鬼といわれようとも……僕と出木杉君は目的を達成する」
ドラえもんの目は涙で溢れかえっていた。
「ドラちゃん……」
静香はそれ以上言わなかった。
「本当にごめん……」
それだけ言うとドラえもんは後ろを向き、またどこでもドアを取り出してその場から消えた。




レッドはドラえもんと話を終えた後、自らを補佐する最高幹部達五人を広間に集めた。
最高幹部五人が一度に集結するのは久々のことである。
集まったのは、レッドの代わりに全指揮権を任せている総司令官のクロツグを筆頭に
出木杉、シロナ、リラ、そしてレッド王国警備隊長のワタル。
出木杉意外、いずれも元の世界で名を馳せたそうそうたる顔ぶれだ。
皆、レッドの座っている玉座より一段低い床に深く平伏している。
しかし、出木杉だけは立ったままで冷徹な眼差しをレッドに向けていた。
「出木杉、控えよ! レッド様に無礼だぞ!」
一番に総司令官のクロツグが怒りをあらわにして注意した。
「クロツグ、別に良いではないか。出木杉は厳密にいえば余の配下ではない、
余の協力者が使わした客人なのだ」
レッドはドラえもんと話している時の口調とは違い、威厳たっぷりに言った。
幹部達と接するときは一人称を『俺』から『余』に変え、威厳を示すのだ。
「ははーっ」
クロツグは面白くないといった態度を示しながらも従った。
「皆、立ちあがって良い。いつまでも平伏しているのは窮屈であろう」
レッドが立ち上がるように促すと、幹部全員が立ち上がった。
「余がお前達を呼んだのは他でもない、
余に反目し半年も小競り合いをしてきた『ジャイアン一派』についてだ」
ジャイアン一派とはレッドの独裁体制に不平不満を持つ者達を集めた組織――
いわば反乱分子の寄せ集めといっていい。
規模は三十人程度に過ぎないが、トレーナーランキング5位のリーダー、ジャイアンに
『達人』と呼ばれる9位の骨川スネ吉、それにスネ吉の従兄で11位の骨川スネ夫は侮れない。
その上位三名を除いてもランキング二桁台の強者が多い。1位のレッドには恐れるに足らないが、
幹部達は大いに苦しめられてきた。ランキングが僅差だと戦い方次第では負けてしまうこともあるのだ。
「良く聞くがよい、もうジャイアンとの遊びは終わりにしたい。
新しい遊びを思い付いたのでな。クロツグに命ずる、ジャイアンとそれに与する者は
余に対する反逆とみなし、徹底的に捕らえるのだ」
レッドはクロツグにジャイアン一派との遊びの終わりを告げた。
今までの小競り合いとは違い、徹底的にジャイアン一派を潰す決断を下した。
新しい遊びとはもちろん、のび太のことである。
「ははーっ、ジャイアン一派は必ずや総力を挙げて壊滅して見せます」
クロツグはさっきまでの不機嫌な表情とは打って変わり、満面の笑みを見せて答えた。
それに続いて、他の幹部達も大喜びといった様子だ。
特にクロツグはジャイアン一派のことを面白く思っていなかったのをレッドは知っている。
「お待ちください!」
突然、クロツグの後ろに控えていたワタルが前に進み出た。
「レッド様、ジャイアン一派に制裁を加えるのはこの王国警備隊の精鋭で十分でございます。
ぜひ、私めにお任せください」
「何? 王国警備隊などお前を入れても僅か五人ではないか!
そんな少数で何ができる」
すぐにクロツグが反論した。シロナ、リラ、出木杉は沈黙を保っている。
「クロツグ様、少数精鋭と言った言葉をご存じか?
王国警備隊は我々の世界で名の知れたジムリーダー、チャンピオンで構成されています。


この世界の軟弱なトレーナーなど五人で十分でしょう。レッド様、ぜひ私めに」
ワタルの意志の強さについにクロツグは閉口した。
「………良かろう。この件はワタルに全て一任するとしよう」
レッドはしばしの沈黙の後、了解した。
「ありがとうございます。必ずやジャイアン一派を壊滅して見せます」
議論に収拾がつくと幹部達は広間から出て行った。
レッドはワタル一人には手に負えないのではないかと思ったが、
王国警備隊が壊滅したら、また別の者達で結成させればいいと考えた。
非情だが、レッドにとって部下達は使い捨てに過ぎないのだ。
(俺さえ、この王国に君臨出来ていれば他はどうでもいい)
レッドはモニターに映された自分に対する現時点ではとても小さな脅威――のび太を見ながら思った。
この小さな脅威もいずれは大きな脅威となるに違いない。
それを恐れつつも、レッドはなぜか楽しみでもあった。自分を脅かすトレーナーの存在を
心のどこかで待ち望んでいたのだ。
(でも最後に勝つのは俺だ。
最強のトレーナーの称号とトレーナーが君臨する世界の支配は俺のものだ。誰にも渡さん)
こうしてレッドの支配する王国の夜はふけていった。


最終更新:2010年03月04日 21:12
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