昼、見滝原。
 薄汚れた路地裏で、銀髪の男が壁を背に立っていた。
 アメリカ人だろうか。日本人ではあるまい。
 整った精悍な顔立ちは、テレビの向こうで見ても違和感があるまい。
 まるでモデルか役者のように、奇妙な色気を纏った立ち姿。

 ……その服装は、いささか古めかしい。
 まるで西部開拓時代のようなスタイル。
 ヒョウ柄のジャケット。ゼブラパターンのカウボーイハット。
 それこそ、映画に出てくるアウトローにでも見えるだろうか。
 これが現代の街を歩き回るのは、流石に多少浮く。
 まぁ、少し“気合い”の入ったファッションだと言われれば、それまででもある。
 投げ縄は……中々気合いが入っていると言わざるを得ないが。
 逞しい体つきや、アンニュイな立ち姿、美形と言って差し支えない顔立ちが、違和感をファッションに昇華させている。


 ――――――――腰のホルスターに提げた、拳銃から目を逸らせばの話だが。


『――――それで、マスター』


 男が、ふと視線を上にやった。
 男性にしては長いまつげが、中空に角度を上げる。

『“お楽しみ”からは抜け出せそうか?』

 念話。
 契約したサーヴァントとマスターの間で交わされる、思念による対話。
 発声する必要なく、距離も関係なく、主従の間でのみ行われる密談。
 彼はサーヴァントなのだ。
 英霊。人類史に名を遺した偉大なる人。
 クラスは“騎兵(ライダー)”。
 世界一のカウボーイとも言われた男。

 そんな偉大なカウボーイを召喚したラッキーなマスターは、一拍遅れて念話を返した。

『ま、待ってくれ。こちらはもうすぐ終わりそうだ。これが終わればすぐに合流する』

 精悍な男性の声だ。
 硬い声色は、軍人を思わせるか。
 ただ、少し声がうわずっている……どうも、運動しているような具合だ。

『そうか? まぁ、ゆっくり楽しむといい。それが最後だろうからな』

 からかうように、ライダーが返す。
 恋人と相瀬でもしているのか、あるいは。
 閨にまで野次を飛ばすというのも、あまり行儀のいいことではないが。

 ……が、幸いにして。
 この物語に、R-18の指定がかかる心配はない。

『すまない。必ずそちらに向か……うおぉっ!?』

 視点を、少し動かそう。



   ◆   ◆   ◆



 ――――遥か未来、世界は邪悪な支配者によって管理されるディストピアと化していた。

 差別。
 貧困。
 迫害。
 搾取。

 民衆は弾圧され、日々を苦しみの中で生きていた。
 当然、その地獄めいた社会を生み出し、成立させているのは――――暴力だ。
 町では監視ドロイドが闊歩し、極悪グリーンベレーや電撃怪獣、バイオサソリなどが反乱者を殺戮している。

 幾度となく反乱者が蜂起し――――その全てが蹂躙されていった。

 もはや、この世界に希望は存在しない――――誰もが、そう思っていた。


 ――――――――ただ、一人を除いては!


 KABOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!!!!!!!


「爆発だー!」
「侵入者の仕業だ!」
「追え! 排除するんだ!」

 爆発! 混乱! 無数の兵士たちが基地内を駆けまわる!
 そう、彼ら世界政府のアジトは、謎の侵入者によって甚大なダメージを受けてしまったのだ!

「いたぞ! あそこだー!」
「撃て撃て撃てー!」

 侵入者発見! 極悪グリーンベレーマシンガン射撃!
 アジト内部を走って逃げていた侵入者は、哀れ蜂の巣か!?

 ――――否、断じて否である!

「トウッ!」

 跳躍!
 とんぼ返り! 
 天井のパイプを掴んで銃弾回避!
 そして素早く右腕から……レーザー発射!

「グワーッ!」
「ヤラレターッ!」

 おお、なんと華麗なる早業か!
 ヒーローの左腕から放たれた赤い光線が、雑兵をなぎ倒していく!
 天井から降りて着地!
 その姿は……白き鎧に身を包む、偉大なるハイテック戦士だ!
 笑うと歯が光る! ナイスガイ!

「マズい、手間取りすぎたな……!」

 だがしかし、そのナイスガイスマイルは鳴りを潜めている。
 なぜなら彼は焦っている! この基地を脱出しなければならないのだ!
 端的に言って爆発するからである! 下手人は自分自身だ!

「早く脱出しなければ、爆発に巻き込まれてしまう!」

 迂闊! このまま因果応報に爆発四散してしまうのか!?
 逃げ出すだけなら問題あるまい!
 問題は――――おお、見よ!
 通路前方より現れるは、極彩色の巨大バイオサソリ!

「あれはバイオサソリモンスター!」

 バイオサソリモンスターだ!
 ハサミとか……毒とかある! すごく強いし凶暴だ!
 咄嗟に腕のレーザー銃口を構えるナイスガイ!
 おお、しかし背後に危険!

「ぶじゅうぅぅぅぅぅぅぅ………」

 電撃的鳴き声!
 咄嗟に振り替えれば……背後に現れたのは危険ミュータント電気鼠!
 インド象もイチコロの電撃を放つ凶悪な戦闘怪獣だ!
 黄色のボディに茶色の横縞! 赤い頬からは断続的に電撃が放たれている!

「危険ミュータント電気鼠! 完成していたのか!」

 前門のバイオサソリモンスター!
 後門の危険ミュータント電気鼠!
 このままでは挟み撃ち死亡可能性甚大!

「トウッ!」

 だがヒーロージャンプ! 放たれた電撃回避!
 天井に足を引っかけ、天地逆転!

「キシャアアアアアッ!」

 そこにバイオサソリモンスター強襲!

「トゥアーッ!」

 レーザー迎撃! 素早く切断される危険毒尻尾針!

「トゥアーッ!」

 先端を失った尻尾をキャッチ!
 そのまま……おお、逆さジャイアントスイング!

「トゥアーッ!」
「キシャアアアアアッ!」

 投擲!
 向かう先は当然……危険ミュータント電気鼠!

「ぶじゅううううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 直撃!
 二体の哀れな化学モンスターは絡み合いながら通路を進み……


 KABOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!!


 ――――爆発四散!

「強敵だった……手間取りすぎたな……!」

 だがしかし、ナイスガイスマイルが披露されることはない。
 なぜなら彼は焦っている! この基地を脱出しなければならないのだ!
 端的に言って爆発するからである! 下手人は自分自身だ!

「早く脱出しなければ、爆発に巻き込まれてしまう!」

 迂闊! このまま因果応報に爆発四散してしまうのか!?
 逃げ出すだけなら問題あるまい!
 問題は――――おお、見よ!

「逃がさんぞ、スペースレンジャー!」

 通路前方より現れるは……ニンジャ!
 フウセン・カタナを構えたピエロめいた恐るべきニンジャ・ウォーリアーだ!

「アイエッ!? ニンジャ!?」

 これには流石のスペースレンジャーもニンジャリアリティショック発症!
 ニンジャ……ニンジャだと?
 ニンジャは神話的フィクション存在だったはずでは!?

「ドーモ、ピエロ・ニンジャです」

 電撃的オジギ!
 アイサツは大事だ。古事記にもそう書いてある。
 だがニンジャでないスペースレンジャーにアイサツ必要性無し!

「トゥアーッ!」

 レッドレーザー発射!

「イヤーッ!」

 ブリッジ回避! ワザマエ!

「トゥアーッ!」

 レッドレーザー発射!

「イヤーッ!」

 側転回避! ワザマエ!

「イヤーッ!」

 スリケン投擲!

「トゥアーッ!」

 ブレーサーでスリケンを弾く! ワザマエ!

「トゥアーッ!」

 レッドレーザー発射!
 だが……その狙いはニンジャにあらず!
 腕が向けられた先は、ニンジャの頭上!
 天井崩落! 瓦礫殺到!

「グワーッ!」

 瓦礫直撃!
 ニンジャの体勢が崩れる! これを見逃すスペースレンジャーではない!
 素早く接近! 右フック!

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

 左フック!

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

 右フック!

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

 左フック!

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

 右フック!

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

 左フック!

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

 右フック!

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

 左フック!

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

 右アッパー!

「イヤーッ!」
「アバーッ!」

 芸術的宇宙アッパーカットにより、ピエロニンジャの顎が打ち砕かれた!
 ニンジャは天井スレスレまで吹き飛び……墜落!

「サヨナラ!」

 それと同時に爆発四散!
 そしてスペースレンジャーは……おお、見よ!

「トゥアーッ!」

 ニンジャの爆発を利用し、天井に空いた穴からジャンプ脱出!
 背中の翼が展開し、ジェット噴射によって空を飛ぶ!
 なんたるフーリンカザンか! 基地脱出! 基地爆散!
 おお、この英雄は! この英雄の名前こそは!


「――――――――無限の彼方へ、さぁ往くぞ!」


 ――――――――――――無敵のスペースレンジャー、バズ・ライトイヤーである!!!

 さぁ、戦いは終わった。
 だが世界の英雄である彼には、さらなる使命が……「ゆうたー! ご飯よー!」えっ、もう? わかったー! ちょっと待ってー!



   ◆   ◆   ◆



 扉を閉め、少年が母親の待つ食卓へと去っていく。
 その、足音が聞こえなくなったのを確認して――――“彼ら”は動き出した。

「――――お疲れー」
「いやぁ、今日はアクティブだったなぁ」
「おい、俺の尻尾の先端どこいった?」

 一仕事終えた劇団のように、思い思いに羽を伸ばす異形たち。
 国民的電気鼠がいる。
 極彩色のサソリがいる。
 小さな兵隊の群れや、その他様々な者がいる。

 ――――彼らは、おもちゃだ。

 たった今、持ち主であるゆうた少年(想像力が豊かだ)によって遊ばれていた、おもちゃたちだ。
 おもちゃが歩き、喋っている。
 異常な光景である。異様な光景である。
 だが――――真実だ。
 おもちゃたちは、生きている。
 それをちょっと、人間たちが知らないだけだ。
 彼らは生きていて――――いつも、持ち主と一緒に遊んでいるのだ。

「最近、ゆうたも力が強くなってきたからなぁ」
「俺、尻尾が緩くなってきちまったよ」
「まぁ、パパが直してくれるさ。お前を買ったのはパパだしな」
「ニンニン」

 今は“遊びの時間”が終わって、思い思いに休憩をしている。
 文句を言っているようにも見える。
 子供と遊ぶというのは、中々重労働だ。おもちゃとなれば、なおさら。
 だが――――よく見れば、彼らが笑っているのがわかる。
 みな一様に。
 ……まぁ、顔が無かったり変わらなかったりするおもちゃも結構あるけれど。
 ともあれ……みんな、幸せなのだ。
 子供と、ゆうたと遊べるのが。
 おもちゃにとって、それが一番幸せなことなのだ。
 自分の持ち主に、思いっきり遊んでもらえるのが。

「……あー、オホン。お疲れ、諸君」
「ニンニン!」
「おっ、来たなスペースレンジャー」
「相変わらずの主役ぶりだったな!」

 そして、ゆうたが一番気に入っているおもちゃが、彼だ。
 バズ・ライトイヤー。
 とある大人気アニメの、主人公のおもちゃ。
 光る! 回る! 音が出る!
 空は飛べないが翼も展開するし、電池があれば赤外線でレーザーっぽいのも出る! すごいおもちゃだ。
 彼は不動の主役として、ゆうたの部屋に君臨する。
 今日も主役だったし、昨日も、一昨日もだ。
 明日も、明後日もそうなのだろう。
 ……誰もが、そう思っていた。

「ところで……みんな、聞いてくれ。実は話があるんだ」

 少しだけ言いづらそうに、バズは他のおもちゃに切り出した。
 なんだなんだと、おもちゃたちがバズに寄ってくる。

「実は、その……」
「どうしたんだよバズ?」
「まさか、どこか故障?」
「そりゃ大変だ! 電池切れじゃないのか!?」
「待ってくれ、そうじゃない。私はいたって健康だ。話と言うのはそうじゃなくて……」

 心配そうに詰め寄るおもちゃたちを、バズはゆっくりと見回した。
 その表情が曇る。
 悔恨と、焦燥が彼の顔を彩った。
 ……それも一瞬。
 彼の言葉を待つおもちゃたちに……意を決して、言葉を告げた。


「……すまない。私は、この家を出て行かなければならなくなった」


 ――――それは、離別の言葉だった。

「……えっ?」
「じょ、冗談でしょ?」
「ニンニン」
「おいおい、なに言ってんだよバズ! どこかぶつけたか?」
「見ろよこいつの右手! アザなんかできてるぜ! ぶつけた拍子にスタンプでも押したのか?」
「正直、面白くない冗談ね」

 ざわざわと、おもちゃたちがどよめき始める。
 渇いた笑いを浮かべ、バズの言葉を冗談として処理しようとする。
 ……バズは、悲しげに首を振った。

「……いや、本当だ。私は……帰らなくてはならない」

 冗談ではない。
 それを理解したおもちゃたちが、呆然とする。
 怒り出す者も、いた。

「おい……いい加減にしろよバズ! 今日はエイプリルフールか!?」
「そうだぜ! 大体帰るって、ここがお前の家だろ!?」
「マジで壊れちまったのか!? 正気に戻れよ!」
「違うんだ、私は……!」

 詰め寄るおもちゃたちをどうにか宥めようと、顔を顰めるバズ。
 だが、おもちゃたちはそれどころではない。
 彼らの英雄バズ・ライトイヤーが、突如トチ狂った発言をして家を出て行こうとしている。
 バズを正気に戻さなければ……誰もがその想いでいっぱいだった。


「――――――――行かせてやりな」


 ……ただ、一人を除いては。

「ピカ……!」

 声の主は、国民的電気鼠。
 赤いほっぺがキュートで、触ると声が出るすごいやつだ。
 彼は積み木に腰かけ、ハードボイルドに煙草(おもちゃだ。探偵鼠セットという拡張セットの付録)を吹かし、言葉を続ける。

「お前のことだ。事情があるんだろう?」
「……ああ。説明してもわかってもらえないかもしれないのだが……」
「十分だ。行けばいいさ」

 ある種、そっけないとすら言える態度で。
 国民的電気鼠は、顎をしゃくって窓を示す。

「待てよ! こいつは……こいつは、ゆうたの一番のお気に入りなんだぜ!?」

 極彩色サソリが声を荒げる。
 ……ゆうたの父が昔買ってくれた、ドッキリジョークグッズのリアル極彩色サソリ。
 ――――バズが来る前、ゆうたの一番のお気に入りだったおもちゃ。

「おもちゃは持ち主と遊ぶもんだ! なぁ、そうだろう!?」
「それは……」

 だからこそ、彼は声を荒げた。
 かつて一番であったが故に。
 今はもう、一番ではないが故に。
 彼の暴走を止めねばならぬと、声を荒げた。

「やめな、サソリ」

 ……また、国民的電気鼠がそれを制する。

「バズは……俺らとは違う。そんな気がしてた」

 煙草から口を離し、どこか遠くを見る。
 ちなみに当然だが煙は出ない。

「……本当の居場所に、帰るんだろ?」
「…………ああ。私は……ゆうたのおもちゃじゃない。ボニーのおもちゃなんだ」

 鼠とバズの視線が交差する。
 それだけで、十分だった。

「俺にはお前がなにを言っているのか、てんでわからん。が……お前を待っている子供が、いるんだな?」
「そうだ。他のおもちゃもいるが……私を、きっと探しているはずだ」
「なら、行きな。ゆうたは俺たちで楽しませるよ」
「おいピカ!」
「……ニンニン」
「ピエロニンジャまで……!」

 それでもなお食い下がるサソリを、鼠が一瞥し……

「………バズ。俺たちは、友達だよな?」

 問うた。
 バズが、答えた。

「もちろんだ。みんなも、ゆうたも……友達だ。間違いなく」
「なら、それで十分だって言ってる。……俺たちは何度もアンタの世話になった。友達の願いは叶えたい」

 それきり、鼠はバズに背を向けた。
 もう、交わす言葉は無いと。
 バズは周囲を見た。
 みな、複雑な表情をして……少し、笑った。

「ニンニン」
「……うん。よくわからないけど……待ってる子がいるなら、仕方ないよ」
「アンタの分も俺らが遊んでおくぜ!」
「寂しくなるけどナァ」

 明るく、バズの背を叩くおもちゃたち。
 バズはそれが無性に嬉しく、しかし申し訳なくもあり、泣き笑いのような顔をした。

「……なんて顔だよ」

 サソリが悪態をつく。

「クソッ……わぁった、わぁったよ! 行けばいいさ! ゆうたの一番はまた俺さ! むしろせいせいするぜ!」
「サソリ……」

 彼もまた、バズに背を向ける。
 別れの握手すらする気はないと、そう言わんばかりに。

 ……いや。
 尻尾が、少し垂れ下がっていて。

「……ありがとう。キミの実力なら、私よりゆうたを楽しませることができるはずだ」
「……当然だろ」

 バズは静かにその先端を掴み、軽く上下に揺らした。

 その時、部屋の外から声が聞こえてきた。

「ゆうたぁ! 食器は片付けなさいって!」
「また今度ね!」
「! マズい、ゆうたが帰ってくる!」
「戻れ戻れ」

 家主であるママと、ゆうたの声。
 昼食が終わったのだ。
 ゆうたが部屋に帰ってくる。
 つまり――――出ていくなら、今だ。

 他のおもちゃたちが定位置に戻る中、バズだけは開かれた窓辺に向かって駆けて行く。

 最後に、部屋を見渡した。
 定位置に戻ったおもちゃたちが、期待に満ちた目でバズを見ていた。
 ……待っているのだ。
 彼の、いつもの台詞を。
 最後になる、あのセリフを。

 バズはヘルメットを展開し、翼を広げ、叫んだ。


「――――――――――――――――――――無限の彼方へ、さぁ往くぞ!」


 スペースレンジャーは、外の世界へと飛翔した。



   ◆   ◆   ◆



『――――待たせたな、ライダー』

 そして、様々なアクロバットを駆使した道中がありつつ……バズ・ライトイヤーは、自らのサーヴァントと合流した。

「ああいや、大して待っちゃいない……ってのは、女の子にでも言ってやるべきだが」

 軽口で返しながら、ライダーは自らのマスターを見る。
 ……路地裏に積まれた段ボールの上に立つ、小さなマスターを。

「いやしかし……マジに驚いたな。まさか、オレのマスターが……」
『おもちゃだとは、か?』
「……早押しクイズじゃあないんだぜ」

 苦笑しつつ、帽子を目深に被る。
 いやまったく……おもちゃとは。
 バズの右手には、確かに(非常に小さな)令呪が刻まれている。
 資格はあるのだろう。……なぜか。

『私も驚いている。魔術など、フィクションの中だけかと……』
「スペースレンジャーが言うと重みが違うな」
『からかうなよカウボーイ』

 不服そうにバズが腕を組んだ。
 ……小ささ故、まともに会話をするとバズは声が小さすぎる。
 そのため、彼は念話で自らのサーヴァントと会話を行っていた。

「だが、おまえはそのフィクションみたいな戦いに身を投じなくちゃあならないわけだ」
「…………」

 ライダーの瞳が、静かにバズを見据えた。
 意志の強い、優しくもタフな瞳が。

「危険はデカい。それでも。あんたは戦うのか? なんのために?」

 バズは……きっと、あのままでも幸せだった。
 あの、ゆうたという少年のおもちゃとして一生を終えることも、できたはずだ。
 ……それでも、バズは戦うことを選んだ。
 戦って……帰ることを、選んだ。

『……待っているんだ。ボニーや、友達が』
「どうしてそう言い切れる。案外、あんたの事なんか忘れてるかもしれない」
『かもしれない。それでも――――』

 バズが右脚を上げ、自らの足の裏を見る。
 ……文字があった。
 かつては、“ANDY”と。
 今は、“BONY”と。

 ――――――――バズを待つ、大切な人の名前がそこにはある。

『私は、ボニーのおもちゃだ』
「代わりのおもちゃを買ったかもしれないぞ?」
『それでもだ』
「いつか捨てられるかもしれない」
『それでもだよ、カウボーイ』

 彼の意思は強かった。
 幾度も危機を超え、幾度も闇を見た。
 捨てられたおもちゃの悲哀を、己と他人で味わってきた。
 それでも、それでもなのだ。

『私は学校から帰ってきたボニーが、ただいまと言うのを聞きたいんだ。あそこが、私の家なのだから』

 だから、帰らなくてはならない。
 どんな危険が待っているとしても、その願いだけは変えられない。
 彼はバズ・ライトイヤー。
 宇宙を救うスペースレンジャーではないし、空も飛べないが……ボニーという少女の、おもちゃなのだから。

「……そうだな。きっと、そうなんだろう」
『ライダー?』

 僅かに俯いたライダーに、そっとバズは手を伸ばす。
 もちろんその手はまるで届きはしないのだが……ライダーは、苦笑して。

「ただ、旅立つときに微笑みかけ、帰ってきたときに笑いかける。
 本当に重要なのは……それだけなんだ。最初から」

 ライダーが帽子のひさしを上げ、ニヒルに笑った。
 ハンサムな顔が、より一層ハンサムに映える。

「いいだろう、スペースレンジャー。
 ちょいと奇妙なマスターではあるが……オレは、あんたに力を貸そう。
 どうあれ、あんたが帰らなきゃ一人の女の子が悲しむらしいからな」
『……ボニーはまだ子供だぞ』
「冗談さ。真面目な奴だな」

 ライダーが人差し指を差し出した。
 バズがそれに応えるように、彼の指を握る。
 ……握手だ。おもちゃと、カウボーイの。

『ありがとう、カウボーイ。心強い限りだ』
「ああ、任せてくれ……オレはアメリカじゃあ一番のカウボーイって呼ばれてたぐらいでね」
『アメリカで一番?』

 バズが、笑って肩を竦めた。

「おっと、疑ってるのか?」
『まさか。ただ――――』

 ライダーの実力を疑うわけではない。
 わけではないが……だが、その称号は――――


『――――――――親友が、世界一のカウボーイでね』


【CLASS】ライダー

【真名】マウンテン・ティム@STEEL BALL RUN

【属性】中立・善

【ステータス】
筋力D 耐久C 敏捷C 魔力E 幸運D 宝具D

【クラススキル】
騎乗:B++
 乗り物を乗りこなす能力。
 「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであるため、生物・非生物を問わない。
 彼の騎馬技術は世界でもトップクラスのものであり、馬であれば自由自在に乗りこなすことができる。

対魔力:E
 魔術に対する守り。
 無効化はできず、ダメージ数値を多少削減する。

【保有スキル】
射撃:C+
 銃器による早撃ち、曲撃ちを含めた射撃全般の技術。
 彼は自らの宝具の力を使い、変幻自在の射撃を可能としている。

投擲(投げ縄):A++
 投げ縄の扱いの熟練度を示すスキル。
 A++ランクともなれば、もはや手先を超えた次元の精度で投擲が可能。

単独行動:A
 マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。
 Aランクは魔力供給なしで1週間現界可能とされる。

牛飼いのカリスマ:B
 馬や牛に対する威厳、統率能力。
 カリスマに類似した効果を、馬や牛に対してのみ発揮する。
 全ての馬は彼に敬意を表して首を垂れる。
 毎年3000頭の牛を連れ、4000kmを旅するカウボーイに備わった風格。


【宝具】
『牛飼いは荒野に死す(オー! ロンサム・ミー)』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:2人
 ライダーが所有する投げ縄。……厳密には、投げ縄を用いた彼自身の異能。
 ロープ上に限り、ロープに触れた者の肉体を分割して移動させることができる。
 肉体をバラバラにして攻撃をかわしたり、狭い場所に入ることもできるし、腕を滑らせて遠くのものを掴むこともできる。
 ……ただ、それだけの能力。
 この宝具を活かせるのは、類まれなるロープ捌きの技術を持つライダーだからこそなのだ。

【Weapon】
『ゴースト・ライダー・イン・ザ・スカイ』
 ライダーの愛馬。品種はマスタング。
 持久力を重視して交配を重ねた名馬である。

【人物背景】
 毎年3000頭の牛を連れて4000kmを旅する、ワイオミングの伝説的カウボーイ。ルックスもイケメンだ。
 保安官の友人がいる関係で、保安官の補助や代理の任務を受けることもある模様。
 15歳の頃、呪われた土地「悪魔のてのひら」に迷い込み、生死の境をさまよう中でスタンド能力を獲得する。

 アメリカ大陸横断レース「スティールボールラン」に優勝候補として参加……したのだが、残念ながら二回戦で負傷して敗退。
 その後、愛した女を守るために追っ手と戦い、死亡した。享年31歳。

【サーヴァントとしての願い】
 とくになし。
 カウボーイの人生に悔いはあっても、やりなおしたいとは思わない。
 ただ、マスターを家に帰してやりたい。彼には帰る家があって、待つ子供がいるのだから。


【マスター】
 バズ・ライトイヤー@トイ・ストーリー

【能力・技能】
 おもちゃの肉体を持つ。
 なので小さく、そこそこ頑丈である(が、所詮はプラスティックなので強い衝撃には弱い)。
 赤外線レーザー(ただの赤外線ライト)やヘルメット展開、飛行翼の展開など、様々なギミックを持つすごいおもちゃ。
 光る! 回る! 音が出る! が、空を飛ぶことは出来ない。
 背中の電池入れの下にあるスイッチを押すことで、初期化や言語変更などのモード切替もできる。

 当然、おもちゃであるため他のおもちゃとも会話が可能。
 ただし全てのおもちゃは決して人前では喋らないし動かないようにするため、基本的にはバズ単独の場合でしか会話は不可能だろう。
 これは絶対のルールというわけではないのだが、それでも彼らは決して「おもちゃが生きている」ことを人間にバラそうとしない。
 ……というか、小ささ故か彼らの話し声は人間に聞こえないようでもある。犬には聞こえるようだが。
 (ただし今回、バズは状況の特殊性からライダーと念話を行うことにしている。他の主従を前にしても動くが、民間人の前では動かない)
 逆にバズは長年人目から隠れて冒険を繰り返してきたため、類まれなる気配遮断能力を持つ。

 おもちゃに共通することだが身体能力もかなり高く、人間の幼児程度の筋力がある。
 痛覚はかなり曖昧で、衝撃にある程度痛みを感じることはあるが、腕がもげても(ショックは受けるが)さほど痛みを感じる様子はない。
 バズ個人の才としては作戦立案能力や状況整理能力、行動力がズバ抜けており、まとめ役として非常に優秀。なんと車の運転もできる。

【人物背景】
 大人気テレビアニメ「バズ・ライトイヤー」のおもちゃ。
 『トイ・ストーリー』はおもちゃたちに自我があるという設定の作品だが、かつての彼はおもちゃである自覚が無かった。
 だがライバルであり仲間であるウッディとの出会いや冒険を乗り越え、自らを「アンディのおもちゃ」と肯定的に考えるに至る。
 アンディのおもちゃたちの中ではサブリーダーとでも言うべきポジションであり、責任感が強く冷静で真面目。
 ウッディが不在の時は彼がリーダーとなって行動することも多い。

 ……やがてアンディは大人になり、彼は次の子供のおもちゃになった。
 それは少し悲しいけど、悲しいばかりのことではなく……ボニーのおうちでも彼は楽しくやれているようだ。

 彼はもう、自分が宇宙を救うスペースレンジャーでないことを知っている。
 空は飛べないし、レーザーは出ないし、悪の帝王ザーグもいない。
 しかし、彼はバズ・ライトイヤーだ。彼が、誰かのおもちゃである限りは。

【参戦時期】
 『トイ・ストーリー3』終了後。
 ボニーのおもちゃとして暮らしている中、見滝原に呼ばれた。

【聖杯にかける願い】
 ボニーの家に帰る。
最終更新:2018年05月08日 01:05