見知らぬ町。
平穏に暮らす人々。
見覚えのない日々。
営みが繰り返される社会。
こんなものを目の当たりにするのは、いつぶりだろう。

『かれら』が現れた日から。
当たり前の日常を、全て奪われた。
街は滅んで、人は消え去って。
それでも皆と手を取って生き抜いていた。

なんで、こうなってしまったんだろう。
どうして、上手く行かなかったんだろう。
奪われた『あの娘』が脳裏に焼き付く。
こんなことをしてる場合ではないと、心に訴えかけている。
待ち望んでいた日常が眼前に広がっているのに、どうだってよかった。
今、やるべきことは、一つだった。

雨が降り注ぐ中、傘を指すこともなく走り続けていた。
嵌められた指輪のことなど、気にも止めなかった。


「るーちゃん……るーちゃん……っ!!」


周りの目なんて気にする余裕もなかった。
彼女はただ、必死に叫び続けていた。
大事なものを守るために、今度こそ助けるために。
『あの娘』は、きっと彼処にいる。
根拠も何もない確信を胸に、若狭悠里は人通りの少ない歩道を走る。
時折人にぶつかりそうになっても「ごめんなさい」と謝り、再び疾走する。

行くべき場所は解っている。
『あの娘』が何処にいるのかも理解している。
だから悠里は、迷わず走り続ける。

そして、辿り着いた。
雑居ビルに挟まれた地点。
薄汚れたゴミ捨場に、足を踏み入れた。


『りーねー……』


―――いた。
悠里の顔が綻び、安堵の表情が浮かぶ。
幼い少女がゴミに埋もれるように横たわっていた。
悠里は駆け寄り、小学生程度の小さな身体をギュッと抱き締めた。


「るーちゃん、よかった」


少女“るーちゃん”を抱き締める悠里。
その瞳からは、涙が溢れていた。
間に合った。今度こそ。
もう絶対に離さない。何があっても。


「よかった……無事で……!」


心の底から、安心していた。
あの『武闘派の連中』に拘束されてから、ずっと心配で仕方がなかった。
何がなんでも助けないといけないと誓っていた。
今はただ、“るーちゃん”の温もりを感じていたかった。

聖杯戦争の知識が、悠里の脳に焼き付けられていた。
奇跡の願望器を巡る闘争、らしい。
夢物語のような話だった。それでも、現に悠里は奇跡を目の当たりにしている。
戻らないはずの日常。『かれら』のいない世界。
喪われた楽園が此処にはあった。

聖杯というものの為に、他の参加者と争うことになるらしい。
それを手にすれば、平和な日々を取り戻せるのだろうか。
取り零した未来を再び手に入れられるのだろうか。
状況は掴み切れない。どうするべきかは、まだ決めていない。
それでも、一つだけ確かなことがあった。


「お姉ちゃんが、絶対に守ってあげるから……!」


この両手の中にいる『妹』だけは。
命に換えてでも、守り通すということだった。





雨は少しずつ止み始めていた。
晴れゆく景色の中に、男の輪郭が浮かび上がる。
水溜まりを踏む音と共に、ゆっくりと歩を進め。
何かを抱き締める少女――若狭悠里を見下ろし、男は立ち止まった。

目の前でしゃがみこむ少女こそがマスターである。
男は――バーサーカーは、その指に嵌められた指輪を見て理解した。
狂化を掛けられてもなお消えぬ思考能力によって、バーサーカーは言葉を紡ぐ。


「何を望んでいる……?なんのために『ここに来た』」


問いかけは、それだけだった。
余計な言葉はいらない。戦うか、どうか。
重要なのは其処だ。
理性の箍を壊され、怒りと憎しみだけがバーサーカーの魂を支配している。
この感情を晴らすためにバーサーカーは召喚に応じた。
願いを叶えるための意思も活力もなければ、この少女に価値はない。
そう考え、バーサーカーはただ問いの答えを待つ。

暫しの沈黙が続いた後。
悠里は、胸元に抱える『それ』に目を向けた。


「『この娘』を……守らなくちゃいけないの……」


そして、絞り出したような声を発した。
悠里が抱えていたものは、クマのぬいぐるみだった。
その毛並みはボロボロに荒れ果て、更には泥や雨で汚れきっている。
持ち主の子供に使い倒され、消耗し、そして飽きられ、捨て去られた代物だということは用意に想像できる。
この路地のゴミ捨て場で彼女が拾ったものだろう。


「私が……お姉ちゃんだから……」


使い降るされたゴミでしかないぬいぐるみを。
悠里は、強く抱き締めていた。
まるで愛する家族を愛おしく守るように。
表情から伺えるのは、確固たる決意。
瞳に映し出されるのは、濁った意志。
その瞬間、バーサーカーは何かを察した。

――――ああ、呪われているのか。

何も気付かず。何も解らず。
彼女は、自分の世界だけを信じ込んでいる。
己の『精神』に飲み込まれている。
他の全てを省みずとも、これだけは貫き通すという意志。
それに、取り憑かれている。
バーサーカーは、そんな少女を酷く哀れんだ。

近いものを感じる、と思った。
愛する者を奪われ、死に切ることも出来ず。
溢れ返る憎悪と後悔に突き動かされていた。
彼女を守ることが出来なかった絶望を、バーサーカーは憤怒へと昇華させた。
目の前の少女、悠里もまた何かしらの絶望を抱えているのは見て取れた。
彼女は今、『ぬいぐるみを守ること』で絶望を振り切ろうとしている。

一度背負った絶望は、決して拭えない。
それを覆さない限りは。


「だったら……守ってやれよ」


バーサーカーは、ぽつりと呟く。
悠里はゆっくりと顔を上げた。


「ずっと一緒にいたいんだろ?なら、やるしかないだろ」


必要な言葉は、それだけだ。
バーサーカーはそう思った。
守るためには、戦うしかない。
絶望から逃れるためには、克服するしかない。
それだけが真実だ。バーサーカーはそう信じた。

バーサーカーはかつて絶望に憤った。
逃れることのできない悲哀に狂った。
だが、今は違う。
この激情から解き放たれるための手段が存在する。

――――聖杯。奇跡の願望器。

それを掴むことが出来れば、すべてをやり直せる。
過去をやり直し、愛する者”ペルラ“を取り戻すことが出来る。
そのためなら何だってやる。
これからはもう、なんでもする。
英雄だって、殺す。
バーサーカーは再び決意した。
その決意を、悠里にも求めた。


「……るーちゃんだけは、絶対に守る。そのためなら……」
「何だってする、か?」
「ええ、ええ……私は……そうしなくちゃいけないから……!」


ぼんやりと疲れ果てていた悠里の顔が、決意の表情へと変わった。
そこにあったのは、漠然とした狂気だけではない。
何があっても愛する者を守り抜くという『活力』が芽生えていた。
その瞳に宿る濁りは、消えないまま。
彼女が意志を貫き通せるのかどうかは、まだ解らない。
だが、今はこの答えが聞けただけでもバーサーカーは満足だった。


「そうだよ……そうこなくっちゃあな……」


バーサーカーの口許から、知らぬ間に笑みがこぼれていた。
悪魔のような嗜虐的な微笑と共に、景色が『揺らぐ』。

雨が上がる。次第に青空が見えてくる。
雲の隙間から陽の光が射し。
そして、七色のプリズムが浮かぶ。 
それはまるでバーサーカーの周囲を取り囲むように存在し。

地を這うネズミが、虹に触れる。
その瞬間、肉体を蝕まれていく。
グジュグジュと手足が変化し、頭部から触覚が生え、まるで軟体動物のような姿へと変貌していく。
それは即ち、カタツムリ。
軟体動物腹足綱、有肺類に属する生物。
ネズミが徐々にカタツムリになっていく。


「きれい……」


彼女がその異常な光景を認識することはない。
すぐ傍に浮かび上がる『虹』を、悠里は見つめた。
それは悪魔の虹。止めどない憎悪の化身。

―――――ヘビー・ウェザー。

バーサーカーの代名詞として宝具へと昇華された、最悪の能力。
虹に触れたが最後、サブリミナル現象によって『カタツムリになった』と錯覚する。
それは幻影でしかないのに、虹やカタツムリに触れることで錯覚は次々に伝染していく。
やがて、町中がカタツムリで埋め尽くされる程に。

バーサーカーの意に呼応し、虹は延々と展開を続ける。
つまり、彼が其処にいる限り。
この宝具は決して止まらない。
虹の影響を受けない者は、バーサーカーとそのマスターだけ。
虹の影響を受けずにカタツムリを認識できる者は、バーサーカーだけ。
つまり、悠里は何も知らない。
悠里は虹がもたらす悪夢を決して認識できない。
虹の術中に嵌まらなければ『人々がカタツムリになりつつある幻想』さえ理解できないのだから。

だから、悠里は夢を見続ける。
その両手で『ぬいぐるみ』を抱き抱えて。
全てを蝕む『虹』をぼんやりと眺める。



「ねえ、るーちゃん……虹が出てるわ。きれいでしょう……?」



―――虹は、架かり続ける。


【クラス】
バーサーカー

【真名】
ウェス・ブルーマリン@ジョジョの奇妙な冒険 第6部「ストーン・オーシャン」

【属性】
中立・狂

【ステータス】
筋力D 耐久D 敏捷D 魔力C++ 幸運D 宝具C+

【クラススキル】
狂化:D
言語能力は喪失していない。
その代わり、理性の大半を奪われている。
彼はもはや『救われた』ことさえ忘れ、魂を憎悪に支配されている。

【保有スキル】
運命の血縁(偽):B
ジョースターの血縁の証明『星型の痣』による共鳴。
バーサーカーは彼らとの血縁関係を持たず、後天的に発現している。
『星型の痣』を持つ者の気配・居所を魔力探知無しで察知することが出来る。

忘却の烙印:C
一度は奪われた記憶を取り戻したことを示すスキル。
伽藍堂な空虚は果てしない憎悪によって埋められた。
記憶や認識を支配する精神干渉の効果を軽減する効果を持つ。

呪われし意志:B
憎悪に囚われている限り、彼は死にたくても死ねない。
バーサーカー本体に生命の危機が迫った時、スタンドが自動的に防御行動を行う。
このスキルはバーサーカー自身の意思で行われた自殺にも適応される。

【宝具】
『風が吹き、雨は荒れ(ウェザー・リポート)』
ランク:C  種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大補足:1000
バーサーカーの精神の具現、通称「スタンド」。
能力は「天候や気象現象を操ること」。
周囲一帯の天候を変化させる他、雲や突風などの気象現象を自在に発生させて制御できる。
また近距離パワー型であるためスタンド自体の格闘能力も高い。
ただしバーサーカーの分身であるスタンドが傷つけば本体も傷つき、スタンドの破壊によってバーサーカーも消滅する。

『嵐の果てに……(ミステリアス・トラヴェラー)』
ランク:D  種別:対軍宝具 レンジ:1~60 最大補足:500
突風によって運んだヤ大量のドクガエルを刑務所に降り注がせた逸話が宝具になったもの。
宝具化したことによって、現地の生態系に関係無く『突風によって空からヤドクガエルを降り注がせる能力』へと昇華されている。
ヤドクガエルに触れた者は猛毒に犯され、サーヴァントだろうと肉体を蝕まれることになる。

『そよ風は去りゆく(ヘビー・ウェザー)』
ランク:C+  種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大補足:1000
スタンド『ウェザー・リポート』の秘めたる能力。
悪魔の虹と呼ばれる異常現象を発生させ、虹に触れた者をカタツムリに変貌させる。
更にはカタツムリに触れた者もカタツムリ化させ、際限のない感染を巻き起こす。
カタツムリ化は虹が引き起こすサブリミナル現象による幻覚でしかないのだが、一度でも能力の影響下に置かれれば凄まじい強制力によって術中に嵌まることになる。
ただしあくまで幻覚であるため、視覚を持たない者には効果を発揮しない。

バーサーカーの憎悪の具現たるヘビー・ウェザーは常時展開されている。
この能力の影響を受けない者はバーサーカー本体、そしてそのマスターのみ。

【Weapon】
なし

【人物背景】
グリーンドルフィンストリート刑務所に収監されている記憶喪失の囚人。
その正体は教誨師エンリコ・プッチの実の弟。

奇妙な出自を除き、元々はごく普通の青年だった。
しかし愛する者/実の妹を奪われた怒り、帰るべき場所を奪われた絶望、そして死にたくても死ねない理不尽が彼を狂気へと陥らせる。
世間への憎悪に突き動かされ、暴走していた彼を止めたのはプッチだった。
プッチに記憶を奪われたウェスは『ウェザー・リポート』として刑務所に収監されることになる。

【サーヴァントとしての願い】
ペルラを取り戻す。



【マスター】
若狭 悠里@がっこうぐらし!(原作)

【マスターとしての願い】
るーちゃんを守る。

【能力・技能】
『かれら』が蔓延る世界でサバイバルを続けてきた経験を持つ。
基本的にはまとめ役であり、肉体労働を担当する機会は少ない。

【人物背景】
『かれら』に支配された世界で懸命に生きる『学園生活部』の部長。通称りーさん。
家庭的で穏和な性格だが、同時に慎重で思い詰めやすい一面も持つ。
小学生の妹がいたらしく、『卒業』後に通り掛かった小学校で救助したるーちゃんと重ね合わせている。

時間軸は単行本9巻、51話終了時点。
そのため彼女はただのぬいぐるみを『るーちゃん』と思い込み続けている。

【方針】
絶対にるーちゃんを守り通す。
精神的に磨耗し、冷静な判断ができない。
最終更新:2018年05月10日 11:07