キノは安宿のベッドの上で、「木乃」という名前の書かれた制服と通学道具一式をトランクに詰め込んだ。
自分が何者かを思い出した今となっては、これを着て学校に馴染んでいたことが嘘のように感じられる。
本来の用途で使う予定はなかったから、別にもう捨ててしまってもよかった不用品だ。
しかしまだ変装などには使えそうだったので、この国を出るまでは取っておくことにしたのだった。
『準備は終ったかい?』
「はい、ついさっき」
頭の中に直接響く声にそう答えると、安宿の部屋の隅に一人の男が何処からともなく現れた。
黒いズボンとノースリーブという涼し気な格好の上から、長袖で丈長の黄色いコートを着た青年。
着替えの間、視覚を遮断するためにと言って自主的に霊体化していたアーチャーのサーヴァントだ。
キノにとってはさほど関心のない要素だが、客観的に評価するなら、顔の造形自体は割と整った部類に入るだろう。
「んじゃ、マスターとサーヴァントの最初のディスカッションでも始めるとしますか」
「そうですね。お互いのことは分かっておいた方が何かと便利です」
手短に前置いて話し合いを始めようとした矢先、アーチャーの傍らからデフォルメされたカラスのような生き物が飛び出してきて、妙に良い声で下らないことをまくし立てた。
「ちょ、ちょっとキミキミぃ! せっかく似合ってたのにもう脱いじまったのぉ!? あー、もったいない! 可憐な乙女は可憐な衣装に身を包んでこそ――」
投げナイフがカラスらしき生物のすれすれを掠って壁に穴を開ける。
「そいつもサーヴァントの一部みたいなもんだから、ナイフは効かないぞ」
「でしょうね」
翼で器用にホールドアップしたカラスを尻目に、アーチャーとの最初の会議を始める。
まずはお互いの方針のすり合わせからだ。
キノは旅人である。どこか目的地があるわけではなく、旅を続けること自体が目的と言ってもいい。
当面の目標はこの街を出ること。聖杯とやらが手に入っても路銀に変える以外の用途はない。
旅人として、一つの国に滞在するのは原則三日までとしているが、状況が状況なので強くはこだわらないことにする。
これまでの旅でも、諸般の事情から一つの国に四日以上滞在したことは何度かある。
幸いにも、使い慣れたパースエイダー(銃火器)とモトラド(二輪車。空を飛ばないものだけを指す)は一通り揃っている。
必要なら人を撃つことは躊躇しないが、この国はの携行が厳しく取り締まられているので、普段通りにはいかないかもしれない。
――まずはキノが以上のことを伝え、次にアーチャーが自分達のことを伝える。
アーチャーはドロボウである。真名はジン。カラスっぽい生物は相棒のキール。
召喚に応じた理由はもちろんお宝を盗み出すこと。標的はこの聖杯戦争の主催者達。
最終的に目的さえ達成できれば構わないので、マスターの希望はできる限り尊重する。
サーヴァントとしての本体はジンの方だが、キールもサーヴァントの一部として扱われているらしい。
使い魔みたいなものかとキノが聞くと、むしろオレの方が主人だとキールが主張した。
もちろんジンには無視されていた。
「とりあえず、お互いの方針を嫌わない者同士だと分かったのは良かった」です」
「だね。銃刀法違反のドロボウと、それに輪をかけて銃刀法違反な旅人じゃ、真人間のパートナーは尻尾を巻いて逃げちまう」
ナイフやパースエイダーを隠して持ち歩くことを咎めるサーヴァントじゃなくてよかった――ひとまずキノはその点を喜んでおくことにした。
この国の法律だと、キノもアーチャーも反社会的な人間のカテゴリに放り込まれてしまう。
しかもこの国のモトラドや鳥や犬は喋れないというから、普段通りに会話しているだけでも不審者だ。
宿の駐車場で待たせてあるエルメスがうっかり独り言なんか呟いてしまったら、世にも珍しい喋るモトラドだと騒ぎになってしまうかもしれない。
「なぁおい、ジン。お宝ってのは聖杯のことなんだろ? 他の連中からいくつか盗んで、そこの物騒なお嬢ちゃんと山分けしてトンズラってことでいいのか?」
そんなエルメス並におしゃべりな鳥のキールが、アーチャーの頬に翼を押し付けながら詳細な方針を問いただす。
あれを売ったら当面は美味しい料理と新品の肌着に困らないんじゃないだろうかと思ったが、とりあえず忘れておくことにした。
「いいや。もっと大物が眠ってるはずだぜ、キール。大聖杯っていうとびきりの大物がな」
「大聖杯?」
アーチャーは部屋に備え付けのメモ帳とペンを取ると、簡素な図を描きながら説明を始めた。
「マスターが持ってる宝石……ソウルジェムにサーヴァント七騎分の魂が収まると聖杯になるわけだけど、こいつにはサーヴァントを召喚する機能は備わっちゃいない。魂を回収してビン詰め加工するだけの代物だ」
「オレたちゃジャムにされる運命のアプリコットってわけね」
「だけどサーヴァントの召喚と維持はそれ自体が一大プロジェクトだ。"果実(ソウル)"を詰める空っぽの"宝石(ジェム)"だけ用意してどうこうできるもんじゃない」
紙上に描き込まれていく記号と矢印。
そして最後に、紙の中央に大きな円が描かれた。
「魂を回収するソウルジェムとは別にある、聖杯戦争のシステムを回すメカニズム。それが大聖杯だ。もっとも、主催者達がその名前で呼んでるかは知らないけどな」
「大聖杯ねぇ。ん、ちょっと待てよジン。そいつを盗み出すってことは――」
「――あなたは『聖杯戦争そのもの』を盗むつもりなんですね」
キールが言おうとした言葉の続きを、キノが横取りする。だとしたら大した大泥棒だ。
「ボクとしては、この街からの脱出手段を探す方を優先したいんですけど」
「同じことさ。聖杯戦争のシステムの一環として街に閉じ込められているのなら、外へ出るにはそのシステムをどうにかするしかない。だったら大聖杯について探ってる間に答えも見つかるんじゃねーか?」
そういうことなら反対する理由はない。
なのでついでに、キノは取り分の条件も確定させておくことにした。
「聖杯が手に入ったら半分ずつ。一つしか手に入らなかったり、奇数個だった場合の余りはボクがもらうということで。大聖杯とやらは丸ごと差し上げます。どう考えても大荷物になりそうなので」
「おいジン。この子意外と強かだぜ。可愛い顔して熟(こな)れてんな」
「頼もしいマスター様じゃないか。いいぜ、それでいこう」
当たり前のように『聖杯が二つ以上手に入る』前提で話しているが、それに疑問を差し挟む者は誰もいない。
そもそもアーチャーはドロボウなのだから、つまりはそういうことである。
方針のすり合わせも済んだので、安宿を引き払って駐車場で待たせていたエルメスを叩き起こす。
「あれ、もう出発?」
「条件のすり合わせも済んだからね。とりあえず重要そうな施設を回ってみようということになったよ」
ちなみにアーチャー達は既に霊体化して姿を消している。
アーチャーはモトラドの運転の心得もあるそうなので、機会があったら調達してきてもらってもいいかもしれない。
「それにしてもさ、キノ。後ろにくっつけたアレ、何とかならない?」
「ナンバープレート? 仕方ないよ、この国だとモトラドは登録制なんだ。ボクだって慣れないモノを被らされてるんだからお互い様さ」
キノはいつも頭に乗せている帽子とゴーグルではなく、オープンフェース型のヘルメットを被ってからエルメスにまたがった。
「それもそっか。如何におかんむりでも正しくって言うしね」
「……李下に冠を正さず?」
「そう、それそれ」
排気音を響かせながらエルメスが車道を駆け抜ける。
ひとまずの目的地は街の中心部。人口の多い場所なら何かしらの手がかりが見つかるだろう。
「ねぇ、キノ。そういえばこの国ってモトラドの運転にライセンスが要るんだよね。それはどうしたの?」
「役人にバレそうになったらアーチャーに何とかしてもらうよ。持ち物検査なんかされたら一発で重罪人だからね」
「うわぁ。無免許だ」
【CLASS】アーチャー
【真名】ジン
【出典】王ドロボウJING / KING OF BANDIT JING
【性別】男
【属性】混沌・善
【パラメータ】筋力C 耐久D 敏捷A 魔力C 幸運A+ 宝具E~A++
【クラス別スキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
単独行動:A+
マスター不在でも行動できる能力。
【固有スキル】
直感:C+
自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。
視覚・聴覚に対する妨害の軽減効果としてはCランク相応。
窮地の突破や障害の打破において真価を発揮する。
欲望制御:A
各種の欲望を手足のようにコントロールし、精神干渉を無効化する。
たとえ人格支配レベルの干渉であっても跳ね除ける。
盗賊の心得:A
盗賊として要求される多数のスキルにB~Aランクの習熟度を発揮できる。
効果対象は、変装、解錠、脱獄、気配遮断、戦闘撤退、芸術審美など多岐に渡る。
これらは超常能力に属するものではなく、磨き上げた純粋な技量によって実現されている。
【宝具】
『黒き翼と王の罪(キール・ロワイヤル)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~15 最大捕捉:1人
相棒のキールを右腕に合体させてエネルギー弾を放つ。
厳密には合体状態が宝具であり、光弾は宝具を用いた攻撃に相当する。
威力を下げた連射や何かしらの物体を利用した属性変換などの応用も可能。
一発辺りの威力はランク相応だが消費魔力はごく少量。
アーチャーが魔力不足に陥るよりも、キールが喉の限界を訴える方が早い。
『輝くものは星さえも(キング・オブ・バンディット)』
ランク:E~A++ 種別:対人(自身)宝具 レンジ:0 最大捕捉:-
常時発動宝具。森羅万象を盗むと謳われる伝説が昇華したもの。
盗みに関わる判定において、幸運と直感に宝具ランク分の数値を上乗せする。
犯行過程で必要となる戦闘や逃走における判定も発動対象。
宝具ランクはターゲットの価値に応じて変動し、最大でA++相当の数値が加算される。
(すなわち幸運の瞬間的最大値の上限はAランクの五倍、直感はAランクの四倍弱となる)
この場合の価値とは金銭的価値ではなくアーチャーの主観に依存する。
また、ターゲットが物質的な実体を備えている必要はない。
それが「賛美に値するもの」であるのなら、王ドロボウはたちまち盗み出すことだろう。
【weapon】
『仕込み刀剣』
右腕の手甲に仕込んだ刃物。これを用いた白兵戦を得意とする。
使用頻度は多いが、登場するたびにデザインや機構がよく変わっている。
『キール』
相棒。人の言葉を喋る黒い鳥。女好きで人間の美女・美少女に目がない。
合体技のキール・ロワイヤルの発射はキール側の意志で拒否できる。
特別な存在というわけではなく、同族の鳥や同系統の能力を持つ動物が何度か登場している。
宝具の漢字表記は過去編のみで登場した銃「王の罪(クリム・ロワイヤル)」とキールの外見から。
【人物背景】
輝くものは星さえも 貴きものは命すら 森羅万象たちまち盗む王ドロボウ
「王ドロボウJING」と続編「KING OF BANDIT JING」の主人公。
星すら盗む伝説の一族の子孫「王ドロボウ」の少年、あるいは青年。
初期は感情表現豊かな少年だったが、成長するにつれてクールな側面が強調されるようになった。
サーヴァントとしては肉体的最盛期ということで「KING OF BANDIT JING」の青年期で召喚されている。
ThiefではなくBandit。予告状は出すタイプ。犯行にあたっては大立ち回りを演じることが多い。
そういう主義かどうかは不明だが、肉体的に普通の人間を殺傷することはまずない。
(追っ手など、危害を加えようとしてきた相手に対しては、負傷の可能性がある手段で蹴散らしたりはする)
また、事あるごとに美女や美少女と関わり合うことになるが、彼女達を見捨てることは決してない。時には盗み出す予定だったものを破壊してまで助け出すことも。
ちなみに、最大火力の攻撃手段であるキール・ロワイヤルは、原作では意外と耐えられたり防がれたりすることが多い。
本人も効かないことを驚いたのは最初期くらいで、以降は即座に撃ち方を工夫したり別の対抗手段を取ったりしている。
この異様なまでの判断力の早さと創意工夫の引き出しの多さが最大の武器ともいえる。
【聖杯にかける願い】
ソウルジェムが変化する聖杯は副次的な標的。機会があるなら盗んでおく。
メインターゲットは主催者が抱えているであろう大聖杯(またはそれに相当するもの)
【マスター名】キノ
【出展】キノの旅
【性別】女
【能力・技能】
銃器の扱いは達人級。プロの軍人からも称賛されるレベル。
護身用に複数のナイフも身に着けていて、そちらを使った格闘戦も強い。
所持している主な銃器は以下の通り。
「カノン」
44口径リボルバー拳銃。装弾数6発。薬莢を用いない古いタイプの銃。
現代の銃は弾と火薬と雷管が最初からくっついた銃弾を使うが、このタイプは手作業でそれぞれ順番に入れる必要がある。
旧式ゆえにかなり不便な構造だが、いざというときに弾丸を自作できるからか、キノはこれを主武装としている。
「森の人」
.22ロングライフル弾を使用する小口径のオートマチック拳銃。装弾数10発。
命中精度が高く、レーザーサイトやサイレンサーも使用できるが、威力は低い。
こちらは出来合いの銃弾しか使えない。左手用の構造なのでキノも主に左手で使う。サブ武装。
「フルート」
二つに分解して持ち運び可能な半自動式ライフル銃。装弾数9発。
スコープを装着可能で、キノは狙撃の際にこれを用いる。
【人物背景】
国から国へ気ままに渡り歩く旅人。服装や口調から男性と勘違いされやすい。
他人にあまり関わろうとしないタイプで、身を護るためなら殺人も躊躇わないが、それ以外の理由で人を殺すことは滅多にない。
貧乏性な一面もある一方で意外と大食い。国の環境や懐具合次第では食べすぎてしまうことも。
ただし食い意地のせいで罠にはまるといったことはない。
【聖杯にかける願い】
売り払うなりして路銀に変える。
【方針】
アーチャーと協力して脱出方法を探す。
お互いに旅人としての、ドロボウとしての理念や方針には干渉しない。
最終更新:2018年05月29日 11:05