未来都市『見滝原』。最先端の技術を加えて芸術性まで意識されたその町に、似合わない格好とした男がひとり歩いていた。
 毛皮のマントを纏い、犬の耳を思わせる髪型に同じく犬を思わせる尻尾のアクセサリーをつけた男。人によって可愛らしくさえなる組み合わさだが、その男がするとむしろ獣のような威圧感があった。
 人の往来の多い道を歩くには目立つ出で立ちだが周囲の人間に気にした様子はない。彼は自分の気配を完全に消していた。ただの一般人では例え眼の前に立たれても彼の存在に気づけないだろう。

 アサシンのサーヴァント。本名は津久井道雄。英霊としてなら怒突という仕事名のほうが知れ渡っているか。
 彼は見滝原の町並みになど目もくれていない。彼の意識は周囲への警戒、そして自身のマスターへと向けられていた。
 見た目は十歳前後の少女といったところか。長いブロンドの髪を揺らしながら町並みを眺めていた。人形のように整った顔は表情が薄いようで、よく見るとその瞳は好奇心で輝いているのがわかる。
 つい最近まで自宅の屋敷からほとんど出たことがなかったという彼女は、この聖杯戦争においても親に監禁同然の生活を強いられ、家出して隣町の見滝原までやってきたという設定が与えられている。怒突も安全のため拠点であるホテルから出ないように言い含めていた。
 もともとは怒突ひとりで情報収集に出かけていたのだ。しかし奇妙な噂や事件の話はあっても戦いが始まっている気配は微塵もない。それならば必要以上に警戒して精神を疲弊させるよりも、好きに出歩かせて気晴らししたほうがいい。そう思って外出を許可したのが今朝のことだった。気分が高揚するのも無理はない。 
 と、公園の近くまで来たところで、あっちにこっちに視線を動かしていたマスターの目がふいにある一点を向いて止まった。怒突もそちらを見て合点がいく。アイスクリーム屋があったのだ。

「食いたいのか?」

 マスターはこくりと頷いた。

「なら買ってくりゃいいじゃねえか」
「どうやってかえばいいのわかんない」
「おいおい、外に出たのは最近つっても、ひとりで列車乗ったり、ホテル取ったりしたんだろ?」

 無論その記憶は偽物であり、本当はホテルに泊まっている状態からスタートしたのだが。偽物でも記憶は記憶だ。買い物の仕方くらいわかっていなくてはおかしい。

「あのときは、ちかくにいたヒトにたすけてもらったの」
「なんともまあ都合のいい話だな」

 列車はともかく子どもがひとりでホテルに泊まるのを手伝う大人というはちょっと想像し辛い。下心でもあるなら別だが。

(変態には受けの良さそうな容姿だしな)

 しかし彼女の様子からしてそういうことがあったわけでもないだろう。
 所詮は偽物の記憶ということか。リアリティは薄いようだった。

「わかった。俺が買って来てやる」
「ほんと? ダブルっていうのでもいい?」
「ああ。なんでも好きなのにしな」

 そのくらい大した手間でもないしマスターにはなるべく好かれておいたほうが都合がいい。
 マスターはメニューが書かれた看板の前までで走っていった。

「どうだ?」

 看板を凝視するマスターの横に並んで尋ねる。しかしマスターは「うーん」と唸るばかりだった。
 まあアイスの存在自体知ったのはつい最近らしいので二十を超える種類の中から選ぶのは難しいかもしれない。

「なあ店員さん、あれくらいの子供におすすめなのはどれだい?」
「え!?」

 店員は驚いた様子でこっちを見た。『気配遮断』もさすがにこちらから話しかけた相手にはバレる。向こうからすれば誰もいないところに突然人が湧いて出たような感じだろう。しかしそこは店員もプロですぐに冷静さを取り戻し、おすすめの味を上げ始めた。怒突はその中から二つを選んで注文した。

「ほら」

 出来上がったアイスをマスターに渡す。彼女は「ありがとう」と言って受け取った。

「向こうにベンチがあるからちゃんと座って食えよ」
「うん」

 アイスを持ちながら動き回って落として泣く子供を怒突はこれまで何度も見たきた。もっともそういうのは大体言っても聞かないような子供なので、彼女のような素直な子には必要なかったかもしれないが。
 マスターは言われたとおりにベンチに座ってアイスを舐め始めた。怒突はその横に立っていて、ふと彼女の目がじっとこっちを見ているのに気づいた。

「なんだ?」
「アサシンは座らないの?」
「ああ、俺はいい」

 疲れているわけでもないし、戦いが始まった気配がないといっても用心はしておいたほうがいい。

「ふーん」

 そう言ってマスターは視線を再び辺りの観察へと戻した。なんとなく気になり今度は怒突のほうが尋ねる。

「そんなに面白いか?」

 マスターは頷いて、

「うん、こんなにいっぱいヒトがいるところはじめて」
「人?」

 てっきり町並みを見ているのだとばかり思っていたが。確かに見滝原は都会だし、この公園は駅に面していることもあってか人は多い。

「スヴェンがいってた。オマツリっていうのいけば、もっといっぱいヒトがいるって」
「まあでかい祭りならそうだな」
「いってみたいなあ」

 その呟きからは憧憬のようなものが感じられた。
 現代での生活に慣れたアサシンからすれば人混みなんて鬱陶しいとしか感じないが、狭い世界の中で生きてきた彼女には惹かれるもののようだ。
 彼女の本当の生い立ちも怒突は聞いていた。
 体内で生成されるナノマシンによって原子配列を組み換え、身体の形状や組成を自在に変化させる人間兵器。それが彼女の正体だ。
 自分を生み出した男の屋敷で人の殺し方を学んでいた彼女はある日屋敷の外でスヴェンという男と出会う。その出会いを切っ掛けに彼女は自由に憧れ、殺しを忌避するようになった。一度は生みの親の命令に従い、屋敷に戻った彼女だったが追いかけてきたスヴェンの説得によって自分の意思で生きることを決意。屋敷を抜け出し、これからはスヴェンと一緒にいると決めた。要約すると大体こんなところだ。

(皮肉なもんだな。兵器だった娘が殺しを強要されなくなった途端に聖杯戦争に呼ばれるなんてよ)

 もしスヴェンと出会う前の彼女がマスターになっていたなら、きっと疑問も覚えず、躊躇もせず、ただ聖杯戦争のルールに従ってマスターたちを殺していただろう。しかし彼女は自分の意思を持ってしまった。

「なあ、そろそろ決心はついたか?」

 アイスクリームを食べ終わったタイミングで怒突は言った。それを聞いたマスターは表情を曇らせて首を振った。
 マスターを狙うかどうかの話だった。強い敵を避け弱い敵を狙うのは戦いの常套手段だ。それは聖杯戦争においても変わらない。なるべくサーヴァントよりもマスターを狙ったほうが安全だし効率も良い。聖杯を欲していないとしても生き残りたければそれが得策だ。
 仮にも兵器として育てられてきた身だ。彼女だってそれくらいのことはわかっているだろう。
 しかし成仏してない幽霊のような存在のサーヴァントと違ってマスターは生きた人間だ。彼女は決められないでいた。殺したくないという意思を貫くのか、生きるために曲げるのか。

「もう何度も言ったが、こっちとしてはできるだけ速く決めて貰ったほうがありがてえ。方針が定まってたほうが戦略も練りやすいしな」
「……うん」

 しかし彼女もこればかりは怒突の言葉に従えない様子だった。無理もない。殺したくないという意思に反して人を殺すのは、初めてのうちは相当の覚悟がいる。決められなくてもおかしくないし、決めた覚悟を土壇場で覆してもおかしくない。

(命運を共にする相方にとっちゃ迷惑な話だがな)

 実のところ怒突が練っている戦略の中にはマスターを見限るという選択も含まれている。相手を生かすこと考えながら戦う戦士なんてよほどの実力者でなければ足手まといにさえなりかねない。
 しかし彼女がそうするには惜しいマスターであることも事実だった。兵器として作られただけあって戦闘力は光るものがあるし、論理だって説明すれば理解してくれる利口さもある。才能なのか常人に比べれば魔力量も悪くない。
 それにナノマシンの能力もある。怒突は体内で毒や薬を生成する能力を持っているが、彼女はナノマシンの能力でそれを再現できるのだ。ナノマシンで身体を変化させる能力と聞いた時、もしやと思い怒突が指導した。まだ実践で使えるレベルではないが、厳しい指導の結果(それに耐える根性も彼女の利点のひとつだ)段々とものになってきている。
 性格に問題はあってもそれ以外のステータスはなかなかの逸材なのだ。

(しかし、これもまた皮肉な話だな)

 怒突が英霊などというものになった理由――つまり死んだ理由は教え子に殺されたからだった。別に裏切られたとかそういう話ではない。裏切るような絆など最初から存在していない。正確に言えば教え子ではなく商品というべき存在だったのだ。
 生前、怒突は戦士として戦場で戦う傍ら、素質ある子どもを鍛えて適切な組織に売る商売をしていた。金儲けがしたかったわけではない。それが目的ならわざわざ鍛えずに変態にでも売ったほうがよっぽど手っ取り早く稼げる。
 怒突が商品としたのは、放っておけば死ぬか、死んだほうがましな状況になる子供だけだった。そういう子供を見捨てたり一思いに殺したりするのが後味が悪いと思い始めた商売だったのだ。
 真っ当に面倒を見るほどの聖人になれないから生きられる力だけ与えて売り払う。売った先でどうなったかなんてろくに気にもしない。所詮は『俺はやれるだけのことはやった』と言い訳するための自己満足の行いでしかなかった。戦争犯罪人になった教え子にかつての関係すら思い出してもらえず殺されたとしても、自業自得、因果応報、当然の成り行きといえるだろう。
 しかしだから素直に受け入れられるかといえば話は別だ。万能の願望器なんて物で人生がやり直せるというなら当然やり直すに決まっている。
 中にはどんな辛い出来事でもやり直したりなんてしちゃいけないとか、そういうようなこと言う奴もいるだろう。それはあるいは正論かもしれないが怒突から言わせれば所詮恵まれた者の言葉だ。理不尽な目には会っていても進む道は自分で選べた者たちの言葉だ。世の中には選択の自由すら与えられず決まった結末に向かうことしかできない者だっている。怒突はそうではない。だがそういった人間を何人も見てきた。怒突を殺した教え子だってそうだ。
 あいつらのために聖杯が欲しいとか、そんなことを言うつもりはない。一番の目的はやはり自分が生き返ることだ。だが誰だって助けようとした相手にはちゃんと助かって欲しいと思うだろう。
 今度こそあいつらを救いたい。戦士として鍛え上げるのではなく、真っ当な幸福を与えてやりたい。そういう思いがあることは事実だった。

(だっつうのにこうしてまたガギに殺人術を仕込むなんてよ。これが皮肉じゃなくてなんだってんだ?)

 自分はそういう運命の下で生きるしかない人間なのか。そんな悲観的な考えも一瞬よぎってしまう。ちょうどその時だった。

「うんめいなのかな」

 マスターの呟きが耳に入った。

「やっぱりわたしはヒトをころすしかないのかな。ジユウにはなれないうんめいなのかな」

 その言葉を聞いて怒突はふと思った。この娘はどうなのだろうか。
 兵器として生み出され、今また聖杯戦争という殺し合いの場は連れてこられた彼女は。
 自分の道を自分で選べる人間なのだろうか。


(チッ、余計な思索だぜ)

 必要以上にマスターのことを慮る必要などない。聖杯戦争を勝ち抜くためだけの相方、利用できるなら利用するし、できないなら切り捨てる。それだけの存在だ。
 第一彼女ができない側の人間だとしてそれでどうするというのか。怒突はそういった者たちを救えなかったからこそ今ここにこうしているのだ。
 聖杯を取らない限り、怒突は彼女を救うことすべなど持っていないのだ。



【真名】
怒突@十二大戦対十二大戦

【クラス】
アサシン

【パラメーター】
筋力:B耐久:D 敏捷:A 魔力:D 幸運:D 宝具:D

【属性】
中立・中庸


【クラススキル】
気配遮断:B
自身の気配を消すスキル。隠密行動に適している。
完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、攻撃態勢に移るとランクが大きく下がる。

【保有スキル】

毒/薬生成:A+
 体内で毒や薬を作り出す能力。
 特に毒や解毒薬の生成に秀でている。
 通常の毒が通じない相手にも効く毒や、初見の毒物に対する解毒薬も作り出せる。

心眼(真):C
 修行・鍛錬によって培った洞察力。
 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
 逆転の可能性が数%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。


【宝具】

『ワンマンアーミー』

ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
 対象者の潜在能力を限界まで引き出す増強剤。
 筋力や五感などはもちろん頭脳や精神といったものまで強化される。
 反面効果が切れた後はその後の人生に作用するほどの副作用がおきかねない。重ねがけなどすればその場でショック死してもおかしくない。

『破傷風』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1
 体内で作り出した毒や薬を匂い分子に乗せて飛ばす技。
 目に見えないよう極少量ずつ飛ばすため、効き始めるまでにある程度の時間を要する。


【weapon】
『狂犬鋲』
敵を噛み切る牙。毒や薬の投与も基本はこの牙を通して行う。

【人物背景】
十二年に一度干支の冠する十二人を戦士を集めて行わる十二大戦の戌の戦士。
普段に保育園に勤めており自身にも血の繋がらない娘がひとりいる。趣味は書道。


【サーヴァントとしての願い】
目的達成を遮るあらゆる障害に勝てる力を持って人生をやり直す。



【マスター】
イブ@BLACK CAT


【聖杯にかける願い】
わからない


【能力・技能】
体内で生成されるナノマシンによって身体の組成や形状を作り変えることができる。
理論上は身体を全く違う形にすることも可能だが、そのためには変化後の姿を強くイメージする必要があり、
精神的な未熟なイブではそこまでのことはできない。毒と薬に関しては怒突からの指導のおかげ他の物よりレベルが高い。
また治療用のナノマシンも備えており常人より傷の治りが早い。


【人物背景】
大体本編に書いたのでそちらを参照。
原作2巻からの参戦。
最終更新:2018年06月04日 22:47