見滝原の一画に建つマンションの一室は、もう三日も玄関の扉が開いていなかった。
住人がいないわけではない。見滝原高校の生徒が確かに暮らしている。
住人が帰ってこないわけではない。最後に扉が開かれたのは唯一の住人の少女が帰宅したときだった。
では何故、この部屋は三日も閉ざされたままなのか。
その理由は、唯一の住人の少女が『何故自分は、この部屋にひとりきりで暮らしているのか』と疑問を抱いたことにある。
――聖杯戦争。偽りの肩書き。偽りの生活。
当たり前だと思っていた日々が欺瞞に過ぎず、殺し合いの準備段階に過ぎなかったという残酷な事実。
それは十七歳の少女が他者との交流を拒み、寝室に引きこもるには充分過ぎる理由だった。
「んひひっ……卯月ちゃんよぉ、まぁだヘコんでやがんのか」
ベッドの上で膝を抱える少女――
島村卯月の眼前で黒い闇が渦巻き、奇妙な風体の男が姿を現す。
十九世紀頃を思わせる黒い礼服にシルクハットを被り、無精髭を生やした顔にニヤケ笑いを浮かべた長身の東洋人。
彼は現代を生きる人間ではない。島村卯月をマスターとして召喚されたアサシンのサーヴァントである。
「来ちまったもんは仕方がねぇんだ。そろそろ腹くくった方がいいんじゃねぇの?」
「無理ですよ、そんなの……」
「殺し合いなんざ御免こうむるってか。いい子ちゃんだねぇ。だがそいつはよくねぇな」
アサシンは嘲るような態度を隠しもせずに言い募る。
「あんたがどう思おうと聖杯戦争は始まっちまうんだぜ。空っぽの器を七騎分の魂で埋めようとする馬鹿騒ぎだ。まさかとは思うが、令呪で俺に自決を命じたらリタイアできるなんざ思ってねぇだろうな」
「…………」
「そいつは無理な相談だ。一度マスターになっちまったら、サーヴァントを失っても他の奴と再契約できる。あんたにその気がなくったって、他のマスターはそうは思わねぇ。テメェの駒を寝取って戦線復帰するかもしれない敵としか見ちゃくれねぇよ」
口振りはともかく、アサシンの言葉に嘘偽りは全くない。
どのような理由にせよ、一度得てしまったマスターの資格を手放すことはできない。
主を失ったサーヴァント、あるいは主を見限ったサーヴァントと再契約することで、いつでも聖杯戦争に復帰することができてしまう。
殺し合いを是とする者達にとって、他のマスターは生きている限り安心することができない存在なのだ。
「覚悟を決めな。このままだと大事な『凛ちゃん』がおっ死んじまうぜ?」
「――――っ!」
卯月は絶句して顔を上げた。
アサシンを召喚して三日、自分の個人的な情報は何も喋っていないはずだ。
渋谷凛という友人がいることも、彼女としか思えない後輩が見滝原高校にいたことも、アサシンにはただの一度も話していない。
なのにどうして――
「おいおい。最初にちゃんと説明したのに覚えてねぇのか? 俺ぁちょっとばかり未来が見えるんだぜ。そいつでチラッと見ちまったのさ。お前さんが長い黒髪の嬢ちゃんの死体抱えて、凛ちゃん凛ちゃんって泣きじゃくる姿をな」
アサシンがそう言うや否や、周囲の光景が一瞬のうちに塗り替えられる。
雨が降りしきる裏路地。止めどなく溢れ広がる鮮血。
幻影の中の卯月は雨に打ちひしがれながら、血の気を失った少女を抱きかかえて慟哭していた。
果たしてそれが真実の未来の光景なのか。それとも偽りの幻なのか。
卯月は信じがたい出来事を前にして、真偽を疑う冷静さすら失ってしまっていた。
「あ……あああ……嘘、嘘……っ!」
アサシンがどこからか折れ曲がった傘を取り出し、卯月に差し出して幻影の雨を受け止める。
「可哀想になぁ。あの嬢ちゃんもマスターなのか、それともイケニエみてぇに連れて来られただけなのかは知らねぇけど、友達が怖気付いて引きこもってたせいでぶっ殺されちまうなんて」
「私、そんなことっ……!」
「あんたが動かなくても世界は回るが、そうやって回した結果がこのザマってことだ」
パチン、と指を鳴らす音がして、周囲の風景がマンションの寝室に戻される。
服も髪も全く濡れておらず、傘も見当たらない。だが見せつけられた光景はしっかりと卯月の心に刻み込まれていた。
嘘だ、幻だ、何かの間違いだ。
そう思い込んで自分をごまかそうとしても、知りえないことを知られていたという事実がそれを妨害する。
本当に未来を見たからこそ、自分と渋谷凛の関係を知っていた――
一秒ごとにそんな考えが支配的になっていき、それこそが真相だという思いが強くなっていく。
そしてアサシンは一礼をするように身を屈め、恐怖に打ち震える卯月の耳元で囁きかけた。
「だが良いお知らせがひとつある。未来は変えられるんだ」
「……未来は……変えられる……?」
それは暗闇に差し込む一筋の光のようでいて――
「ああそうさ。他の連中を殺せば、その分だけ望まない未来から遠ざかれる。もしものことがあっても、あんたの手元に聖杯があれば覆せる。こんなところでバッドエンドを待ってる場合じゃねぇだろ?」
――その実、悪辣な悪魔から差し出された契約書であった。
「あ……う……」
「殺しちまえ。誰もあんたを責めやしない。なんてったって、実際に殺すのは俺なんだからな。あんたは口出しするだけでいい。引き金を引くより簡単にお友達を救えるんだぜ」
卯月の心に一滴の闇が落ちた。
殺さないことによる悲劇。殺すことによる利益。殺しを肯定する免罪符。
苛烈な現実に軋んだ温和な少女の心のひび割れに、それらが黒い水のように染み込んでいく。
そして、今にも引き裂かれそうな心が出した結論は。
「私……やります……!」
「よく言った!」
パンッ!と手が叩かれ、再び周囲の風景が様変わりする。
無数の映像が凄まじい速度で流れては通り過ぎ、膨大な情報量を卯月の視界に流し込む。
誰かを殺す自分がいた。誰かに殺される自分がいた。
誰かを騙す自分がいた。誰かに騙される自分がいた。
誰かを守る自分がいた。誰かに守られる自分がいた。
生き残る自分がいた。息絶える自分がいた。
渦巻く未来の只中で、アサシンは悪魔のように嗤っていた。
「んひひ。いい感じにかき混ざってきたじゃねぇか。生きるか死ぬか、殺すか殺されるか、白と黒とのマーブル模様だ。気張れよ卯月チャン。自分好みの未来をもぎ取れるかどうかは、これからの頑張り次第だぜ?」
「ったく、育ちの良いお嬢ちゃんはこれだから。やる気にさせるだけでも一苦労だぜ」
卯月が戦いに身を投じる決意を固め、明日に備えて三日ぶりのまともな眠りに身を委ねた頃、マンションの屋上に黒い闇の翼を広げたアサシンが降り立った。
「放っといても良かったんだが、魔力を断たれたり令呪で邪魔されたら面倒だし、まかり間違って自殺でもされたらたまったもんじゃねぇからな」
アサシンは毒づきながら、手元に球状のヴィジョンを出現させる。
映し出された光景は熟睡にひたる彼のマスターの姿。
苦労したと語る割に、アサシンは愉快そうに笑みを浮かべている。
事実、彼は楽しんでいた。
争いとは無縁な時代の少女が、友を救うためという大義名分を盾にして、血腥い殺し合いに手を染める残酷悲劇。
純朴を絵に描いた少女がどんな末路を辿るのか。想像するだけで笑いが止まらない。
「にしても、だ。サーヴァント……英霊なんて枠に押し込められた時点で不愉快極まりねぇが、貰えるもんは貰っておきましょうかね」
手元の映像をかき消し、アサシンは夜の見滝原を睥睨した。
「しょせんは人間ごときの浅知恵の産物。クロノス相手にゃ焼け石に水だろうが、腐っても願望器なら無いよりゃマシだ」
アサシンの目的も存在も人の粋には収まりきらない。
神霊を神霊のまま召喚することすら叶わない聖杯ごときでは、彼の本来の願いを実現することは不可能だろう。
何故なら彼の願いとは、時という概念を神格化した神性――クロノスという神霊を根底から討ち滅ぼすことなのだから。
だが、無意味とまでは思わない。
目的のために達成すべき事柄を一つでもクリアできるのなら、時間を割いて獲得を試みるだけの価値はある。
「まぁ、聖杯なんざ二の次だ。この街は可能性が入り混じりすぎて未来もロクに定まらねぇ。聖杯戦争っつー乱痴気騒ぎからどんなサプライズが飛び出すことか、今から楽しみでしょうがねぇや」
複雑な人間模様や運命が織りなすマーブル模様から飛び出すサプライズ。
それを愉しむことこそがアサシンの最も好むところ。
人間の生を丸ごと踏みにじるおぞましき愉悦。
「せいぜい楽しませてくれよ、マスターさん達よぉ!」
【CLASS】アサシン
【真名】杳馬
【出典】聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話
【性別】男
【身長・体重】180cm・76kg
【属性】混沌・悪
【パラメータ】筋力C 耐久C+ 敏捷A 魔力A 幸運D 宝具EX
【クラス別スキル】
気配遮断:A+
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を絶てば発見する事は不可能に近い。
ただし、自らが攻撃行動に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。
【固有スキル】
闇の一滴:A
疑心と悪意の植え付けに特化した対個人扇動スキル。
対魔力によっては軽減も抵抗もできない。
天魁星:-
冥王に従う冥闘士として背負う魔星。
アサシンは通常の冥闘士と異なり、冥王への忠誠心を持たない。
戦闘続行:EX
極限まで極まり、人知を超えた往生際の悪さ。
肉体を完全に滅ぼされ、魂を封印されてもなお止まることのない執念。
この執念は身体面のみならず、精神面においても強い影響を与えている。
外部からの干渉で思想を変えられたり、従属させられたりすることは決してない。
【宝具】
『時よ止まれ、お前は美しい(メフィストフェレス)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人
アサシンが保有する生来の時空間操作能力。
その効果は多岐に渡り、時間停止、空間転移、空間湾曲等に留まらず、
遠方の光景の認識、限定的な未来視と平行世界分岐の認知、
異空間への強制転送による分解消滅や体内時間の巻き戻しによる対象の消滅すら可能。
大規模な発動でない限り消費魔力は極めて少なく、アサシンは気軽にこれらの能力を行使する。
『人よ贖え、魂を以て(ディヴィニティ・オブ・カイロス)』
ランク:EX 種別:神霊宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
神霊召喚。封じられた自らの本体を限定顕現させる。
掛け値なしの神霊そのもの。英霊の域を超えた出力で時空間操作能力を行使する。
膨大な貯蔵魔力を内包しており、アサシンの魔力的負荷は召喚時の消費のみ。
アサシンはこの姿を出したくもない本性と称し、決定的な窮地に陥るまで使うことはない。
この宝具の存在は他の宝具によって隠蔽されている。
『永劫輪廻・無限牢獄(パニッシュメント・オブ・クロノス)』
ランク:EX 種別:対神宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
時の神クロノスによる封印。アサシンが使用する宝具ではなく、使用されている宝具。
対象となった神の存在そのものを神話から抹消し、本来の肉体を封じ、
魂を人間の肉体に結びつけ、生と死を無限に輪廻させる。
これにより、いかなる者も本人からの暴露なくして真の正体を推測・看破することができず、
それを知るまで『時よ止まれ、お前は美しい』以外の宝具の存在を認識できない。
英霊の宝具ではなく神霊の宝具。自発的な看破や封印への干渉には神霊クロノスの阻害を打ち破る力が必要となる。
【weapon】
通常時は武器を使わない。主な戦闘手段は時間と空間の操作。
空間の歪みらしき黒い渦や黒い波動による遠距離攻撃手段もある。
主な技は各種wikiなどに詳しく記載されているので、参照のこと。
一例を挙げると、時間停止は技名すら設定されていないくらい普通に実行可能。
望む相手を停止から除外することもでき、会話中に邪魔が入らないようにする程度のノリで軽く時間を止めたことも。
主観的な時間制限やエネルギーの消耗などのデメリットは見受けられない。
『冥衣』
サープリス。冥王ハーデスに仕える冥闘士に与えられる鎧。
着用者の肉体を作り変え、一切の訓練を必要とせず強力な戦士に仕立て上げる。
しかしアサシンはこれを得る前から特殊能力を持っており、本気で戦うとき以外は着用すらしない。
耐久パラメータの+はこれの着用時という想定。
【人物背景】
聖闘士星矢 冥王神話LCにおける天魁星の冥闘士。シルクハットにスーツという姿の飄々とした東洋人。
主人公テンマの父。人間関係や神々の思惑をかき回し、それによって生じる結果を愉しむ悪辣な男。冥王ハーデスの魂すら利用したほど。
聖闘士星矢シリーズでは非常に珍しい、飄々として砕けた態度で嗤いながら立ち回るトリックスター。
ちなみに「杳(よう)」の漢字は「ようとして」と変換すれば比較的簡単に出せる。
その正体は時の神クロノスの弟、カイロス。もう一人の時の神。つまり正真正銘の神霊。
兄によって歴史から抹消されると共に、人間としての存在に縛り付けられて生と死を繰り返す宿命を科され、復讐の機会を伺っていた。
暗躍の数々もその下準備だったようだが、明らかに趣味と娯楽が混ざっていた感があるのは否めない。
肉体的には人間(サーヴァントとしても神性スキルを持たない)であり、それが双子座の黄金聖闘士に起死回生の逆転を許す要因となった。
【聖杯にかける願い】
クロノスへの復讐に利用する。
聖杯単体では明らかに力不足だと考えているため、あくまで計画の補助扱い。
【マスター名】島村卯月
【出展】アイドルマスターシンデレラガールズ
【性別】女
【能力・技能】
とくになし。アイドルのレッスンで体力はついているはず。
【人物背景】
身長159cm、体重44kg。高校2年生の17歳。
笑顔が素敵でキュートなアイドル。頑張ります!という意気込みをよく口にする。
他のアイドルの個性が強すぎるため、相対的に普通の子寄り。
複数のユニットに所属するが、最も有名なのは渋谷凛、本田未央の二人と組む「ニュージェネレーション(ニュージェネレーションズ表記の場合も)」だろう。
【聖杯にかける願い】
元の世界に帰りたいが、凛ちゃんに何かあったらそのために使う。
【方針】
友達を守るために精一杯頑張る。
最終更新:2018年06月04日 23:27