深夜。見滝原中学校にある剣道場。
本来であればとうに人はいなくなり、施錠されているはずのそこには二人の少女が向かい合っていた。
「来なさい」
一人は美しい金髪が目立つ青を基調とした鎧を纏った少女。
華奢な体躯でありながら凛々しい立ち振る舞い、見れば誰もが彼女を騎士と認めるであろう風格を醸し出していた。
「………」
そしてもう一人、鎧の少女から立ち上るプレッシャーを受けながら無言で相対する軽装鎧の少女。
グラマラスな肉体が強調された露出度の高い装束、何より目を引くのが頭の角と下半身から生えた尻尾だった。
少女たちは共にそれぞれ別の意味合いで派手な衣装には不似合いな竹刀を手にしていた。
「はあっ!」
軽装鎧の少女が踏み込む。
剣道の型など知らぬとばかりに金髪の少女に一発でも当てるために必死に竹刀を振るう。
もっとも必死と言っても本来の彼女の全力からは程遠い。超常の存在である二人の少女が全力を出そうものなら竹刀など一合打ち合っただけで壊れるからだ。
一方の金髪の少女は涼やかな面持ちのまま相手の攻撃を難なく捌いていく。
彼女の剣捌きも日本の剣道とは異なるものだがその動作には一切の淀みがない。
やがて軽装鎧の少女が放った大振りの一撃を重心をずらして躱し、態勢の崩れた相手の頭部に竹刀の一発を叩きこんだ。
「くっそー…今日も一本も取れなかった」
「当然です。この身はセイバーのサーヴァント。
あなたならいずれは私から一本を取れる域に達するかもしれませんが、それも長い年月を剣に費やさねば有り得ぬことです」
二時間の後、金髪の少女であるセイバーは短髪の少年と共に校舎の片隅で休息していた。
先の肉感的な軽装鎧の少女はどこへ行ったのか?答えは少年が変身した姿だ。
岸辺颯太。またの名を魔法少女ラ・ピュセル。
スマートフォンアプリ「魔法少女育成計画」のユーザーの一人だった彼は男でありながら本物の魔法少女に選ばれてしまった。
16人の魔法少女による生き残りを賭けたマジカルキャンディー争奪戦に巻き込まれた一人、とも言えるか。
バディを組んだスノーホワイトと共に人助けをしていたところ、偶然見つけた宝石―――ソウルジェムを拾った。
そうして記憶を一時的に取り上げられ聖杯戦争のマスターとなっていた。
「とはいえ、敵マスターから自衛をする分には十分でしょう。
万が一私と離れている時にサーヴァントから襲撃を受けた場合はすぐに令呪で私を呼び出してください」
「うん……けどセイバー、僕は誰彼構わず戦うようなことはしたくない。
僕もそうだけど、宝石を拾っただけでマスターなんてものに仕立てられるなんてあんまりだろ」
マスターも何時戦いに巻き込まれても不思議ではない聖杯戦争で魔法少女ラ・ピュセルである颯太は有利な部類に入る。彼自身もそう認めている。
セイバーもまた十二分に強力なサーヴァントだ。今わかっている限りでも全てのステータス、スキルがBランク以上。
これを当たりと呼ばずして何と言う。
自惚れでも何でもなく優勝を視野に入れられる陣容だろう。そうでないなどと謙遜すればむしろ他のマスターに対して失礼ですらある。
けれど、だからといって自分と同じように巻き込まれただけの被害者たちを蹴落としてまで聖杯を手に入れるのは違うと思う。
そんなことを平然と受け入れる者は断じて正義の魔法少女ではない。
確かに魔法少女として、騎士として強敵と戦いたいと、そう心のどこかで考える自分がいたことは今となっては否定できない。
しかしそれはあくまで強者二人が技を競い合い、最後には互いに認め合うようなスポーツマンシップに満ちたものであって、
ルール無用の殺し合いがしたかったわけではない。
第一殺し合いに乗って元の世界に帰れたとしても両親やスノーホワイト―――姫川小雪にどう顔向けしろというのか。
「そうですね。どうやらこの聖杯戦争ではマスターの参加は任意ではなく条件を満たした者が強制的に集められる形式になっているようだ。
魔術師(メイガス)ですらない者にまで戦場に臨んだ者の覚悟を強いるのはあまりに酷だ。
わかりました。戦う意思のない者との交戦は極力避けるよう努力します。
ですがそれだけでは根本的な解決とはならない。この異常な聖杯戦争で元の世界への帰還を望むならば聖杯を使う他ない、それはわかりますね?」
セイバーから突きつけられる現実に返す言葉がない。
つまるところ彼女はこう言っているのだ。生還したければサーヴァントを倒しソウルジェムを満たせ、と。
生きて帰るには聖杯を完成させる以外の手段などない、と。
「貴方には聖杯を手に入れてもらいます。―――私の願いを叶えるために」
そして何よりも、聖杯戦争によって召喚されたサーヴァントであるセイバーは聖杯の奇跡を求めている。
仮に聖杯戦争をやらずに帰る手段があったとして、どうやって彼女を納得させるというのか。
無理だ。できない。聖杯戦争に乗らずに帰還する手段、聖杯を求めるセイバーを説得する手腕、そのどちらも岸辺颯太は持ち得ない。
颯太が見てきたテレビの中の魔法少女たちなら何もできずに燻ってなどいない。
こういう状況なら大抵主人公の大胆な提案から局面を打開するような夢と希望のある展開に繋がっていくものだ。
対して自分はと言えば、自衛のためにセイバーに剣の稽古をつけてもらうぐらいのことしか思いつかない。
それ自体は成果があるような気がするが事態の解決には繋がらない。
そもそも小雪は無事なのか。颯太が調べた限りでは小雪の姿や名前は見なかったので聖杯戦争に巻き込まれた可能性はそう高くない。
それは良いが、マジカルキャンディーの争奪戦は今も続いている。
困った人の心の声を聞けるスノーホワイトの魔法はことキャンディー集めでは圧倒的なアドバンテージではある。
だが魔法少女の中には自分たちが助かるためなら平気で他の魔法少女からキャンディーを奪い取ろうとする者もいる。あのルーラ一党のように。
もしまたああいった連中が襲撃してきたら小雪は無事でいられるのか。シスターナナかトップスピードあたりが守ってくれれば良いのだが。
「……わかった。でもセイバー、それでも僕は魔法少女なんだ。騎士なんだよ。
だから戦うにしても街の人を助けることが優先で、倒すのは無関係な人を襲う連中だけにしたい。
いくら聖杯戦争だからって人助けだけはやめたくない。それをやめたら僕は魔法少女ですらなくなってしまう」
岸辺颯太は中学二年生の男子だ。
世の中のことなどまだまだわからないことだらけだし、人間心理というものも十分知っているとはとても言えない。
それどころか聖杯戦争に巻き込まれるまでは無意識ながらスノーホワイトという姫を守る騎士というロールプレイに酔いしれていた。
そんな彼でも全てのマスターが善良な人というわけではないことは認識していた。
自分の命惜しさに他人からマジカルキャンディーを奪おうとする魔法少女や、それとは関係なく西部劇のガンマンを気取った無法者、カラミティ・メアリのような魔法少女もいる。
サーヴァントなどという魔法少女以上の強大な存在を味方につけたマスターの中には平気で市民を害する者もいるだろう。
聖杯戦争をやるしかないとしても、そういった悪党、もっと言えば悪党が率いるサーヴァントだけを倒してソウルジェムを満たしていく。
それならば人を殺すことなくセイバーの願いを叶え、颯太も元の世界に帰還できるはずだ。
そう信じなければとてもではないが命の奪い合いなどやっていられない。
「……何で笑ってるんだ?」
セイバーからは「甘い」と一言で切って捨てられるのではないかと、恐る恐る彼女の反応を窺った。
何故か彼女は颯太に向けて柔らかな微笑みを浮かべていた。出会ってから初めて見る彼女の笑顔だった。
「そうですね。貴方の在り方が私にとって好ましいからでしょう。
この時代は私が統治していた時代から千年以上の時が経ち、当時の面影を見出すことすら難しい。
けれど、この時代にあって騎士として在ろうとする貴方というマスターに出会えた。それが私には嬉しい」
「…いや。君に比べたら多分見習い以下だ」
颯太はセイバーの真名も宝具も知らない。キャスターなどに魔術で心を読み取られるとまずい、というセイバーの意見を受け入れたからだ。
心を読む能力について心当たりがありすぎる颯太に拒否できるものではなかった。
しかし正体がわからずともセイバーが騎士の中の騎士であることは数日も過ごせば嫌というほど理解できた。
少女でありながら堂に入ったセイバーの立ち居振る舞いを間近で見ていれば自分のそれが子供のままごとレベルに過ぎないことが嫌でもわかる。
「最初から成熟した者などいませんよ。私にも未熟な修行時代がありました。
貴方は騎士として自らに足りないものがあることを知った。ならば焦らず、一つずつ積み重ねていけばいずれ貴方の目指す理想に辿り着くでしょう。
……聖杯戦争の間しかその成長を見守ることができないのは残念ではありますが」
「セイバー……」
まさかセイバーからこんな暖かい言葉を掛けられるとは思わなかった。
颯太にとってのセイバーは願いのために殺し合いを割り切る冷酷な面のある少女騎士だった。
けれど今わかった。彼女には確かに他者の幸福を願う暖かな心がある。
どんな願いを秘めているかはわからないまでも、誰かのために今も剣を振るっているのだろうと今なら信じられる。
守りたい誰かのために敢えて冷徹に見える振る舞いをしているだけなのだ。
「それに私自身嫌な予感がしてならないのです。
この聖杯戦争ではサーヴァントによる魂喰い、人間を襲い魔力を補充する行為に対する罰則が設けられていない。
戦いが本格化すればサーヴァントを消耗から回復させるために多くのマスターが魂喰いに走る可能性すら考えられます。
私とて聖杯は欲しいが、だからといって無辜の民の犠牲を容認したくはない」
「そういえばマジカルキャンディー集めの時も似たようなことがあったよ。
要するに最終的に勝者が決まるなら何をやっても許される……ってことなのか」
「極論すればそうなるでしょう。ですから我々は先んじて魂喰いに向いた場所に検討をつけてそこに網を張りましょう。
上手くすれば民への被害を防ぎつつサーヴァントを倒すこともできるかと」
「ああ、それでいこう」
セイバーはきっと信じられる。
彼女となら、どんな困難が待ち受けていたとしても戦っていける。そう思えた。
【クラス】
セイバー
【真名】
アルトリア・ペンドラゴン@Fate/stay night
【ステータス】
筋力B 耐久B 敏捷B 魔力A 幸運A+ 宝具A++
【属性】
秩序・善
【クラススキル】
対魔力:A
魔術への耐性。魔法陣及び瞬間契約を用いた大魔術すら無効化する。
事実上現代の魔術ではセイバーには傷一つつけられない。
騎乗:B
乗り物を乗りこなせる能力。魔獣・聖獣ランク以外なら乗りこなせる。
【保有スキル】
直感:A
戦闘中の「自分にとっての最適の行動」を瞬時に悟る能力。
ランクAにもなると、ほぼ未来予知の領域に達する。視覚・聴覚への妨害もある程度無視できる。
魔力放出:A
魔力を自身の武器や肉体に帯びさせる事で強化する。ランクAではただの棒切れでも絶大な威力を有する武器となる。
カリスマ:B
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
清廉潔白、滅私奉公を貫いた王。その正しさに騎士たちはかしずき、民たちは貧窮に耐える希望を見た。
彼女の王道は一握りの強者たちではなく、より多くの、力持たぬものたちを治めるためのものだった。
【宝具】
『風王結界(インビジブル・エア)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1個
セイバーの剣を覆う風の鞘。
正確には魔術の一種で、幾重にも重なる空気の層が屈折率を変えることで覆った物を透明化させ、不可視の剣へと変える。当然相手は間合いを把握出来なくなるため、特に白兵戦型のサーヴァントに対して効果的である。
他にも纏わせた風を解放することでジェット噴射のように加速したり、バイクに纏わせて空気抵抗を減らしたり、風の防御壁として利用したり、と応用技も多く披露しており中々に使い勝手が良い。
しかしこの宝具の真価は彼女が持つあまりにも高名な聖剣を秘匿することにある。
『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』
ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人
生前のアーサー王が、一時的に妖精「湖の乙女」から授かった聖剣。アーサー王の死に際に、ベディヴィエールの手によって湖の乙女へ返還された。
人ではなく星に鍛えられた神造兵装であり、人々の「こうあって欲しい」という願いが地上に蓄えられ、星の内部で結晶・精製された「最強の幻想(ラスト・ファンタズム)」。聖剣というカテゴリーの中で頂点に位置し、「空想の身でありながら最強」とも称される。
あまりに有名であるため、普段は「風王結界」で覆って隠している。剣としての威力だけでも、風王結界をまとった状態を80~90だとしたら、こちらの黄金バージョンのほうは1000ぐらい。
神霊レベルの魔術行使を可能とし、所有者の魔力を光に変換、集束・加速させることで運動量を増大させ、光の断層による「究極の斬撃」として放つ。
攻撃判定があるのは光の斬撃の先端のみだが、その莫大な魔力の斬撃が通り過ぎた後には高熱が発生するため、結果的に光の帯のように見える。言うならば一点集中型の指向性のエネルギー兵器でその膨大なエネルギーを正しく放つには両手での振り抜きが必要とされる。
威力・攻撃範囲ともに大きい為、第四次聖杯戦争時に切嗣が大型客船を緩衝材として使ったり、第五次でビルの屋上から空へ向けて放ったりと、常に周囲への配慮を必要とする威力に比例して扱いが難しい部分もあるが、出力は多少ならば調整可能であり、抑えた場合宝具の起動まで一秒未満に短縮することも出来る。
【Weapon】
約束された勝利の剣
【人物背景】
説明不要の原作メインヒロイン。
今回は第四次聖杯戦争を経て、第五次聖杯戦争に召喚される直前の時期からの参戦。
生者のため本来は霊体化できないが、この聖杯戦争ではルールの枠内に組み込まれた存在となっており、霊体化が可能になっている。
【聖杯への願い】
王の選定のやり直し
【方針】
マスターの方針に合わせて戦意のない者との戦いは避ける。
また魂喰いなどの非道な行いに走る者の討伐と市民の保護を優先する。
【マスター】
ラ・ピュセル(岸辺颯太)@魔法少女育成計画
【聖杯への願い】
帰ること以上の願いはないが、だからといって人殺しはしたくない。
できれば聖杯戦争自体を何とかしたいがセイバーを納得させる方法が思いつかない。
【能力・技能】
魔法少女(正確には魔法少女候補生)としての力。
変身することで常人を凌駕する身体能力と肉体強度を獲得し、更にそれぞれ固有の能力となる魔法を使える。
また魔力を扱う存在であるため魔術師と同等以上の魔力量を備える。マスターとしての適性はノーマル以上一流未満。
颯太は希少な変身前が男の魔法少女であり、ラ・ピュセルに変身すると肉体的には完全に女性になる。
自分の手に持てる範囲で剣のサイズを自由に変えられる。
一見使い道の狭い能力に見えるが魔法少女であるため持てる剣のサイズの上限は常人より高く、逆に爪楊枝サイズにまで縮小化することもできる。
また剣を収める鞘のサイズも自由に変えることができ、応用性は高い。
能力の発動条件は『発動時に視界に入っていること』。このため必ずしも手に持っている必要はない。
【人物背景】
本作の主人公、姫川小雪の幼馴染である中学二年生。
小雪とは中学校が別だが、小学生時代は魔法少女好きの同士として良き友人だった。
学校ではサッカーに打ち込む一方、周囲の人間には内緒にしながら魔法少女作品の鑑賞も続けている。ルーラ脱落後からクラムベリーとの決闘を行うまでの間からの参戦。
【方針】
聖杯戦争であろうと人助けはやめない。
市民に危害を加える悪党を倒す。しかしマスターを殺す覚悟は………
最終更新:2018年06月05日 16:10