『住宅街からほんの十五分ほど歩いた、山の中にある、空き家』

『いつからそこにあるのか、誰が住んでいたのかも、分からないその館には』

『お化けが出るという噂があった』






「ねえ、せんぱーい。聞いてます?」

 ホームルームも終わり、特に用事も無いため帰ろうとするユカリを止める声が教室の一角に響く。
 また面倒なのがやって来たと、ユカリは髪留めを整えながらため息と共に彼女を見た。

「なによミカ。あたしはこれから帰るとこだったんだけど」

 ミカとはユカリの一つ下の後輩になるイマドキの女子高生だ。
 所謂ギャルと呼ばれるカテゴリーに分類され、見滝原の中でもこのご時世に珍しい存在でもある。
 顔が整っており、彼氏は常にキープしている彼女には癖の強い趣味があった。

「だーかーらー! 街の外れにあるお化け屋敷に行きましょうって!」

 一度言い出したら止まらない彼女は謳うようにユカリを説得する。
 ミカの趣味はオカルトであり、それも根も葉もない噂に興味本位で首を突っ込むような野次馬根性丸出しの塊だ。
 一人で噂を確かめに行くのは怖いという真っ当な理由で、先輩であるユカリを毎度のように誘うのだが、怖いのなら行くなと彼女はこれまた毎度のように忠告している。

「一人で行きなさいよ。唯でさえ最近は物騒だってのに……その屋敷ってイワクツキのアレでしょ?」

「もちのロンですよ! その屋敷に入った人は誰一人として帰ってこないっていう神隠しの!」

「……神隠し、ねえ」

 ユカリは最近は物騒と小言を漏らしたが、見滝原の街ではとある噂が流行している。
 なんでも、学生を中心に少数ではあるのだが、行方不明事件が重なっているらしく、一部地域では警備が厳重になっているとのこと。
 公に発表されている訳でもなく、行方不明になった生徒は体調不良、会社員は休職中などと、お誂え向きな理由で処理されているだとか。
 実際のところ、行方不明など証拠も無ければ、本当に消えたかどうかも分からない。ただ、休んでいる人を面白おかしく囃し立てているだけだ。

「神隠しですよ、カ・ミ・カ・ク・シ! イマドキこんなの無いですって!」

 しかし、根拠のない噂とは時にして誰かの妄想を大いに駆り立てる絶好のスパイスとなる。
 世から陰謀論から消えないことが何よりの証拠だ。ミカの瞳はこれまた純粋なまでに輝いており、ユカリは目線を反らすと机に突っ伏した。
 もう本当に面倒くさい。何が神隠しだ、お化け屋敷だ。あたしは花の女子高生なんだ、どうして放課後をそんな無駄な時間に捧げないといけないのか。
 このまま机に伏していればミカも諦めるだろうと、ユカリは彼女の言葉を無視し続けた。
 全く関係無いのだが、根比べには自信がある。さぁ、早く諦めてちょうだいと願うばかりだった。





「うわ……なんか本当にお化け屋敷って感じですね」

 あれからミカに根負けしたユカリは彼女に連れられ、こうして噂のお化け屋敷まで来てしまった。
 我ながらなんだかんだで甘いな……顔を抑えながらユカリは見上げるようにお化け屋敷を見回す。
 大きさはかなりのものだ。大型デパートとまではいかないが、二階建のスーパーよりは大きいと言った具合か。
 造りは外見から洋館だと分かる。神隠しと噂されているが、なるほどこれはゾンビの一体や二体でも潜んでいそうだ。


「……ってミカ、あんたなにやってんのよ」

 気付けばミカは屋敷の扉の前でリュックを漁っていた。
 ポーチから安全ピンを取り出すと、自慢するようにユカリへ見せびらかし、何も気にせず鍵穴へ差し込む。

「あんた、犯罪だってソレ」

「えー? 今更ですよせんぱーい。夜の学校に侵入したり、防空壕に入ったりしたじゃないですかー」

「そ、それはそうだけど……」

 ユカリにとってミカに付き合わされるのは何も初めてじゃなく、最早、日常のような習慣になってしまった。
 普段は友達であるチサトも一緒に居るのだが、彼女は都合があり今回は欠席となっている。自分もそうすればよかったとユカリは後悔する。

「開きましたよー☆」



 中に入れば外見から予想出来たとおりの広い造りとなっていた。
 左右に続く長い廊下、奥行きもあり、当然のように階段も天高く連なっている。
 神隠しとはかくれんぼでもしていて、迷子になってしまった子供のことだろうか。そんなことさえ思えてくる。

 屋敷に入ったところで、ミカはスマホ片手に単独行動をしてしまい、手持ち無沙汰になったユカリはとりあえず右に進むことにした。
 特別な理由は無いのだが、身体を動かしていなければ気持ちが悪い。この屋敷にいると説明は出来ないが、身体が重く感じてしまう。
 ドアノブに手を掛け、ガチャリと音を響かせながら回すと、ソファーとテーブルが視界に映る。
 数歩進めばテレビや食器が並んでおり、ダイニングキッチンだと認識するのに時間は必要無かった。

 せっかくの……という訳でもないのだが、腰を掛けて休もうとユカリが思った刹那、ふと皿が床に落下しその破片を飛び散らした。
 身体が大きく反応し、ユカリの全神経が皿の破片に集中する。突然の出来事に彼女の心拍数は急速に上昇し、呼吸が荒くなる。
 胸元に手を当て深呼吸を繰り返し、心拍数を整える。落ち着け、ただ、偶然にも皿が落ちただけだと。

「……もう帰ろう」

 一度でも思い込んでしまえば駄目だ。
 ユカリにとってこの屋敷はもう、恐怖の対象となったのだ。
 皿が落ちただけ。偶然にも、だ。そんな偶然があってたまるか。
 嫌な予感だけが彼女の心を塗り潰す。嗚呼、霊感の強いチサトが居てくれればどれだけ心強かっただろうか。


 ダイニングキッチンを後にしたユカリは廊下を戻り、入り口付近まで到着すると、耳を澄ませる。
 ……何も聞こえない。
 足音やら吐息の一つも感じられず、どうやら近くにミカはいないようだ。
 ユカリからすればこんな屋敷は一秒でも早くお去らばしたいが、腐っても後輩であるミカを置いて行くのは気が引ける。
 記憶を遡ればたしか彼女は階段を上がったはずだ。後を追いかけるようにユカリも二階へ足を踏み入れると、不自然に扉が空いている部屋を見付けた。

 大方、ミカが締め忘れたのだろう。
「ミカ、早く帰ろうって」
 彼女に語り掛けるように部屋へ入るのだが、予想と反してミカの姿は無かった。
 これでは独り言をしただけであり、無性に恥ずかしくなるのだが、誰も聞いていなければ問題は無いのだろう。
 部屋を眺めると物は少なく、必要最低限の机や椅子、タンスが並んでいるだけだ。
 先のダイニングキッチンもそうだが、お化け屋敷と言われているのにも関わらず、全体的に掃除が施されているのだ。
 主不明の屋敷と言われているが、もしかしたら実は人が普通に住んでいるのでは無いだろうか。そうなると完全に不法侵入となってしまう。
 何にせよさっさと帰ろうと、ミカを探すために扉へ向いた瞬間だった。
 ガタッと音を響かせたのはタンスだった。反射的に振り向いたユカリの全神経がタンスへ注がれる。

 勝手にタンスが動くことなどあるだろうか。
 中に何かがあるかもしれない――注視していると、急に戸が開けられ、中には震えるミカが座っていた。
 予想外の展開にユカリはタンスへ駆け寄り、ミカに事情を聞こうとするが、彼女は何かに怯えているようだった。

「……ミカ?」

 どんな言葉を投げても返答は無く、たった一つの返しは「警察」の一言。
 顔面蒼白、身体は絶え間なく震えおり、目の焦点も定まっていない彼女は明らかに普通の状態では無い。
 まるでこの世の地獄を見たかのような、生気を感じられないミカの姿にユカリは気付けば走っていた。

 まずは警察を呼ぼう。そしてミカから何があったかを聞く。
 彼女の生存本能が危険の警報を鳴らす。この屋敷に留まれば危険だと。そして、もう手遅れだと。

「な、なんで鍵が!?」

 入り口に突撃するような形で衝突し、ユカリは何度ドアノブを捻っても開かない扉に声を荒げる。
 なぜ鍵が閉まるのか。自分もミカも閉めておらず、ならば外から誰か鍵を掛けたのか。
 どうして、誰が、どんな理由で、何のために。或いは中に――――――――――――――。

 その瞬間、まるで時が停止した感覚に襲われた。



 ユカリは背後から殺気のようなものを感じた。
 女子高生にとって殺気など縁もゆかりも無い存在であるが、何かひんやりとした寒気が全身を支配する。
 振り向いては駄目だ、自分の背後には説明の出来ないヤバイ存在が居る。
 生存本能が必死に彼女を説得するが、人間の好奇心とは残酷である。振り返る自分を抑えられなかった。


「……ぁ、い、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 怪物だ。
 人間と同程度の大きさを誇る顔。
 恐怖を植え付けるような巨大な目、人間を飲み込めるような開けた口。
 不快感を煽るようなブルーベリー色の巨人が――ユカリに迫っていた。

 喰われると悟った彼女は全力で扉に体当たりを何度も繰り返す。
 来た道を戻ることは怪物に近付くこと。誰が好き好んで怪物の元へ行くものか。
 じゃあどうするのか、扉を壊して逃げるしか選択肢は無い。


「あれれ、望んでいないお客さんが迷いこんでいたんだね」


 もうどうにでもなれ。
 青い巨人から逃げようと屋敷で抗っていたユカリは、気付けば墓地の真ん中に立っていた。
 摩訶不思議の超常現象に脳の処理が追い付かず、後退りすると、何やら背中に衝突する物があった。
 確かめれば墓地なのだから、当然のように墓が立っており、目を凝らすと見慣れた名前が刻まれていた。


『ユカリ』


 それは自分の名前である。


「もう、噂に釣られるのはどうして関係無いバカばっかりなんだろう」


 先からおどけたように語るは、かぼちゃのような被り物をした少年。


「僕が待っているのは聖杯戦争の参加者だけなんだ」


 手に持ったスコップをぐるぐると回す。


「僕はね。早くみーんなを殺して願いを叶えるんだ」


 首に巻いた赤のマフラーが風に靡く。


「殺したい人がいるんだ。僕の大切な……大好きな人のために」


 そして被り物の奥から覗く瞳が笑った。





「……あ、聖杯戦争のことを言っちゃった。じゃあ、君を生かしてあげられないなあ――バーサーカー、食べていいよ」




 エドワード・メイソン。
 彼は『ユカリ』『ミカ』と刻まれた墓標の前に座っていた。
 空を見上げれば月が嗤うように世界を照らしており、バーサーカーが食い散らかした二人の残骸が黒く輝く。

「いい肥料になりそうだなあ。それぐらいしか使いみちはない……かなあ」

 けたけたと嗤い、血に染まったスコップの表面を布で拭き取る。
 バーサーカーの宝具の実験と称し、『屋敷を墓場に変貌』させたが、サーヴァントとは全く以てバカな存在だ。
 エドワード・メイソンとはまだ中学生かどうかも分からないような少年である。
 墓守の一家の三男として生を授かり、気付けば彼はとあるビルのフロアを任される番人となっていた。
 彼の仕事はこの世を去った人間の墓を作ること。それは彼にとって代わり映えしない日常だった。

 そう、彼女が来るまでは。

 彼女が来てから彼の日常に淡い色が加わった。
 殺したい、彼女をこの手で殺したい。
 太陽が落ち、月が昇るように。彼は日夜、彼女のことを思うように為った。

 キミの存在はボクにとって特別なんだ。

「ボクはキミに会えないと思ってた。でも、ふふっ……ソウルジェムはボクに夢を見せてくれるんだ。
 最初は信じなかったよ。願いが叶うだなんて……こんな特別なことがあるなんてね。でも一番の特別は――キミなんだ」

「もうね、兄達のおさがりは嫌なんだ。弟のボクに回ってくるのは必ずお古……でもね。
 ボクがこの手で殺せば、それはボクのモノなんだ! だって『一番』なんだから! 最初に手にするのはボクなんだ!」

 少年は謳う。
 その心は湖に立つ一羽の白鳥のように、誰にも穢されぬ清き存在。

「嗚呼――また会える! 聖杯戦争ってのは簡単に言えばボク以外を殺せばゲームクリアなんだ!」

「ボクのサーヴァントのバーサーカーは癖がある。消費も激しいし、必ず勝ち抜けるとも限らない。
 だけど乗り換えだって可能なんだよ……おっと、落ち着きなよバーサーカー。ボクには令呪があるんだ。その気になれば――そう、分かればいい」

 月が照らすは右腕に迸る赤黒き令呪。 
 青い巨人をも黙らせる聖杯戦争の忌まわしき鎖。

「他のマスターを殺せば次はキミだ! ボクは聖杯にお願いするんだよ……もう一度、キミに会いたいって。
 もうキミを離したりはしない、ボクがキミを天国まで連れて行ってあげるんだ……ふふっ、キミのお墓はもう、とっくに用意してあるんだから」



◆ 



 もう誰にも邪魔させない。


 あの包帯男はいないし、ボクらを縛るルールも無い。


 ボクがキミを天国に連れて行ってあげる。だってキミはボクにとって、テンシのようで、カミサマだから。


 キミの理想のお墓はボクが用意するよ。キミはボクのモノになる。


 キミはボクが殺してあげる。それがボクの美学だから。



 ――ねえ、レイチェル。



【マスター】
エドワード・メイソン@殺戮の天使

【通称】
 エディ

【マスターとしての願い】
 もう一度レイチェルと会うこと
(そして自分自身の手で殺す)

【装備等】
 かぼちゃのような被り物、スコップ、赤いマフラー。
(ソウルジェムはマフラーに隠れる形で首に掛けている)

【能力・技能】
 普通の人間と比べ――彼は壊れていた。
(いわゆる魔法や魔術と呼ばれる特別な力を所有していません)

【人物背景】
 とある墓守の三男として生を授かった少年。
『生き物は誰のものでもない』と育てられる。やがて彼は墓を作る過程で『生き物は墓に入る=自分のモノになる』という歪んだ感情に囚われる。
(これは彼が三男として育ち、兄達からのおさがりばかり与えられていた影響も考えられる)

 気付けばとあるビルの四階を任されていた彼は来る日も来る日も死者のために墓を作る日々を過ごす。
 そんなつまらない日常に光を与えた存在がレイチェル・ガードナーと呼ばれる少女であった。
 彼女との出会いはエドワード・メイソンの運命を大きく狂わせることとなり、彼は彼女に執着するようになる。

【ウワサ】
 見滝原の街からはなれたとある屋敷に『神隠し』のウワサを流している。
 狙いは聖杯戦争の参加者を誘き出すためである。一般人がやって来た際は魂食いを行い糧とする。

【方針】
  • 自分の願いを叶えることが再優先事項。
  • 状況が状況ならば、同盟も視野に含める。
  • サーヴァントの乗り換えも検討している。
  • 自分からは仕掛けず、屋敷に踏み入った者を仕留めるスタンス(現状は)

【ロール】
 学生(小学生or中学生)
(ちゃんと学校に通っているかはお任せします)


【クラス】
 バーサーカー


【真名】
 青鬼@青鬼


【パラメーター】
 筋力A 耐久A+ 敏捷C 魔力B 幸運EX 宝具B


【属性】
 混沌・悪


【クラススキル】
 狂化:A
 全てのステータスを上昇させる。
 バーサーカーの真意を見抜いた者は存在せず、彼に理性があるかも不明である。


【保有スキル】
 精神汚染:EX
 精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を例外なくシャットアウトする。

 無辜の怪物:EX 
 ウワサの昇華。
 本来の彼の姿は誰も知らず、サーヴァントとして具現化された姿もまた、彼とは限らない。
 敵対する相手がバーサーカーのウワサを知っている場合、彼はサーヴァントとして認識される。
 逆にウワサが知られていない場合、彼はサーヴァントとして認識される前に、相手の精神へ『目の前の存在は怪物』という概念を植え付ける。

 追跡者:A
 相手と遭遇し5分位内ならば必ず追跡するスキル。
 固有結界を用いられ世界と隔絶されようが、ワープされようがバーサーカーは相手の背後に現れる。
 5分経過した場合は、再度遭遇するまで無効化される。


【宝具】
『F.O.A.F』(誰も出ては為らぬ)
 ランク:B 種別:対界宝具
 とあるウワサを宝具へ昇華した固有結界に似て非ずの現象。
 バーサーカーが足を踏み入れた建物を問答無用で生前、彼が居たとウワサされる屋敷を再現する。
 屋敷から外へ繋がる扉は全て魔術的施錠が掛けられ、また、構造も発動の度に些細ではあるが変化する。
 この屋敷に座標が固定する間は外部との連絡が全て遮断され、相手サーヴァントへ全てのステータスが1段階低下してしまう。


『這い寄る混沌』
 ランク:B 種別:対人宝具
 上記宝具と連携し発動されるモノ。効果は大きくわけて2つ。
(1)バーサーカーの仲間とウワサされる怪物達の具現化。
(2)気配察知・遮断系のスキルを全て無効化し、バーサーカーの存在を相手に把握させないこと。


【weapon】
 存在


【人物背景】
 全てが謎に包まれた存在。ウワサが独り歩きした無辜の怪物。
 ブルーベリー色をした怪物であり、人間を捕食する。
 相手に恐怖を植え付け、相対した者は彼と戦う選択を選ばない。
 彼がどんな怪物なのか。元は人間だったのか。どのように生まれたのか――全てが謎に包まれている。


【サーヴァントとしての願い】
 不明。
最終更新:2018年06月05日 21:42