「......」
「災難だったな」

夜。デパートの惨劇を見てしまった夜だ。
自室にて、鹿目まどかはベッドの上に体操座りで俯き、ランサーのサーヴァント、宮元篤は慰めるように背中を摩っていた。

いくら魔法少女とはいえ、もとはただの平凡で温厚な女の子。
そんな彼女が犯罪予告、いや、予告の名を借りた猟奇的な殺人事件を目撃してしまったのだ。
戦闘のプロならいざ知らず、女の子に軽々しく気を取り直せと強いるのも無茶な話だ。

「...聖杯戦争が始まれば、こんな場面にも遭遇することはある。辛いかもしれないが、立ち直らなければいけないんだ」

だが、聖杯戦争が一度始まればこんなものではない。
いまは派手に動いているのは赤い箱の怪盗だけのようだが、もしも手段を選ばない者が大勢いれば、こんな比ではすまないだろう。
それこそ、聖杯戦争を理由に無差別に欲を満たす者、魂吸のために合理的に殺す者。
如何な形にせよ、呼び出された最低限の主従だけの犠牲で済む話ではないだろう。
だから、篤の言葉はまどかにも理解できる。

「...篤さんは、平気なんですか?」

けれど、理解はできても納得できるはずもない。
だってそうだろう。
たとえ、このNPCに位置づけられた人たちが偽者であれ自分には関係のない者たちであれ、人が殺されているのだから。
家族。友人。恋人。ライバル。先生と生徒。上司と部下。
犠牲になった人たちにはそんな繋がりがあったことだろう。
そんな、多くの悲しみを生んでしまう人の死が、守られるべき日常に、平然とあっていいはずがないのだから。

それは篤とて同じことだ。無意味な犠牲を寛容しているわけではない。
かつて彼岸島で『樽』という、赤い箱にも劣らぬ、いや、下手に生かしているぶんよりタチが悪い食文化を見ていることで耐性はあるものの、やはりそれでもあれを見れば胸を悪くする。

「...ああ、平気だよ。俺は英霊だ。あんなもの、闘いの中ではいくらでも見てきた」

だからこそ、彼は厳しく言い放つ。
ここで甘える余地を作ってはいけないから。
彼女の優しさは尊重したいが、それで命を落とすことなどあってはならないから。

「あんな、ものッ...」

感情のままに叫びそうになったまどかは、無理やり口を噤んで押し殺した。
篤と出会ったとき、彼は弟について心底楽しそうに話していたし、まどかの方針にも賛同してくれると言っていた。
まどかには、どうしてもそれが嘘だとは思えず、むしろアレを見て平気だという言葉自体が嘘としか思えなかった。

きっと、わたしが無理をしないように忠告してくれている。

そうとしか思えなかった。

「まどかー、ご飯だよー」

そう、階下から呼びかけるのは父の声。
心配させてはいけない、と返事をしてまどかは降りていく。

篤は、俺がいると気が散るだろうとの判断のもと、一人部屋に残るのだった。



食卓。
そこには、まどかの母、鹿目詢子と弟、鹿目タツヤが席に着いていた。

「あれ、ママ?今日は早いね」
「なにいってんのさ、さっき返事しただろ?」

え?と思わずタツヤへと視線を投げかければ、彼もまたコクリと頷いていた。

「どうした、そんなボーッとして。なんか嫌なことでもあったのか?」
「い、いやそんなことは...」

言葉を濁し、まどかは席に着く。
そんな娘の様子を、詢子は目線で追っていた。

「はい、おまちどおさま」
「アーイ!」

台所から父・鹿目知久が持ってきた料理は、大きな皿に載せられたハンバーグ。
詢子は美味そうだねと呟き、タツヤはその料理に無邪気にはしゃいでいた。

父、母、タツヤ、そしてまどか
家族みんなが揃ったいつもの食卓。

ただ一人、鹿目まどかの顔が蒼白であることを除けば。

「まどか?」

知久が首を傾げ疑問符を浮かべる。

同時に、点けられていたテレビのニュースの話題が変わり、ニュースキャスターが深刻な面持ちで口を開く。

重々しい声で語られる事実。画面に映し出されるデパート。群がる人だかり。そして―――


「ご、ごめんねパパ。わたし、今日はご飯いらない」
「え?」
「あ、あした食べるから!」

そう告げるなり、一目散に階段を駆け上がっていってしまうまどか。
その背中を見て、知久と詢子は困ったような表情で顔を見合わせ苦笑するのだった。

我が娘ながら、隠し事が下手だなぁ、と。



「ゲホッ、ェホッ...」

えづきと共に便器に出される吐しゃ物を絶え間なく流しながら、篤はまどかの背中をさすり介抱する。

「落ち着いたか?」
「は、はい...どうにか...」

まどかの口元を水で注ぎ、臭いを消すために便所中に消臭剤を吹きかけ、まどかに肩を貸しながら自室へと運ぶ。

再びまどかの自室。

まどかは先刻と同じように体操座りで毛布を被り、篤はベッドの脚に背中をあずけ、フゥと息を吐く。

「...ごめんなさい、篤さん」

まどかは、そう小さな声で謝った。

「これから聖杯戦争が始まっちゃうのに、迷惑ばかりかけて...」
「俺のことはいいから、お前はもう少し自分を労われ」
「......」

自分のことで手一杯だろうに、それでも身近な者に気をまわさずにいられない彼女を見て、どうしてもかつての弟、明の影がよぎってしまう。
そんな想いから綻びかける口元を締めなおし、篤はまどかの頭にポンポンと手を置いた。

コンコン、とドアをノックする音が鳴る。

「まどか、入っていいか?」

ドアの向こう側からの母の声にまどかは慌てて篤を隠そうとするが、"俺は霊体化できるから大丈夫だ"という旨のジェスチャーを受け、ホッと一息つき、篤の霊体化が完了するのを見届け母を招きいれた。

「ど、どうしたのママ」
「どうしたのって...あんな様子を見せられたら心配のひとつや二つするに決まってるだろうが。...まどか。あんたさ、さっきのニュースの現場にいたんだろ」
「えっ」
「あんたがあの箱に駆け寄ってくとこがバッチリ映ってた」

若干、呆れのような感情も混じった言葉に、まどかはしゅんと縮こまってしまう。
そんな娘に、詢子は頬を緩ませふぅ、と小さく息をつく。

「別に怒ってる訳じゃないさ。あれだって、野次馬気分じゃなくて、誰かが困ってるかもしれないって向かったんだろ?」
「...うん」

詢子はまどかの横に腰をかけ、そっとまどかの頭を抱き寄せる。

「あんたが困ってるやつを放っておけないタチなのはわかってるし、それはあんたのいいところでもある。けどな、だからってあんたがなんでもかんでも背負う必要はないんだ」

「え...」

「あんたが全部を背負おうと頑張ってるのを見て、辛く思うやつもいるってことさ。少なくともあたしやパパはそうだ」

「ママ」

「あんたはまだ子供なんだから、もっと気楽でいいんだよ。弱音を吐きたいなら吐けばいいし、頼りたいことがあるなら頼ってくれていい。それを受け止めるのが親の醍醐味ってもんさ」

「...うん。わかった、ありがとう、ママ」

「おー、どういたしまして」

それから、二人はなんてことのない他愛のない会話で笑いあう。
今日あったこと。学校の様子。職場の様子。デパートでなにを買っていたか。
そんな日常で行われていたであろうやり取りに、まどかの顔から暗い影はほとんど消えていた。

そうこうしているうちに、時間は流れ、一日の終わり―――聖杯戦争の本戦開始まで、あと1時間を迎えようとしていた。

「っと、もうこんな時間か。子供はそろそろ寝ないと美容に響いちまうぞ」
「ママはまだ寝ないの?」
「あたし?あたしはコレ」

詢子が親指と人差し指を合わせわっかをつくり、瓶を揺らすような動作を見せ付けると、こんどはまどかが微かな呆れの視線を投げかける。

「ほどほどにしなくちゃ寝過ごしちゃうよ?」
「だいじょうぶだいじょうぶ。ウチには優秀な目覚まし係がいるじゃんか」
「そうやって自分から起きる気のない人にはめっ、だよ」
「うぐっ、いまのはちょっとグサッときた」
「もう、ママったら。...ふふっ」

互いにケラケラと笑いあい、おやすみ、と告げると詢子もおやすみと返し、部屋をあとにした。

(ずいぶん肩の力が抜けたようだな)

一部始終を見届けていた篤はホッと胸を撫で下ろした。 
母親との会話は、怪盗Xへの恐怖を和らげるのに効果覿面だったらしい。
まどかには先ほどまでのしょんぼりとした様子は見受けられず、彼女と出会ったときに見せていた笑顔もだいぶ取り戻していた。

「...篤さん。わたし、やっぱりみんなを守りたいです。ママも、パパも、タツヤも、ほむらちゃんも、さやかちゃんたちも」

己の膝に添えられているまどかの手が、力強く握られる。
NPCは本人ではない模造の可能性もあると聞いた。
けれど、言葉を交し合っていれば、触れ合ってみればわかる。
彼らも、大好きなあの人たちと変わりはないのだと。

「怪盗Xには、もう、あんな酷いことはやらせません。もしまたやろうとしたら...絶対に止めます」

まどかの眼に光が宿る。
恐れを吹き飛ばし、大切な者を護らんとする決意の光が。

「...そうだな。お前ならできるさ。誰よりも優しいお前なら」

篤は嘘偽りなく微笑みかける。
きっと、本当に人を救えるようなヤツは、こんな、誰よりも真っ直ぐなやつなのだろうと。
それこそが、『魔法少女』なのだろうと。


時刻は0時をまわり、聖杯戦争の幕があがった。

篤は、見張りを兼ねて、霊体化したうえで、屋根の上で空を眺めていた。
綺麗な星空だった。
まどかの家の明かりは既に消えていたお陰で、その美しさはより際立っていた。

まどかは既に布団の中で眠りについていた。

ただでさえ、これから始まる聖杯戦争に心労がたまっているのに加え、あの『赤い箱』の件があったのだ。
精神的に疲弊仕切っていても仕方のないことだろう。

とはいえ、本戦が始まる前に眠るよう促したのは篤その人なのだが。

(これから先は、きっと壮絶な戦いが待っている。あいつが休めるうちに休ませておきたい)

限られた箱庭の中とはいえ、いきなりまどかがマスターであることを悟られる可能性は高くない。
しかし、だからといって、常にまどかに気を張らせていれば、いざという時に戦いに支障をきたしてしまう。
ならば、こうして安全なうちにしっかりとした休憩はとらせておくべきだ。

「......」

(...もしも、涼子や冷が生きていたら、ああいう母親になれていただろうか)

ふと、自分を愛してくれた女たちを思い出す。
彼女たちは紛れもなくいい女だ。
そんな彼女たちが、子を為し立派に母親をやっていたとしたら、ああいう母になれたのだろうか。
いや、きっとなれただろう。そして、子供たちと笑顔で平和に、穏やかに暮らしていたことだろう。
...いまとなっては、叶わぬ夢だが。

(しかし、怪盗Xか...このぶんじゃ、先が思いやられるな)

デパートで見せ付けられた強烈な悪意。
アレはまどかには効果覿面だったらしく、ただのハンバーグですら人の残骸に見えてしまうほどトラウマを植えつけていた。
しかも、あの文面からして、やったのはサーヴァントではなく怪盗Xというマスターなのだろう。
子供がおもちゃで遊ぶかのように、あるいはほんの些細なイタズラ心で命を容易く弄ぶ所業に。
その悪逆非道、傍若無人ぶりには嫌が応でもあの男―――雅の影がよぎる。
ただ、あの男ならば怪盗Xなどと名乗りはせず本名を使うだろうし、犯罪予告などという回りくどいこともしないだろう。
アレが雅の犯行ではない。言い換えれば、だ。
あの鬼畜外道な最底のナルシスト野郎にも匹敵する輩がマスターとしてこの聖杯戦争に招かれているということにもなる。

そんな輩とは会いたくないし、まどかに会わせたくもない。

ああやって派手に暴れているうちに他の組に討伐されていれば万々歳だ。

(...ただ、ああいうのが一人とは限らないが)

聖杯戦争において呼び出されるマスターとサーヴァントに厳しい縛りはない。
最悪を仮定するのなら、まどかと指名手配されている暁美ほむら以外のマスター、あるいはサーヴァントがみんな雅と同等の下種な場合もあるのだ。
その最悪のケースを想像し、篤はこれからについて思考をめぐらせる。

(なんにせよ、やつらの情報は必要だ。なにも知らない状態で挑めば、為すすべなく殺される可能性が高い。...雅との戦いがそうだったように)

篤は雅と幾度となく戦った。
中には見事勝利を収めたこともあったが、それでも篤は雅を殺すに至れなかった。
何故か。
『雅は501ワクチンを使わない限り殺すことができない』という情報を知らなかったからだ。

(俺があの時、501ワクチンを持っていれば、川で雅の首を斬りおとした時点で全てが終わっていた。...もう、あんな思いはたくさんだ)

怪盗Xは、デパートの件のみならず、日常的に赤い箱を作っているらしい。
ならば、人気のない場所をまわっていれば、いつかは見つけることができるのではないだろうか。

それだけではない。
セイヴァーのDIO。
彼については、暁美ほむらと組んでいること以外はなにも知らないに等しいが、その邪悪なオーラは手配書越しにも伝わってきてしまう。
怪盗Xと同様、要警戒しておきたい相手だ。

(だが、やつらを尾行する時は、まどかがいない時にしたい)

まどかは紛れもなく善人だ。だからこそ、この聖杯戦争において最も危うい存在だといえよう。
仮に、怪盗Xの尾行の折に赤い箱の製作過程を見てしまったら、被害者が誰であろうと彼女は間違いなく止めに入るに違いない。
なにより、怪盗Xと戦ったところで、彼女が敵を殺められるとは思えない。
自分は違う。
箱にされているのが、自分とは関係のない者であれば見捨てることができる。
ならば、尾行に関しては自分ひとりのほうが効率的だ。

(タイミングとしてはいまが最適だ)

聖杯戦争が始まったとはいえ、今は、指名手配されている暁美ほむら以外の誰がマスターなのかは誰も把握していない。
ならば、見張りの価値は薄く、見張りをやめて情報収集にまわりやすい時間帯だ。
だが、もしもマスターやサーヴァントに過激なヤツがいたとしたら。
マスターの目星が付いていなくとも家屋を片っ端から襲撃していくような奴らがいたとしたら。
自分が偵察に向かっている間にまどかが被害に遭う可能性も低くない。


(情報収集か、安全の確保か...果たして俺はどうするべきだろうか)

かつて戦いを繰り広げた彼岸島でも、幾度となく強いられた選択肢。
歴戦の戦士、篤は如何な選択肢を選ぶのか。





【D-2/月曜日 未明午前1時】

【鹿目まどか@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康、睡眠中
[令呪]残り三画
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]
[所持金] お小遣い五千円くらい。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争を止める。家族や友達、多くの人を守る。
0.ほむらちゃんに会って事情を聞きたい。
1. 怪盗Xには要警戒。
2. 聖杯戦争を止めようとする人がいれば手を組みたい。

[備考]
NPCに鹿目タツヤ、鹿目詢子、鹿目知久がいます。


【ランサー(宮本篤)@彼岸島】
[状態] 無傷
[装備] 刀
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯は手に入れたいが、基本はまどかの方針に付き合う。
1. 怪盗X・セイヴァー(DIO)には要警戒。予告場所に向かうかはまどかと話し合う。
2. まどかが寝ている間に情報収集に向かうか、見張りに徹するか。
最終更新:2018年06月19日 21:41