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レイチェル・ガードナーは質素な自室で、ベッドに横たわりつつ考えていた。
彼女なりに考えていたのだが、やはり難しい。
いざ、自分で何かを考えるとなると、こんなにも苦労がかかるのか。レイチェルは起き上がる。
机の隣にある学生鞄が目につき、学校の事を思い出す。
明日は学校へ行くべきなんだろうか?
聖杯戦争が始まったらしい。だったらもう行く必要はないのでは。むしろ、行ったところで何か意味はあるのか。
ライダーに聞こうとレイチェルは、脳裏に彼を思い浮かべるが。
彼の「自分で考えろ」という教えを浮上させ、躊躇した。
そうだ。
自分で考えないと……駄目だ。ライダーも言ってくれたのに。
でも……レイチェルは思う。学校へ行く提案はライダーが出したのだから、やはり彼に確認するべきだと。
淡々と部屋から台所に足を運んでみる。
ライダーの姿は無い。恐竜も一匹たりとも姿は無かった。
だけど、声は聞こえている。恐竜の鳴き声が。家の中ではなく外の方からだった。
彼は外出してしまったのだろうか。
レイチェルは、カウンターテーブルに広げられている地図に視線が向かう。幾つかに印がある。
教会に『修道女』。
マンションに『恐竜の捕捉が途絶える』。
住宅街の一つに『崩壊あり』。
見滝原高校に『マスターあり』。
住宅街の一つに『砂糖喰らいのサーヴァント』。
アイドル事務所に『アヤ・エイジアの在籍あり』。
「…………」
それらに目を通したレイチェルが、もう一つ。置かれてある書類に気付いた。書類袋に見覚えがある。
いつの間にか、ポストに入っていた袋。
レイチェルが確認する前に、ライダーが勝手に取って、彼だけが内容を確認していた。
流し読みしてみると……聖杯戦争開始の知らせと討伐令について。
他にも、見滝原の町から出られないとか通達があるとか。レイチェルが一緒にある写真を目にして、息を飲む。
「この人………」
ライダーに似ている?
レイチェルがセイヴァーに対し抱いた感情は、それだった。己のサーヴァントと雰囲気が酷似している点。
似ている。
でも、セイヴァーの方が多分年上に感じる。完全に似てはいない。体型や髪型や顔立ちも、違いは見られる。
兄弟や親子であれば、完全な酷似とはいかない。
雰囲気が似ている感覚を与えるのは納得いくだろう。
(ライダーがこの人の話をしなかったのは、何でなんだろう)
否。そうじゃなくても。
(私……ライダーの事、何も知らない)
思えば、レイチェルに対し「願いを決めろ」「自分で考えろ」と云うのに、ライダーは自らの願いを明かしては無い。
過去も知らない。ちゃんとした真名も。
『Dio』……ディオというのが彼の真名なのかも―――分からない。
レイチェルが結論に至った時。
彼女は初めてライダーの事を知りたいと、そう思えるようになった。
それまで、ライダーに関心がなかった訳ではないものの。以前は彼の過去に、経歴にも興味は湧かずに。
彼に答えを求め、彼に従い続けた。
もし、自分が『考える』事も出来ない操り人形に過ぎなかったら、どうなっていたのだろう。
少なくとも『今の』自分は……存在しなかった。
★
レイチェルがリビングにある戸棚を漁り、漸く目当ての代物を発見した。
携帯端末。所謂スマートフォン。これはレイチェルのものだ。
彼女の両親は、レイチェルの態度に苛立ち、彼女からコレを取り上げていたのだ。
コレが入っていた戸棚は施錠されていたが……台所の包丁の先端を隙間に差し込んで、こじ開けようとする。
レイチェルは意図してなかったが『てこの原理』が作用し嫌な音を立てて、鍵が破壊された。
端末の電源をつけ、早速検索をする。
「ディオ……確か『Dio』………」
端末機器で容易に情報を入手できる時代だ。恐らく……英霊の情報も。
レイチェルが検索単語を打ち込んで出てきたのは、単語の『意味』するものだった。
「神様?」
『Dio』。イタリア語で『神』を意味するらしい。
神など――そう罵倒していたライダーの態度とはまるで違う。しかし、レイチェルの中で奇妙な胸騒ぎがある。
だって『セイヴァー』は『救世主』だ。『Dio』が『神様』だったとしたら……
レイチェルは悶々と考えたが、検索に付け加えをする。
『騎手』……あとは『恐竜』とか。レイチェルのライダーに連想するものを。
「レイチェル」
彼女の名前を呼べるのは、最早ライダーしか存在していない。
レイチェルが顔を上げると目立つ装飾の帽子を脱いだライダーの姿があり、彼女を睨んでいる。
睨まれている理由に見当がつかない。レイチェルは戸棚に視線を移し、ポツポツ話す。
「ごめんなさい。鍵がどこにあるか分からなくて、壊すしかなかった」
「俺が聞きたいのは、端末機器で何をしたのか――だ。お前に連絡するアテがある筈がない……それを何に使うつもりだ?」
「? ………別に」
レイチェルはライダーの質問が理解できなかった。
彼女は、何か怪しいことをするつもりは無い。例えば警察に連絡したり、助けを求めたり。
そんな事をすれば――『両親』がどうなってしまう事か。レイチェルは眉間に皺よせて奇妙そうだった。
次の瞬間。
レイチェルの手元から端末が零れ落ちてしまう。正確には小型の恐竜が、端末を落とすように体当たりしたのだ。
一連の出来事に、レイチェルの目が見開く。
床の滑る様に落ちた端末を、ライダーが回収し、液晶画面を確認する。
「何故、俺のことを調べている?」
「……知りたくなったの」
だから調べていた。単純にそれだけ。酷い事にレイチェルは悪気がなかった。
ライダーが威嚇する風な睨みと、口元がボロボロと裂けて行く。苛立ちの情で宝具が発動しかかっている。
恐竜に変貌しかかるライダーの様子に驚きながらも、レイチェルは「どうするのだろう」と眺めているだけだった。
ライダーが少女の襟を掴み上げ、吠えた。
「レイチェル・ガードナァァ! お前は結局、何が目的だ!! 聖杯が欲しいのか、死にたくないだけか!?」
唐突にライダーがこれまでの不満をぶつけるかの如く、牙をむき出しにしたのに。
レイチェルも目を丸くした。
が、彼女には分からない――どうしてライダーが自分を『疑って』いるのか。
動揺しているが、レイチェルはハッキリと彼に伝えた。声は震えてなく、恐ろしく鮮明に。
「『自分で考えた』……私は聖杯が欲しい。どうしても欲しいの」
「欲しい? お前に願いがあるとでも!?」
どこからか―――澄んだ鈴の音が聞こえた気がする。
「私、ライダーと一緒にいたい」
聞こえようによっては素敵でロマンチックな台詞に響くだろう少女の言葉。
彼女の本性を知るライダー……ディエゴ・ブランドーは憤りを通り越して呟いた。
「このクソガキ」
☆
(『一緒にいたい』? あの死体のように裁縫で縫い付けて人形ごっこする……そういう意味か?
ふざけるなよ、ふざけるのも大概にしやがれ、サイコ野郎! マスターじゃなければとっくの昔に殺してるんだぜ)
とんでもない事に、狂った少女の願いは本当にそうらしい。
本当の本気で願おうとしている。ディエゴも、レイチェルの思考回路を理解したくは無いが、どことなく気付く。
子供らしく、単純な部分は素直な程に単純なのだ。
彼女は「自分で考えた」なんて言うが、突き詰めればディエゴに『依存』した考えに過ぎなかった。
だったら。
やはりディエゴの過去を調べようとしたのも似た理由だ。
疑念を抱くような、裏切りや出し抜きを想定すらしてない行動。
故に――聖杯の渇望は『真実』である。嘘ではない。とんだ皮肉話だが。
両者の緊迫を打ち破るかの如く、一本の電話が鳴り響いた。
ディエゴが手にしている端末ではない。この家の電話。
大凡、見当はつく。レイチェルの両親を演じていた夫婦の職場関係から、あるいは警察の一報か。
両親共々、職場を無断欠勤している状況である。
心配して確認しに家まで現れた職場の人間(あの夫婦に交流関係があったこと自体、驚きである)も幾人存在した。
それらは皆『恐竜』となった訳だが……
向こうが諦めたように電話が鳴りやむ。ディエゴはレイチェルを離し、見下し、冷酷に言い放った。
「レイチェル。俺に付いて来るか……ここで『人形ごっこ』を続けるか。選べ、今すぐに選べ」
レイチェルが不意をつかれたように、真顔となって。
ソファに仲良く座る『両親』とダンボールの中にいる『子犬』に振り返った。
人形。
ディエゴから告げられた真実は、レイチェルにとっては残酷な現実を突き付けられたようなものだ。
所詮は人形。もう死んでいる。
自分のものになった。理想の家族を手に入れられた。
とっても楽しかったのは、間違いない。嘘じゃあない。だけど――所詮は『人形ごっこ』。
――ライダーの言葉は『正しい』のだから。
澄んだ鈴の音を聞き、レイチェルは頷く。
「分かった。……ライダーと一緒にいる。一緒に行く」
★
マスターが夢を通してサーヴァントの記憶を知る事があれば、サーヴァントもマスターの記憶を読む事がある。
本来のレイチェルの両親も救いようがない。
父親はアルコール中毒者で、母親に暴力を振るう。
母親はヒステリックで精神病で、家計も家事だってロクに出来やしなかった。
だったら、何でこんな女と結婚などしたのか。元々はこんなイカれてヒステリックじゃなかったのか。
第三者であるディエゴが傍観した感想は、そういうもの。
しかし、よくまあこんな環境で、精神はともかくレイチェルの方は『無事』だったものだ。
母親がいなければ、暴力はレイチェルの方に向かっていたに違いないし。
罵倒の嵐を浴びせられるだけ、身体がどうかしてないのが幸いだ。
ディエゴが彼女と違うのは『母親』がマシだったか否か。
正気だったから『母』はロクでもない目に合い続け。正気だったから赤子のディエゴを見捨てたりしなかった。
ちょっとした違い。僅かで大きな差。
『そうじゃなかったら』なんてのは考えない。
考えるのは無駄だ。全て無駄。
………………………………………
……………
………
☆
常に薄暗かったレイチェルの家が珍しく明るい。
違う。『燃えていた』。ディエゴが悪臭漂う家にガソリンを撒き散らして、簡単に火を放った。
普通、マスターの身を休める居住地は必要不可欠だろう。
しかし、ディエゴはそう思わない。
最初から分かっていた。レイチェルの両親のせいで多少怪しまれているだろう。
レイチェルを放置しても、サーヴァントに捕捉されては幾ら大人しくても無意味に終わる。
家で罠を張られて、待ちかまえられる危険性も今後ある。『依存』する特定の場所を持つのは無駄なのだ。
レイチェルは、ただ眺め続けるしかない。
私服に着替えた彼女のポシェットには、家に残されていた現金とコンビニで買ったパン、元々入っていた『裁縫道具』。
あと……戸棚の破壊に使用した『包丁』をどさくさに紛れて入れた。
端末機器は、あのままディエゴが所持している。
そのディエゴは手元の小さなダンボールを開けた。
中には――子犬の死骸がある。すっかり腐り果てて、どこから湧いた蛆虫が無数にたかる状態。
『蛆』だ。
ディエゴは宝具で『蛆』を恐竜にし、視認が困難な極小の伏兵を量産させた。
『蛆恐竜』を今日まで伏せ隠していた人を恐竜化させた『大型』に飛び移させる。
忌々しい縫いつけられた子犬の死骸は、炎の中へ抛り捨てた。
気色悪い縫いつけられた『二体の両親』と同じように、燃やして『なかった事』した。
不気味悪い家の小火も、ちょっとした撹乱になれば良い。ディエゴはその程度に考えていた。
死んだ魚じみた瞳のレイチェルを、仕方なく愛馬に乗せて。
迅速に夜の見滝原を駆けて行った。
『大型』の恐竜たちは先行して、最初の標的の場所へ奇襲をしかけに向かう。
――教会である。
そこで子供と遊んでたり、牧師の手伝いをする修道女のサーヴァントを捕捉している。
牧師か、あるいはその家族の誰かがマスターだ。
唯一ディエゴが引っ掛かっているのは、やはりセイヴァーである。
自分とよく似た姿、雰囲気を持つ、だがまるで覚えのない存在。
無視できなくないが……やはり覚えのないものを幾ら考えたところで答えが出る訳がない、無駄だ。
さっさと、修道女のサーヴァントを始末する事だけ優先した。
★
ディエゴ・ブランドーが一つだけ見落としたもの。
それは――『もう一人のディエゴ・ブランドー』である。
実のところ、恐竜たちは『もう一人のディエゴ・ブランドー』がアヤ・エイジアと接触した場面を目撃していたのだ。
にも関わらず報告しなかったのは。
彼を主であるディエゴ・ブランドーと『誤認』してしまったから。
姿も形も声も、匂いですら同じの英霊を『誤認』するのは仕方ない事だった。
そして、アヤ・エイジアはもうディエゴ・ブランドーと接触しているとも『誤認』した為。
報告は無かった。
まだ『ディエゴ・ブランドー』が『二人』いることを誰も知らない。
【E-8 住宅街/月曜日 未明】
【
レイチェル・ガードナー@殺戮の天使】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]無
[装備]私服、ポシェット
[道具]買い貯めたパン幾つか、裁縫道具、包丁
[所持金]十数万程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる
1.自分で考える。どうするべきか……
2.ライダーの過去が気になる。
3.セイヴァーは一体……?
[備考]
※討伐令を把握しました。
※ライダー(ディエゴ)が地図に記した情報を把握しました。
【ライダー(ディエゴ・ブランドー)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(小)
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]携帯端末
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1.教会にいる修道女を狙う
2.どこかでレイチェルを切り捨てる
3.あのセイヴァーについては……
[備考]
※真名がバレてしまう帽子は脱いでいます。
※E-8にあるレイチェルの自宅が炎上しました。
※教会に大型恐竜と蛆恐竜の群れが襲撃しようと先行しています。
※現在、恐竜たちはアヴェンジャーのディエゴ・ブランドーを誤認しています。
アヤ・エイジアに関する報告は、ライダーのディエゴ・ブランドーにはされていません。
最終更新:2018年07月13日 22:07