「あ、あのぅ、吉良さん」
もじもじと、女性が目前を歩く男性に声をかける。
男性―――
吉良吉影は、訝しげにのそりと振り向いた。
「これから同僚の皆さんと食事に行くんですけど...よろしければ、私たちとごいっしょしませんか?」
「...すまないが、今日は遠慮させてもらうよ。気持ちは嬉しいが、少し疲れていてね。このままでは明日の仕事に響きそうなんだ」
懇切丁寧に断りをいれ、では、と一礼だけをして吉良は去っていく。
そのくたびれた背中に、女性はどうにか声をかけようとするも、かける言葉が見つからず立ち尽くしてしまう。
「やめとけ!やめとけ!あいつは付き合いが悪いんだ」
そんな女性に対し、割り込むようにニヤけ面の男が歩み寄り囁いた。
吉良と似たようなスーツを着ていることから、彼や自分の同僚だと女性は理解した。
「"どこかに行こうぜ"って誘っても楽しいんだか楽しくないんだか...『吉良吉影』33歳 独身 。
仕事はまじめでそつなくこなすが今ひとつ情熱のない男.....なんかエリートっぽい気品ただよう顔と物腰をしているため、女子社員にはもてるが、会社からは配達とか使いっ走りばかりさせられているんだぜ。
悪いやつじゃあないんだが これといって特徴のない......影のうすい男さ」
聞いてもいないのに始めた同僚の解説を聞き終えた女性は、しょんぼりと肩を落とし、同僚と共に会社の食事会へと向かう。
そんな彼らの背を、もっと言うならば女性の手首を、微かに振り向いた吉良が険しい顔つきで見つめていたことに二人は気づくことはなかった。
☆
「クソッ...聖杯戦争...まったくもって忌々しい...!」
私は、己のサーヴァントであるダ・ヴィンチの目につかぬよう押入れの中に身を潜めていた。
ガリ、ガリ、ガリ
本当ならこんなことはしたくない。なぜなら押入れに入るというのは悪いことをした子供に与えられる罰である。
だが、自分は悪いことなどなんらしていない。遅刻しないよう出勤し、キチンと仕事をこなし、ほとんどの日を定時で帰る。
そんな極普通のサラリーマンだ。罰せられることなどなにもないじゃないか。
ガリ、ガリ、ガリ、ガリ
だが、いまとなっては仕事が終わったあとの自分の時間なんてありはしない。
食卓はもちろん、トイレですらサーヴァントの気まぐれで入られるかもしれない。
だから、仮に入られても、背を向けていれば時間を稼げる押入れに逃げ込むほかなかったのだ。
ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリ
私には幼い頃から己の爪を噛む癖があった。
ストレスを感じているとき。殺人衝動を我慢しているとき。焦っている時。
とにかく、爪を噛む時は決まって『よくない時』なのだ。
始めは『聖杯戦争なんて勝手にやって勝手に終わらせてくれればいい』などと甘い考えを抱いていた。
仮に私を殺しにきたとしても、マスターを殺すという点において秀でている『キラークイーン』さえあれば返り討ちにするのは容易いと、そう思っていた。
だが、時が近づくにつれてヤツは―――ダ・ヴィンチは本性を曝け出してきた。
始めに召還されたときは、私の困惑する姿を眺めて楽しんでいただけだったし、私も『少々変わったヤツ』程度の認識しかなかった。
だが、ヤツは興味が湧いたものを片っ端から発明し、家に放置する。
それだけでも迷惑千万きわまりないというのに、今日作った『バステニャン号』のように、実際に町で運用しようとまで言い出すのだから頭が痛くなる。
あんなもので町を疾走してみろ。それだけでも目立つというのに、もしもそれが原因でダ・ヴィンチが私のサーヴァントだと知られたら途端に不利な立場になってしまうぞ。
ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリ
そして何より私を追い詰めているものが、あの手首。美しすぎるあの手首が最大の敵となっているのだ!
私は美しい手首を見つけたら持ち帰り、『彼女』にすることで欲を発散している。モナリザのような美しい手首の絵画を見たときは自慰でだ。
だからこそ私の平穏な生活は保たれてきたし、規則正しい生活リズムのひとつにもなっていた。
だが、聖杯戦争というものを知ってから...正確に言えば、ダ・ヴィンチが現れてからはそうもいかなくなった。
ヤツに私の能力を知られれば、ヤツの手首を貰うときに手を焼くことになるかもしれない。
なにより、ヤツのことだ。私の能力を知れば、己が楽しむために周囲に叫んで回る可能性がある。...流石にそこまでしなくとも、それだけのことをやりかねないと思わざるをえないほど、ヤツへの信頼は薄れている。
以上の懸念から、私は能力をヤツに隠すと決めていた。
そのせいで私は『彼女』を連れてくることはできず、いつヤツが私の目の前に現れるかわからないため、自分で欲を発散させることもできない。
発散を封じられたその上で見せ付けられる極上の手首。こんなもの、生殺し以外のなにものでもない。
もしもこれが、手首は普通で、人の性癖に口を挟まず、奇天烈な行動をとらないサーヴァントであれば...いや、どんなサーヴァントにせよ、私は疎ましく思っていたかもしれない。
サーヴァントの性格がどうであれ、『マスターと魔力で繋がっている』という本質は変わらない。それは即ち、私生活に介入してくるということだ。
自分の彼女との逢瀬を第三者に見られて気分を害さないものがいるだろうか。いるとしてもそれは極少数の変わった性癖の持ち主だろう。
植物のように平穏な人生を楽しむ私には無縁の性癖だ。
やはり私の人生においてサーヴァントの存在は邪魔であると断言できよう。
ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリ、ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ
では私の人生からサーヴァントを排除するにはどうするべきか。
①聖杯戦争を早急に終わらせる。
②サーヴァントを自害させる。
③指名手配されているセイヴァーと
暁美ほむらという少女を殺し報酬の聖杯戦争からの帰還を叶える。
まずは①。これが最もシンプルで、正攻法な解だ。
聖杯戦争の
ルール上、全ての組を殺せばそれで聖杯戦争は終わり、私も無事に解放されサーヴァントも消えうせる。
更に、自分から積極的に殺してまわれば幾つか願いを叶えられるというのだ。
『ダ・ヴィンチの手だけを持ち帰る』『二度と聖杯戦争に呼ばれないようにする』『私から聖杯戦争に関する記憶を削除する』。
この3つを叶え聖杯戦争を終わらせられれば、万々歳といったところか。
だが、ここには他のマスターだけでなくNPCと呼ばれる非マスターが大勢いる。
その中から主従を探し出すのは容易ではないし、なにより積極的に戦うなど私の趣味じゃあない。
片っ端から殺すというのも野蛮で下品だしな。もちろん、やろうと思えばできるが。
なにより、平穏を手に入れるために血眼で走り回るなどそれこそ平穏にはほど遠い。
よって、一番の選択肢は排除。
次に②。これが一番手軽な方法だ。
このサーヴァントが死んだところで、マスターも死ぬわけではない。
このルールに則り、ダ・ヴィンチを自害させてしまえば煩わしい鎖のほとんどから解放される。
問題は、聖杯戦争それ自体が終わるわけではないため、根本的な解決になっておらず、いつくるかもわからない敵に怯えながら過ごすハメになることだ。
なにより、通常のマスターならば必ずサーヴァントと組んで私を殺しにくるはず。
となれば、サーヴァントへの対処法がないままでの戦いは流石に骨が折れるだろう。
これらの事情により②も除外。
となれば、一番現実的なのは③だ。
ただ一組を殺せば元の平穏な生活に戻れるのだから、私がとるべき行動はやはりこれか。
セイヴァーの方はともかく、マスターの暁美ほむらという少女は制服から調べれば身元なり何なりは判明するはず。
問題点でいえば、この方法では聖杯を手に入れることが出来ず、ダ・ヴィンチの美しい手の見納めが早まってしまうことか。
別に聖杯自体には興味がないので構わないが、ダ・ヴィンチの手首を手に入れられなくなるのは惜しい。
とはいえ、美人は3日で飽きるともいう。美しいものだからこそ、早めにケリをつけるというのも大切...なのかもしれない。まだ決断したわけじゃないが。
なんにせよ、暁美ほむらを殺す場合、せめて彼女の手が美しくあってほしいものだ。であれば、この聖杯戦争も悪いことだけじゃなかったといえるかもしれないな。
なんとなく方針が定まったお陰か、私の『癖』は自然とおさまっており、冷静さも取り戻し始めた。
時計が手元にないため、正確な時間はわからないが、いまは10時前後といったところか。
夕食は外で済ませてある。風呂に入り、温かいミルクを飲み、20分ほどのストレッチを済ませ床につく...よし、まだ11時までには間に合う。
もはや平穏から遠ざかりつつあるこの聖杯戦争だが、せめて睡眠だけはしっかりと確保しなければ。
最低でも8時間のこの睡眠だけは!!
私は、ダ・ヴィンチに絡まれないように祈りつつ、襖に手をかけた。
☆
午後11時。
出てくる湯が何故か牛乳に改造されていたシャワーと風呂、普段の5倍の出力で放水されるウォシュレットトイレ、ミルクを取ろうと開けた冷蔵庫に詰められていたモンテボーレとかいうチーズの山...
幾多の困難を乗り越えつかの間の平穏を手に入れた男は、ようやくその眉間から皺を解いた。
あと1時間で始まる聖杯戦争にもなんら乱されることなく、男は夢の世界へとその身を投じた。
チク、タク、チク、タク...
時計の針が刻む音もなんの関係もない。
彼は既に温かいミルクと20分ほどのストレッチを終えているのだから。
男が床に着き1時間が経過し、日付変更の鐘が鳴る。ついに、聖杯戦争が始まったのだ。
それでも男は目を覚まさない。
男にとっては聖杯戦争よりも平穏の方がよほど大切なものだからだ。
【B-6/月曜日 未明午前0時】
【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]ストレス、睡眠
[令呪]残り三画
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:一刻も早く聖杯戦争から抜け出し平穏な生活を手に入れたい
0.せめて...睡眠くらいはしっかりととってやる...!
1.聖杯戦争など知ったことではないので平穏に暮らしたい
2.私の平穏を乱すヤツは排除したい。
3.もし聖杯を手に入れられたらダ・ヴィンチの手を切り取りたい。
4.ダ・ヴィンチにバレないような方法で手首(かのじょ)がほしい。お尻を拭いてもらいたい
5.もういっそのことセイヴァーと暁美ほむらという子を殺して脱出するのもアリかもしれない。
6.↑の方針を実現するためには暁美ほむらたちの素性を調べておく必要があるな。
[備考]
吉良家のシャワー、風呂、トイレが色々と改造されたようです。他にも改造されているかもしれません。
冷蔵庫にはモンテボーレ(チーズ)が大量に詰め込まれています。どうやって手に入れたかは現状不明。
最終更新:2018年07月07日 23:22