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かつて『黄金の精神』を持つ者たちにより滅ぼされた悪が存在していた。
敗北した邪悪は、死後もなお根を張り、世界を蝕もうと因果の糸を絡ませ、ジョースターと呼ばれる血族との因縁を永続させる。
最も。
彼が本来目指す『天国』への到達は、異なる平行世界で実現した。と――
どこかの噂で耳にするだろうが。
死した事により、邪悪の化身は英霊――即ち、サーヴァントとして召喚。聖杯戦争の参加の権利を得る。
聖杯と云う奇跡の願望機を、邪悪の手に渡らせればどうなるか。説明するまでもないだろう。


紛れも無く。
その邪悪だけでない。彼に似通った執念と後悔とを持ち合わせる『悪』は、彼と同じように聖杯を求めるのは至極当然だった。
―――しかし!

誰もが。
邪悪ですら『予想外』であった事態が巻き起ころうとは、誰も知る由もない。
『予想外』の要因はサーヴァントのシステム、在り方。
その『能力』にある。


まず、英霊には異なる側面を持つ者がいる。
アーサー・ペンドラゴンがエクスカリバーを扱う剣士(セイバー)でもあるが
聖槍ロンゴミニアドを扱う槍使い(ランサー)としての側面を持つように。
同じ英霊でも、クラスが異なる可能性を秘めていた。


あるいは宝具やスキル。
文豪や芸術家が実際に魔術めいた技法を作品に加えていたか、と問われれば『否』であるのが確実だろう。
それだけじゃあない。
逸話などが形となって『宝具』や『スキル』に形取られる。
風評被害で姿の有りようが歪められたり、功績や偉業が『宝具』になり特殊な効果を発揮させたり……
『生前、本人が持ち合わせていない能力』を得られるのがサーヴァントの特権でもある。



そして――彼の『救世主』が召喚された。






魔法少女。様々な世界線で定義も、存在理由も、在り方も大分異なるもの。
その少女――『暁美ほむら』。
彼女の世界における魔法少女とは………


あらゆる願いを叶えられる代償に魔法少女として『魔女』と戦う宿命を科せられる。
しかし、魔法少女と成った際に得られる『ソウルジェム』が絶望により濁り切った瞬間。
感情エネルギーの放出と共に、魔女を産む。

魔女は魔法少女の成れの果て。
奇跡をかざして少女たちを騙す獣の真の目的の過程で発生する産業廃棄物。
人格失い、性質を満たすだけの化物でしかない。
全て魔法少女が逃れられない宿命。謂わば『呪い』。


ほむらは元々親友の死を覆す為に、魔法少女となった。契約を交わした。その過程で『時間』に関する能力を得て。
魔女化の真実を知った。だからこそ呪いを覆そうとあがき続けた。
仲間たちにも呼びかけたのに、魔女化のことは信じて貰えなかった。

挫けそうになった。
結局、親友は救えずに居る。
魔法少女の呪いを覆したい。どうしかしたい。どうすればいいのか。嗚呼、絶望してしまえば、ソウルジェムが黒く濁る。
呪いを帯びた色彩を放ち、親友も誰も救うことが叶わなくなる。


――誰か、助けて


誰も、自分に手を差し出してくれる者はいないのに。暁美ほむらは、どこかの時間で『救済』を求めた。
自分だけが全てを知り、自分だけがあがき続け。
そんな彼女を理解してくれる『救世主』すらいないのだから。
……もう誰にも頼らずに。冷酷に自分を殺すしかない。一つの『負』を胸に秘めた時。

ほむらは、どこかで見つけてしまった。
無色透明な。色彩のない『ソウルジェム』を。
幾度も時間を繰り返す中で、彼女が目にしたことない代物だったから。思わず、誰か――自分の知らない魔法少女のものか、と。
疑わず手に取った。






美しいネオンの輝きが揺れる夜。


「これって………」


記憶を取り戻した暁美ほむらが困惑するのは無理もない。
彼女は『見滝原』に居た。普通のことだったが、何かが異常だった。魔法少女であったことを忘れていたのだ。
透明なソウルジェムが手元にあり。
そして、聖杯戦争の知識を得て、更に混乱する。

どういうことなのか?
確かな事実。ソウルジェムを用いている時点でキュゥべえ――インキュベーターの関与が明白だ。
ならば、これはキュゥべえに仕組まれた聖杯戦争……?
ソウルジェムが『聖杯』になる?

駄目だ。
ほむらは直感する。
この聖杯戦争に乗ってはならない。キュゥべえが新たに何かを目論んでいる。
魔法少女システムに似た呪いを帯びた、無情な悲劇を招く……


刹那。空間を裂いて一筋の閃光が、ほむらの眼前で走った。
問答無用に聖杯戦争のシステムは発動されてしまう。彼女のサーヴァントが召喚された。
魔力の炸裂が終息し、白煙が晴れた先にいる『邪悪』を直視した時。
ほむらが覚悟した意志を一瞬にして崩壊させるような、全身に冷気と恐怖に包まれ、汗と動機が止まらない。
目を逸らしたいのに『逸らせない』。

アレは魔女に似た化物なのか。
しっかりとヒトの形をしている。大柄で芸術美を感じさせるような肉体と、透き通る美しさの肌と滑らかな金髪。
男性にも関わらず妖艶な色気を漂わせる。
耳元で囁かれている錯覚を覚える声で、どこか優しく穏やかで、引き込まれる言葉を紡ぐ。


「君が私のマスターか?」


「あ…………あ、ああ……………!」


ほむらは、言語ではない呻きを幾度か続けて、ようやっと伝えたのは


「ち、違います……私………ごめんなさい………!」


という否定だった。
召喚したサーヴァントに対し失礼な態度だ。否定など。けれども、ほむらは自覚しつつも否定したかった。
自分が『こんなもの』を召喚してしまった事実を!
自分が『このようなもの』を召喚出来る訳がないのだと!!
自分が―――この化物を、召喚してしまった『罪』を。全てを否定し、拒絶する。

無意識に、彼女は魔法少女に変身。
そして魔法である『時を止める』ことでサーヴァントから逃走する。
見滝原がほむらの土地勘ある町なのは救われた。
幾度も時間を繰り返したおかげで、入り組んだ町で隠れられる場所を知り尽くしている。
こういった場所で、戦いになれる為の特訓を親友と、魔法少女の先輩が付き合ってくれた……

必死に逃げ、呼吸が途絶えそうになるだけでない。産まれたての小鹿の如く、足が震えて。
ほむらは立つ事すら精一杯だった。
漸く時間停止を解除し、かすれ声で叫ぶ。


「キュゥべえ……! どういうことなの、説明して!!」


いるんでしょう!? 出てきて!!!
ほむらの叫びは虚しく反響するだけで静寂を広げた。誰も居ない。何も居ない。不気味であった。
最早、仕組んだ張本人だからこそ容易に現れる必要なく。
聖杯戦争という、魔法少女の契約とは異なる陰謀の趣旨から、必要以上の説明を避ける為なのか……
魔法少女の立場である、ほむらが理解したらキュゥべえ側で不都合なものがあるのか。

あれやこれやと想像しても空想論で終わる。
次を考えなくてはならない。
でも……ほむらが冷静を時間をかけて取り戻し、僅かな後悔が芽生え始めた。
混乱していたが、自らのサーヴァントにあのような……一方で、即座に切り捨て、なかったことにしようとした自分の判断に
間違いはないと確信を、ほむらの中で掴んでいた。
あのサーヴァントは危険だった。
聖杯戦争において、サーヴァントなしでの行動が不利だったとしても――
往くアテも見当つかないほむらが、一歩踏み出そうとする。


(え?)


動かない。
体も、髪の毛一本すら微動だにしない。
それどころか――我に返れば、ほむらの周囲は完全に停止していた。空も風も物も、あらゆるもの全てが。
まるでコレは……そう。


「私が時を止めた」


「………………………………………ッ!!!」


世界は停止していた。ほむらが使用する魔法の『時間停止』と同じく、だが!
時を止めたのは――
ほむらの背後より聞こえた声は、紛れもない。間違いようない、ほむらが『召喚してしまった』サーヴァントのもの。
音も喪失する停止の世界で、しっかりと足音が耳につく。
嘘だと思った。まさか、偶然? 
ほむらの背後についた邪悪の化身が言う。


「驚いた。私を召喚したマスターもまた『時を止める』とは………」


殺される。
停止した世界を支配しているのはサーヴァントの方。ほむらは停止した世界を認知出来るだけで、ただの傍観者。
この状況で指一本も動かせない。

嗚呼、駄目……このまま死ぬしかない………
親友も救えないまま。誰も救えないまま。何も成し遂げられないまま。
ほむらの視界に背後より現れた邪悪が写り込んだ瞬間。彼女は『死』という絶望に至る。
男が定める視線は、ほむらのソウルジェムに辿り着く。
魔法少女に変身した後にソウルジェムが位置取る左手の甲を、男が手にとってゆっくり持ち上げれば
ソウルジェムは呪いの色を帯びている。

自然に。
ほむらが、どうしようもなく無意味な悲痛を漏らした。


「助けて」


誰に?
一体誰がこんな自分を、どうやって助けると云うのか??
絶望が溢れた少女に対して、邪悪が微笑む。


「助けるさ」


彼が、滑らかな動きでソウルジェムを指でなぞれば――そこには呪いも絶望も無い。少女の『魂』が美しく綺麗に輝いていた。


「………………え……!? う、そ」


我に帰った頃には、時は動き出していた。
ほむらは、自分が言葉を漏らしたあそこで『時が動いた』ことなど後回しにして。
ソウルジェムの輝きに目を奪われる。

浄化された? 穢れが、なくなった?
魔女になるか曖昧な状態のソウルジェムを、一体どうして。何故。
なんで―――彼は暁美ほむらを救ったと云うのか。わけがわからない。疑念と困惑が幾度も続く、無限の螺旋が如く。
彼は、手元で掴んだ『感触』を確かめながらも、ほむらに対し落ち着いた口調で告げた。


「安心するといい……君は『幸運』だ。
 『私』でなく『俺』であれば『時の静止』………私の世界に踏み入る愚行に憤りを覚えただろう。
 しかし――それはない。私は『ほんの少し』違う」


「えっ……と……」


どういう……?
ほむらは、サーヴァントが語る全てを理解できずにいた。
だた皮肉にも。彼に対する警戒心は、ほむらの中で若干緩んでいる。
改めて――ほむらが一つの疑問を口にする。


「あなたは…………セイ、ヴァー?」


セイヴァー。
『セイバー』の誤字などでない。ほむらが彼を目にし、ステータスと表示されるクラス名をしかと口にしただけ。
其のセイヴァーは、奇妙な雰囲気を漂わせながら笑みを浮かべる。


「誰かが『私』を『救世主』と呼んだのさ」


救世主は確かに存在する。だたし


「マスター。君が『悪』であるのなら、私は君を救おう」


醜悪と妄念の屍たちによって作り上げられた『悪の救世主』が――
最終更新:2018年04月14日 22:08