どれだけ生きれば、癒されるのだろう―――






曇天の空が墓場を覆う。
無数に立ち並ぶ墓石は暗雲の影に染められる。
吹き流れるのは、仄暗く淀んだ風。
静寂と仄暗い闇が微かに入り交じる空間に、男は佇む。

ぼさぼさに乱れた黒髪。
長身痩躯の体格。
紺色のスーツ。
眼差しは影を落とし。
口元は儚げに笑みを溢している。
何かを悟って、自嘲するかのように。
男―――スパイク・スピーゲルは、墓石の前に立ち尽くしていた。

墓石に刻まれた名を、スパイクはただ静かに見つめる。
それは此処に眠っている筈のない女の名。
それはかつて彼が愛し合い、共に夢を見た女の名。
それは彼の目の前で命を落とした、女の名。
添えられているのは赤い花束。スパイクが手向けた、弔いの品だ。
スパイクは毎週墓場に通い続け、彼女の墓石へと花束を置いていた。
何も気付かなかった。今日に至るまで、その違和感に。

彼女は、ジュリアは逝った。
スパイクの腕の中で、悪い夢から醒めた。
『此処に葬られているはずがない』。
荒廃している筈の地球で、彼女が眠っているはずがなかった。
それに気付くこともなく、スパイクは『日常』を送り続けてきた。

だが、それももう終わった。
スパイクは己の記憶を取り戻した。
スパイク・スピーゲル。それは賞金稼ぎであり、元マフィアであり、夢を見続けていた男だった。
そして今はこの聖杯戦争のマスターとして見滝原に存在している。
今に至るまでそれに気付かず、こうして夢を見続けてきた。
スパイクはそんな自分が滑稽で、自嘲するような笑みを溢していた。

血は流し尽くし、己の生を確かめて『終わった』筈だった。
だというのに、何事も無かったかのようにスパイクは生きている。
あの時の傷は一つもない。決死の戦いを挑んだ時の爪痕は、何処にもない。
―――とうとう『天国の扉』でも開いてしまったのだろうか。
そんな思考の最中、背後からの気配を感じたスパイクはゆっくりと振り替える。

そこに居たのは、一人の男。
漆のような黒衣を身に纏ったガンマンだった。
煤けた棺桶を紐で繋ぎ、傍らに置いている風貌は異様と言う他ない。
死神を思わせる出で立ちとは対照的な蒼い目はスパイクを真っ直ぐに捉える。
色素の異なるスパイクの両目は、黒衣のガンマンを静かに見据えた。


「聖杯戦争、そしてサーヴァント……ね。とんだファンタジーだな」
「……そう思うのも無理はないが、紛れもない現実だ」


スパイクは己の脳内に刷り込まれた『聖杯戦争』の知識を咀嚼する。
ソウルジェムを手にしたマスター達が、サーヴァントを従えて競い合う。
そして突如現れた黒衣のガンマン、彼こそがスパイクの召喚したサーヴァント。
クラスはアーチャー。カウボーイと呼ばれ、西部劇まがいの生業で生きてきた己がまさか西部のガンマンを引き当てるとは。
奇妙な状況を前に、スパイクはフッと口元に笑みを浮かべる。

「いつも花を手向けていたようだな」
「ああ、そうらしい」
「そこに葬られているのは、誰だ」
「……女さ。昔馴染みと同じ名前のな」

アーチャーの問いに対し、スパイクは静かにそう答える。
此処に眠る女は、昔馴染みと同じ名前の女だ。
かつて共に夢を見ていた女ではない。
スパイクはそれを改めて認識する。

「花は、彼女の為か」
「死んだ女の為に出来ることなんてない。
 どうやら俺は、それを忘れてたらしい」
「……そうだな。弔いとは感傷の為にある」
「ああ。その必要も無くなっちまった」

彼女の墓へと通い、花を手向ける。
見滝原に住むスパイクはそれを欠かすことなく行い続けていた。
その行為の意味は喪われた。もう何の意味もない。
スパイク・スピーゲルは、己の記憶を取り戻したのだから。
虚構の平穏。偽りの日常。全てが、夢だ。
目を醒ました人間が、夢の続きを見ることは無い。
だから、もう此処に来ることは無いだろう。スパイクはただ、そう悟る。


「終わりだ。全部、墓に葬るさ」


夢に浸る時間は終わった。
夢から醒めた先にあるのは、現実だけだ。




『天国』を追われた天使は悪魔になるしかない。
ある男がそう言った。男は、もういない。
別の血を求め、彷徨い続けた男だった。
かつてのスパイクもそうだった。
その血を流し尽くし、それでも生きていることを確かめた。
その果てに、スパイクは――――。

果てしない道筋の結末。
続く筈のない終焉。
しかし、その先に続いてしまった。
スパイク・スピーゲルは、この見滝原に呼び寄せられた。
聖杯戦争のマスターとして存在することになってしまった。
奇跡も、魔法も、あると言わざるを得ないのかもしれない。
求めてもいなかった光を前に、スパイクは諦観のような笑みを浮かべてしまう。


「夢ならとっくに見終わったさ」


墓場から帰宅した頃、外では雨が降り注いでいた。
雨粒をぼんやりと見つめながら、スパイクは窓辺で椅子に座りながら語り出す。
思えば、あの日もこんな雨が降っていた。
愛した女が散った日も、雨が止むことはなかった。
スパイクは記憶を幾度となく反復しながら、己の過去を静かに紡ぎ出す。
アーチャーは壁に寄り掛かり、己がマスターの話に耳を傾ける。

「醒めない夢から醒めて、俺は確かめた。
 自分が、本当に生きているのかどうかを」

スパイクの脳裏に浮かぶのは、一人の男だった。
ビシャス。かつてスパイクが背中を預け、そして袂を分かった男。
同じ女“ジュリア”を愛し、最後は決着を付けた宿敵/相棒。
目を覚ましたスパイクは過去の因縁に生きた。
獣の血を流し尽くし、夢の世界に逃げ続け、その果てに『戦うこと』を選んだ。
過去を語ることなんて、滅多に無いはずだったのに。
全てを終わらせ、肩の荷が下りたせいか―――スパイクは己の身の上をアーチャーに打ち明けた。


「答えは見つけたのか、スパイク」
「……ああ。『望み通り』に」


過去に立ち向かったスパイクは、全てを終わらせた。
刹那の合間に、己の生を確かめられた。
ジュリアは逝っちまった。終わりにしよう。
その言葉を合図に、スパイクはビシャスとのケリを付けた。
ビシャスは死んだ。いつまでも見続けていた長い夢が、そのとき本当の意味で終わりを告げた。

「やれるだけのことはやったさ。その先のことなんて、考えてもみなかった」
「だが、お前は今もこうして生きている」
「そうさ。何万回でも生きちまう猫みたいに、死に損なったのかもな」
「命を拾えたのなら、その先があるということだ」

己を卑下するようなスパイクの一言に、アーチャーが反論する。
スパイクは語る口を止めて彼の方を見る。


「お前が此処にいるのは死に損なったからじゃない。生きる資格を掴んだからだ」


アーチャーの蒼い眼差しがスパイクを真っ直ぐに見据えた。
その黒衣とは不釣り合いなほどに純粋な瞳は、強い意思と共に目の前のマスターへと向けられる。
そして彼は語る。己を死に損ないと蔑むマスターを、諭すように。


「過去を清算した人間は、やり直せる。
 夢から醒めたなら、新たな日々を望んだっていい。
 例え愛を失った者だろうと―――未来は存在する」


そう語るアーチャーの表情は、真剣そのものであり。
同時に、思うところがあるように複雑な素振りを見せていた。

過去に決着を付けた者には、やり直す資格がある。
夢を終わらせたなら、現実を生きることが出来る。
アーチャーが告げるその意思は、スパイクにとって単なる慈悲に彩られた言葉には見えなかった。
まるで自分自身がそうであったかのように、アーチャーは語っている。
己もまた、過去にけじめを付けてきた―――そう言わんばかりの態度だった。

「俺に願いは無い。だが、お前の背中を後押しするのも悪くは無い」
「……そうかい。物好きもいるもんだ」
「物好き、か。きっとその通りだろうな」
「どうして俺に拘る。サーヴァントだから、って訳でもないらしい」

スパイクは問いかけた。
サーヴァントもまた聖杯に用がある。
己の願いのために召喚に応じるのだという。
だというのに、アーチャーは願いを持たないと断言した。
奇妙な輩だった。同時に、どこか自分と似通った何かを持っている。
そんなアーチャーの思惑を知ろうとした。


「お前の目を見たときに思った」


アーチャーは少しの間の後、答えた。


「夢から醒め、命ひとつで過去に立ち向かった……かつての俺と同じ目をしている」


―――黒衣のガンマンの眼に、微かな哀愁が籠った。
スパイクはハッとしたようにアーチャーの眼を見つめた。
己の中に芽生えていた疑念が確信に変わったように。
アーチャーという男が抱える過去を、スパイクは感じ取った。

同時に、スパイクは思う。
この男は自分と同じである、と。
獣の血を流し。
愛を見出だし、それを失い。
醒めない夢から目覚め。
そして、過去との決着を付けた。
アーチャーの眼差しは、全てを物語っていた。
それは、スパイクの心境に強烈な印象を刻み付ける。


「理由と言えるのは、それくらいだ」


ほんの僅かな、微笑。
語り終えたアーチャーは初めての笑みを見せる。
少しばかり呆けたように彼を見ていたスパイクだったが。
いつの間にか、アーチャーに釣られるように笑っていた。


「……解ったよ。よく解った」


気が付けば、雨も少しずつ止み始めていた。
落ち着き始める空模様を静かに眺めながら、スパイクは思う。

聖杯戦争、それは奇跡を巡る戦いだ。
勝利を重ね、英霊の魂を掻き集めた者の前に願望器は顕現する。
今のスパイクに願いは無い。元々奇跡とやらに縋る性分でもなかった。
だが、そんな彼にチケットが与えられた。
サーヴァントはスパイクの未来を望み、背中を押す意思を示した。

端から聞けば馬鹿げた話だとスパイクは思った。
まさか何も願いを持たず、何も願っていなかった男のために戦う意思を示すとは。
笑い飛ばしてもいいくらいだ。
だというのに、アーチャーには奇妙な親近感のようなものを抱いていた。
それは彼が『同じもの』を背負い、けじめを付けてきたからなのか。

―――奇跡も魔法も信じるつもりはなかった。
―――俺が生きてきたのは、そういう世界だった。
―――だが、全てを終わらせた俺の前に奇跡は現れた。

スパイク・スピーゲルは思う。
自分は死人だ。生きたからこそ、死を迎えた。
やることはやりきったし、後悔だって無い。
みっともなく生き足掻くつもりもなかった。
しかし、こうして命を拾った。
そして、未来を肯定する男と出会った。

ジュリアは逝った。
ビシャスも逝った。
過去は終わり、ビバップ号とも別れた。
もはや“今“との縁も無くなっていた。
それでも、まだ機会をくれるというのなら。
全てを終わらせた後の道標を示すというのなら。
もう少しばかり、『生きてみる』のも悪くないかもしれない。






泥の河に浸かった人生も悪くはない
苦しみの後に希望が湧くのなら……






【クラス】
アーチャー

【真名】
ジャンゴ@続・荒野の用心棒

【属性】
中立・中庸

【ステータス】
筋力D 耐久D 敏捷C++ 魔力E 幸運E 宝具D++

【クラススキル】
単独行動:B
魔力供給無し・マスター不在でも長時間現界していられる能力。
Bランクならば二日程度の現界が可能。

対魔力:E-
魔力への抵抗力は殆ど無い。
魔術によるダメージを微かに減少させる程度に留まる。

【保有スキル】
射撃:A
銃器による早撃ち、曲撃ちを含めた射撃全般の技術。

クイックドロウ:A
射撃の中の早撃ちに特化した技術。
凡百のガンマンを遥かに凌駕する速さで銃を抜くことができる。

戦闘続行:D+
往生際の悪さ。決定的な致命傷を受けない限りしぶとく生き延びる。
アーチャーの場合、例え両手が潰されようと執念で戦い続ける。

殺戮の用心棒:A+
『ジャンゴ』―――その名は各地に轟き、模倣され、いつしか異譚の開拓史を象徴するシンボルとなった。
正道の開拓史とは異なる信仰を得た真名が昇華されたスキル。
敵対象が用いる「銃器」の与ダメージ判定・命中判定にマイナス補正を与え、更には銃器が備える特殊能力を大幅に劣化させる。
銃の時代に君臨した真名の力によって、アーチャーは銃撃戦において絶対的な有利を得る。

【宝具】
『復讐の機関砲(ガトリング・ガン)』
ランク:E 種別:対軍宝具 レンジ:1~60 最大補足:300
世界初の機関銃、すなわち回転式機関砲である。
アーチャーが所持する棺桶の中に保管される形で常に実体化している。
特殊な能力は何一つ持たない。敵軍勢の掃討だけを目的とする殲滅武装である。
魔力の続く限り弾丸の装填が可能。

『死人よ、土に還るべし(エイメン)』
ランク:D++ 種別:対人宝具 レンジ:1~30 最大補足:6
死を纏いし男の最後の排撃。宿敵を葬り去った殲滅の銃撃。
重傷を負ってなお戦いへと赴き、死地にて勝利を掴んだ伝承が宝具と化したもの。
拳銃を構えて超高速のファニングショットを繰り出し、敵対象にありったけの弾丸を叩き込む。
放たれる銃弾は全て強制クリティカルヒットの効果を持つ他、ダメージ計算時には対象の耐久値をEランク相当として扱う。
更にアーチャーが極限の窮地にまで追い詰められた際には銃弾に即死効果が付与される。

【所持品】
拳銃(コルト・シングルアクションアーミー)、棺桶

【人物背景】
「続・荒野の用心棒」の主人公。黒衣を纏い、棺桶を引きずる賞金稼ぎ。
恋人を元南軍のジャクソン少佐に殺された過去を持つ。
ジャクソン少佐とメキシコ人のロドリゲス将軍の二大勢力が争う町に訪れ、人生をやり直すための金を掴むべく強かに立ち回る。
その過程で娼婦のマリアと恋に落ちるも、僅かな過ちから全てを失った上に深刻な傷を負う。
もはや命ひとつしか残されていない状況だったが、それでもマリアと人生をやり直すことを望んだジャンゴは最後の戦いへと赴く。
そして怨敵であるジャクソン少佐達と墓場で相対し、決死の攻撃によって彼らを仕留めた。

なお「続・荒野の用心棒」という邦題ではあるが「荒野の用心棒」とは何の関係もない。
また本作のヒット以降、マカロニ・ウエスタン(イタリア製西部劇)で『ジャンゴ』という名前の主人公が濫造されるようになったという。

【サーヴァントとしての願い】
マスターの行く末を見届ける。彼が奇跡を望むのならば、それを掴み取るための後押しをする。
アーチャー自身は聖杯に託す願いを持たない。
過去に決着を付けることも、人生をやり直すことも、生前に成し遂げた。


【マスター】
スパイク・スピーゲル@カウボーイビバップ

【マスターとしての願い】
夢はもう見終わった。

【能力・技能】
ジークンドーの達人であり、卓越した格闘能力を持つ。
また射撃にも優れる。

【人物背景】
宇宙をまたにかけるカウボーイ(賞金稼ぎ)。
だらしない振る舞いが目立つものの、常に飄々と軽口を叩く不敵な性格の持ち主。
かつてはチャイニーズマフィアに所属し、ビシャスと相棒のような関係を構築していた。
しかしビシャスの恋人ジュリアと恋に落ちたことをきっかけに因縁が生まれることになる。

作中終盤でジュリアと再会するも、ビシャスの追手との逃避行の際に彼女を喪う。
醒めない夢から醒めたことを受け入れたスパイクは自らの過去に決着をつけることを選ぶ。
その後激しい戦いの果てにビシャスと激突、彼を仕留めた後にスパイクは倒れる。

【方針】
聖杯戦争を通じて、自分の辿り着く果てを見極める。
基本はサーヴァントを倒すが、殺意を以て襲ってくるならマスターも倒す。
最終更新:2018年04月15日 23:16