「や、やめてください……」
繁華街の裏路地。表通りから十数メートルしか離れていないにも関わらず、人々の視界から切り離された見滝原の死角。
そこには見滝原中学校の女子生徒が一人と、その生徒よりも年長で見るからに不良じみた一団の姿があった。
明らかに尋常な雰囲気ではない。今まさに犯罪行為が行われようとしていることは、もはや誰の目にも明らかだった。
「いいじゃねーか、ちょっとくらい相手してくれよ」
「そうそう。楽しいことしようぜ?」
「いやっ……!」
暴漢の手が女子生徒の肩を掴もうとした瞬間、路地の入口から強く澄んだ声が響いた。
「ちょーっと待ったぁ!」
男達が驚いて振り返る。そこにいたのは高校生くらいの背格好の、二人の少年少女だった。
茶色く染めたショートカットで、制服のスカートと緑色のジャージを合わせて着た少女。
詰め襟の学生服の前ボタンを全て開いた、一見ごく普通の少年。
不良達は最初こそ驚き焦っていたが、声の主がただの学生であると気付くや否や、にわかに調子づいて威圧し始めた。
「何だテメェら!」
「そっちからヤられてぇのか?」
「泣いて謝るなら今のうちだぞ。分かってんのか、ああっ!?」
しかし、少女と少年は怯みもしなければ怖気づいてもいなかった。
「うーん、完二くんがいたら大変なことになってそーなシチュ。でもまぁ見過ごせないしね! 行くよ、武藤くん!」
「分かってる。里中さんも無茶はしないで!」
――戦いの顛末は改めて語るまでもない。
男達は凶器まで持ち出しておきながら、素手のままの少年少女に手も足も出ずに敗北したのだった。
「いやー、ごめんね。面倒なことに付き合わせちゃって。はいこれ、お礼」
「そんなことないって。俺も同じ気持ちだったしさ」
里中千枝は、近くの店で買ってきたばかりの牛肉の串カツを、学生服の少年――武藤カズキに手渡した。
購入したのはもちろん二人分。一つはカズキに譲り、もう一つは何のためらいもなく自分で食べる。
そもそも串カツを選んだのは、男子高校生の食欲と味覚に配慮したわけではなく、百パーセント混じりっけなしの千枝の好みだった。
年頃の女子高生にあるまじきチョイスだが、これが千枝の平常運転である。
何が何でも肉、肉、肉。どんな状況でも決して揺らぐことはない。
たとえ、この街が異様な魔術的儀式の渦中にあったとしても。
「ほんとはビフテキ串を奢ってあげたかったんだけど、こっちじゃ売ってないみたいでさ」
「ビフテキ串? 何それうまそう!」
「お、ひょっとしてイケる口かな? 八十稲羽のローカルB級グルメっていうのかな。食べごたえあって最高ぞよ。まー、固すぎて噛み切れないって人も結構いるけど。その辺は『注意:個人差があります』ってことで」
「うーん、聞いてるだけで空腹感が。銀成市にはそういう名物とかなかったなぁ」
学校帰りの高校生にしか見えないこの二人。
その正体はソウルジェムに導かれて見滝原に現れたマスターとサーヴァントである。
主従関係や戦いに臨む剣呑さをまるで感じさせないのは、両者の生まれ持った基質と言うより他にない。
触媒を用いない召喚ではマスターに似た基質のサーヴァントが召喚されやすいとされるが、彼らはその典型例と言えた。
人当たりがよく性別問わず健全な友人関係を築く一方で、正義感が強く窮地に陥っている人を見捨てられず、その際に自らの危険を顧みないことがままある。
彼らの人となりを知人友人に尋ねれば、どちらも共通してこれらの特徴を挙げることだろう。
もちろん大なり小なりの相違点は幾つもあるが、本人達が『似た者同士である』と自覚する程度にはよく似ていた。
「そうそう。当面の方針なんだけど、聖杯を悪用しそうな奴らや、一般人に迷惑かける奴らをやっつけて、そうじゃない人達をサポートするってことでいいんだよね」
「うん。前に話し合ったとおりでいいよ。そのために来たようなもんだし」
「いやぁ、良かった良かった。パートナーが意地でも聖杯ゲットしてやる!って人だったらどうしようかと思ってたけど、君ならほんとに安心だね!」
カズキの倍近いペースで串カツを消費しながら、千枝は満足そうにうんうんと頷いた。
「オレだって、聖杯があったら使ってたかもしれない理由はあったけどさ。それはもう昔のことだし、他の誰かを犠牲にするなんて絶対にできなかった。もしもあのときのオレがここにいても、きっと同じことをしてたと思う」
かつて武藤カズキは、本人にはどうしようもない経緯から死をばら撒く人外の存在になりかけ、味方だった者達から命を狙われた。
きっとそのときに聖杯を得ていれば使ったに違いないが、他人の願いを踏みにじり、命を奪ってまで獲得しようと思うことは絶対に有り得なかったと断言できる。
もしもそうなったら、むしろ他人の切なる願いのために聖杯を勝ち取ろうとする可能性すらあっただろう。
実際、彼は一つしか存在しない『人間に戻れる方法』を、同じく怪物と成り果てた他人に使い、自身は解決策が新たに作られるときまで眠りにつく決意を固めたほどなのだから。
――ただ、その決意は予想外の事態によって異なる結末を迎えたのだが。
「あたしも同じ。これ以上の犠牲を出したくないから活動してたのに、そのために犠牲者なんて出してたら意味ないもんね」
かつて里中千枝は、生まれ育った故郷の八十稲羽市で起きた連続殺人事件の真相を、仲間達と共に追い求めた。
事件の背景に超常的な能力と未知の異世界があり、特殊な力を持つ自分達にしか解決できないという確信があったからだ。
これ以上の犠牲を出さないために、犯行を未然に防ぎ新犯人の正体を掴む。自称特別捜査隊はそのために結成された。
誰かを犠牲にした手段で真実を見つけるだなんて、仲間の誰一人として望みはしなかっただろう。
――聖杯があれば使っていたかもしれない理由はもう一つあった。
事件の後始末のための理不尽な消滅を受け入れようとした、ぶっきらぼうで素直じゃない新しい友人のことだ。
もしもあのとき聖杯とやらが手元にあれば、彼女のためにためらうことなく使っていたに違いない。
けれど、それでもやはり、他人を犠牲にしてでも得ようとは思わなかっただろう。
彼女はそんなこと望まないはずだし、決して受け入れはしなかったはずだから。
「そういえばさ。あたし達って二人揃って聖杯戦争ノーサンキューって立場じゃん? どうしてそんなマスターが呼ばれたりしたんだろ」
「うーん……意外とテキトーにランダムで決めてるだけだったりして」
「ありえないって言い切れないのが何とも……」
現状、この謎だけはどうしても解けそうになかった。
カズキが想像したとおりランダムなのかもしれないし、何かしらの明確な意図があるのかもしれない。
こればかりは、主催者を問い詰める以外に解き明かす方法はなさそうだ。
「よっし! 腹ごしらえもしたことだし、パトロールの続きといきますか!」
千枝はベンチから勢いよく立ち上がり、串カツを食べきる寸前のカズキに向き直った。
「ところで武藤くんは……って、そうだ。本名はバレない方がいいんだっけ」
しまったという風な顔になり、カズキに対する呼び方を訂正する。
「やっぱり『ランサー』って呼んだ方がいい? なんかあたし的にはしっくり来なさすぎてヤバいんだけど」
「別にそのままでいいよ。オレも『マスター』じゃなくて里中さんって呼ぶから」
それを聞いて、千枝はにっこりと笑った。
マスターとサーヴァントという役割上での呼び名よりも、人間らしい当たり前の呼び方の方が自分達の性にあっている。
この点においても、二人の価値観はぴったりと合致していた。
「よしっ! それじゃあ参るぞよ、武藤くん!」
「任せろ! 何を隠そう、オレはパトロールの達人だ!」
揃って腕を高く突き上げ、見滝原の街並みへ溶け込んでいく。
聖杯を望まず、無益な戦いを食い止める――異例の目標を掲げた二人。
彼らの行く末に何が待ち受けているのか、今は誰一人として知る由もない。
【CLASS】ランサー
【真名】武藤カズキ
【出典】武装錬金
【性別】男
【身長・体重】170cm・59kg
【属性】中立・善
【パラメータ】筋力B 耐久C 敏捷A 魔力C 幸運A 宝具B++
【クラス別スキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
【固有スキル】
戦闘続行:C+
類稀なガッツと核鉄による自然治癒力の向上。
加えて、心臓が存在しないため左胸へのダメージが致命傷にならない。
魔力放出:A
宝具の突撃槍の特性であるエネルギー放出。
本来は生命エネルギーの放出だが、サーヴァント化にあたって魔力放出にシフトしている。
エネルギードレイン:B
隠しスキル。通常状態では発動せずステータスにも表示されない。
サーヴァントを含む周囲の生物から魔力と生命エネルギーを無差別に吸収する。
宝具『第三の存在』の使用中は強制的に発動し続け、完全停止は不可能。
マスターであってもその被害から逃れることはできない。
【宝具】
『突撃槍の武装錬金(サンライトハート・プラス)』
ランク:B++ 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:1人
"黒い核鉄"がランサーの闘争本能に呼応して変形した突撃槍。
通常時は柄の長い両手剣に近い形状で、必要に応じてエネルギー体の穂先を展開する。
穂先を閉じて剣のように振るう、展開して突撃槍のリーチと破壊力を駆使する、エネルギー放出で擬似的に飛翔するなど、応用の幅は極めて広い。
この宝具は"黒い核鉄"の状態でランサーの左胸に埋められており、心臓の代替として機能している。
よって、この宝具の完全破壊はランサーの死を意味する。
ただし石突部分が残る程度の破壊ならば完全破壊とはみなされない。
『第三の存在(ヴィクター・スリー)』
ランク:B 種別:対人(自身)宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
人間でもホムンクルスでもない、赤銅色の肌と蛍火色の髪を持つ存在への変異。
幸運を除く全ステータスが1ランクアップ。対魔力、戦闘続行、魔力放出が2ランクアップ。
更にランクBのエネルギードレインのスキルと、極めて高い再生能力を獲得する。
ランサーはよほどのことがない限りこの宝具を使用しない。
【weapon】
『核鉄』
かくがね。錬金術による戦術兵器の成果。手のひらサイズの六角形の金属。
所有者の闘争本能の昂ぶりに応じて、それぞれの個性を反映した武器『武装錬金』に変形する。
発動時には敵も味方も「武装錬金!」の掛け声を口にするが、別に何も言わなくても発動できる。
生存本能に働きかけて治癒力を高めることもできるが、やり過ぎると体に負担を掛けてしまう。
核鉄の状態でも強度は凄まじく、武装錬金による直接攻撃を受け止める盾代わりに使っても傷一つつかない。
『黒い核鉄』
武藤カズキの胸に埋め込まれた核鉄の正体。
核鉄のシリアルナンバーI~IIIを素材として賢者の石を作ろうとした試みの成果物。
百年前に三つだけ精製され、ナンバーIが当時最強と謳われた戦士ヴィクターの救命措置に用いられるも、その肉体を第三の存在に変えてしまう。
カズキの黒い核鉄はシリアルナンバーIII。
ヴィクターの妻が夫を人間に戻す研究の過程で生み出した、黒い核鉄の力を封じて通常の核鉄に戻したもの。
措置は完璧と考えられていたが、ヴィクターの武装錬金との激突で封印が破れ、黒い核金に戻ってしまった。
『サンライトハート』『サンライトハート+(プラス)』
武藤カズキの武装錬金。形状は突撃槍。
連載初期の形態は大型の槍で、飾り布をエネルギー化して突撃の加速などに応用していた。
大型故に取り回しが難しく、近接戦に対応しづらいのが欠点。
連載中盤、ヴィクター化の影響で形状が変化。
エネルギー内蔵型になり、穂先を閉じたまま素早く戦ったり、展開して破壊力を高めたりと戦術が多彩になる。
完全破壊と長時間の分離で死に至るとのことだが、ボーダーラインは不明。
穂先が砕け散っても石突周りさえ残っていれば問題ない様子。
また、ヴィクター化中に一ヶ月ほど展開・分離しっぱなしでも平気だった。
【人物背景】
私立銀成学園高校二年B組、十七歳。
朗らかで行動力のある性格で、誰かが犠牲になるのを決して見過ごせない少年。ボケかツッコミかでいうと圧倒的ボケ。
物語後半に『誰かを守ろうとするときに真の全力を発揮する』と称されたように、人外の存在に成り果てる瀬戸際であっても他の人達のことを考え続けた。
クライマックスには、自分を犠牲にしてでも皆を守り、更には敵すらも救おうとする精神が憎悪にまみれたラスボスの心すらも動かし、ラスボスの手助けと地上の仲間達の尽力で月面から無事帰還。
詳しく書くとストーリー全てのあらすじになってしまうので、詳細は省略。
キャラ把握は原作漫画(全10巻、文庫版も発刊)かアニメ版(中盤~終盤の一部展開を除いて原作通り)のどちらか。
(小説版は主人公以外のキャラクターの過去の掘り下げが中心)
【聖杯にかける願い】
ない。性質の近いマスターの求めに応じて駆けつけただけ。
【マスター名】里中千枝
【出展】ペルソナ4
【性別】女
【能力・技能】
ペルソナ4におけるペルソナとは、抑圧していた感情が形となったもう一人の自分「シャドウ」を自らの一部として受け入れることで発現する能力。
ゲーム本編では各種スキルの発動時にのみ呼び出され、通常攻撃の格闘はペルソナ使い本人が直接行う。
アニメ版では戦闘開始時に呼び出されたペルソナが出ずっぱりで格闘戦も行っている。
ゲーム中の性能は物理系のスキルを単体・全体問わず幅広く習得する物理アタッカー。
氷結系のスキルも使えるが、習得するのは中程度のスキルまで。上位クラスの氷結スキルは習得できない。
強力な氷結系スキルを習得する仲間が途中参入なので、それまでの繋ぎくらいの性能。
既プレイの人は「本編終了後ならペルソナはスズカゴンゲンかハラエドノオオカミじゃね?」と思われるかもしれないが、後日談にあたるP4Uではトモエがペルソナになっているので、そちらに準拠した。
ゲーム本編での直接攻撃は千枝本人が行う。攻撃手段は主に蹴り技。
ペルソナ4の戦闘では特定条件下で仲間の追撃が行われるが、千枝のそれ(通称「どーん!」)は蹴りの一撃で敵を吹き飛ばして星にし即死させるというとんでもないもの。
流石にボス級の敵には通じないが、中ボスクラスまでなら問答無用で一撃必殺。
格闘ゲーム版の一撃必殺技の締めもこれ。相手は死ぬ。
【人物背景】
八十神高等学校二年二組、十七歳(本編終了時点)
身長158cm、体重非公開。元気で明るく正義感の強い性格。
自称特別捜査隊のメンバーとして、八十稲羽市で起きた連続殺人事件を仲間達と共に解決へ導いた。
詳しくはペルソナ4本編を参照。参戦時期は本編終了後。
非公式考察Wikiのキャラクター個別ページにも詳細な記述がある。
好きな食べ物は肉。カンフーマニアで自己流のトレーニングも積んでいる。
ボケかツッコミかでいうと、周囲がボケ寄りのため相対的にツッコミ寄り。
基本的に男勝りだが、雷や虫がとことん苦手という一面もある。
また、主人公の幼い従妹を死に至らしめた犯人を手に掛けるか否かの決断のシーンでは、他の女性陣(一名除く)と共に否定的な反応を示していた。
【聖杯にかける願い】
なし。何故呼ばれたのかも分かっていない。
【方針】
聖杯を悪用しそうな連中を倒し、そうでない人達を助ける。
最終更新:2018年04月15日 23:49