見滝原には、いくつもの怪談、あるいは怪しいお話がある。

廃ビルから飛び降りた女性が、傷ひとつない姿で下の地面に横たわっていた、とか。
見滝原市公認ゆるキャラ、タコのような「ミータくん」が工場の煙突に巻き付いていた、とか。
真っ白な野良猫をよく見たら兎のように長い耳が垂れていて、目が合うと人の言葉をしゃべった、とか。

まあ、いずれもたわいもない話ではある。
新興市街地の多い見滝原では、歴史のある怨霊や妖怪の話はほとんどなかったけれど。
でもだからこそ、無責任な、都市伝説のような話は数多く語られていた。


そして――その、都市伝説のひとつに。

「存在しないはずの小道」。

「地図に載っていない小道」。

「幽霊の少女と幽霊の犬がいる小道」。

「決して振り返ってはいけない小道」。

そんなひとつのお話が、誰も気づかないうちに、静かに加わっていた。


――――――――


「……なるほどな。話はだいたい分かった。
 まさか、『幽霊』に召喚されることになるとは思わなかったが」

手近な塀にもたれかかっていた男は、そこでゆっくりと瞼を開いた。
長身で、一見して『黒い』男である。
肌は褐色を通り越して漆黒に近く、銀の髪は短く刈り込まれている。
気の弱い者なら視線だけで気絶しそうな鋭い目で、男は眼前の少女を睨む。

「その『殺人鬼』がこの聖杯戦争の場に居るというのは、確かなんだろうな」
「根拠を求められても困るわね。
 ただ、あたしには『分かる』の。『あいつ』もここに居る、って」

少女は憶することなく、漆黒の男を見上げる。
髪留めでオールバックに挙げられた前髪。袖なしのワンピース。
片手に握られていたのは、無色透明の宝石、ソウルジェム。
そして――少女の足元には、音もなく従う、屈強な体格の一匹の犬。

真っ昼間だというのに人の気配のない路地で。
男と少女と犬は、静かに向き合う。

「わたしたちは『あいつ』を『路地』で『仕留め』て、全てに満足して成仏したはずだった――
 そのせいか、記憶を取り戻した今でも、いくつか記憶に穴があるわ。
 たとえば、確かに掴んでいたはずの『あいつ』の名前が、どうしても思い出せない」

「頼りにならんな。
 オレも人の事を笑えない、欠落だらけの記憶の持ち主だが……
 それにしたって、それはおまえの一番肝心な所じゃないか」

「それでも――いまは自分を取り戻したし、いくつかのことを確信しているッ!
 あたしは、見滝原の噂話に語られる、名無しの幽霊なんかじゃあない。
 あたしの名前は杉本鈴美(すぎもと れいみ)。
 この子の名前はアーノルド。
 わたしたちは、『前提』が覆ったから『ここ』に居るッ!
 殺人鬼の『あいつ』が、『ここ』に呼ばれたからッ!
 それも、あたしが『マスター』だということは、きっと、『あいつ』もッ」

かつて、ある地方都市で、『殺人鬼』の手にかかった少女がいた。
少女は愛犬と共に『あの世』と『この世』の境界に留まり、自分の声が届く日を待ち続けた。
『殺人鬼』はそして『爆弾の能力』を手に入れ、一切の証拠を残すことなく殺人を重ねていく。
頭上を過ぎ去っていく『殺人鬼』の犠牲者の姿に涙しながら、少女は十数年もの間、待ち続けた。

そして少女の声は、ついに、街に居た『黄金の意志』を持つ者たちに届いて。
犠牲と苦闘の果てに、少女とその協力者は『殺人鬼』に裁きを下した。
『殺人鬼』は命を落とし、そしてその魂さえも『決して平穏ではないところ』に連れていかれた――

はずだったのだ。

その大前提が崩れ去れば、少女と愛犬は『安らかに眠ってはいられない』。
『成仏なんてしている場合ではない』。
きっとそういうことなのだろうと、少女は直感し、また理解していた。
証拠もなく、証明もできないけれども、彼女には確信があった。


いま、二人と一匹が立つこの路地も、かつて少女が呪縛され留められていた路地と『同じもの』。
街は違えど、どこの土地にでも存在して、かつ、どこの土地にも存在しない狭間。

『存在しないはずの小道』。
『地図にない小道』。
『ふと見た時にあったりなかったりする曲がり角』。

『『この世』と『あの世』の境界に位置する、『決して振り返ってはいけない小道』』。


――――――――


「……お前を『マスター』と呼ぶ前に、ひとつだけ聞かせろ」
「なあに? エミヤ?
 いえ、こういう時はアーチャーと呼ぶべきなのかしら」

少女の身の上話を一通り聞いた黒の男は、呼称の確認を無視して、少女に語り掛ける。
金色の瞳で、少女を鋭く睨みつける。

「おまえの言う『あいつ』、爆弾の能力を持つ『殺人鬼』を討ちたい――それは分かった。
 その『殺人鬼』がこの地に居て、この聖杯戦争に参加している――それも良しとしよう。
 問題は、だ」

エミヤと呼ばれた男は、そして嘲笑うような形に口元を吊り上げ、少女の胸元を指さした。
そして問う。

「おまえは『何のために』その男を討つ?」

しばしの沈黙。
少女は天を仰ぐ。足元の愛犬も静かにそれに倣う。
相変わらず人の気配のない路地。音もなく雲だけが流れていく。

「……かつての対決の時には、あたしは街の『誇り』と『平和』のために戦ったわ。
 あたしの育った街。
 あたしの大好きだった街。
 その街に、あんな汚点を残してはいけない。それが最大の動機だった。
 でも。
 でも――ここは、あたしの愛した『杜王町』では、ない。
 この街にも人々が暮らして、『誇り』と『平和』を望んでいるんでしょうけれど……
 そんなもの、あたしの知ったこっちゃ、ない」

ゆっくりと鈴美は視線をエミヤに戻す。
そこにあったのは、強い意志の力。
どこかドス黒い、怒気すらも孕んだ眼の光。

「だから。

 ――『あいつが、今更、のうのうと平穏に暮らすなんて許せない』。

 ――『平穏を手にできる可能性すら、認めたくない』。

 あたしに動機と呼べるものがあるとしたら、それだけよ」

鈴美とエミヤの視線が交差する。
アーノルドが静かに、しかし緊張感もって2人の意志のぶつけ合いを見守る。
先に眼を逸らしたのは……エミヤだった。

「……いいだろう。請け負った。
 『マスター』の望み通り、『そいつ』の首、オレが獲ろう」
「あ……」
「運が良かったな、マスター。
 もし『今回も誇りと平和を守るため』なんて『正義の味方』のようなことをほざいていたら。
 オレは即座におまえを撃って、さっさと『座』に帰っているところだった。
 いや、今回の聖杯戦争、素直に帰れるのかどうかも分からんが」

漆黒の反英霊はニヤリと哂う。
対する鈴美は、ホッとした雰囲気を隠しきれない。

無理もない。
常人を遥かに超える、英霊のプレッシャーに晒され続けていたのだ。
一言間違えればマスター相手といえども躊躇なく命を奪う、その殺気を当てられていたのだ。
かろうじて立っているのがやっと、といった雰囲気の鈴美に、アーノルドが身を摺り寄せる。

「そういえば……オレの名だが。
 そうだな、『エミヤ〔オルタ〕』とでも呼んでくれ。役割通りアーチャーでもいいが」
「……オルタ?」
「オレの記憶もマスターと一緒で、あちこち腐り墜ちて残っているモノの方が少ないくらいだが。
 『いつか』の『どこか』で、オレはそう呼ばれていたらしい。
 おおかた、『オレが奈落に墜ちなかった可能性』あたりが先に喚ばれていたんだろうな」

エミヤ〔オルタ〕はそして、なんてことない風に路地の外に向かって歩き出す。
鈴美と因縁ある『殺人鬼』を殺す。
そう決めた。
ならば行動する。それだけの話。

「気を付けて。路地を出るまで、決して振り返ってはダメよ。あいつらが色々な誘惑を……」
「なんてことはない。
 歩き出した途端になにやら聞こえてはきたが、オレにとっては馴染みの声だ。
 いつもの亡霊どもの恨みごとだ。
 心に鉄しか残っていないオレには、こんな惑わしは効かないよ――」

隔世の境界にて、数多の亡霊に手を伸ばされながらも、エミヤ〔オルタ〕は見滝原の街へと歩を踏み出す。
善に与するもよし、悪に与するもよし、最後に全ての帳尻が合えばそれでいい。
狙いはただひとつ、この街のどこかに潜む、『殺人鬼』の始末。
路地に呪縛された主人を残し、漆黒の銃弾は駆けだした。


――――――――

【クラス】
 アーチャー

【真名】
 エミヤ〔オルタ〕@Fate/Grand Order

【パラメーター】
 筋力:C、耐久:B、敏捷:D、魔力:B、幸運:E、宝具:?

【属性】
 混沌・悪

【クラス別スキル】
 対魔力:D
 一工程(シングルアクション)によるものを無効化する。魔除けのアミュレット程度。

 単独行動:A
 マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。
 エミヤ〔オルタ〕の場合、一週間程度は現界可能、単独での戦闘も可能。

【保有スキル】
 防弾加工:A
 もはやエミヤ〔オルタ〕自身も由来を忘れた能力。
 効果は明瞭で、回数制限のある非常に強い防御力増加効果を自分自身に付与するもの。
 発動時にはサーヴァントとしても破格の守備力を誇るが、自動発動ではなく能動的に発動する必要がある。
 また、数度の攻撃で解除されるため、連続攻撃系の能力相手にはやや相性が悪い。

 投影魔術:C
 道具をイメージで数分だけ複製する能力。
 愛用する斬撃・銃撃が可能な二刀/二挺拳銃『干将・莫耶』も投影魔術の産物(の改造品)。
 『干将・莫耶』は双剣に戻して使ったり、剣の状態で連結させて使ったりもできる。

 嗤う鉄心:A
 反転の際に付与された精神汚染系スキル。一種の洗脳に近いもの。
 既に精神に影響を受けていることから、他の精神干渉系の魔術や効果をシャットアウトする。
 それこそ「振り返ってはいけない小道」の惑わしの囁きなど、通用するはずがない。

【宝具】
 無限の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)
 ランク:E~A++、種別:対人宝具、レンジ:30~60、最大捕捉:?
 本来は剣を鍛えることに特化した魔術師が到達した固有結界。これを彼は弾丸として用いる。
 着弾すればそこから極小の固有結界が発動し、結界内の無数の剣が敵を内側から破壊し破裂させる。
 その威力はすさまじく、また無生物にも有効で、「いつかどこか」で小惑星を破砕したこともある。

【weapon】
 干将・莫耶。

【人物背景】
 無銘の英雄のオルタナティブ。失墜した無心の執行者。
 かつて剣の如き心を持っていた男は、悪を追う中で無辜の民の犠牲を多数出し、悪を裁くことができなかった。
 男は魔道に墜ち、道徳を見切り、親愛を蔑み、生きる屍となった。
 自らを「腐り果てた」と表現する彼からは、記憶も、過去も、五感も零れ落ちていく。
 どうやら「いつかどこか」で「エミヤ〔オルタ〕」と呼ばれた記憶があるようだが、その記憶もほとんど……。

【サーヴァントとしての願い】
 マスター・杉本鈴美の願いを叶える、つまり殺人鬼(吉良吉影)を倒す(ただし今は名前も未把握)。
 そのためなら「なんでも」する。
 聖杯および聖杯戦争には興味がなく、この状況を利用できるだけ利用する。

【運用法】
 おそらく何らかの形で他の参加者に接触し、共闘しつつ『殺人鬼』を探す恰好になるだろう。
 この際、主従ともに「聖杯にかける願いがない」ことは交渉材料になりうる。
 組む相手の候補は必ずしも善人だけとは限らないことに注意。むしろ悪人の方がやりやすそうだが、さて。

【マスター】
 杉本鈴美@ジョジョの奇妙な冒険 Part 4 ダイヤモンドは砕けない
 (+アーノルド?)

【マスターとしての願い】
 この聖杯戦争に参加しているはずの、自分を殺した『殺人鬼(吉良吉影)』を倒す。
 聖杯および聖杯戦争には興味なし。

【weapon】
 アーノルド(大型犬)

【能力・技能】
 ・地縛霊
 杉本鈴美および愛犬のアーノルドは、既に死んだ幽霊であり、地縛霊である。
 『振り返ってはいけない小道』から離れることはできない。
 最大でも小道の入り口の角(通常の道路になっている部分)までしか行けない。
 幽霊なので、睡眠・食事・排泄・休息は不要であり不可能。
 肉体を損壊する可能性はあるが、普通の意味では『死ぬ』ことはない。
 なお、事情を知らない者が見たらとても幽霊には見えないし、普通に触れ合うことすらできる。

 ・『殺人鬼』の犠牲者の確認
 『殺人鬼(吉良吉影)』の犠牲者の魂が『あの世』に行く場合、必ず『小道』の上空を通過する。
 ほとんど何の情報も伝えることはできず、容姿の視認が精一杯だが、鈴美は必ずそれに気が付く。

 ・『決して振り返ってはいけない小道』の活用
 『小道』そのものや、振り返ってしまった時に伸びてくる手は、必ずしも鈴美の味方ではない。
 しかし鈴美は誰よりもその性質を知り尽くしている。

 ・アーノルド
 鈴美の傍にいつもいる犬。首が半分斬れたままだが、屈強な体格に見合う肉体能力がある。
 今回の参戦に際して、鈴美の一部という扱いなのか、鈴美とは独立した扱いなのかは不明。

【人物背景】
 杜王町の『決して振り返ってはいけない小道』にいた幽霊。
 かつて殺人鬼・吉良吉影の最初の犠牲者となった少女。
 吉良は潜伏し続け、少女は殺人鬼を倒すためにこの世に留まり続けた。
 紆余曲折の末、少女は『黄金の精神』を持つ者たちと巡り合い。
 吉良吉影は命を落とし、その魂さえも無数の『手』に捕まって連れ去られた。

 ジョジョの奇妙な冒険・第四部終了後からの参戦。
 多少の記憶の欠落があり、特に『吉良吉影』の名前は抜け落ちている(その名前から探すことはできない)。
 その他、吉良の能力なども把握しきれていない可能性がある。
 ただし最低でも、第四部で彼女が登場した時点で持っていた情報は備えている。
 マスターとして覚醒し記憶を取り戻す以前から、見滝原に語られる怪談にその存在を語られていた。

【方針】
 エミヤ〔オルタ〕に委ねる。
 『殺人鬼』を倒せるなら他はどうでもいい。
 自分自身は『振り返ってはいけない小道』入り口で街の噂に聞き耳を立てることくらいしかできない。

【備考】
 『決して振り返ってはいけない小道』の、マップ上での具体的な位置は現時点においては未定です。
 以後の本編(あるいはOP)に委ねます。
 周囲の風景が杜王町の『小道』から大きく変わっている可能性もあります。
最終更新:2018年05月02日 21:29