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彼には『復讐心』があった。英霊としてクラスにあてがわれるならば『アヴェンジャー』……
一個人のみならず、社会そのもの、この世の在りように恨みがあった。
母を殺した男を必ず探し出し、復讐する。
傍観者を気取って、無関係を装っていた周囲の連中も。
母と自分を見捨てた『父親』も。
どいつもこいつも有罪だ。許されては決してならないのだ!
俺は社会の頂点に立って見せる!!
故に。
彼が聖杯にかける願いもたった一つ。シンプルな願い――『復讐』だ。
漆黒の意思を以て、暗黒を駆け抜けた先。このアヴェンジャーは、とある聖杯戦争への召喚が叶う。
餓えた獣のような野心を抱え、復讐心に炎を灯そうとする。
しかし、そんなアヴェンジャーが現世へ導かれる最中だった。
『歌』が聞こえる。
不思議な『歌』だった。妙に惹かれる。誰に召喚されるかなど、誰であっても大差ないと考えていたが。
もしも願わくば『歌』の主に召喚されたいと、心のどこかで思う。
どんな奴だって構わない。無性に思う。
『歌』の主が俺のマスターなら……
聖杯を勝ち取れるか保証はない。だけど、他よりもマシに決まっている。きっと俺のマスターに相応しい……
予感がする。例えるなら幸運の女神に似た感覚だ。
復讐心が薄まり、ふと見上げれば光が見えた。
漆黒を照らす一筋の光。
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見滝原に連なる高層マンションの一つ。防音設備も整った一室で女性が歌い続けていた。
彼女の歌声で世界中のありとあらゆる人間が虜となり、ある者は涙を流し、ある者は失神し倒れてしまう。
異常な魅力に、誰もが疑わず。
彼女を世界一の歌姫だと称賛するのだった。
彼女は『ひとりきり』で歌い続けていたものの、誰かの気配に気づいて中断する。
どこから侵入してきたのか男が『ひとり』。
恰好はジョッキー……競馬騎手を彷彿させる服装で乗馬用ヘルメットに『Dio』と自己主張激しい装飾がつけられていた。
距離が離れているせいで、彼の表情は伺えない。
歌姫は顔色一つ変えずに問う。
「あなたが私のサーヴァント……アヴェンジャーさん?」
歌姫がマスターだった。
そして、男はサーヴァント。
全てが始まるこの瞬間に、どのような話をするかは様々であれ、重要なワンシーンである。
聖杯戦争の要となるサーヴァント・アヴェンジャーが静かに口を開いた。
「お前の歌は……なんだ?」
直ぐに歌姫は返答しなかった。
男は何か酷く動揺を隠せずにいる。ただでさえ表情が見えないのに、俯き、手で目元を覆い――髪をかきあげているかもしれないが
とにかく、歌姫とは視線を合わせずに続ける。
「奇妙なものを感じる。その歌は一体なんだ?」
「『音』よ」
今度はしっかりと表情を変えずに彼女は、アヴェンジャーの問いに答えた。
「大切なのは『音』。歌詞の言語は関係ないの。私は特定の波長に強く共鳴する人達の脳を揺らしているだけ」
そう。
次の瞬間には、二人の視線が交わった。
アヴェンジャーは純粋に答えを待ち構えており、歌姫は微笑のまま告げる。
「―――『私は世界でひとりきり』。そういう風に感じる人達よ」
「……世界で………ひとりきり…………」
静かにアヴェンジャーが呟いたところで、彼は納得するだろう。
そうだとも。俺はきっと『世界でひとりきり』だ。
そして、この女も『世界でひとりきり』…………間違いなく、俺のマスターだ………
最終更新:2018年04月23日 00:23