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切っ掛け………『きっかけ』はなんだったのだろうか。よく分からない。
緊張の糸とは違う。
モット違う。別のナニカがあって。
聖杯戦争。聖杯を巡る催しに巻き込まれたから、ソウルジェムと呼ばれる透明な宝石を手にしたから。
それでもない。
じゃあ、だったら一体。結論は――よく分からないだった。
●
私は見滝原中学校にかよっていた。
元々『日本』と呼ばれる国に住んでいなかったけど『ここ』では、そういう事になっている。
記憶を取り戻した時、学校はどうしようか悩んだけれど。
私が召喚したサーヴァント……『ライダー』が、普通に通学した方がいい。そう言ってくれた。
正直……学校に行きたい理由なんて無い。
でも『ライダー』が、そうしろと言ってくれたから。私はそうした。
最近、変なニュースを耳にする。
先生もホームルームで同じ事を呼びかけていた。寄り道しないで真っ直ぐ家に帰りなさい、って。
赤い箱。
ヒトが丸ごと入ったガラスの箱が発見されるようになったのは、私がライダーを召喚した翌朝だったと思う。
アレ……サーヴァントの仕業なのかな。
ライダーは、心配しなくていいって言ってた。……だから、大丈夫だよね。
クラスのみんなが赤い箱のウワサをするけど他にも……
救世主のウワサ。
時間泥棒のウワサ。
怪盗のウワサ。
時間泥棒と怪盗は同じじゃないのかな? でも、ちょっと違うみたい。
世界的に有名な歌手のウワサ。
まだ曲、聞いたことないの? そう聞かれたけど、別に………聞きたいとは思わない。
『モナ・リザ』が絵画から出て徘徊してるウワサ。
どうして『モナ・リザ』なんだろう……
私は『赤い箱』が一番不安に感じるウワサだった。自分が狙われる、じゃあなくて。
あの―――人目のつかない空き地に捨てられている子犬。
それが、とても心配だったの。
あの子も『赤い箱』にされるかもしれない。ヒトしか『赤い箱』にされない保証はないから。
でも……聞いてくれるかな。私の話を……ライダーは………
私は帰る途中、子犬の入ったダンボールを持ってきた。
家のリビングにお父さんとお母さんが居る。
二人とも仲良く手をつないでテレビを見ていた。
仲良く……ピッタリくっついて、お母さんは笑って、お父さんの手は暴力を振るう『手』じゃあない。優しい『手』……
「ライダー……?」
私が辺りを見渡してもライダーの姿はなかった。
でも、魔法みたいに私の目の前に現れた。私と同じ金色の髪で、テレビで見た騎手の恰好をしている英霊。
少し緊張してたと思う。
ダンボールを持つ手が少し震えてて……中に入っている子が心配になる。
「ライダー……あのね。私の話を聞いて欲しいの」
「……なんだ」
ああ。
私は酷く安心してしまった。
ライダーは『話を聞いてくれた』『私の目を見てくれている』『無視なんかしない』。
たったそれだけの事でも。
「子犬を……飼いたいの。大人しくて……かわいい………良い子だから」
ライダーが少し間を開けてから。
「子犬は――どこにいる。その中か? 見せろ」
「…………」
私がダンボールの蓋を開けて、ライダーが中を覗きこんで。それからジッと黙ってる。
大丈夫、きっと大丈夫。
無償に体が強張っている。怖くないのに。
ライダーは……優しくて……私の話も聞いてくれる。だから怖くない。大丈夫。
そしたら、ライダーが顔をあげて。
「お前に『責任』はあるか?」
「……責任」
「飼うと宣言した以上『コレ』を身勝手に捨てたり、世話もしない……そういう事をしないと、誓えるか?」
私は――頷いた。
良かった。やっぱり大丈夫だった。
それからお父さんとお母さん、子犬と一緒に遅くまで遊んで。夜更かししてしまったけど、とても良かった。
外は……危険だから出れない。
変なウワサも、ここじゃ関係ない。
ずっと、ずっと―――
★
「子犬だと? ただのゴミの間違いだろう」
ライダー『ディエゴ・ブランドー』がダンボールの中に見たのは、糸であちこち縫いつけられた子犬の死骸だった。
☆
ハッキリ断言しよう。
『ディエゴ・ブランドー』を召喚した少女……
レイチェル・ガードナーは初めから正気でなかった。
既に彼女の両親は死んでいた。
どうやってレイチェルが両親を殺害したのか?
後日、近所の評判を聞くに、両親の中は険悪そのもので、どちらかが片方を殺した可能性もありえるが、然したる問題じゃあない。
ディエゴを召喚し、聖杯戦争を理解したレイチェルが最初に命令したのは
両親をリビングに運ぶこと。
彼女は、ソファで座らされた両親を裁縫で縫い付け。父親の手を『ぬいぐるみの手』に取り変えて。
母親の顔を『笑顔』に形なるよう糸で縫い合わせたのだ。
一連を傍観していたディエゴが、訳のわからない、子犬の死骸まで『拾って』『飼う』と宣言するマスターを
さっさと切り捨ててしまおうと考えるのは自然だった。
彼女は、野心で聖杯を手にしようとするディエゴを否定も拒絶もしない。
むしろ命令を聞く。都合の良いマスターでもあったが、あんなのが長く持つ訳がなかった。
都合が良いだけが全てじゃあない。
別のマスターとの再契約を優先するべきだろう。最も……それは聖杯戦争の序盤で巡り合えない。
―――偵察をしていた『恐竜』……いくつか戻って来ないのがいるな
宝具で産み出した恐竜。
偵察とは文字通り、ただの徘徊に過ぎないが……使い魔を始末する。警戒心か、もののついでか。
とにかく、気付いた存在がいるのは明白だ。既にサーヴァントは複数召喚されている。
『ウワサ』で聞く者たちか。あるいは別のナニカか………
●
ああ………ああ、でも………
私は思った。
ライダーも『私のもの』になってくれれば…………
○
アラもう聞いた? 誰から聞いた?
町を徘徊する恐竜のそのウワサ
図鑑に載ってるあの恐竜が、夜になるとあちこちを走りまわってて
信じられないほど小さいものから、ヒトに食いつく危険なものまで
でも知ってる? 実はそれって元々別の生き物だったって
犬だったり猫だったり、きっとどれかに人間だった恐竜も混じっている
いつの間にか生き物が恐竜にされちゃうって
見滝原の住人の間ではもっぱらのウワサ
スケアリー!
最終更新:2018年04月28日 09:44