私には気になる人がいる。
その子は何かに脅える様に此方の様子を窺い
ふい、と私から目を逸らした。
私はそんな彼を見て、ただ――
友達になりたいと、思った。
○ × △ □
ざあざあと、音がする。
微睡んでいた意識を、無理矢理に覚醒させる音。
まだ、早いのではないかと。
鉛のような鈍さと共に睡眠不足を訴える体を無視して、ベッドに寝転んだ体の向きを変えて窓の外を見る。
しかし生憎、部屋のカーテンは閉ざされており、外の様子を確認することは出来ない。
白い布地は、鳴り響く轟音に合わせて踊るかのようにひらひらと舞っている。
けれど、それは確認するまでもなかった。
まず初めに届くのは、まるで激しい滝の下にいるかの様な雨音。
息つく暇なく地面を打ち付け、誰かを威圧するような音。
次いで、ごうごう吹き荒れる風。
時折、何かが軋むようなミシリ、という音。
……確認するまでもなく、布生地と硝子の壁を超えた先は、土砂降りの大雨だろう。
否応無しに耳に届く、騒々しいようで、何処か不安になるような音が、そう告げていた。
「大丈夫かな」
欠伸交じりに呟いた言葉は、無意識のモノだった。
雲にかかる霞のようなソレは、雨の音に掻き消されて、消えた。
呆気なく、吐息の中に。
何かが、不安になる。
意味もなく、漠然とした感情。
誰にでもよくあるとりとめもない事。
そう認識する刹那、ソレと相反すつ疑問が水泡の様に頭の中に浮かび上がる。
「私は、何を心配しているの?」
何を、あるいは――誰を、心配しているのか。
大丈夫かな。
……これは、ついさっき自らの口で発した言葉だ。
自分の意志で、自分の口で、紡いだ言葉。
そうだと言うのに。
何を、どう大丈夫かを心配しているのかがわからない。
ソレが可笑しい事は、おっとりした性格の彼女であってもすぐに理解できた。
何か問題があって、その事を心配するならわかる、けれど。
心配という感情が先に来て、問題が起こるなんて、そんな事ある筈がない。
何かを心配する気持ちがあるから、大丈夫かと案じる言葉が生まれるのだ。
鶏が先か、卵が先か――これは少し違うかもしれないけれど、ともあれ。
そんな簡単な、考えるまでもないような事な筈なのに、その原因が彼女にはわからない。
ざあざあと、音がする。
気にしなければ良いのかもしれない。
戯れの様に浮かんで消えた思考に、大した意味はないのだと。
自分の名前や、家族との思い出、そんな大事なモノが消えたわけじゃないのだから。
気にしなければ良いのだと、わかってはいても。
何故だか、その気持ちを手放すことが彼女には出来なかった。
ギュッと、瞼を閉じて記憶を探る。
全てを洗い流すような雨が、この想いを消し去ってしまわないように。
彼女は必死で記憶を手繰る、手繰る、手繰る。
靄のかかった海を、必死で泳ぐ。
蜘蛛の糸に手を伸ばすかのように。
けれども、そんな努力も虚しく終わる事になった。
「そっか、日記を見れば良かったんだ」
そう、自分自身の体質から彼女は日々の出来事を日記を書き連ねており――
「えっと、確か今日はもう鞄から出してた筈だけど」
――それを読めば、自分が何を心配しているのかわかるに違いない。
ギシ、とスプリングを軋ませてベッドから起き上がる。
丁寧に整理された机の上にお目当てのモノはあった。
数えきれない想いを連ねたソレを、慈しむように指先でなぞると。
ゆっくりと、少し汚れたその表紙を開いた。
○ × △ □
○月×日(月曜日)
今日は学校で、長谷くんって人に話しかけられた。
昼休みになったら急に、俺と友達になって下さいって。
話した事のない人だから変だと思ったけど……実は、先週の私の友達なんだって!
嬉しくなって、お話して、忘れちゃってて申し訳なかったけど長谷くんは凄く良い人だった!
日記を読み返したら、先週の私も長谷くんにいっぱい感謝してる。
明日が、楽しみ。
○月×日(火曜日)
今日は長谷くんの分のお弁当も作って持っていってみた。
長谷くんの好みに合うかわからなくて、ついつい作りすぎちゃいました。
喜んでくれるか不安だったけど、笑って美味しいって。勇気を出して良かった。
長谷くんはお砂糖18gの卵焼きが好きだって、ちゃんと書いておかないとね。
それと、長谷くんとトランプをしたよ!
二人きりだったからずっと神経衰弱だったけど、唸ったり迷ってる長谷くんは表情がいっぱいあって凄いなあって思います。
また明日も、お話できたらいいなあ。
○月×日(水曜日)
今日は初めて友達とカラオケに行ったよ。
ファミリーレストランの前で待ち合わせをして、友達と待ち合わせなんて初めてだったからドキドキしちゃたけど、長谷くんとちゃんと会えて安心。
友達と遊びに行ったり、買い物してみたり。そんなの漫画の世界の中だけだと思ってた。
ずっとずっと憧れてたけど、想像よりもずっとずっとずっと楽しい。
○月×日(木曜日)
明日が来るのが怖い。
金曜日が過ぎてしまったら、その後は週末で学校がお休み。
長谷くんと次に会うのは、月曜日。
その時には、また長谷くんの事を忘れちゃってる。
また、友達になれるかな?
また、遊んでくれるかな?
――忘れたくない、長谷くんの友達でいたい。
○月△日(金曜日)
長谷くんから、不思議なお話を聞きました。
何でも願いが叶う、聖杯のお話。
きっと長谷くんは私を元気付けてくれてるんだと思う。
笑って、希望に溢れた目で、今度こそ私が傷付かなくて良いようにって。
一番傷付いてるのは、長谷くんなのに。
本当に、優しい人だね長谷くんは。
もしそれが本当に有ったら……ずっと長谷くんの友達でいられるのかな?
○月△日(土曜日)
凄く、色々な事がありました。
今でも整理はついてなくて、何て書いたら良いかわからないけど。
長谷くんの言ってたこ
○月△日(日曜日)
今日で、私の記憶とはお別れ。
だから、昨日書けなかった事を書いておこうと思います。
長谷くんの言っていたことは本当でした。
聖杯、マスター、サーヴァント、ランサー、バーサーカー。
どれもこれも、見た事も聞いた事もない言葉ばかり。
夢のようだけど、全部、本当の話。
目の前で、冷たくなっていく人。
笑いながら私に向けられる何か。
思い出すだけで、汗が止まらないくらい、怖い、怖い、あの光景。
もしかしたらもう長谷くんには会えないかもしれない。
だけど、私は信じてみたいって思いました。
絶対に守るって言ってくれた彼の。
――の言葉を。
○ × △ □
○月×日月曜日。
そうして彼女――藤宮香織は、欠けた記憶を手繰り寄せる事に成功する。
文章で見ただけで実感は湧かない、けれど確かに心に刻まれていた恐怖。
その鋭利な感覚が彼女に自らが今置かれている現実を理解させていた。
一番初めに来る感情は、怖い、だ。
どうして自分がそんな事に巻き込まれてしまうのか。
日記を読む限り、きっと長谷くんと言う人の事を忘れたくなくて。
もう友達の存在を忘れてしまう事に脅えて。
偶然巡り合った機会に縋り付いてしまったのだろう。
日記を見ていれば、どれだけ自分が彼の事を大事に想っていたかがわかる。
それでも、それを覆い隠してしまう程。
記憶を失って尚、恐怖が蘇ってしまう程。
忘れてしまって尚、あの冷たさを思い出してしまう程。
聖杯戦争に対とは恐ろしいモノだった。
何の変哲もない女子学生が参加するには、過ぎたモノだった。
ともすれば、逃げ出してしまいそうな位には。
今自分がいる場所も、その恐怖に拍車をかけていた。
起き抜けから覚醒した今だからこそわかる。
自分の部屋と似た、それでも全く別物だとわかる部屋。
何故、どうしてこんな所にいるのかわからない恐怖が、彼女を襲う。
――だけれでも。
不思議と、目を背けようとは思わなかった。
心配になったのは――自分が、聖杯を手にする事が出来るのかと言う事。
例えどれだけ傷付いたとしても。
傷付く事すら忘れて日々を過ごしてしまっていたとしても。
諦めた事も、投げ出した事もあった。
それでも彼女は立ち上がった。
もう二度と友達の事を忘れないように、自らを一人に追い込んで。
いつか記憶を失わずに済むんじゃないかと、未来に希望を持っていた。
だからこそ――
「ますたぁ、ぼくのこと、おもいだした?」
――彼は、彼女の声に応えた。
「えっと、うん……ごめんなさい。貴方の事はわかるけど、どうしても実感がわかなくて」
「そっか、や、っぱり、わすれちゃった」
突然姿を現した大男の存在に驚きつつ、目を向ける。
大柄で、筋肉質な体は彼女の言葉に反応して心なしか小さく見え、少なからず恐怖を和らげる。
しゅん、と言う擬音がぴったりな程うなだれた大男は、不安気な視線を彼女に送っていた。
彼女には知るよしもない事だが、彼はあくまでもサーヴァントであり、マスターがいなくては存在意義が消失してしまう。
だがそれ以上に、彼は彼女に忘れられた事にショックを受けていた。
彼女の人柄に触れ、想いに触れ、聖杯が欲しいと、初めて思った。
故に、例え事前に説明を受けていたとしても、その悲しみは到底拭い切れるモノではない。
「でも、わかるんです。貴方はきっと優しくて、私を守ってくれる」
ピクリ、と。大柄な体が跳ねる。
ソレを見て少女は、今自分が抱いた想いが間違いでないと確信する。
「また、貴方の事を忘れちゃうかもしれないです」
すう、と息を吐いて、真正面から視線を交差させる。
心臓がばくばくと跳ね回っているのがわかる。
日記の彼も、こんな気持ちだったのかな、なんて考えて小さく笑う。
ふわふわとした髪の毛。
逞しそうな体。
悲しそうな瞳。
その全てを受け止めて。
「それでも、私は今度こそ友達の事を、誰の事も忘れたくないんです」
一呼吸、置いて。
素直な気持ちを告げる。
雨の音はもう、聞こえなかった。
「だから――もう一度、私と友達になって下さい。アステリオスさん」
そうして、手を伸ばした。
○ × △ □
○月□日(月曜日)
今日は、アステリオスさんとまた友達になれました。
暫く学校には行けないから、長谷くんに会うことは出来ないけど。
きっと、次に会えた時は、一週間の友達じゃなくて。
ずっと、ずっと友達でいられたら良いな。
【クラス】バーサーカー
【真名】アステリオス
【出典】Fate/Grand Order
【属性】混沌・悪
【パラメーター】
筋力B++ 耐久B++ 敏捷E 魔力E 幸運E 宝具A
【クラススキル】
狂化:B
バーサーカーのクラススキル。理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿すスキル。
理性を奪われてはいるが、たどたどしい言語ながら言葉を交し意思疎通する事は可能。
天性の魔: A++
生まれついての怪物(ばけもの)。後の人間のイメージから怪物と扱われる無辜の怪物とはある意味真逆のスキル。肉体、精神に対する弱体への耐性を付け攻撃に関わるランクを上げる事が出来る。
怪力:A
魔物、魔獣のみが持つとされる攻撃特性で、一時的に筋力を増幅させる。一定時間筋力のランクが一つ上がり、持続時間は「怪力のランク」による。
【宝具】
『万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)』
ランク:EX 種別:迷宮宝具
アステリオスが封じ込められていた迷宮の具現化。一旦発現してからは、「迷宮」という概念への知名度によって道筋が形成される。
一定範囲内の侵入及び脱出を阻害する結界としての効果も持ち、その結界を解除するにはアステリオス自身が宝具を解除するか、迷宮に潜ってアステリオスを討つしかない。
ただでさえ迷宮は広大な上に、魔物がウヨウヨしているのでアステリオスの元に辿り着くことすら困難。
しかもアステリオスが死ぬと迷宮が崩壊するというまるでRPGのラストダンジョンみたいな機能が付いているため、一度潜れば生還する事は極めて難しい。
また、一定時間の間敵全体の攻撃と防御に関わるランクをダウンさせる。
【weapon】
ハルバードに似た二丁の斧
【人物背景】
『Fate/Grand Order』に登場する「狂戦士」のクラスのサーヴァント。牛の被り物を着けた全身傷跡だらけの怪物。しかし仮面をつけた初期の外形からは想像もつかないが、仮面を外したその顔は屈強な肉体に反して意外なほど幼く、言葉遣いや発言内容も子供の様である。とはいえ、かろうじて意思疎通は可能なので、他のバーサーカーよりは遥かに御しやすい。
生まれついての怪物だったとされており、また実際に(ミノス王に命令されたとはいえ)何も知らない子供を殺害するなど、悪の所業を行っていたものの、彼の本質は悪ではない。彼本人は闇ではなく光を、陰鬱な迷宮ではなく涼やかな自然の風や豊かな森を求めている。
メインストーリーでは第三章で登場する。黒ひげに狙われていたエウリュアレを守るべく結界を展開しており、そのとばっちりで足止めを食らい原因究明のために迷宮に踏み入った主人公らを敵と判断して攻撃を加えたが、最終的に主人公とエウリュアレとの間で誤解を解き、ドレイクの提案で揃って仲間に加わる。その後は、持ち前の怪力によって様々な場面で活躍を見せる。
拉致されたエウリュアレを奪還すべく向かったアルゴー号との戦いにおいて、ヘラクレスに単身立ち向かう。その命を一つは奪ってみせたものの敵うはずもなく、最終的に自身が死ぬのを承知の上でヘクトールの『不毀の極槍』にヘラクレスもろともその身を貫かせ、共に串刺しになったヘラクレスごと船から飛び降りる。いかにヘラクレスが不死身と言えどこうなっては彼が力尽きるのを待つほか脱出の術はなく、エウリュアレが主人公らと共に撤退できるだけの時間を稼ぐことに成功した。
身体能力は他のサーヴァントと比較しても頭一つ抜けており、重傷を負ったボロボロの体で船底に穴の開いた「黄金の鹿号」を背負って岸まで泳いだり、宝具を用いずに『十二の試練』を突破する等、文字通り化け物じみているが、今回はマスターが一般人であるためステータスがダウンしている。
【サーヴァントの願い】
ますたぁの、きおく、が、なくならない、ように、する。
【マスター】
藤宮香織@一週間フレンズ。
【マスターとしての願い】
聖杯を手に入れて、友達の記憶がなくならないようにしたい
【weapon】
素手
【能力・技能】
なし、一般人である
【人物背景】
小学生時代にある出来事が原因で「1週間で友達との記憶を失くしてしまう」という障害を持ってしまった。それ以来人付き合いをしたがらなかったが、山岸と友達になったことがきっかけで、クラスメイトと徐々にだが打ち解けるようになっている。
友人との記憶は週末にリセットされ、月曜の登校時にはそれがまっさらな状態になっている。なお家族との記憶や友達でない人との記憶は失くしていない。
普段はクラスで冷たい人を演じているが、心を許した相手には人懐っこい本来の顔を見せる。今まで友達がいなかったため、カラオケなどの遊びに疎い。
得意教科は数学で、クラスの数学係を務めている。
失われるのは友達と認識した相手だけで、家族や単なる知り合いの記憶は失われない。
【方針】
未だ、無し。少なくとも誰かを殺して勝ち抜くつもりはなく、サーヴァントさえ倒せばいいと考えている。
最終更新:2018年04月26日 19:50